57.二度目の春
砂型作って、溶鉱炉で溶かした鉄を湯口から流し入れて。
砂型壊して、砂を掃って、湯道を切り落として、表面及びバリをヤスリで削り取って。
自力でも湯道を切り落とせるけど、やっぱり力作業だしどうしても時間が掛かる。
なので途中からはルークにお願いして湯道を魔法剣で切り落として貰ったりした。
鉄の固まりである湯道が、まるで木の枝でも切り落とすかのような具合に割りとあっさり切断される。
だけど流石に鉄で鉄を切り落としてるからか、結構剣の刃の損耗が大きい。
このペースだと春まで絶対に剣が持たないだろうなぁ。あ、とか考えてたら剣が折れちゃった。
「……どうしましょうか、ミラさん?」
「ま、何時かはそうなるって思ってたから平気よ」
こんな事もあろうかと、というやつである。
手早くものぐさスイッチを操作し、次の剣を取り出す。
ルークに柄を向けて手渡す。
「数打ちの剣だからそんなに持たないでしょうけど、鉈代わりみたいな使い方する分には充分でしょ」
別に湯道を切るのに正確な寸法を測る必要は無い。
むしろ切り過ぎないように少しだけ痕跡が残る程度に切って貰っている。
だから、とりあえず剣は切れればそれで良いのだ。
もしかしたら切れ味が悪いなら切る、じゃなくて破断と言うのかもしれないけど。
そして、私が本格的に完成を目指している物は恐ろしい量の鉄と部品を使用する。
部品数だって百で足りるような生易しい数ではない。
鉄の量はまぁ、目測だが足りると思われるのだが、流石にこの量を完全な手作業でヤスリ掛けするのは正気の沙汰ではない。
なので、寄り道をして蒸気機関二号機を完成させた。
作ったのは、完全なるヤスリ掛け特化型蒸気機関である。
ぶっちゃけ、グラインダーと呼ばれる物の亜種だ。
動力を電気とモーターではなく、蒸気と魔力を使用して動く代物だ。
使用時は金属同士が擦れ合ってつんざく様な激しい金属音がするので、耳栓は必須である。
それと、部品が摩擦熱でえらい事になるので手袋も必須だ。
研磨の為の稼動部位は高速で動いているので、私と一緒に研磨作業を行っているリュカには危険だから作業中は絶対に目を離さない、気を抜かないという事を厳命している。
最悪、研磨作業中は私を含めた全員の声掛けを無視して良いとも言っておいた。
それと、リュカを含めて研磨作業に従事している人に声を掛ける際には研磨作業が終了したタイミングを見計らって声を掛けるように徹底した。
このグラインダーでの研磨作業、余所見をすれば指が削れ、最悪指が飛ぶ。
注意一秒怪我一生、というやつである。
工作機械というのは、非常に便利だがそれと同時に非常に危険である。
私の世界でも、そのたった一秒の注意を怠ったが故に人体欠損、人命の損失という重大事故が年に何度も発生している。
ミスが取り返しの付かない事態に繋がる項目なので、口が酸っぱくなる程言わなければならないのだ。
この研磨特化の蒸気機関が完成してから、大分ヤスリ掛け作業の負担が軽減されて助かっている。
部品一つ完成するまでの作業の中で、一番しんどいのがこの研磨作業だったしね。
前述通り、危険な工作機械でもあるのだが、注意さえしっかりしておけばこれ程便利な物も無い。
鋳造製品のバリ取りだけじゃなくて、砂型を作るのに使う木型の研磨にも使えるからね。
この研磨機を使えるようになってから、手での研磨作業は本当に仕上げ部分だけで済むようになった。
これにより、一気に鉄加工の作業ペースが上がる事になった。
越冬までの間、現時点で出来る拠点開拓作業を終えたリューテシアもこの鉄加工作業に合流し、私を含めた一同一丸となって、越冬を迎えるまでの期間をこの作業に費やした。
――そして、雪解けの季節を迎える頃。
注力した甲斐有り、「それ」の作業工程は既に八割程が終了していた。
主要な部品自体は既に完成し、後は溶接・組み立てを待つのみ……となった。
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私がこの世界にやって来てから、二度目の春がやってきた。
断交同然となっていたオリジナ村との交易路を回復させるべく、既に敷設が完了している鉄道路線とトロッコをフル活用し、ある程度まで雪が溶けた線路上の除雪作業を行う事になった。
私以外の全員がシャベル片手に雪の壁へと突撃し、崩落しないように注意しながら線路脇へと雪を放り投げていく。
魔法が使えた方が効率良く進めると言っていたので、奴隷契約書の制約を一時的に解除して三人を毎日見送っている。
え? 私は雪掻きをしないのかって? 何言ってんのよ馬鹿じゃないの?
