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61.寝台列車

突然ですが、書き溜めが大分溜まってきたので8月の間だけ5日間隔ではなく3日間隔で更新して行きます。

 蒸気機関車の投入により、当然ながら移動時間を大幅に減らす事に成功した。

 トロッコで三時間程度の距離を、僅か一時間弱で走り抜けたのだ。

 石炭投入精度が荒いから全力は出せてないけど、本調子で無くともこの速度である。

 時速は体感だが、80キロは出ていたように思える。


 この人力トロッコを圧倒的に上回る速度に、石炭投入作業に必死だったリュカ以外の二名、ルークとリューテシアは分かり易い表情で驚いていた。

 これでも本調子じゃないんだけどね。マシンスペック的には、全力を出せれば時速100キロは軽く行けるはず。

 デコイチ、なのは名前だけである。機関車名で一番有名だったから付けただけで、その実態は魔力的機構も搭載したお陰でどの機関車とも似ても似つかぬ構造となっている。

 だからこの車両名は「でこいち君」なのである。本家大元のデコイチとは特に関係ありません。


 鉄の足音を刻み、徐々に速度を落として目的地へと到達したでこいち君の足を止める。

 ここからは、また何時も通り三人には線路敷設作業を続行して貰う。

 さて、走行準備と運転でちょっと疲れたし。作業が終わる夕方までは後ろでゆっくりさせて貰おうかしら。

 シエスタシエスタ。



―――――――――――――――――――――――



 おはよう。(夕方)


