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75.後始末

THE☆快適新PC

だが移動に伴い文字変換が微妙に使い辛い

早く俺色に染め上げなきゃなあ……クックック

―――――――――――――


――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――――――



 意識が揺り戻され、重い瞼を開ける。


 目に映るのは見知った天井、見慣れた風景。

 知らぬ内に、私は自分の部屋の寝床の上で眠りこけていたようだ。

 痛みは無い。自らの腕をまさぐると、腕にあった傷も何時の間にか塞がっている。

 多少身体に気だるさはあったが、身体を起こすのには問題ない。


 ――生きてる、わね。


 あの毒は、魔力の流れを狂わせる効果がある。

 だからあの毒が体内を回っている状態ではまともに回復魔法を使用する事は出来ない。

 それ故に死を覚悟してたのだが。


「……起きたのね」

「無事で何よりです。急に倒れたので流石に少々焦りましたよ」

「よ、良かった……」


 起きた所でリューテシア、ルーク、リュカの三名が安堵の表情を浮かべてそこにいた。

 ルークとリュカは壁に背を預ける形で、リューテシアは私の側の椅子に腰掛けていた。

 その手には私が書き途中だった蒸気機関車の各種資料が握られており、どうやら私が起きるまで読み耽っていたようだ。


「死ぬ毒だったはずなんだけど、誰かが治療でもしたの?」

「ええ、リューテシアさんがやってくれましたよ。毒の正体まで見抜いたのには驚きでしたけどね」


 へえ、リューテシアがねぇ。

 それにしても。


「……症状が前にお姉ちゃんが蛇の魔物に噛まれた時と一緒だったから、たまたま治せたのよ。あの毒は、体外に排出される毒だって聞いたから。だからそれまでの間、回復魔法で持たせれば自然に回復するって」

「……貴女、回復魔法まで使えたのね」

「お姉ちゃんが、良く怪我して戻って来たからね」


 前々から優秀な子だとは思ってたけど、末恐ろしい子ね。

 一体どれだけの範囲の魔法を使えるのかしら?


「でもそれなら、魔法が使えるようになってたのに気付いた訳よね」


 魔力を使う用事が無い時は、私は全員の首輪の機能をオンにしている。

 別にずっとオフにしていても良いのだが、多少とはいえデメリットもあるので都度切り替えを行っている。


「私なんか見捨ててとっとと逃げれば良かったのに。少なくともあの時点でほぼほぼ安全性は確保されてたはずよ? 襲撃者は粗方敗走したんだから。契約書を奪ってしまえば、もう私には貴方達を縛る手段なんて存在しないのに」


