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70.不穏な影

 聖王都ファーレンハイト。

 ルドルフ商会による石鹸物量作戦が決行され、アルビナ商会が独占に失敗したという情報が市井に流れ始める。

 前々から少しずつ石鹸の存在が認知されつつあったタイミングで、今回起きたド派手な騒動。

 石鹸という商品の宣伝として莫大なインパクトを残し、野次馬を含めた大量の人々がルドルフ商会とアルビナ商会を訪れた。

 独占に失敗したアルビナ商会は、その大量の石鹸在庫を捌く為に価格をルドルフ商会と同じ銀貨5枚にせざるを得ず、事実上ルドルフ商会に屈した事となった。

 元々、豊富な資金と貴族のバックアップによる強引な商取引を展開していたアルビナ商会に市井の人々は余り良い感情を持っておらず、この機会を皮切りに、ルドルフ商会はここファーレンハイトにて大きく成長して行く事となる。


 この二つの商会が大々的に商品として売り始めた結果、石鹸の売り上げは加速した。

 何しろ何の魔力も無い一般人が、簡単に汚れを落とし、身を清める事が出来るのだ。

 騒動による宣伝に加え口コミも広がり、ファーレンハイトは正に石鹸ブームを迎えていた。



 そんな光景を横目に、酒を煽る集団。

 室内は薄暗く、くたびれた防具や武器を側に置いている。

 人数はおよそ三十人程度か。

 各々の人相は悪く、余りお近付きになりたくない面々である。

 

「――こんな石コロみてえなのが一個で銀貨5枚、だとさ。随分ボロい商売だよなぁ」


 集団の中でも一際ガタイの良い、一人の男が手にした石鹸を眺めながら零す。

 無造作にその石鹸を放ると、石鹸がテーブルの上を転がった。

 この石鹸一つを作るのに、大量の水と燃料を消費し、そしてトロナ石と油を使用しているのだ。

 コスト的に銀貨5枚は別段ボッタクリと言う程法外な額ではない。

 しかし、そんな製造方法を知らない大衆からすれば、庶民の手にも届く金額とはいえ高額なのだろう。


「これ一つで銀貨5枚って事は、二つで金貨1枚って事ですよね親分?」

「そういうこった。この石鹸とやらのお陰で、あの店には唸るような量の金貨が溜まってるって事さ」


 親分と呼ばれたガタイの良い男は、薄気味悪い笑みを浮かべる。


「バレねえように街の外で身包みかっぱぐのが馬鹿馬鹿しくなってくるぜ」

「全くその通りですぜ」

「――そっくり俺達で頂いちまおうぜ?」


 男の一声で、室内の空気が張り詰める。


「そんなの、出来るんですかい?」

「何だおめぇ、ビビッてんのか?」

「いや、ビビッてる訳じゃねえんですが……可能じゃなきゃやる意味ねえですよ。勝算はあるんですかい?」


 この室内に居る男達は皆、追い剥ぎで生計を立てているならず者達である。

 それ故に、獲物を見極める目はかなりの鋭さである。

 だからこその疑問である、そんな大金が動いているのだ、その大金を守る警備は並の強度ではないだろう。


「――アルビナ商会の方は流石としか言いようがねえな、何処もかしこも隙が見当たらねぇ。ただ、ルドルフ商会の方は付け入る隙がありそうだぜ?」

「何時も通り、護送中を襲えばどうとでもなりそうな感じですかい?」

「いーや、護送中は駄目だ。流石に大金を運ぶだけあって、護衛として随分と物騒な連中を引き連れてやがる。儲けがデカいだけあって護衛も贅沢なもんさ」

「じゃあどうするんだ?」

「調べた所、何でか知らねえがルドルフ商会は稼いだ金をロンバルディア地方に運送してるらしい」

「ロンバルディア? なーんでまたあんな辺鄙な場所に?」

「そんなの知るかよ。だけどよぉ、この聖王都の目が届いてねえロンバルディアにわざわざあっちから出向いてくれるなら好都合だと思わねえか? 多少無茶な襲撃をしても、軍が出張って来る事は間違いなく無いぜ?」


