65.世界情勢と英雄譚
さて、冬篭りの期間に何をするかと言われれば、今年の冬はとにかくひたすら石鹸製作である。
あそこまでルドルフに「もっと量を作ってくれ」オーラを出されては商談相手として無碍にする訳にも行かない。
それに、資金稼ぎの一環でもあるのだから作る事に意味もあるし、有意義でもある。
だから作ろう、冬の期間。みっちり数ヶ月フルスケジュールでね。
ちなみに、私が設置した石鹸製作特化の蒸気機関は何の不具合もなく稼動している。
ま、私が作ったんだから当然なんだけどね。
石鹸製作の作業工程において、大きく時間を取られるのはトロナ石の粉砕作業と水酸化ナトリウムの濃縮作業、そして水酸化ナトリウムを油と混合して混ぜ合わせる攪拌作業だ。
なので、この三箇所を蒸気機関によって自動化させる事にした。
蒸気機関車のように、車輪を回転させる要領で破砕部分を稼動させ、トロナ石の粉末を大量に生産。
蒸気機関を稼動させる為には膨大な熱量を要求されるので、その余熱を利用して水酸化ナトリウム溶液を沸騰させる。
水蒸気は排煙口へと通じており、有毒の水蒸気は拠点の外へと排出される。
後はしっかり水分が飛んだ水酸化ナトリウムを容器に保存するだけである。
また、攪拌作業も同様に回転機構を利用して混ぜ合わせている。
手間の掛かる、時間の掛かる作業を一気に自動化させた事で、石鹸製作ペースは段違いに向上した。
今までは一日掛かりで数キログラムしか作れなかった石鹸が、今は一日で百キログラムに少々足りない程度の量が生産出来るようになったのだ。
機械の力は偉大である、たった四人でこれだけの成果を上げられるのだから。
但し、機械の力を使って一度に作れる量が増えても、石鹸の元を攪拌する時間と容器に取り分けて成形する固形化の時間はどうやっても短縮出来ない。
結果、待ち時間が増えて手持ち無沙汰になる時間がとても増えてしまった。
その待機時間を無意味に消費するのは効率的とは言えないので、とりあえず魔力を扱えるルークとリューテシアには拠点稼動に必要な魔力の充填を行って貰っている。
私とリュカは、魔力供給で中枢部区画から動けない二人の代わりに風呂や料理といった家事を担当しているが、それも別段大して時間が掛かる作業でもない。
なのでやはり暇になる。
二人は石鹸製作時と休息中以外は中枢部にて釘付けなので、私とリュカも自然に中枢部に留まるようになる。
集まってもする事は無いので、自然とその時間は雑談が繰り広げられるようになる。
「――所で、今この世界ってどうなってるのかしら?」
湧き出た一つの疑問。
今の今まで生活環境を良くしたり、資金稼ぎの石鹸製作なんかに時間を割かれ、こういった生活に直結しない些細な疑問を考えている余裕は無かった。
しかし蒸気機関車という強力な足を作り終え、石鹸製作の機械化も果たした事でいよいよもって現状今すぐ作りたい物が無くなってしまったのだ。
あれば便利、というのはまだまだあるが、必須かと言われるとそうでもない。
「……えっと、ミラさん。それは具体的にはどのような事を言っているのでしょうか?」
「そうね。強いて言うならレオパルド王国に関しての情報が欲しいわね。歴史でも言い伝えでも何でも良いわ、余りあの国の事情を知らないのよ」
名前だけは残っているが、魔族という種族によって実効支配されている地。
私の知っている過去の情報の中で、大きく様変わりしている場所がこのレオパルド王国のあるレオパルド領である。
他の土地は、さしたる変化は見られないようなので大して気にならない。
私の知らない間に、レオパルド領で何が起きたのか。
それが分かれば、化学知識や蒸気機関といった、元々レオパルド王国には存在していたはずの知識が途絶えている理由が分かるかもしれない。
「レオパルド王国というと、私達人類共通の敵である魔族が住んでいる地ですね。首都にはその魔族を束ねる魔王が住んでいると言われています」
「――私達からすれば、人間が最大の敵なんだけどね」
そういえば、リューテシアはその魔族に属する種族だったわね。エルフとかいう。
「私の知ってる限りだと、レオパルド王国って元々人間達の領土だったはずなんだけど。何で今は魔族が支配する地になってるのかしら?」
「……えっと、ミラさんは初代勇者の英雄譚をご存知無いのですか? かなり有名な話だと思うのですが」
「えっ?」
私の知っている限りだと、この世界には時折特異点と呼ばれる人外レベルの力量を持つ、俗に言う勇者と呼ばれる人物が現れる事は知っている。
また、魔物の中にも同様に勇者と同等レベルの力を持ち、災いを引き起こす存在が現れる事も。
だけど、初代勇者の英雄譚って何? 初耳なんだけど?