 だって私は、意識を失う直前に奴隷契約書を操作して全制約を解除した。

 その結果私は一命を取り留める事になったのだが、魔法使用に対する拘束は完全に解除されていたのだ。

 それに、契約書も外に出しっ放しだった。

 だから、契約書を奪ってそのまま逃亡する事がここにいる全員が出来たはずなのだ。

 にも関わらず、奴隷契約書は綺麗に纏められて私の部屋の机の上に置かれている。


「リューテシアだけじゃなくて、そこの二人もね」

「まぁ、確かにそうですね。気付いてはいたのですが……ね」

「……僕は……」


 何やら含みのある返答をするルークに、言い淀むリュカ。 


「――見捨てられる訳、無いじゃない」


 横から、リューテシアが答える。

 手にしていた資料を机の上に戻した後、改まった表情で向き直る。


「何で、私を助けたの? あんなに酷い態度だったのに」

「あら、自分が酷い態度取ってたって自覚はあるのね」

「答えて」


 リューテシアの目は真っ直ぐにこちらを向いており、その表情は、何時に無く真剣な顔であった。


「……そりゃ助けるでしょ、雇用主は労働者を守る義務があるのよ」

「それで貴女自身が死んだら何の意味も無いじゃない」

「私? 私なんてどうでも良いのよ。こんな命、二束三文にしかならないんだから。代わりなんていくらでもいるわよ」


 そう、代わりなんていくらでもいる。

 代わりが出来たから、私は捨てられたのだから。


「自殺じゃない、無駄死にじゃない、割とマシな死に場所がようやく出来たと思ったんだけどなぁ」


 やれやれ、といった仕草で頭を横へ振る。

 その直後、頬に強い痛みが走り、視界が真横へ飛ぶ。

 正面を向き直すと、そこには立ち上がった状態で掌を振り抜いたリューテシアの姿があった。


「貴女、自分の命が何だと思ってるの!?」

「何怒ってるのよ、大嫌いな人間がいくら死のうが、貴女からすれば関係ないんじゃないかしら? それとも私が死んだら何か困る事でもあるの?」

「困る困らないじゃない! もっと自分の命を大切にしなさいよ!」

「自分の命を大切に、ねぇ」


 リューテシアの言葉を受け、思わず鼻で笑いそうになる。

 それは人並みの愛から生まれ、人並みの愛に包まれて育った者達だけが使える言葉だ。

 こんな安物の命に、一体どれ程の価値があるというのか。


「……所で、ここを襲った連中はどうなったのかしら?」


 リューテシアとの会話を適当に切り上げ、その後の経過をルークへと尋ねる。


「彼等なら、生きている連中に限り縛り上げて拘束してますよ。どう対処するべきか、確認しようにもミラさんが倒れてしまいましたからね」

「そう、ならさっさと対処してしまいましょうか」


 幸い、リューテシアの回復魔法のお陰かもう動くのには支障は無さそうだ。

 この問題はさっさと片付けてしまうに限る。



―――――――――――――――――――――――



 大広間へと向かうと、そこにはまだ息があった襲撃者達が纏めて縄で縛り上げられていた。

 中央に固めてあり、逃げ辛いように二人一組が背を預けるような形で縛られている。


「それで、どうしましょうか。こういうのはここの管理責任者であるミラさんに一任するべきだと思いまして」

「と、言ってもねえ。もう目撃者は充分なのよね」


 敗走したのもそれなりの数がいるだろうし。

 衛兵に突き出そうにも、この周囲にそれらしき人物や施設も見当たらない。

 村には自警団のような人はいるが、彼等の規模でこの人数を丸投げするのは酷だろう。


「だから、利用しちゃいましょうか」


 彼等は凶弾に倒れ、全滅した。そういう事にしよう。

 そして善人だろうが悪人だろうが、魂は魂。

 どうせ殺すなら、その魂を有効活用させて貰うわよ。

 これだけあれば、辛うじて『フレイヤ』の稼動に必要なエネルギーを捻出出来そうだ。

 ちょっと足りない分は、ルークとリューテシアに時間を掛けて溜めて貰おう。

 ……遅い気がしなくもないけど。無いよりはあった方が良いわよね。


「全員、中枢部に来て。私が良いって言うまで大広間に絶対出たら駄目よ」


 幾度となく見せられ、否応無しに覚えたその術式。

 こんな代物を平然と使える辺り、私もきっとあの世界に毒されたのだろう。

 全員で中枢部へと移動し、施設を管理している術式を操作していく。


「区画は大広間限定、出力レベルは最大まで引き上げる。――魂魄簒奪(ソウルローバー)、起動」


 私の術式操作、その最後の一指しが終わった直後。

 大広間に存在していた連中が一斉に低く呻き声を上げる。

 重度の貧血でも起きたかのような様子で、全員例外無くその頭を垂れ、力無くその場に転がった。

 最早彼等は動く事は無く、静寂だけが大広間を包んでいた。


「――ミラ、貴女、一体何をしたの……?」

「コイツ等の命を全て魔力に変換してこのバッテリーに吸い上げたのよ」


 口元を押さえながら問い掛けるリューテシアに淡々と答える。

 うん、流石にこれだけの人数を吸い上げるとそりゃこうなるわよね。

 今までちょこちょこリューテシアやルークに溜めて貰っていたのが鼻で笑えるレベルだ。

