66.越冬
「あっはっは! いやー、もしかしてこれ流石に作り過ぎちゃったかもしれないわねー!」
完成した物から片っ端にものぐさスイッチ内に収納していたので、視覚的に量が分かり辛くなっていたのが最大の原因だ。
流石にこれは笑うしかない。
無事今年も地下拠点にて快適な冬越えが出来、雪解けも迎えて再びオリジナ村まで向かえるようになった。
なのでルドルフに渡す事も考えて、一度ものぐさスイッチ内にあった石鹸を全て取り出してみた結果が、これである。
大広間に隙間無く積み上げられた石鹸、石鹸、また石鹸!
石鹸の壁、石鹸の波、石鹸の山である!
一日で百キログラム近い量を量産出来るようになったのだ。
越冬までの期間中、休日を除いたほぼ毎日、冬篭りの期間数ヶ月!
延々と作り続けた成果がこれだよ!
「……これ、総重量軽く十トン超えてるわね」
「と、トンって……な、何ですか……?」
「キログラムの上の単位よ、千キログラムで一トンだから、キログラムで表すなら10000キログラム以上って事になるわね」
ま、重量の問題は私には一切関係ないのだけれどね。
ただ、これを運ぶルドルフは死活問題なんじゃないかしらね。
でも、これでしばらく石鹸製作をサボってもルドルフへ卸す石鹸には困らなくなった。
「は、ははは……ミラさん、本当にこれ全部売り捌けるんですかね……?」
「でもルドルフの話だと、当初の販売予定価格の五倍、六倍にまで価格が膨れ上がってるらしいし、売れるわよ」
物が少なくて、需要が多いからいわばプレミアが付いてしまっているのだ。
この石鹸を作っているのは、活動資金の確保という目的である。
現状の商機を失い続けている状態は回避したい。
それに、庶民の生活にまで浸透させる事によって疫病なんかの予防もしておきたいという名目もある。
ここは雪国で、細菌が生きるには辛い環境だけれど、私達が感染しないという保証は何処にもない。
医療技術が未熟なこの世界で、病気は生死に関わる。
他者の病気を予防する事で、間接的に私達も移される危険性を少なくする。
その為には、庶民にまで行き渡らせる事が可能な、圧倒的な量が必要なのだ。
量が増えれば、必然的に価格も下がるからね。物価の基本よ。
「じゃ、今年こそ線路を海まで伸ばすわよ! 資金源となる石鹸製作の環境も大幅改善が叶ったし、今まで以上に専念していくわよ!」
意気込み新たに、今年も野外活動を行っていく。
早速今年もトロッコに乗り、最初にオリジナ村のルドルフ宅を訪ねる。
「ルドルフさん、お久し振りです。約束通り、石鹸を作って持って来ました」
「おお! 本当か! 立ち話も何だし、中に入ると良い」
ルドルフの好意を受け、自宅に上がらせて貰う。
リビングの中央に置かれたテーブルにルドルフと向かい合うように座り、早速商談を開始する。
「所で、ルドルフさんはどれ位の石鹸が必要ですか?」
「ん? 用意してくれるならいくらでも、というのが俺の本音なんだが」
「そうですか……じゃあ、あれ位ですか?」
丁度リビングに置いてあった、大きめの木箱を指差す。
「おお、結構作れたんだな。その位だったらすぐに完売するだろうさ、俺が保証するよ」
「いえ。あれにギッシリ隙間無く詰め込んだ木箱をあと最低3000は用意出来ます」
……何を言っているんだこの娘は、いやもしかして聞き間違いか?