 西日が眩しいぜ。

 今日からはこの蒸気機関車という切り札を投入したので、移動時間を削り落とした分をそっくりそのまま作業時間に回せるようになった。

 その分線路敷設ペースも上がり、一日に延ばす距離が一気に倍増した。

 寝ぼけ眼を覚ますべく、顔を水で洗っている最中に横から響くブレーキを掛けていると思わしき摩擦音。

 どうやら、今日の敷設作業を終えた三人がトロッコに乗って帰ってきたようだ。

 大きな移動にはもう使わないだろうが、こうして細かい移動の際にはまだまだトロッコが活躍するのだ。

 濡れた顔をタオルで拭き終えた丁度そのタイミングで、三人が私のいる牽引してきた車両へと乗り込んでくる。


「遅くまでお疲れ様、今日は帰らないでここで一夜を明かすわよ」


 私が今乗っているのは、蒸気機関車の後ろに連結して来た生活空間を備えた車両である。

 二段ベッドが二つに、食事を取る事が可能なテーブル。

 更には少々手狭だが調理場とトイレと浴室も完備した、動く居住空間がそこにあった。

 ただ、ちょっと時間が足りなかったので調理場の方は形だけであり未完成となっている。

 その内完成させるが、ここは今すぐ作る必要性は薄い。

 暖かい料理が食べたいのであらば、拠点で作り溜めておいて、私のものぐさスイッチ内に収納しておけば良いのだから。

 腐敗もしないし、温度も変化しない特性を十二分に発揮した、何時でも出来たてご飯である。

 使う時があるとすれば、私が同行していない時に料理を作る必要があった場合だけだろう。


「日没ギリギリまで作業をしてて構わないと言っていた理由は、この存在が理由だったのですね」

「こうすれば帰る時間も作業時間に回せるしね。それに私、もう二度と野宿する気無いから。だからこうして、動く簡易生活拠点を作ったのよ」


 ちなみに、浴室の方も実はまだ未完成だったりする。

 というか、調理場と浴室が未完成な理由は水回りの実装が間に合わなかったからである。

 トイレに関しては垂れ流し方式なので別に手間は掛からなかったが。

 重要性が低いので後回しにした結果、水回りの整備が終わらなかったが風呂に入れないとは言っていない。


「じゃ、ちょっとお風呂の準備しておくわね」


 車両の扉を開け、浴室へと入る。

 車両に備え付けられる規模の浴室だけあり、その広さはおよそ二畳程度しかない。

 その内一畳が浴槽で占有されているので、身体を洗うスペースも一畳程度である。

 一応汗を流せて、湯船にも浸かれる体裁を整えてはいるが、浴槽も足を曲げねば入れぬ大きさである。

 地下拠点の足を伸ばしてゆったり浸かれる温泉に慣れた身では、心休まらない。

 しかし、風呂が入れるだけ上出来だろう。何しろ汗でベタベタのまま眠らねばならない事態を回避出来るのだから。


 さて、水回りが未実装にも関わらずどうやって風呂を用意するかと言うと、その種は至極単純である。

 ものぐさスイッチから複数個の壺を取り出し、浴槽の縁から内部へ次々に温泉を注ぎ込んで行く。

 時折水の入った壺を投入して温度を下げつつ並々と浴槽に湯を張り、壺を再び片付ける。

 別にどうという事は無い。ものぐさスイッチ内の亜空間では温度が変化しないのだ、

 だったら容器に温泉を入れて持って来れば良い、ただそれだけである。


「よし、風呂の準備も出来たわよ。それじゃあ今日も一日お疲れ様、明日も早朝から線路敷設をやって貰うから、今日は夕食を食べたらさっさと寝てしまいましょう」


 温泉は源泉を8割、水を2割の比率で持って来ているので、少し湯が熱めになっている。

 なので、ある程度冷めるのを待つ事になる。その間は食事の時間にするのだ。

 食事が終わる頃には、丁度良い温度になっている筈である。

 熱かったり温かったりしたなら、湯や水を継ぎ足して調整すれば良い。

 食卓を全員で囲いながら、今日あった事や今後の予定なんかを話し合い、意見や情報を交換していく。

 一通り話し終え、各々が入浴を済ませ、寝床へと潜り込んだ。


 こうして、蒸気機関車初稼動の初日は幕を降ろした。

 今いる場所が平原のど真ん中なので、魔物の襲撃が考えられる。

 それを考慮し、今日は私が寝ずの番をする事になっている。

 と、言っても。そこいらの雑魚風情に遅れを取るような車両にはなってないんだけどね。

 この寝台車両は、私自らが術式を刻み込んで、魔石も組み込んだ特別製だ。

 車体自体もその全体が鉄製なので素材的にも強度は充分。

 窓ガラス部分が強度的に不安だが、窓は全て内側から鉄製の内窓を降ろす事が可能となっている。

 これを降ろしてしまえばこの寝台列車はちょっとした要塞化するのだ。

 安心出来ないなら、野宿と何ら変わりは無い。

 安心して熟睡出来、雨風に打たれる心配も無い閉鎖空間だからこそ、野宿ではないと言い張れるのだから。


「さて……それじゃ、蒸気機関車のマニュアルでも作りましょうかね」


 疲れの影響か、数分程度で熟睡してしまっている三人の寝息を背に、ランタンに明かりを灯す。

 一応、この車両にも地下拠点同様の光源魔法が仕掛けてあるが、アレは少々明る過ぎる。

 三人の眠りを妨げたら明日の作業にも影響するし、私の手元を照らす程度ならこのランタンでも充分である。

 久々に使用するランタンの淡い明かりを頼りに羊皮紙上に筆を走らせる。

 操作項目が多いし、注釈事項もそれに比例して増えていく。

 これは、中々の重労働になりそうだなぁ。

 まぁ、線路敷設はまだまだ先が長い。ゆっくりとやっていけば良いか。


 ものぐさスイッチ内に存在するアプリ機能で時折気分転換をしながら、マニュアルを製作していく。

 全項目の一割も書き終わらぬ内に、蒸気機関車稼動初夜は明けていくのであった。



―――――――――――――――――――――――



「ねぇ。このまま真っ直ぐ進むと林に突っ込むんだけど」

「突っ込みましょうか。冬篭りのお陰で薪をかなり使っちゃったからね、全員で今後の薪回収をしながら線路敷設続行よ! 回収は私が勝手にやっておくから、切り倒してくれるだけで良いわよ」


「川があるんだけど」

「なら橋を作れば良いんじゃない。形状をアーチ状にすれば石材でも充分鉄道の重量を支えられる計算よ」


「何か凄い巨大な岩塊があるんだけど」

「ぶっ壊しちゃいましょうか」


 解決策を提示する都度、リューテシアからぶつけられる恨みがましい視線。

 何よ、そんな程度の障害で線路を曲げる訳無いでしょう?

