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73.追蹤、出生

過去回想と説明回

 脳裏を過ぎる、過去の情景。

 それは何も心躍らぬ、起伏が皆無の平坦な記憶。

 私の世界、その一端。



―――――――――――――――――――――――



 真っ白で、無機質な部屋。

 顔が映り込む程に良く磨き上げられた床に壁、天井。

 何も無い、殺風景な部屋。

 いや、「何か」はある。

 先程までは動いていた、生き物であった肉塊。

 私の手で撃ち殺した、憐れな犠牲者。

 爬虫類に見られるような鱗で覆われた腕や足、尾。

 そういった身体のパーツが消し飛んだ胴から離れ、周囲へと散乱していた。

 成れの果て。生前の姿など面影すら残っていなかった。

 私の背後に存在していた自動扉が無機質な音を上げて開いたのを聞き取り、その扉から実験部屋を後にする。


「フレイヤの調子はどうだね?」

「――まぁまぁね。主兵装を使うと一気にエネルギー残量を持って行かれるのが気に入らないけど」


 実験の様子を観察していた男が、私に声を掛ける。

 男の名は、アドリア・ジラーニイ。

 この研究施設の責任者であり、また実質的にこの世界を支配下に置く、最高権力者である。

 身長190センチ弱、随分と大柄であり、白衣の下から覗く研究職に似つかわしくない良く鍛え上げられた筋肉に、浅黒い肌をしている。

 実年齢は聞いた事が無いが、年齢はおおよそ三十代後半のように思える。

 ふんわりとした白髪を肩まで伸ばしており、前髪はオールバックになるように撫で付けてある。

 無骨な顔立ちながらも口元に蓄えられた白い髭に、浮かぶ微笑。

 そう呼ぶには少々年齢は若いが、好々爺然とした風貌と言って差し支え無いだろう。


「ふむ、やはり問題は万因粒子(ばんいんりゅうし)絡みか。賢者の石が量産出来れば容易く解決出来るのだがな」


 視線を宙に泳がせ、口元の髭を擦りながら目下の悩みの種に対し対策を考える。


「大気中の粒子を圧縮する方式では量産に難があるしな、お前の見解ではどうだね?」

「私も同じね。大気中の粒子を凝縮させれば作れるのは同意。でも、手間と結果が見合ってないわ」


 作れる作れないで言うなら、作れる。

 だが賢者の石として運用可能レベルまで濃縮、圧縮作業をするのに掛かるエネルギー量がネックだ。

 そんな問題点だが、アドリアは視点を切り替える事で打開策を切り開いた。


「――待てよ。ならば、万因粒子(ばんいんりゅうし)を現地で調達すれば実働に耐え得るのではないかな?」

「現地調達? 大気中の粒子量じゃ話にならないって言ったばかりのはずだけど?」

「大気中ではない、生体から直接抜き取るのだ。戦闘をしているならば、エサなら至る所に存在しているだろう?」


 アドリアが浮かべた微笑が、何処までも暗黒に満ちた笑みへと歪む。


「最近ようやく形に出来た、魂魄簒奪(ソウルローバー)という術式がある。殺害した相手から乖離する魂を霧散する前にそのまま引き抜く術式でな、既に範囲拡大の段階までは成功している」

