62.言伝と掃討戦
「うー、まさかまた乗るハメになるなんて……」
蒸気機関車は、現状私しか運転出来ない。
なので、一旦線路敷設作業を停止して三人には石鹸製作を行って貰っている。
それと並行し、目減りしていた薪を追加するべく、ルークとリュカの二人には伐採した木々を丁度良い大きさに切り分ける作業も並行してやるよう支持を出した。
地下拠点は地下で湿気が篭り易いのと、温泉の源泉が存在するという事で湿度が基本的に高めである。
放って置いても伐採した木々が乾くのに時間が掛かるので、適度な大きさに切り分けて乾燥速度を高める必要があるのだ。
どうせ燃料として使う時には切り分けねばならないのだ、遅いか早いかの違いである。
そして切り揃えた薪は、大広間にある外気の取り入れ口である通風孔の前に積み上げ、常に風に触れる状態にして湿気を飛ばし、乾燥させていく。こうする事で薪として運用可能になるまでの時間短縮が出来る。
さて、三人に仕事を割り振って私は一人何をしているかと言うと、ロクにサスペンションも付いてない酷い馬車に再び揺さ振られ、低く唸り声をあげつつルシフル村まで赴いていた。
目的は一つ。
以前、ファーレンハイトの貴族宅にて書面という形式で受け取った金貨四十万枚を換金する為である。
ルドルフは言い方が悪いかもしれないが所詮は一介の商人、これだけの紙面を換金する体力は無いだろう。
貴族が発行した紙面通貨を処分出来るのは、同じ貴族や王族、もしくは大手商会位な物だ。
これの入手経路に別段後ろめたい物はないのだが、額がデカいので余計なトラブルを誘発し易いのは明白。
なるべく私の事情を汲み取って、穏便に換金を済ませられ、それでいて距離的に近い場所となるとここしか無いのだ。
蒸気機関車であらば一日所か半日といらぬ距離を、馬車に揺さ振られて遠路遥々こうして訪れた。
ルシフル村の領主にして、勇者の実家であるその邸宅を訪ねる。
扉を叩くと、屋敷を管理しているであろうハウスキーパーの一人が扉を開けて用件を尋ねてくる。
ここの領主と商談をしたいという事と、以前ここの勇者様と一緒に訪れたミラという少女だと告げる。
しかし間が悪かったようで、今現在領主はファーレンハイトに上京しており、戻るのは最低でも一月以上先だという。
いないのなら仕方ない、出直すしかあるまい。
一月以上先との事なので、日付的に余裕を持って今日から丁度二ヵ月後にまたここに来ると言伝を頼んでおく。
まぁ、今来てすぐ用件が済むのは余程幸運でない限り有り得ないと考えていたので落胆は無い。
アポイントメントを取り付ける事が出来たのだから、また次回来れば良い。
「あー、やだー。あの馬車に乗りたくないー。でも徒歩はもっとイヤー……」
どちらがマシかと言われれば、馬車である。
なので不満を口にしつつも、他の選択肢を提示出来ない以上馬車に乗る選択肢を取らざるを得ないのであった。
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「リューテシアさん! 右から来てます! それと――」
「うっさい! 私に指図するな!」
狼型の魔物の群れ、その数およそ20程。
剣を構えたルークが果敢に立ち向かい、魔物の足止めをする。
馬鹿正直に正面に固まって向かってくるから一度に飛び掛かって来る量が少ないとはいえ、あれを一人で捌けるルークも凄いなぁ。
ルークが足止めをしている内に、リューテシアが魔力を地面に流し込む。
魔物の左右から地面が盛り上がり、まるで虎バサミの要領で魔物を圧殺する!
群れの大半を押し潰したが、討ち漏らした内の一体がリューテシアの喉笛を噛み千切ろうと勢い良く飛び掛る!
