表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/209

58.無人の荒野を往くが如し

 ロンバルディア地方、冬の風物詩たる雪の壁はすっかりと溶け去り、今は日陰に土交じりの汚れた残雪が散見されるのみとなった。

 未だに朝と夜は身が切れる程の寒さを感じるが、日が差す日中はほのかに暖かさを感じる。

 もう、完全に春なのだなぁ。と、二年目のロンバルディアの春をトロッコの車中で体感するのであった。


「お久し振りですアランさん、少しお尋ねしたい事が」

「おや、誰かと思ったらミラさんですか。尋ねたい事とは、一体何でしょうか?」


 私は今、トロッコに乗って再びオリジナ村へと訪れていた。

 今回の用件は、この村の村長であるアランに質問とお伺いを立てる為である。

 挨拶もそこそこに、こちらの用件をさっさと切り出す。


「私の拠点とこのオリジナ村を繋ぐ道を、更に延長したいと考えてるんですけれど。その場合は誰の許可を得るべきなんでしょうか?」

「許可ですか。基本的にこのロンバルディア地方内であらば、既に誰かが住んでいる場所でなければ自由にして良いと考えて貰って構わないですよ?」

「へぇ、自由にですか。何だか随分気前が良いですね? 国が管理している所有地とかは無いんですか?」


 ちょっとこれは意外な回答だ。

 誰も住んでいない野山の土地なんかは、普通は国が管理しているのが一般的である。

 なので個人の好き勝手に開拓なんかすれば国の法で罰せられるのだ。

 だからこそ許可を取りに来たのだが、よもやそんな特殊な事情があるとは。


「寧ろ、国に管理しろと命ぜられてファーレンハイトから送り込まれたのがこのロンバルディア地方に住んでいる人々の祖先ですからね。ある意味、ここは流刑地なんですよ。土地代が無いに等しいので移住してくる変わり者もいますが、遠征討伐軍様はこんな厳冬の地には出向いてくれないから魔物は繁殖し放題。基本的に好き好んでこんな厳冬の地に住む人はいませんよ。管理するついでに、あわよくばこの未開の地を切り開いて、住みやすくしてくれれば好都合、といった目論見なのでしょうね。ですから、ミラさんが道を作りたいというのであらば、既に人が住んでいる場所でなく、このロンバルディア地方内であらば寧ろ喜んでお願いしたい所ですね」


 まぁ、それは確かに。

 そうか、言うなればこのロンバルディア地方は大開拓時代という訳か。

 原住民と問題を起こしさえしないなら、どんどん切り開いて国を発展させて行こうという激動の時代。

 ロンバルディア地方には寒さと降雪という大きな障害があるけれども、広大な土地に豊富な資源が存在する。

 何処の世界でも、そんな場所があれば人々はフロンティアスピリットを発揮するのだなぁ。

 土地の所有者問題が発生しないのであらば、私としては変に諍いが発生しないから好都合だけれど。

 それにしても、流刑地とは中々辛辣な言葉ね。


「そうですか。なら遠慮する必要は無いという事ですね、それともう一つ聞きたいのですけれど、ここから一番近い海ってどっちですか?」

「海、ですか? このロンバルディア地方にも海はあるにはありますが、かなり遠いですよ? このオリジナ村は、ロンバルディア領の中でもかなり内陸の方に位置しているんです、一番近い海が何処か、と言われればここから真っ直ぐ東に向かった先にある海ですが……」

「……何か、問題が?」

「ここから東には、白霊山(はくれいざん)があるのはご存知ですか?」

「ええ、以前地図で確認してるわ」

「白霊山は人類未踏の未開の地、そして数多くの凶悪な魔物の住処となっていて、更には真夏であろうと真冬同然の寒さが吹き付ける、このロンバルディア地方で最も寒い地域でもあるんです。ここから素直に真っ直ぐ海に行こうとすると、白霊山の危険域に突っ込んでしまうんですよ」


 ここを上回る極寒の地に、凶暴な魔物、ね。

 そんな危険な橋は渡りたくないわね。

 んー、でも海に行くのは必須項目なのよねぇ。

 そうか、この周辺は内陸部なのか。今までトントン拍子で来れただけにこれは中々の障害ね。

 じゃあ最善策が駄目なら、次策……かな。


「と、なると……危険を避けるなら真っ直ぐじゃなくてちょっと逸れる感じで道を伸ばした方が良さそうね。東の先には村とかはあるのかしら?」

「いえ、先程言った通り白霊山に近くなりますからね。そんな場所に集落を構えるのは自殺行為ですから、あるとしてももっと南下した場所でしょう。南下すれば僅かばかりですが気温が上がってファーレンハイト地方の気候に近くなりますから、辛うじて農作物の栽培で自活出来るでしょうからね」


 まぁ、それはそうよね。

 魔物の巣窟の近くに住むなんて、鴨葱も良い所でしょうし。

 襲われない為にも生息域から離れるのは自衛手段として当然といえば当然か。


「そうか……じゃあ真っ直ぐ東ではなくて、安全を考慮するなら東南東に伸ばす感覚でいた方が良さそうね」

「あの、本当に海まで道を伸ばすのですか? 例え魔法を使ったとしても私達が生きている間に終わりそうにないのですが」


 確かに、魔法を使っても厳しいかもね。「魔法」だけならね。

 思っていた以上に強力な魔法の使い手だったリューテシアに、私が開発して竣工間近の蒸気機関車でこいち君、そしてオキが作り溜めしておいてくれた大量の線路、そしてこのものぐさスイッチの収納力。

 これらが組み合わされば、海までの線路敷設作業は五年も必要ないと断言してあげるわ!

