64.作業効率向上
リューテシアにオシオキこと足つぼマッサージを施術してから、少なくとも魔物との戦いのような命の危険が付き纏う状況下で指示を無視したりする事はなくなった。
痛み……じゃなくて、快楽は人を従順にさせるのだ。
痛くない、痛くないよ。痛いのは不健康な証拠だから、健康優良体の人ならあのマッサージはただただ気持ち良いだけなんだから。
私も鬼ではないので、余程目に余る行動をしない限りはこういうオシオキはしない。
だが、それでもリューテシアが内に抱える憎しみの感情故か、時折その目に余る行動をしてしまう事がある。
そんな時は、そっと彼女の耳元で「足つぼ」と耳打ちしてあげると素直に私のお願いを聞いてくれる。
でもどうして涙目になるのか、私には良く分からないなぁ。
前衛のルークと後衛のリューテシアが、恐らく表面上だけなのだろうが戦闘中にしっかり連携を取ってくれるようになったので、今までのような危なっかしい感じは見られなくなった。
線路を敷設し、魔物が襲ってくるなら撃退し、どんどん鉄路を広げて行く。
そんな最中、以前ルシフル村にて領主に会う為の約束を取り付けたその期日が近付いているのに気付く。
こちらがお願いする側なのだから、遅れる事は許されない。
一度蒸気機関車を反転させ、再び拠点へと戻る。
私がルシフル村に向かっている最中は、何時も通り全員で石鹸製作作業に当たって貰っている。
ルドルフの話では常に売り上げ好調、飛ぶように売れている為、常に石鹸は品薄状態との事。
その内、石鹸製作環境も改善しなきゃね。でも今は、線路敷設作業の方が優先度上だけれど。
さて、またまた馬車にシェイクされながら訪れたこのルシフル村。
領主の館を訪れると、何と領主自らが出迎えてくれた。
挨拶と軽い雑談を交えた後に、こちらの目的を切り出す。
今回ここを訪れた目的は、金貨四十万枚を紙面ではなく現物である金貨に変換する事である。
額が額なので、今すぐここで換金出来るとは思っていない。
後々纏まった金貨を用意出来たタイミングで再度伺おうと考えているのだ。
「……まさか今が丁度そのタイミングだったとは、意外だったわね」
という予定を計画していたのだが、とんだ肩透かしである。
訪れてその日の内に目的を果たし、私はオリジナ村へととんぼ返りしている。
話によると税収の期日が迫っており、その支払いの為に丁度金貨をしこたま溜め込んでいるタイミングだったそうである。
なのでその金貨の一部をそっくりそのまま両替して貰い、現在に至る。
余計な手間が省けてるし、有り難い限りね。
馬車に揺さ振られ、昼寝が出来る気がしない車内で横になる。
頭ぶったー! もうこの馬車やだー!
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換金を無事済ませ、資金面での憂いも無くなった私は再びルドルフに鉄や食料といった日用品の購入を依頼する。
蒸気機関車製造で相当な量の鉄を食ったからね、敷設する線路もまだまだ必要なのだから本当に鉄が足りていない。
足りていないといえば、石鹸も足りていない。
依頼ついでにルドルフが愚痴っていたのだが、もっと石鹸を卸す量を増やせないのかと言っていた。
現状、仕入れたら仕入れた分だけ売れており、品薄になっているので価格の高騰が始まっているという。
物珍しさのせいか、貴族なんかにも目を付けられた事で石鹸一つが金貨二枚、三枚と常識外れな価格に釣り上がってるそうだ。
ルドルフも商人なので、高値で買ってくれると言われれば断る訳にも行かない。
しかし石鹸の価格が高騰しては、庶民の手に行き渡らない。
現在、石鹸製作は手作業で行っており、ハンドメイドの域を出ない。
私を含めたとしても四人、その人数で作れる量などたかが知れている。
線路敷設作業も休む訳には行かないし、石鹸製作に割り振れる時間も限りがある。
となれば、選択肢は二つある。
一つは単純に人手を増やす事だ。これが一番簡単な解決方法だろう。
だが、まだ私としてはその時ではないと思うのよね。
リューテシアのように複雑な感情を持ち合わせている人なんかが増えると、諍いも増えて私一人の手には負えなくなる。
なら、私がする事はもう一つの選択肢。
「――リュカ、ちょっと私と一緒にまた鋳造作業するわよ。それと溶接絡みで時々ルークにも手伝って貰うから」