 男の説明を聞き、にわかにざわつき始める。

 危険な橋なのはここにいる誰もが理解している、だが、期待出来るリターンの量を考え、生唾を飲む者もいる。


「――詳しく内容を聞かせてくれねえか親分」

「ああ、良いぜ」


 一人の男が発した言葉を皮切りに、親分は自らの考案した略奪計画を口にする。

 話を聞いてから考えよう。

 そう考えた者達は静かにその計画を耳にするのであった。



―――――――――――――――――――――――



 盗賊団は準備をするべく、目立たぬよう少人数が斥候として馬車を追跡した。

 この金貨を満載した馬車はオリジナ村という場所で止まり、その積荷を村の中でも一際大きい家の倉庫へと運び込むようだ。

 その家に警備兵らしき姿は無く、この村自体にも大した防御策は見当たらなかった。

 襲うなら簡単。斥候達が出した結論であった。

 しかし、油断せず村を監視していると、ある時馬車やこの家の家主以外の人物が訪ねてくる事があった。

 その人物は黒い髪を伸ばした十代程度の少女であり、そこの家主の妻と思われる人物とは随分親しげな様子であった。

 驚いた事に、その少女が一度家を訪ねた後、家主の妻はその少女と一緒に家を離れてしまったのだ。

 斥候達は余りの無用心さに驚きを隠し切れなかったが、ここまで明確な好機が訪れたのであらば手を出さない訳には行かない。

 痕跡を残さぬよう慎重に家の倉庫に侵入するが、倉庫の中にはあるはずの金貨が何処にも存在していなかった。

 別の場所も探し、隠し通路の類も考え入念に捜索し、家主の妻が帰宅するギリギリまで粘ったが、それでも金貨は何処にも発見する事が出来なかった。

 斥候が出した結論は、魔法といった何らかの手段で金貨を更に別の場所へと搬送している、であった。

 となれば、怪しいのは定期的に出入りしている少女の存在だ。

 それ以外に怪しい出入りは無いのだから、消去法でそう結論付けるしかない。


 次に斥候が追ったのは、少女の存在であった。

 少女は奴隷と思わしき半人半魔の男を引き連れ、奇怪な箱に乗って馬車かと見紛う如き速さで村を後にした。

 アレに人の足で追い縋るのは不可能、そう感じた斥候はあの二人が走り去って行った道程を追う。

 走り去った先には廃棄された鉱山が存在しており、少女の走り去った道は真っ直ぐにこの鉱山跡地の地下へと伸びていた。

 地下への道は真っ直ぐ故に隠れる場所が存在せず、これ以上進めば発見される危険性が高いのでこれより先は調査を断念せざるを得なかった。

 この鉱山跡地にも警備の類は見当たらず、出入りしているのは少女と男の姿ばかり。

 斥候はこれまでの情報を一度持ち帰る為、盗賊団の頭の下へと帰還するのであった。



―――――――――――――――――――――――



「――成る程、つまりその穴倉の中に金貨の山が溜め込まれてるって事か。ようし、行くぞ野郎共!」


 部下が持ち帰った情報を元に、盗賊団の頭は決行の指示を出す。

 相手は小娘と奴隷、もしかしたらまだ誰かがいるかもしれないが、人気が感じられないから居ても数人だろう。

 これだけの数で掛かれば用意に押し潰せる。

 頭はそう結論付けた。


「デカいヤマだ! 溜め込んでる量からして、奪い取れれば俺達はこんな薄暗い部屋の中で安酒を(あお)る日々から卒業出来る! キッチリカタに嵌めて、貴族様のように女を侍らせて、高級な酒に美味い肴で乾杯しようぜ!」


 頭の一声で、薄闇の中に轟く男達の声。

 各々自らの愛用した獲物を携え、天高く腕を振り上げる。


 男達はその足取りをロンバルディア地方、鉱山跡地へと向けるのであった。

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