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59.第二次線路延長工事

 土地の権利問題が特に存在しないという事が判明したので、これで遠慮無く第二次線路延長工事を始められる。

 既にオキから製作済みの線路を受け取っており、完成した物は全てものぐさスイッチ内に収納済みだ。

 大陸横断の距離を覚悟するならこれでも全然足りないが、行ける所までは行ってしまおう。

 トロッコに乗ってオリジナ村付近まで移動し、そこから再び東南東の方角に向けて線路を延ばしていく。

 リューテシアには誰かの居住地が見えたり、山といった真っ直ぐ突き進むには難しい場所にぶち当たりそうになったら報告してくれと伝えて作業に当たらせる。

 そういった場所に出くわしたら、線路を迂回させる必要性がある。

 当たったら、ではなく当たりそうになったら、というのが重要である。

 トロッコもそうだが、高速で移動している物体というのはすぐには止まれないし動く方向も変えられない。

 その為、迂回する為に線路が進行方向を変える場合、少しずつ方向を変えなければいけない。

 非常に緩やかな弧を描くようなラインで曲っていくのが基本である。高速で動く物体が曲るのであらば、それ相応の準備区間が必要なのだ。


 オリジナ村を抜けてからしばらくはさしたる障害も無く、順調に地盤工事を進められた。

 だが途中から湿地帯に属する地盤が緩い場所や高低差のある地形といった数々の困難に出くわす。

 リューテシアの地属性魔法で地盤を固めてみたり埋めたり掘り下げたり、徹底的に足場を改善して行った。

 彼女曰く、「湿地帯はもうイヤ」とウンザリした様子であった。湿地帯は地盤の問題が文字通りの意味で根深いからね。

 線路の進行ルート上だけで良いとはいえ、ぬかるんだ地盤の改善作業はさぞ骨が折れた事だろう。

 お疲れ様リューテシア、報酬は弾むわよ。


 リューテシアが足元を踏み固め、その上をリュカとルークの二人掛かりで線路を設置していく。

 越冬期間のブランクがあった為、最初は再び私自身が最終確認をする事になる。

 しかし、何時までもこうして付きっ切りで線路敷設を行う訳にも行かない。

 私は休める時は休みたいのだ。

 なので、蒸気機関車製造の過程で作れるようになった副産物……コイツを使う事にする。


「それじゃルークにリュカ、二人にコレを渡しておくわ。使い方は簡単だからこれを使って上手く線路を水平に、真っ直ぐに設置してね」

「ミラさん、何でしょうかコレは?」

「何か、泡がぷかぷかしてる……」


 二人に渡した道具は、一般的には水準器と呼ばれている土建系の仕事において必須の道具である。

 今回作ったのは、液体の中に気泡が封入されている気泡管水準器と呼ばれる物である。

 使い方は簡単で、この透明度のある気泡管には二本の線が引いてあり、

 この二本の線の丁度中央部分に気泡が移動すればそこは水平だと分かる代物だ。

 これを使う事で、より精確な水平を確認出来るようになるのだ。

 但し気泡管水準器を作る上で、気泡を視認する為に透明度のある容器の確保が問題だったのだが、

 そこは蒸気機関車製造過程で作った物の延長線上で作る事が出来た。


「これがあれば、線路の水平を計るのが非常に楽になるはずよ。本当はもっと早く作りたかったけど、材料と設備の問題で作るのが遅れたの。ごめんね」


 二人に謝罪しつつ、早速線路敷設に当たらせる。

 この気泡管水準器の威力は絶大であり、これを使い始めた途端、一気に線路敷設作業で口出しする数が減った。

 水平か否かを目視で容易に計測出来るというのは、これだけの違いがあるのである。

 実際に敷設が終わった線路上をトロッコで軽く走行してみたが、揺れも無く実に快適な走行であった。


「……うん。これなら大丈夫そうね」


 この調子であらば少なくとも、直線を敷設してる間は注意が必要無い。

 流石に曲らなければならない時は私直々に指示を飛ばす必要があるだろうが。

 なら、その間に私がする事はトロッコに乗っての敷設用線路の長距離搬送、これだけである。

 その資材搬送作業だって、事前に資材の山を進行方向上に等間隔で配置しておけば毎日行く必要が無い。

 ならその間、私は一人で蒸気機関車製作でもしてますか。

 この調子だと出動も近そうな気がするしね。



―――――――――――――――――――――――



 線路敷設に石鹸製作、そして骨休めの休日をローテーションで回しながら日々は過ぎていく。

 リューテシアの地属性魔法による地盤整備速度は恐ろしい速度を誇り、

 線路敷設要員であるルークとリュカの設置速度を少なく見積もっても二倍以上突き放している。

 気泡管水準器を二人に与えてからは彼等の線路敷設速度も段違いに向上しているのだが、

 それでもルークとリュカが線路を100メートル設置し終えた頃には、リューテシアは200、いや300メートル近くは地盤整備を終えている始末だ。