そう、石鹸製作工程の工業化である。
蒸気機関という動力源は既に実用化しているのだ、ならば行ける。
もっと複雑な構造の蒸気機関車が既に実働状態なのだ、たかが石鹸の製造如き、造作も無いわね。
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思い立ったが吉日、早速図面に起こし、鋳造と研磨機による部品製作、組み立てを行う。
その間、リューテシアには地下拠点から地上まで貫通する排煙口を製作して貰った。
蒸気機関を魔石ではなく通常燃料で稼動させた場合、大量のススを含む排煙の処理が問題となる。
それを外部に排出する為の新たな通風孔を開通させたのだ。
同時に、石鹸製作の際にどうしても発生する水酸化ナトリウムを含有する水蒸気の排出もこの通風孔から行う。
ハンドメイド程度の規模であるならば、大広間の通風孔程度でも充分排出は間に合うのだが、流石に工業化して大規模な石鹸製作となると排出する水酸化ナトリウム水蒸気も桁違いになる。
排煙口の製作は必須と言えた。
まぁ、地下の農場を作る事と比べればこの程度はリューテシアにとってみれば実に容易いだろう。
ササッと完成したので、次にリューテシアには今私達が作っている石鹸製作用の作業機械が完成した際に設置する空間を地属性魔法で押し広げて作って貰う。
実験農場程広大である必要は無いが、その後の拡張性を考慮し、農場の半分程の空間を確保するよう伝える。
既に以前、農場製作にてしんどい思いをしているので最初は嫌がったが。
「疲れてるなら、マッサージしてあげようか?」
と、親指を立ててグリグリ押すような仕草を見せた所、脱兎の如き勢いで作業に取り掛かった。
そんなに嫌がらなくても良いじゃない、気持ち良いのに。
そして月日は流れ二ヵ月後。
時の流れは早い物で、石鹸製作機械の組み立てと設置に黙々と打ち込んでいたら、気付けば秋になっていた。
ロンバルディア地方は、そろそろ冬支度を始める頃合である。
冬篭もりに必要な薪の準備は幸運にも線路敷設進行上に林があったお陰で確保できているから、冬になったら死活問題、にはならないからそこは心配ない。
でもさー、まだ全然線路敷設作業が終わって無いのに、もう冬になるのー?
海の影も形も見えてないんだけど。
それもこれも石鹸製作の効率向上とかいう脇道に逸れたのが原因だ、いやでも資金源になってる重要な製作物だから脱線という程酷い訳では無いのだが。
合間合間を縫うように細々と続けて完成させた石鹸をルドルフに渡し、前回の石鹸販売分の売り上げを受け取る。
「ルドルフさん。今年はもう間に合わないでしょうけど、来年の春になれば石鹸の製造速度を劇的に向上させられそうですよ」
「本当か? もしかして人員を増やしたとかそういう事かい?」
「ええ、まぁそんな所です」
人手というか、機械の手を増やしたんだけどね。
人手を増やすのは最終手段だ、今はまだその必要性を感じないからね。
石鹸を受け取ったルドルフは、まるで石鹸到着を待っていたかのようにすぐさま販売の為にオリジナ村を発った。
うーん、何だか待たせたみたいで悪いわね。
折角なのでルドルフの馬車を見送ってから、オキの作業場に立ち寄り製作物の受け取りと対価の支払いを済ませ、トロッコに乗って帰る事にした。
冬到来までもう幾許も無いが、それでも僅かな月日をギリギリまで次ぎ込んで、線路敷設を行っていく。
流石に一年で終わるのは、リューテシアの土台整備速度がズバ抜けていても無理。それは分かってた。
だが一年を費やして、相当な距離の敷設を終える事が出来た。
オリジナ村の横を通過し、延ばしに延ばして湿地帯を越え、林間を走り抜け、川を越えて。
危険地帯と忠告を受けた白霊山の領域を避ける為、やや南下する直線ルートを選択した影響か。
距離を延ばし徐々に南下していった結果、気候が変化して周囲の植生が変わってきたようだ。
私達が居住している周囲では竹や針葉樹が生息しているが、今現在線路の敷設区間では温帯に属する広葉樹の姿が見受けられた。
ま、植生が変わったらだからどうしたという訳だが。現状それが私達の生活に変化をもたらす訳でもなし。
よし、今年のお仕事終了。
海に辿り着けないから拠点の更新が捗らないけど、仕方ないか。
また雪が降って来たし、今年の野外活動はもう切り上げね。