そんな考えが巡っているのが見て取れる表情である。
「なので、それを踏まえてルドルフさんに聞きたいんです。どの位の石鹸が必要ですか?」
「ちょっ、ちょっと待て! それなら30箱で良い、充分だ! それ以上は俺が運びきれない!」
「30箱ですね、こっちで箱に詰めた方が良いですか?」
「い、いや。現物を渡してくれるならこっちで梱包するよ」
「そうですか。それだとこちらも助かります、では明日お届けに参りますね」
そして約束通り翌日。
私は蒸気機関車を運転し、後ろにこっそり新造した貨物搬送用車両を牽引してオリジナ村を訪れた。
貨物車は寝台列車と比べて内装といった装飾の必要性が一切無いので、比較的短期間で作る事が出来た。
ルドルフ宅を訪ねると、ルドルフと一緒に何故かアーニャも一緒に付いて来た。
「――こ、これがアーニャが言っていた物か……」
「ねぇー、凄いわよねぇ~。ねぇ、ミラちゃん。これって一体何なの?」
これ……ああ、後ろの蒸気機関車の事か。
そういえば三人には説明したけど他の人達は知らないか。
「蒸気機関車っていう、私達が作った大型移動手段ですね」
「じょうき、きかんしゃ? 石鹸といい、こんな物まで作れるとは……ミラ、君は一体……」
「これ位、大した事じゃありませんよ。それより、後ろに御所望の石鹸を積載してきたので行きましょう」
本当に、大した事じゃないから。
私が学んだ訳でも、私が苦労して身に付けた訳でも無いから。
「わ、分かった……ただ、この量だとそのまま直接馬車に積み込んだ方が良さそうだ」
「なら、そうします。リュカ、それとルーク。馬車への積み込みお願いね」
「分かりました」
「は、はい! 頑張ります!」
ルドルフ、ルーク、リュカの男手三人衆が総出で貨物車から馬車へと荷物を移し変えていく。
石鹸を次々に木箱へと詰め込み、封をして馬車へと乗せる。
ルドルフの手付きは流石の一言だ、手馴れているので流れるような動作で次々に石鹸が木箱へ飲み込まれて行く。
その間、私は特にする事は無いのでただ待っているのだが、そんな私を見てアーニャが声を掛けてくる。
「それにしてもミラちゃん、本当色々な物を作れるのねぇ~。私、びっくりしちゃったわ。特にこの蒸気機関車っていうのを、初めて見た時は特にねぇ~」
「そうですか」
そりゃ、これだけ目立つ代物が毎週の頻度でオリジナ村のすぐ横を走り抜けて行けば嫌でも目立つわよね。
どうもルドルフはタイミングが合わなくて今初めて目撃したようだが、それ以外のオリジナ村の住人は全員この存在を知っているだろう。
「ねぇ、良ければ今度ミラちゃん達が住んでるっていう場所にお邪魔しても良いかしら? ルドルフが行商に行ってる間、暇で困ってるのよぉ~」
「…………」
うーん、どうしようか。
あんまり部外者を入れたくないんだけどなぁ。
でも、アーニャにはここに来た当時、色々良くして貰った恩もある。
それに、彼女はその性格からして変な行動はしないだろう。
何だかふわふわした言動をしているが、性格の根っこまでふわふわしている訳ではないようだし。
「私達の場所で見た物に関して、他言しない。あと、色々実験中で危険な物もあるので許可していない場所には入らない。これを守れるなら来ても構いませんが」
「本当!? ありがとうミラちゃ~ん!」
まるで純真な子供のような笑顔を浮かべながら、私の事を抱き締めてくるアーニャ。
胸元に抱き寄せてるせいか、胸が顔に当たる。
着てる服のせいで分かり辛かったけど、アーニャって結構胸がある人なのね。
「ただ私達も今、線路敷設作業に専念してるので。都合が合えばって事になりますが……」
「うんうん。ルドルフがいない間は私は何時でも暇してるから、その時なら自由に時間を合わせられるから大丈夫よぉ~」
専業主婦だから、旦那がいない日々は暇してるという訳か。
一月単位で家を空けるルドルフの商売は、言うなればプチ単身赴任みたいな物だし、そう考えればさぞ暇なのだろう。