 そういえば、以前オリジナ村までの往路を整備してた時もリューテシアだけが一番乗りで終わらせてたわね。それを考慮すれば当然か。

 流石に湿地帯のような脆い地盤を整備する際には進行速度が急激に落ちるようだが、それでも線路敷設速度とほぼ同じ程度。

 その為、同じだけの作業時間を三人に与えるとリューテシアだけが単身どんどん先へと突き進んでしまうのだ。

 別に進んでも良いのだが、線路敷設が終わっていない区間はリューテシアが一人で歩いて向かわなければならない。

 例えば片道一時間もあるような距離を毎日往復していれば一日で二時間、一月で六十時間もただの移動時間としてロスする事になる。

 それは余りにも無駄があり過ぎるし効率的じゃない。効率を考えるなら、線路敷設区間と地盤整備区間はなるべく被っている状態を維持した方が良い。

 なので、資金源である石鹸製作も行わなければならない事も考慮し、

 ルークとリュカが線路敷設を行っている区画から距離が離れ過ぎた場合は一度リューテシアの地盤整備作業を中断、

 二人が追い付くまではリューテシアに石鹸製作を行って貰う事にした。

 どの程度延ばしたら石鹸製作に当たるかは、リューテシアの感覚に一任する事にした。

 地盤整備をサボり過ぎると二人に追い付かれる、でもやり過ぎると整備開始地点まで歩くのは貴女一人だけだよ。

 そうリューテシアに告げ、後はどんなペース配分で仕事をするかは任せる。

 私はちゃんと仕事が効率的に回ってるなら、何も文句を言う気は無い。

 休日だって、気持ちや肉体の疲れを取り去って効率的に働く為に必要だから存在しているのだ。

 何事も効率良くやるに限る、疲れを引き摺って無意味にダラダラやる仕事には何の意味も無いのだから。

 え? 私は何をしてるかって?

 蒸気機関車の製造も私が専念しただけあって完成したし、農場で水遣りしながら癒されて、その後石拾いしてたのよ。


 それと、線路の敷設完了区間が延びて来たのと比例し、トロッコでの移動時間も増えて来た。

 線路の資材運搬には私が着いて行かないといけない為、その際に時間計測を行ったのだ。

 現時点で、トロッコでの片道移動時間が既に三時間を越えているようだ。

 人力で馬車並みの速度を出せるこのトロッコだが、流石に距離が伸びるにつれてその非力さが露呈しつつある。

 ハンドルを回転させているのは所詮は人間だ、人間の体力の限界である。

 流石にこの距離を休み無しというのはリュカも流石に疲れるようで、途中でルークと交代しながらトロッコを運用しているようである。

 片道三時間という事は、往復で六時間。一日が二十四時間なのだから、仮に拠点での睡眠時間、食事や入浴といった諸々の時間をひっくるめて十二時間だと計算するなら、

 一日の作業時間の内半分が移動時間という事になる。


 ……流石に、もうトロッコは半分卒業かな。

 オリジナ村に行く程度の距離で運用するのは燃料費的に無駄が大きいと思って出し渋ってたけど、

 この移動時間は、流石にもう切り出すしかない。


「――もう皆も感じてると思うけど、トロッコでの移動時間が大分増えて来たわ。だから、冬篭り期間に皆で作り上げた秘密兵器。そろそろ本格的に運用しようと思うの」


 食事の時間。この時間は半ば定例報告会の時間になりつつあった。

 全員が顔を揃えられる貴重な時間でもあるし、こうなるのは必然だったのだろう。

 一同が揃っているこのタイミングで、私達が完成させた蒸気機関車の投入を示唆する。


「へー、あれ完成したんだ」

「リューテシアはあんまり製作に絡んでないから実感は薄いかもしれないけどね」

「言われてみれば、リューテシアさんは何やら細かい部品製造は行っていましたが、他はほぼ全て僕とリュカくんが行ってましたからね」


 ルークの言う通り、冬篭り期間はほぼリューテシアは拠点開拓に勤しんでたからね。

 それに、蒸気機関車は基本的に鉄の塊だ。

 鉄のパーツを組み立てるのには相当な力が必要となる、野郎共の仕事になるのは当然である。

 溶接が必要な箇所も存在したが、そこはルークに炎属性魔法を使用して貰う事で作業を行えた。

 リュカにはほぼ全ての部品の鋳造、組み立て作業に関わって貰った。

 その作業時間たるや常に製造に関わっていた私に次ぐ程である。


「あ、あんなに大きいの……ほ、本当に動くんですか……?」

「動くわよ。私の設計にも貴方達の組み立てにも問題は無かったからね」


 リュカの不安そうな言葉を一刀両断で切り伏せる。

 何処にも問題点は存在しない、なら動くわよ。

 トロナ石と一緒に大量に放置されていた石炭。

 使い道が無くてずっと放置状態だったけれど、遂に使う時がやって来た。


「明日から、蒸気機関車を動かすわよ! 覚える事も沢山増えてくるから、三人共覚悟しておきなさい!」


 私の言葉を受け、ルークは気を引き締め、リュカは心配そうに怯えた表情を浮かべ、リューテシアは大きく溜息を付くのであった。

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