「……殺してぶん盗るって訳ね」

「そういう事だ、状態変化をさせず、そのままエネルギー転用しようという事だ」


 この男は、人の命を物だとしか考えていない。

 容易く他者を使い潰し、無辜(むこ)の民すら利用する。

 非道の天才、醜悪なる超越者。

 ……私に批判する権利なんて、無いのだけれどね。


「駆動系に関してはどうだ?」

「そっちは及第点ね、少なくともさっきの戦いの最中に不自由はしなかったわ」

「足回りは良し、と。兵装も問題無さそうだな。もう自分の部屋に戻って構わんぞ、アレはこっちで処分しておく」


 防護ガラス越しに、物言わぬ肉袋となったその亡骸を一瞥しながらアドリアはそう告げる。


「ええ、そうさせて貰うわ」



―――――――――――――――――――――――



 私に与えられた、研究開発を自由に行える製造スペース。

 休息の為に私に与えられた部屋もあるのだが、戻るのが面倒なのでこの部屋が実質私の私室となってしまっている。

 アドリアによる「実験」が無い日は24時間365日、常にこの部屋で生活している。


「――出来た」


 私が製造に携わっていた発明品、その一つが完成した事でようやく一息付けそうだ。

 座椅子に体重を預けながら、思いっ切り身体を伸ばす。

 伸ばした後、私の視線を自らの右手へと向ける。

 その右手には、つい先程完成させた発明品が握られていた。

 アドリアが私のいるこの研究所、その地下深くに厳重に保管しているという「神」という存在。

 その存在の解析を進めた事で、その神が持つという「時」を操る能力の解明にまた一歩近付いたようだ。

 私はその際に発生した副産物、何処にでも存在して何処にも存在しない、不可解な亜空間を利用した一つの道具を製作した。

 私が持ち運ぶ事が可能であり、また私に所有権が存在している物であらばどんな物でも収納・取り出しが可能となる携帯端末。

 そしてこの端末に「時」の力を付与し、限定的に時の流れから隔絶させた状態にする。

 こうする事により、この端末はどんな状況であろうと現状から状態が変化する事が無くなる。

 それは即ち、超低温・超高温・耐衝撃……ありとあらゆる外的要因に晒されても決して破損しない、最堅牢を誇る耐久性を得たという事だ。

 物質による防御ではなく、時間という概念による防御。

 それはある意味、誰にも決して破られる事の無い最強の盾とも言えた。

 また、私の魔力とこの端末を紐付けた事で、例えどれだけの距離があろうと即座にこの端末を手元に呼び寄せる事も可能になっている。

 これによりこういった強力な装備に有りがちな、略奪されて敵に利用されるという事態を防止している。


 私は、魔力が乏しい。

 その為、そんな私が生き残るにはこういった外部端末による補助が必要不可欠であった。


「……名前、何にしようかなぁ」


 この発明した道具に与える名称を考えながら、試験運転をする。

 この端末はあまり大きな力を出す事は出来ないが、遠隔操作で決められた動作を行う事も出来る。

 試しに私のいるこの部屋の照明スイッチの前に立ち、端末を操作。

 そして「この部屋のスイッチを押す」という運動エネルギー情報を入力、端末に記憶させる。

 記憶に成功した事で、端末の画面上にその動作をリピートする為のアプリケーションが出現する。

 そのアプリを起動すると、先程記憶した運動情報を再生し、室内照明が落とされる。

 もう一度起動、今度は室内に再び明かりが灯った。

 どうやら問題無く動作するようだ。

 研究開発部屋に持ち込んだ寝床に自らの身体を着の身着のままで放り投げた後、再びアプリを起動。

 室内の照明が落ち、闇へと包まれる。

 起動させっ放しのコンピュータのモニターが光源となっているせいで、室内の闇は薄闇へと変化する。

 あー、これなら寝床にいたたま簡単な作業なら出来るわねー。

 何というステキアイテム、ものぐさな私にはピッタリだ。


「よし、名前はものぐさスイッチで良いや」


 適当な呼称を与え、稼動を開始した私の魔力的欠点をカバーする補助携帯端末。

 今日はこれが完成したからもうそれで満足だ。

 疲労が溜まっていた為か、目を閉じて物の数秒で私は意識を手放した。



―――――――――――――――――――――――



 正式名称、神造(しんぞう)プロジェクト・タイプM――ミラという存在は、全知全能の神を生み出すという計画によって生み出された。

 細胞活性培養管によって器を作られ、外部端末によって脳に知識を直接植え付けられた、人の形を成した物。それが私である。

 生み出された当初は比較的安定した成功例であったが、すぐに欠陥が見付かる。

 知識こそ問題無かったが、私には万因粒子(ばんいんりゅうし)……こちらの世界でいう魔力を生み出す能力が備わっていなかったのだ。


 人と魔力は、非常に密接な関係に有る。

 何故なら魔力とは、人の持つ感情・記憶・魂の総称と言える物だからである。

 大気中に存在する魔力というのも、人々が放出した感情や、死んだ際に肉体から欠落した魂が霧散した物である。

 喜怒哀楽、そういった感情は魔力となって放出され、周りに良くも悪くも影響を与える。

 巷で言われている「嫌な空気」というのも、誰かが放った負の感情、魔力によって周囲の人々に影響を与えた結果だ。

 人は誰しも差異こそあれど平等に魔力を有しており、誰しもが魔力と共に生きている。

 だから、魔力を持たない生物というのは絶対に存在し得ない物なのだ。


 そしてこの世界の人々が魔法を使う際に燃料として使用する物、それも魔力だ。

 最初に使うのは大気中の魔力ではあるが、それでも足りない際は自らの記憶や感情の魔力を使用する。

 記憶といっても些細な物だ、それこそ「今日食べたサラダに入っていたプチトマトの数は7個だった」程度の忘れてしまっても何ら問題ない記憶ですら、魔力として転用すればそれなりの出力が期待出来る。

 そしてこの記憶を燃やす才能というのは大抵の場合歳を重ねる毎に成長していき、やがて日常の重要な事柄すらも忘れて魔力へと変換するようになる。

 痴呆症と呼ばれる症状は、この魔力変換の才覚が成長し過ぎて発生するのだから。

 魔法使いとしての才能、それはある意味「忘れる」才能とも言えるだろう。


 だが、私は「全知全能」を目指して生み出された。

 覚えた事を忘れてしまっては、全知とはいえない。

 だから私は覚えた事は決して忘れない、そして忘れないという事は私は記憶を魔力に転用する事が出来ないという事だ。

 感情も、他者と比べて豊かな方でもない。

 大気中の魔力を取り込む事も、リスクとリターンが見合っていない。

 ましてや命を削るなど、論外である。

 故に、私は落ちこぼれとして切り捨てられた。

 今や座して死を待つばかり、檻の中の鳥。


 私の前身であるタイプI、アイラは処分されたと聞く。

 数週間前、完全上位互換となったタイプR、レラが生まれた事で私は無用の長物と化した。

 彼女は私同様、ありとあらゆる知識を有していながら、魔法の扱いにも秀でているという、全知全能へと一歩踏み込む事に成功した成功例だからだ。

 不要となった以上、私も処分される。アイラのように。

 別に、死ぬ事自体は何も怖くは無かった。

 ただ、生まれたにも関わらず何も成さずに死ぬ。それが溜まらなく不快だった。


 どうせ死ぬなら、私自らの手で奴等の前から消えてやろう。

 葬送の為の餞別は有り難く頂戴していくけれどね。

 半ば自暴自棄気味に、私は逃避行の準備を始めるのであった。


万因粒子=魔力

世界の違いによるただの呼称違いであり、その法則は双方共に同じ

そんな訳で、カコバナと魔力という設定の説明でしたとさ

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