68.ルドルフ商会
今回はルドルフ視点です
「ハッハッハァ! 我ながら恐ろしい商隊が編成された物だな!」
「る、ルドルフの兄貴……本当に大丈夫なんですかい?」
「何がだ?」
聖王都ファーレンハイト、その入り口である検問所で一度馬車を止める。
馬車に同乗している商売仲間である弟分の不安そうな言動を軽い調子で流す。
「アルビナ商会にこんな、真正面から喧嘩売るような真似して……」
「喧嘩? おいおい物騒な事言うなよ」
無事検問を通過し、商隊の第一陣が俺の店の前に到着する。
全く、弟分には困ったもんだぜ。
俺達はここに商売をしに来たんだ、喧嘩をする為に来たんじゃない。
「俺達はただ、何時も通り商売をやるだけだろう。ただ、『ちょっとだけ』量が多いだけさ」
馬車から降り立ち、ファーレンハイトの大通り……から、少し外れた場所にある俺の店を見上げながらそう言い放つ。
店の様子は何時もと何ら変わりは無い。
普段この店は現地の職員に一任しており、しっかりと店回りの掃除が行き届いているのが見て取れる。
「おやおやぁ~、誰かと思えばルドルフではありませんか」
我ながら良い店になった物だ、と自画自賛を心の中でして気分が良いタイミングで横から割って入る耳障りで纏わり付くような声。
ふん、早速嗅ぎ付けて来やがったかアルビナの野郎。
恰幅の良過ぎる、控えめに言ってデブ野郎がこちらに地響きと共に歩み寄ってくる。
「今日も石鹸とやらを仕入れて来たのでしょう?」
「おお、これはアルビナさん。わざわざこんな所まで御足労頂き光栄ですよ。ええ、今回も遠路遥々ロンバルディアから石鹸を仕入れてきましたよ」
到着して早々現れるなんて、まるで見張ってたかのようなタイミングだな。
俺はアーニャ一筋なんだ、それにそっちのケは無いからとっとと帰ってくれねえかな?
内心そう思ってるが、仮にもこのファーレンハイト市場で最大勢力を誇るアルビナ商会のボス、アルビナ相手にそんな言葉を吐けば商人としての命は無い。
ぐっと堪えて言葉を飲み込む。
そんな俺の心情を知らず、馬車から降ろしていた木箱を横目で確認しながら以前のようにアルビナは言い放つ。
「なら、店に並べなくても結構ですよ。その馬車に乗っている石鹸、全て私が買い上げて差し上げますよ」
今回、俺が石鹸を詰めるのに使ったのは普段使ってる箱の中でも一番大きいサイズだ。
この一箱の中に、石鹸が約3000個は入る計算だ。
「価格は勿論、一つ銀貨5枚なのでしょう?」
「……勿論です。銀貨5枚が石鹸の製造主の希望販売価格らしいのでね」
俺は、自らの掲げる商売人としての矜持がある。
売り上げを誤魔化さない、情報を客に隠さない。この二つだ。
この二つを徹底的に守って、俺はここファーレンハイトに居を構えられる程にまで店を大きくしてきた。
今までも、そしてこれからもこの二つだけは守っていくつもりだ。
だから、俺は客に対して得た情報を隠さず提示した。
この石鹸は、銀貨5枚を遥かに超える価値がある。
気に入らないが、それをこの目の前の男、アルビナが証明してくれた。
石鹸一つが金貨2枚、3枚と高騰している情報を提示しても、あの少女……ミラは希望小売価格を一切変えなかった。
もっと高値にしても売れるにも関わらず、それでも価格を維持しようとした。
それはきっと、金を持ってる貴族連中だけを相手にするのではなく、市井の人々の手にも渡るようにしたいという思いからなのだろう。
だから俺は今回、アルビナの野郎に一泡吹かせてやろうと決めた、ミラの為にしてあげたいと思ったのだ。
「ほう、今回はまた随分多く仕入れたのですねぇ」
「……一箱なら、石鹸3000個なので金貨1500枚です。この馬車に乗ってるのだと、三十箱なので金貨45000枚ですね」
ミラの望んだ通り、客が相手なら誰であろうとその販売額は動かさない。
石鹸一つ銀貨5枚、ミラの提示した範囲の中での最大額。
絶対にこの額で売る、売ってみせる。
「くくっ……なら今すぐ払って差し上げますよ」
「へい、毎度どうも。現金が届き次第、品物をお渡ししますよ」
支払う金貨を用意する為、一度アルビナはあの見てくれからは想像も付かない軽快な足取りで自らの店へと戻っていく。
そう、前回ミラが用意してくれた石鹸はこれでやられたのだ。
アルビナの野郎が、持って来た石鹸を全部買い占めて行ったのだ。
アルビナ商会はここ、聖王都ファーレンハイトの中でも貴族連中とも太いパイプを持つ最有力商会の一つだ。
その権力をチラ付かせながら「売れ」と言われれば売らざるを得ない。
売らなければ、ファーレンハイトで干されてしまう。
この世界で最大規模、最大市場を誇るこのファーレンハイトでの仕事を奪われれば、俺もアーニャも食っていけない。
だからアルビナには逆らえない。
数刻後、アルビナは馬車に乗せた金貨満載の麻袋を背に地響きと共に馬車から降り立つ。