 海までの距離次第では、もっと早く終わるかもしれないけれどね。



―――――――――――――――――――――――



「海まで線路、伸ばすわよ! 勿論、石鹸製作と平行してね!」


 地下拠点に戻った私は、石鹸製作作業中の三人に向けて開口一番言い放つ。

 リューテシアの口が馬鹿みたいに開けっ放しになってる。

 決まった事は決まった事なので、張り切って行きましょう!

 海に行かないとどうしても必要な材料が手に入らないのよね、これは以前ファーレンハイトの市場を見ても見掛けなかったから作るしかないのだ。

 海にさえ行けるなら、作り方は簡単だし。

 私の行き先が余りにも想定外だったのか、ルークが隠し切れない驚きを顕にしつつ尋ねてくる。


「海……ですか……!? これまた一体、何用でそんな場所まで? てっきり私は、このままここで永住するのかと思っていたのですが」

「いやね、この私達の拠点を更に快適にしようと思って必要な材料を考えたんだけれど、どうしてもその素材の内の一つが海に行かないと手に入らなくてねぇ。それに、相当量が必要になるから一回行けば終わりって訳でもないし。だったら、往復の手間を省く為にも線路敷設しちゃおうって考えよ」


 積み込む準備さえ出来るのなら、私には亜空間という広大な収納領域を誇るこの携帯端末、ものぐさスイッチがある。

 だが、その積み込む準備というのが問題なのだ。

 無事海に辿り着き、目的の代物を採取してそのまま持っていくなら、非常に量が(かさ)張る。

 その大量の物資をものぐさスイッチ内に放り込める状態にするのも時間が掛かる。

 加工して嵩を減らせば積み込む準備も簡単になるが、今度は加工する時間が必要となる。

 量が量なので、一週間そこらで準備が整うような代物ではない。

 それに、道中の移動時間の問題だってある。

 アランの口ぶりからして最悪、大陸横断の距離を覚悟する必要がありそうだ。

 線路を敷設したとしても、それだけの距離となると途中で寝泊りを考慮する必要だってある。

 そうなれば移動可能な宿泊施設だって必要となる。野宿はもうイヤ。

 中継点に簡易の宿泊施設を建設する事も考えたが、即座に却下となった。

 理由は魔物の存在である。興味を持たれて壊されたら何の意味も無いからだ。

 野生動物は今まで無かった代物が唐突に現れると、警戒して近付かないパターンと興味を持って近付いてくるパターンがある。

 前者の反応をする魔物しかいないと断言出来るなら作っても良いのだが、後者でないかどうかはそこに住む魔物次第なのだから全く当てにできない。

 その他諸々を考慮すればどう足掻いても、海までの道程を何十と往復しなければならない。

 それに海まで線路敷設が出来るなら、それはイコール豊富な海洋資源を自由に採取出来るという事でもある。

 土地の管理を国が放り投げてる始末だ、この調子だと漁業権も無いのだろう。

 おさかな釣り出来るね! 海岸でやってもさしたる物も大した量も手に入らないだろうけど。


「海……って、確か凄く沢山水がある場所ですよね? 僕、見た事無いです!」

「あらそうなの? なら折角だし、見てみたいわよね? なら、頑張って行きましょうか!」


 さぁさぁ、線路延長工事に関する土地の問題は特に無い事が分かったので、今すぐ開始だ!

 海に辿り着けば、また世界が広がるわよ!


「ただ、聞いた話によると真っ直ぐここから東に行くと危険らしいから、少し南下しながら東に伸ばして行くわよ。アランさんから聞いた話だと、ほぼ大陸横断の覚悟が必要そうね。まぁ秘密兵器も用意してあるから、それを使う必要性が生まれる位に線路を延ばして行きましょうか」

「ねぇ」

「何かしら?」


 不満気たっぷりの目線でこちらを見てくるリューテシア。

 折角可愛い顔してるのに、そんな目してると損よ?


「私は一体何時になったら土いじりから開放されるの?」


 さぁ?

 取りあえずリューテシアから視線を逸らしておいた。

 これからは、リューテシアには大陸横断鉄道の下地作りに勤しんで貰おう。

 まぁ、相当な大仕事なのは間違いないから借金返済も進むわよ。

 だから頑張って、ね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