こんな魔法も使えない、か弱い女の子に雪掻きさせるなんて非効率的でしょう。
またオリジナ村とここを繋ぐ路線が回復するまで、私は束の間のブレイクタイム。
あ、たまに暇潰しで石鹸も作ってるわよ。
だって交易路が回復したら、また石鹸の販売が再開する訳だしね。ある程度量が必要になるし。
トロッコで移動時間を大幅に短縮出来ている為、線路上の除雪作業はとても効率良く進んでいた。
魔法によって雪の壁を吹き飛ばし、また、ボス猿さんの存在が魔物の襲撃を予防している事もあり、実に好調だ。
時折雪ではなく雨が降った事で雪の壁を溶かしてくれた事もあり、二週間もした頃には再びオリジナ村との通路が開通する事になった。
さて、これで再び販売経路も復旧した……訳なんだけど。
その前に取りに行かなければならない物がある。
なので、そのブツを受け取りに私はトロッコに乗って再びオリジナ村、オキの作業場を訪れていた。
作業場の横には大量の鉄の山がそびえ立っており、目的の品をオキが延々と作り続けてくれた事を物語っていた。
「こんにちわオキさん。お久し振りです、線路を受け取りに来ましたよ」
「おお、嬢ちゃんか。頼まれた通り、同じようなのを何個も作って置いたぜ」
作業場にも所狭しと線路が置いてあり、やはり外に積み重ねられていた線路の山は室内に入り切らなかった物だったようだ。
「本当に有難うございます、かなり助かりました。それじゃあこれ、代金を置いておきますね。それと、まだこれでも足りないので引き続き製作をお願い出来ますか?」
「おう、代金もちゃんと貰えてる訳だしこっちとしちゃ一向に構わねぇんだが……これでも足りないって一体どういう事だい?」
若干引きつったような笑顔を浮かべるオキ。
だって、足りない物は足りないんだもの。
それに、余っても使い道はある。
軽く世間話を交えた後、オキの作業場を後にする。
次は、ルドルフの家である。
ちゃんと越冬まで食料は持ったが、また在庫量が少なくなってしまった。
ルドルフに代金を渡し、鉄に日用品、食料の買い付けを再びお願いする。
アーニャも丁度在宅中のようで、石鹸のお陰で洗濯に食器洗いがかなり楽になったと感謝された。
それに石鹸を使い続けたせいか、手がスベスベになったのよ、との報告を受けた。
ふーん、私が使ったこの世界の植物油の影響かしらね。
まぁ、私達はこれからも淡々と石鹸を作るだけだけどね。
代金と同時に、在庫としてあるだけの石鹸も全てルドルフに手渡し、再び石鹸の販売もお願いした。
まだオリジナ村の反対側に積もった雪は溶け切っておらず、今すぐには商売を再開は出来ないそうだ。
まぁ仕方ないか、私達は私達の仕事をしながら気長に待つとしよう。
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オリジナ村との往路が回復した事で、再び村との交流が再開した。
とは言っても、現時点では然程する事は無い。
今の所は一時中断していた石鹸製作作業を再開する位だ。
さて、雪の降る頻度と量が落ち着いてきたので、雪掻き作業に手を取られなくなってきた。
ただ雪掻き作業に手を取られていた人員が今度は石鹸製作に手を取られるので、自由になる手は別に増えていないのだが。
引き続き鉄工業に勤しみながら、中枢部への魔力供給、そして石鹸製作を行っていこうと考えている。
「ねぇ、ミラさん」
私と一緒に二人きりで組み立て作業を行っていたリュカが声を掛けてくる。
「何かしら?」
「もしかして、僕達が組み立ててるこの鉄の塊って、乗り物なんですか?」
「ええ、そうよ。流石にもう車輪もあるし、気付いちゃうわよね」
「や、やっぱりそうなんだ……でも、凄い大きいですよね。馬車なんかよりずっと大きいです、まるでこれ自体が家みたいですよ」
家と同じ位大きいねぇ、まぁそうね。
もっと小さい初期型でも充分馬力は出るから、それにしようかとも考えたけれど。
大は小を兼ねるという言葉もあるし、鉄をふんだんに使って本気で作ってみた。
私のいた世界と違って、魔物という野生の脅威も存在する事だし。本来無い魔力的機能も搭載したアレンジ仕様である。
「あながち、家って発想も間違って無いんだけれどねぇ……ただ、現時点だと例えこれが完成したとしても使うような区画が無いのよねぇ。オリジナ村に行くだけなら、稼動準備に要する時間を考慮するとトロッコの方が早いし燃費も良いのよね。コイツを使うならトロッコじゃ手が追い付かない……もっと超長距離区間を走るのに使いたいわね」
「そういえばミラさん、今作ってるこれって何て言うんですか?」
「これ? これはねぇ――」
以前、三人に見せて説明した蒸気機関。
非常に大きな、人間ではとても捻出不可能な動力を長期的に安定して出し続ける機械。
最初は温泉を汲み上げるのに使用し、次は研磨作業を行う作業機械として使用した。
蒸気機関は、原理をしっかり理解していれば、組み方次第で様々な働きをする。
その働きの中には蒸気機関で動く車、という物も存在する。
「――蒸気機関車、名付けて……でこいち君よ!」
「で、でこいち……くん?」
完成はもう間近だ! でも走るような区画の路線が無いぞ!
でこいち君の未来は現時点だと真っ暗だ! 線路を延ばそう!