 鉄道敷設は可能な限り平坦に、可能な限り真っ直ぐに。これは基本中の基本である。

 あれから真っ直ぐ突き進む道程で、何度も障害が立ちはだかったがその全てを退けてきた。

 それにしても林の規模はそこそこ大きかったわね、切り倒しに結構時間が掛かったわ。

 でもその甲斐あって、冬篭り期間中に消耗した薪の量を上回る量が確保出来た。

 ルークの剣捌きや魔力の扱い方がこの伐採作業中にメキメキと上達し、ちょっとした幹なら文字通り一刀両断で切り倒せるようになっていた。

 但し斧だと上手く行かないらしく、速度を考慮するなら剣でなければならないらしい。

 剣はツタ程度を払う位はあるだろうが、こういう風に木々の伐採なんていう使い方をする事を考慮していないので、一本、また一本と切り倒す都度刃こぼれが進行し、金属疲労の結果折れてしまった剣も既に数本。

 どうせ使っているのは数打ちの剣なのだ、遠慮無く使い潰していこう。

 足りなくなったら、またルドルフに仕入れて貰えば良い。道具の損耗率より効率を重視である。

 リューテシアの基礎作り作業が進行し過ぎた時と休日に蒸気機関車で地下拠点まで戻りながら、作業を続けていく。

 地下拠点に戻るのは、およそ一週間に一度、または二度といった程度である。

 拠点に戻った際に、収納しておいた伐採済みの木々の山を取り出して放置していく。

 ものぐさスイッチ内の亜空間では時間経過が発生しない、つまり生木は何時まで経っても生木のままだ。

 乾燥しなければ薪としては使い物にならない、時間経過しては不味い物と時間経過させねばならない物を見極めて出し入れをしていく。

 拠点と線路敷設作業地点の往路を行く都度、機関室に同乗している三人に蒸気機関車の操作方法を教え込んでいく。

 一朝一夕で熟練などしないが、千里の道も一歩から。少しずつで良いから覚えて行って貰う。

 石炭の投炭作業は力仕事の分類となるが、この作業に関してだけは例外的にリューテシアにもやって貰っている。

 どの程度のペースで石炭を投げ入れ、どの位の出力になるのか。

 そういった感覚を養わねば、蒸気を操る機関士としては到底一人前足りえない。

 疲れるのは分かるし、こういう作業に向いてないのも分かるけど、ここにいる全員が蒸気機関車の運転作業を行えるようになって貰わないと私が楽出来ないのよ。

 だからそんな目で見ないで。貴女の細腕が力仕事に向いてないのは重々理解してるけど、これだけはどうしても必要な事なの。

 尚、拠点往復の為の蒸気機関車反転作業はものぐさスイッチの出し入れを使って行っている。

 いずれはものぐさスイッチに頼らずとも反転出来るようにするつもりである。

 しかし相当線路を延ばしたはずなんだけど、未だに海の影も形も見えないわね。

 大陸縦断レベルの敷設量を考えていたから、予想の範疇と言えばそうなんだけれど。

 金貨という形での資金に少々余裕が無くなりつつある、そろそろあの紙面を換金しなければなるまい。

 とはいえあれだけの額を用達出来るような場所、近くには……ルシフル村の領主及び勇者の住んでる所しか思い付かないわね。

 近々、またあそこへ赴く必要がありそうだ。

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