折角なのでルークに説明をお願いして、その内容を要約していく。
ある時、人々が住まうこの世界に自らを破壊神と自称する魔神が現れた。
その破壊神は現れるや否や、当時この世界で最大の軍事国家として君臨していたレオパルド王国を瞬く間に滅ぼし、その恐怖の名を世界中に轟かせた。
破壊神は魔物を操る力を有しており、その力を使って他国に次々と攻め入ったと言う。
魔物は、個々の力こそ強いものの知能的には野生動物と大差無い。
なので群れを作る事はあっても、統制された侵略行動をするような知能は無い。
だからこそ人間達は知識を駆使して生存競争を生き延びて来たのだが、その魔物に間接的に知識を与える者、破壊神が現れたから世界は混迷を極めた。
次々に人々の命は奪われていき、このままでは人類の滅亡も間近と世界が絶望に染まった時。
この世界に救世主が現れた。それが、初代勇者だという。
初代勇者は精霊様の加護を受け、数多の苦難に満ちた旅路を越え、その果てに見事破壊神を討ち滅ぼした……という昔話らしい。
破壊神は滅ぼしたが、魔物は滅んだ訳ではない。
その破壊神とやらの影響を受けた結果、魔物の中に知能を有する魔族と呼ばれる種族が生まれ、魔物の中に現れる特異点存在は魔王と呼ばれるようになった……
えー……何ソレ。
何か知らない間にこの世界に壮大な英雄譚が出来上がってるんだけど。
うん、まぁ良いや。でもレオパルド王国の技術が断絶してる理由の八割位は納得出来た。
その破壊神とやらがレオパルド王国を滅ぼしたから、この世界にかつて存在していた技術が跡形も無く消滅した。
そういう事ね、二割位それでも納得出来てないけど。
破壊神だろうが何だろうが、人の口には戸を立てられない。
どれだけ念入りに滅ぼしたのか知らないけど、それでも技術が完璧に途絶えてるのが不自然だというのは変わらないけどね。
「そうか……滅んだ、そうよね」
その英雄譚も、破壊神とやらも、私は知らない。
でも、その情報を知った事で私はある仮説を組み立ててしまった。
そしてその仮説は、恐らく真実なのだろう。
――この世界の人々は、恐らく知らない。
知っていれば、レオパルド王国が滅んだなどという言い方なんてしないはずである。
つまり、奴等は逃げたのだ。同胞であるレオパルドの民を見捨て、のうのうと自分達だけがここではない、私が生まれたもう一つの世界へと。
察知出来た理由と移動手段こそ想像が付かないが、奴等が行っている反吐が出る所業を思い起こせばそう連想するのも容易い。
「うん、ありがとうねルーク。そのお話は知らなかったわ。さて、それじゃあ雑談はこの位にして、石鹸を容器に取り分ける作業をしますか」
話し込んでいる内に、攪拌作業に必要な時間が経過している事に気付く。
話を切り上げて、私達は全員で新設した石鹸製作場へと移動する。
それにしても、レオパルド王国が滅んだ……ねぇ。
どうせなら、あいつ等も全員まとめて破壊神とやらに滅ぼされれば良かったのに。
――そうすれば、私みたいなのが生まれる事も無かったのに。