この世界は、娯楽だって少ないみたいだし。
……娯楽、か。
無いなら、また作るのも良いかもしれないわね。
破壊神とやらが根こそぎレオパルドの技術を滅ぼしたっていうなら、製造技術も失われてそうだし。
でも、娯楽の優先順位は低い。
今は何を置いても、海までの線路延長作業が最優先だ。
そんな事を考えている内に、石鹸を無事馬車に移し終えたようだ。
荷物が多いので、一度書類を整理した後、明日行商へ向かうそうである。
なら、販売は何時も通りルドルフに任せて。私達は私達の仕事をしましょうか。
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線路敷設に明け暮れた一ヶ月。
石鹸の売り上げを受け取るべく、行商からルドルフが帰還した事を聞いた私は売り上げを受け取るべくルドルフ宅の扉の前に立っていた。
ノックをしようと思ったその時。
「くそっ! あの野郎!!」
扉の向こう側から聞こえる怒声。
行商から戻って来たルドルフは荒れていた。
理由は分からないが、とりあえず受け取る物は受け取らないとね。
扉をノックすると、若干冷静さを取り戻したルドルフが出迎えてくれた。
「や、やぁ。良く来てくれたね」
「何だか随分荒れてるわね。何かあったのかしら?」
「ま、まぁちょっとな……そうだ、売り上げを受け取りに来たんだろう? これがその売り上げだ」
ルドルフは一度奥へ引っ込み、金貨がギッシリと詰まった麻袋をテーブルの上に乗せる。
あれだけあった石鹸だが、やはりしっかり売れているようだ。
「……荒れてる理由がもしかしたら石鹸が思ったより売れなかった、とかだったらどうしようかと思ったけど。この様子だと売れてるみたいね」
「――まぁ、売れてるよ。売れてるんだが……」
歯に詰まったような物言いをするルドルフ。
やがて意を決したかのように、ルドルフは切り出す。
「なぁ、ミラ。石鹸はまだまだあるんだろう?」
「ええ、まだまだ在庫はありますよ。今回はどうします? 前回30箱渡しましたが……」
「――――1000箱だ!」
え?
「もう一度言う。石鹸、1000箱分だ! あるんだろう?」
「え、ええ……勿論、ありますけど」
「ならそれだけ用意してくれ! 俺はこれから知り合いに掛け合って、馬車をありったけ集めてくる! アーニャ! 悪いが、石鹸を馬車にすぐ積み込めるように準備しておいてくれ!」
「それはいいけど……ルドルフ、大丈夫?」
「大丈夫、俺は何も問題ないさ。ただ、売られた喧嘩は買う! それだけだ! あの野郎に一泡吹かせてやる!」
何があったのか知らないが、ルドルフが燃えている。
ま、まぁ石鹸を売ってくれるというなら私としては何も言う気は無い。
「……アーニャさん一人で1000箱もの梱包作業は流石に厳しいんじゃないでしょうか? 私達も手伝いますよ」
「助かるが、良いのか?」
「人間関係は持ちつ持たれつ、ですよ。私も今まで散々鉄や日用品の仕入れなんかで世話になってますから、これ位はお手伝いさせて下さい」
「そうか、それなら頼む! それじゃあアーニャ、行ってくる!」
そう言い残し、叩き付けるような勢いで扉を開け放ち、馬車に乗り込みオリジナ村を後にするルドルフ。
それにしても、いきなり1000箱か。
「アーニャさん、以前私達の拠点に行きたいと言ってましたよね?」
「え、えぇ……」
「良ければこれから行きませんか? わざわざこっちまで石鹸を運んで梱包するより、向こうで最初から石鹸を梱包した方が手間が省けますし」
「! それもそうねぇ~! それじゃあ、お邪魔しちゃっても良いかしらぁ~?」
「良いですよ。それじゃあ行きましょうか」
結局、ルドルフがどうしてそこまで憤っているのかは分からなかったが、私はただ淡々と用意するだけだ。
うーん、でも梱包量が多いから、ちょっと線路敷設はストップだなぁ。
これから全員総出で梱包作業になるなあ。