「これで良いのだろう? さぁ、石鹸をこちらに渡したまえ」
「確かに金貨45000枚、受け取りました。それじゃあ、『そこ』の三十箱はご自由にお持ち帰り下さい」
アルビナは次々に石鹸が満載の木箱を、金貨を下ろした馬車へと積み込んで行く。
その石鹸を、以前のようにまた貴族連中に転売するのだろう。
ただ右から左へ流すだけで、俺の稼ぎの四倍、五倍もの利益を得ていく。
売る商品が無い俺は、それを黙って見ているしかない。
その権力がバックにあるから、売る事を拒否も出来ない。
内心アルビナはこちらの事をほくそ笑んでいるのだろう。
「ルドルフの兄貴ー! 第二陣、第三陣到着しましたぜ!」
「よおし! 野郎共! 片っ端から積み荷を降ろしていけ!」
弟分が次々に到着する馬車の集団を誘導しながら、石鹸の到着を伝える。
そうだな、お前の望む通り思う存分石鹸を売ってやるよ。
「おや、今度は一体何を持って来たんですかな?」
「いや、実は今回は石鹸だけしか仕入れてねえんですよ。他の商品を積む余裕が無いもんでね」
「――なら、その石鹸も全部私が買い取りますよ」
当然、そう来るよな。
何しろ、アルビナが市場にある石鹸を全部独占しているからこそ、価格を吊り上げて転売する商法が成り立つのだ。
俺の手元に、まとまった数の石鹸があっては転売が成り立たない。
だからアルビナが石鹸を高額で転売するには、俺の持っている石鹸の在庫を全て買い占めて独占状態を維持しなければならない。
「今回は六十箱ですので、金貨90000枚ですぜ」
「ふん、なら今すぐ持って来させましょう」
「何時もご贔屓に、ありがとうございます」
上っ面だけだが、感謝の意を述べておく。
一応、上客ではあるのだからこういった挨拶も大切だ。
「第四陣、第五陣、第六陣も到着しましたぜ兄貴!」
さぁ、アルビナ! これが俺なりのリベンジだ!
買占め独占状態、何時まで維持出来るかな!!
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「あ、兄貴! また到着しやしたぜ!」
「く、うっ……!? る、ルドルフ。少し良いか? ここから先の石鹸は書面で買い取りたいのだが……」
あれから二週間後。
昼夜問わず引っ切り無しに到着する馬車の大軍。
搬入した石鹸を片っ端から買い続けたアルビナが遂に根を上げた。
馬車数にして二百超、これだけ石鹸を買い続けられたのは流石アルビナ商会だと感心すら覚える。
だがその膨大な資金源も遂に底を突いたようだ。
良い面になったじゃねえか、その顔が見たかったんだ。
「大変申し訳ないんですが、ウチは書面の取引はしてないんですよ。昔も今も、勿論これからも。誰であろうとウチでの買い物は現金払い以外受け付けてないんでね」
これも別に、アルビナが相手だから書面取引を断ってる訳じゃない。
俺の店は昔からこういうスタイルなのだ、手元に現物として残る現金以外は受け付けていない。
「悪いんですが、現金が無いならこれ以上石鹸をお売りする事は出来ないですね」
隠し切れない笑顔を浮かべながら、やんわりとアルビナの提案を却下する。
あんな少人数で、たったあれだけの期間で。
一体どんな魔法を使ったのか知らないが、ミラは途方も無い量の石鹸を製造して俺の前に積み上げた。
あの圧倒的物量が無ければ、今回の作戦とも言えない作戦は成功しなかっただろう。
歯噛みをしながら、アルビナは駆け足で何処へと走り去って行く。
一昨日きやがれってんだ。
翌日。
アルビナは再び金貨が満載の馬車数十台を引き連れて再び俺の店の前に現れた。
恐らく書面で別口から金を引っ張ってきたのだろう、それが出来るだけの信用がある店だ。
貴族連中ならあれ位ポンと用意するだろう。
貴族の懐を一部前借したアルビナがあれから更に石鹸買占めを強行して来たが、ミラに追加で500箱を頼んだ辺りでアルビナを一切見掛けなくなった。
手持ちの資金も、前借出来る信用も全て枯渇したのだろう。
アルビナによる独占商法は、ミラの持つ圧倒的な物量の前に瓦解した。
これでもう、金貨三枚などという馬鹿げた価格で石鹸を転売する事は不可能となった。
これから石鹸は、少しずつ庶民の手にも渡るようになるだろう。
これで少しはアルビナの野郎も懲りただろうさ。
貴族への負債を抱える事になっただろうが、売り物である石鹸は文字通り山程あるんだ。
その石鹸をちゃーんと適正価格で売って、売り切れば当初の財政事情に戻れるさ。
俺は、客の提案通り忠実に銀貨5枚で販売するぜ?
その石鹸在庫を捌きたいなら、お前も銀貨5枚で売るしかないよなぁ?
あー、清々したぜ。
これに懲りたらもう俺の店にちょっかい出して来るんじゃねえぞ。
この世界に独占禁止法なんて存在しません
テンバイヤーは滅びれば良いと思う(青眼の亜白龍を見ながら)