 ものぐさスイッチを操作し、一度魔力集積用と化していたバッテリーを取り外し、もう一つの予備バッテリーへと取り替える。


「何よ……それ……!?」

「あ、言っておくけど流石に元には戻せないわよ。一人だけならともかく、複数人を同一の容器に入れてしまったからね」


 この魂魄簒奪(ソウルローバー)術式で、大広間にいた襲撃者の残党、その命を一人残らず吸い上げた。

 一人から抜き出した魂を別の容器に移しただけならば元に戻す事も出来るが、複数の魂を一つの容器に入れたらもうそれを元に戻す事は出来ない。

 コーヒーと紅茶を一つの容器に注いで、それを再びコーヒーと紅茶に分離する事は出来ない、それと同じ事だ。


「貴女は、人の命を何だと思ってるのよ!?」

「あら、確かリューテシアは人間が嫌いなんじゃ無かったかしら? 他の二人ならともかく、貴女だけはそれを言う資格は無いと思うわよ」

「こんな、人を道具みたいに……」

「ただ殺すなんて勿体無いじゃない。聖人君子だろうと悪逆非道の大罪人だろうと、魂という魔力には変わり無いんだから。使えるモノは使うべきよ」


 そう、誰だって無意味な死は御免だ。

 どうせ死ぬなら、多少なりとも意味のある死が良い。


「別に誰彼構わずこんな事する訳じゃ無いわよ、私が相手を殺すのは、殺そうとしてきた相手だけだし」


 予備バッテリーの取替えを終えた後、ルークにまたこのバッテリーに魔力を充填して貰う様指示を出す。

 大広間に稼動していた術式を停止させ、もう誰かの魂を吸い上げられないようにしておく。

 何やら随分思い詰めているような表情をしたリューテシア。


「ま、そんなに気に病む必要なんて無いわよ。所詮、ここにいたのは悪人だけ。それも人の尊厳を踏み躙る最も劣悪な人種の一つ。こういう輩の使い道なんてこれ位しか無いんだから」

「使い道……?」

「良い様に利用してやれば良いのよ、こういう連中も、ひいては私もね。こいつ等が死んだ分、貴方達の生活も楽になるわよ」

「――それじゃあ、『あいつ等』と同じじゃない! 私は、そんな風にはならない! 絶対に!」


 声を荒げるリューテシア。

 何をそんなに興奮してるのやら。私には良く分からないわね。

 人の尊厳を踏み躙り、殺めようとしてきた連中を撃退した。

 ただそれだけじゃない、良くある事よ。



―――――――――――――――――――――――



「……ミラさん、この死体はどうしましょうか」


 大広間に残った、魂を吸い上げられた器の肉体。

 その亡骸を前にルークが尋ねてくる。

 どうするか、というのは処分に関しての事だろう。


「――問題無いわ、『死んでる』ならね」


 私の手で殺した賊の死体。

 ものぐさスイッチを操作した後、その死体に手で触れる。

 その直後、死体が一瞬でその場から消え失せた。


「死んでいるなら、もうその肉体はその者の所有物じゃない。そして誰のモノでもない。なら、最初に拾った私の所有物という事になる訳よ」


 ものぐさスイッチは、別に何でもかんでも収納・取り出しが出来る訳では無い。

 条件を満たした物だけが出し入れ出来るのだ。


「卵とか牛肉とかを亜空間に収納出来るのよ、同じ肉の塊である人間の死体を収納出来ない訳無いじゃない」


 牛肉と人間の死体。

 精神的な面から見たならこの二つは全くの別物になるだろう。

 だが、物質的な面で見ればこの両者は等しく「肉片」でしかない。


「このものぐさスイッチに収納出来る条件は、『所有権が私である事』と『私が移動可能な物』、そして『生命ではない』事」


 この鉱山跡地は私の所有物だが、移動させる事は出来ない。だから亜空間に収納する事が出来ない。

 蒸気機関車は非常に鈍重な鉄の塊だが、一応私の自力でも最悪命を削る位の覚悟で魔力を捻出すれば数ミリ位は動かせるだろう、だから蒸気機関車は収納可能。

 そしてここにいる三人、彼等は奴隷であり私の所有物。

 この世界の法ではそうなっているが、ものぐさスイッチの判定にそれは関係無い。自分の身体の所有権は何処まで行っても自分の物なのだから私の物ではない。

 そもそも奴隷は生命だし二重の意味で不可能だ。


「――はい、片付け完了」


 銃殺した死体も、吸い殺した死体も全て亜空間内へと収納を終えた。

 これでもう、あの死体の山は腐る事は無くなった。

 折を見て外に捨てるなり埋葬するなり焼くなりしてしまえばいい。

 外に捨てれば勝手に魔物が食い散らかして自然へと返してくれるだろう、一種の風葬だ。


「悪いんだけど、全員でこの拠点の掃除を始めるわよ。まだ問題は解決した訳じゃないからね」


 まだ室内にはおびただしい血痕が残っていたり、千切れた肉片が存在している。

 こういう物を放置しては後々の疫病に繋がる危険性がある、早く掃除した方が良い。

 殺菌するなら熱が一番だ。

 幸い、この地下にはほぼ熱湯に等しい温泉が豊富な湯量で存在している。

 この熱と水で、さっさと殺菌&洗い流しを済ませてしまいましょうか。

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