「ウィンドエッジ!」
リューテシアの振り抜いた右腕、そこから放たれる風の刃。
狙い鋭く放たれた魔力の刃は的確に魔物の開け広げた口内を通過し、上顎と下顎を綺麗に両断した。
「言われなくても分かってるわよ!」
「分かってない」
リューテシアの怒声を静かに切り捨てつつ、彼女の死角から飛び掛かって来た最後の一匹。
その脳天に頭上から冷静に鉛玉を撃ち込み、絶命させる。
ただ、飛び掛かって来た勢いは殺せてないので、絶命した魔物の死体が勢いそのままにリューテシアを押し倒した。
小さく悲鳴を上げながら、死体の下から這い出すリューテシア。
「ほらやっぱり見えてないじゃない。私のフォローは期待しないでって言ったわよね?」
私達の拠点である鉱山跡地、そしてオリジナ村からは既に大きく離れている。
無人の荒野だけあり、魔物の襲撃も多くなり、こうして向かってくる魔物を掃討する作業も増えてきた。
私の持つ銃火器が魔物にも充分通用する事は分かってるが、補給手段の存在しない銃弾は有限なのだ。
命には変えられないから私や三人の危機には躊躇せず使うが、それでも積極的に切れる手札ではないから温存はしたい。
尚、ルークとリューテシアの二人に戦闘を任せ、私と非戦闘要員であるリュカは蒸気機関車の車両天井部に座している。
ここなら下で戦っている二人の様子が俯瞰視点で確認出来るし、車両の高さ的に狼や熊程度の大きさの魔物程度では私達がいる高さには手も足も出ない。
リュカには周囲を見渡して貰い、他に魔物の襲撃が無いか、私の視野が届いていない場所を見て貰っている。
「それと、ルークの指示を無視しないでくれるかしら? 基本的に私はいない物と考えるなら、ルークは貴女の背中を守ってくれる戦友なのよ? それを蔑ろにしたら、ルークも、勿論リューテシア、貴女も命は無いわ。魔物は手心加えてくれる優しい生き物なんかじゃないんだから」
小さく鼻を鳴らし、視線を明後日の方向に飛ばすリューテシア。
「……ルーク、もしかして今まで線路敷設作業中、ずーっとリューテシアはこんな調子だったの?」
私の問いに、ルークは苦笑を浮かべながら乾いた笑いで答える。
一年前、リューテシアは言ってたっけ。人間が嫌いだって。
今の今まで延々と地盤整備や施設拡張の為にリューテシアに魔法を使用して貰い、その影響で多少は態度が軟化しているようだが、それでも人間嫌いは根深い問題のようである。
「ねぇ、普通に接しろなんて言わないけどさぁ。少なくとも魔物との戦いみたいに生死に直結する状況でその対応はやめてくれないかしら?」
私のお願いに対し、リューテシアは分かったわよ。と、絶対分かってない返事を返してくる。
「しかし、魔物を多く見掛けるようになったわね」
「アンタが見掛けないだけで、私は今まで散々襲われてたんだけどね……!」
拠点から離れ、遮る物が何も無い平野部。
周囲が良く見渡せ、それと同時に周囲の何処からでも見付かる地形。
魔物の接近がすぐに分かるので撃退は容易だが、すぐに魔物に見付かるので襲撃回数も増える、そんな場所。
とはいえ、動く拠点である蒸気機関車と寝台車両があるので、かなり安全に戦えているのだが、それでも万が一は有り得る。
主要な戦闘要員であるルークとリューテシアの二人が不仲なのは不安要因だ。
ルークが温厚で大人な対応を取れる人物だからリューテシアとの現状を保っているが、普通の人ならキレてリューテシアとの行動をボイコットするレベルだ。
……というか、これは私のカンだけれど。
ここ最近、私はリューテシアにナメられているような気がする。
体罰なんて一度もした事無いし、する意味も無いからこれからもする気は無いけれど。
こうやって命の危機に繋がる状況でもその態度を取るなら、少し考え方を変える必要がありそうだ。
「こういう魔物との戦いの最中にも関わらず、私やルークの指示を人間だから、なんていう個人の好き嫌いで無視してルークを危険に晒すのは頂けないわね」
「……だったら、どうする訳?」
「お・し・お・き♪」
満面の笑顔を浮かべながら、私はリューテシアに向けてサムズアップする。
「ルーク、リュカ。それにリューテシア。今日の線路敷設作業はこれでおしまいにするわよ」
「もうですか? 今日はまだロクに鉄道を延ばせてませんが」
「うん、良いの。今日はちょっと、別のお勉強タイムにするわよ」
何時かこの三人に仕込もうとは思っていたが、いかんせん生活での重要度が低いので後回し後回しにしていた。
私個人の意見で言うなら、もう既に重要度ゲージが振り切れてるんだけどね!
でも、仕方ないよね。うん、仕方ない仕方ない。
生意気な娘には多少、お灸を据える必要もあるのだ。
「勉強ですか……? このタイミングで、一体何を?」
ルークが何やら私の言葉の真意を探ろうとしているようだが、別段深い意味は無い。
このお勉強は、リューテシアへのオシオキの延長線でしかないのだから。
リューテシアには、癒される健康的な拷問を受けて貰おうかしら!




