54.蒸気機関
リュカにルークとリューテシアを呼んで貰い、私を含めた四人はこの大広間に集まっていた。
私はものぐさスイッチ内から、リュカに協力して貰って作った小さな鉄製の模型を取り出す。
溶鉱炉が使えるようになったので、試しに作った代物である。
ここにいる皆になるべく分かり易く説明出来るように簡略化・小型化してあり、
サイズ的には掌に乗る程度の大きさではあるのだが、その部品のほとんどが鉄で出来ている為、かなり手にズッシリ来る重さがある。
「何ですか? これは?」
「これはね、蒸気機関の仕組みを分かり易くする為に作ったシンプルな模型よ」
「じょうききかん、ですか?」
蒸気機関。
それは、人類の文明に大きな革命を起こした大規模な工業的動力源の一つである。
蒸気機関の登場により、それまで移動及び動力手段として用いられてきた人の足や馬車といった生物の力に頼る手段は一気に一線から追いやられる事になった。
人力ではとても賄えない巨大な動力として、以後代替わりするまで人々の生活には無くてはならない動力源となった代物、それが蒸気機関だ。
蒸気機関に関して、理解し易いようになるべくシンプルな構造にしたその模型を使い、口から言葉にしながらリュカ、ルーク、リューテシアの三名に説明していく。
「聞いて今すぐ理解出来るかはまぁ、置いておいて。こういう構造になってるの」
鉄製の台座の上にその部品は配置されており、左側には台座の半分は占有するであろう車輪が設置してある。
車輪にはクランクと呼ばれるクランクシャフトが取り付けてあり、
そのクランクシャフトは肝心の動力部位であるピストンと連結されている。
まず最初に、水を入れてある貯水タンク部分の真下に火を灯し、タンク内の水を加熱し沸騰させる。
水が沸騰する事で、水は水蒸気へとその姿を変える。
水蒸気に状態変化した事で、水は気体という巨大な体積へと生まれ変わる。
だが、この貯水タンク内だけではその水蒸気という巨大な代物を押し留める事は出来ない。
じゃあ、この水蒸気は何処へ行くのか?
この貯水タンクには水蒸気の逃げ道として上部にパイプが取り付けてある。
こんな狭い空間にいられるか! 俺はパイプの中に逃げるぞ!
といった具合に、水蒸気はタンク内からパイプ内へと移動していく。
パイプは途中で折れ曲がっており、その接続先には巨大なもう一つのタンクのような物――ピストンシリンダーがある。
ここが、水蒸気という状態変化を往復運動へと変える場所である。
このピストンシリンダーに、先程説明したクランクシャフトと接続してあるピストンが設置してある。
パイプを通じて流れてきた水蒸気は、この空間へとどんどん溜まっていく。
このピストンは動くようになっているので、水蒸気がこのシリンダー内に溢れ返ってくるとピストンを押し出して少しでも空間を広げようとする。
これによりピストンは押し出される。
ピストンが動く事で、それに繋がっているクランクシャフトも連動し、クランク機構がピストンの往復運動を回転運動へと変換する。
回転運動となったその動力がこの車輪へと繋がり、車輪は回転するという訳である。
さて、こうして無事水蒸気が動力へと変換されたが、まだ水蒸気の膨張は止まらない。
このままでは水蒸気は延々と膨張を続け、やがてはこのパイプなりタンクなりを破裂させるまで膨張し続けるだろう。
そういう訳にも行かないので、今度は完全に肥大化した水蒸気をこの中から逃がしてやらなければならない。
実はこの水蒸気をピストン運動に変える稼動部、一箇所だけ穴が開けてある。
その穴は、シリンダー内部のピストンが押し出され、ピストンが頂点まで押し出された時に開放される位置に計算して空けられている。
こうして水蒸気は外部へと放出され、稼動部内やパイプ、貯水タンク内の圧が一気に低くなる。
水蒸気による内圧から開放された事で、ピストンは車輪の回転運動による惰性を受け、クランクシャフトを通じてその位置を再び押し下げる。
ピストンの位置が下がった事で、先程水蒸気を外部へ開放した穴も封鎖され、再び稼動部内の水蒸気による圧が蓄積する状態となるのだ。
――後は、熱源となる火及び水蒸気となる水のどちらかが枯渇するまではこの流れの繰り返し。
水が沸騰し水蒸気となり、水蒸気がピストンを押し出し車輪を回転させる。
これが、蒸気機関の基本構造である。
蒸気機関を動力にした代物は、全てがこの基本の流れを元にしている。
実際に運用する際には、外部に排出している水蒸気を冷却して再び水へ変換し、循環させて再利用するのだが。
今回は説明の簡略化の為に排除させて貰った。これはあくまでも説明・勉強用の模型でしかないし。
「――と、いうのが蒸気機関の基本よ。理解出来たかしら?」
……全員の頭の上に ? が浮かんでいるのが目に見えるようだ。
まぁ、今すぐに分からなくてもその内理解してくれるだろう。
製鉄、鋳造が可能な炉が完成した事で、この蒸気機関を作る事も可能となった。
「まぁ、百聞は一見にしかずとも言うわね。見れば分かるわよ、こうして動かすのよ」
小さな貯水タンクの中に水を注ぎ、貯水タンクの下の受け皿に火を付けて内部の水を加熱する。
じわりじわりと水の温度は上がって行き、やがてゆっくりとピストン、クランク、車輪が動き出した。
ピストンが往復する都度、蒸気を逃がす為の穴からぷしゅん、ぽひゅんといった情けない音が鳴り出すが、規模が小さいので音もこんな物だろう。
「こんな具合に動くのよ。リュカは分からないかもしれないけど、少なくともルークとリューテシアの二人には分かるはずよ、この蒸気機関は一切魔力を用いずに動いてる事がね」
魔法というのは、発動すれば魔力的な痕跡が残る。
なので、この模型がもし魔力で動いているのであらば魔法という技術に関わっている者であらば一目で判別出来るのだ。
「……確かに、一切これからは魔力を感じませんね」
「で、こんな玩具が動いたからってそれがどうなるのよ?」
玩具……玩具ね。
そりゃ、これは模型だから玩具同然だけれどもね。
「ああ、リューテシアには玩具に見える訳ね。なら教えてあげるわ、これは同じ比率なら更に巨大化させたとしても同様に動くのよ」
無論、巨大化にも限度はあるが、純粋に大きくすればしただけその力も大きくなる。
同様に熱源である燃料の消費も大きくなるのだが。
それが一体何を意味するのか、これから否応無しに知る事になるでしょうね。
さーて、かつてレオパルドの地にあったはずのこの技術。
再興してこの世界に革命再びと行きましょうか。
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まず最初に、試作機として蒸気機関一号を製作してみた。
リュカが慣れていない事もあり、それなりに時間は掛かったが。
どうせこの雪では外には出られない、通風孔付近の雪掻きだけしっかりしておけば外出する必要も無い。
越冬するまでは時間はタップリあるのだ、さしたる問題ではなかった。
大部分は私とリュカの二人で作り上げたが、組み立てにはルークにも若干噛んで貰った。
リューテシアの拠点開拓作業の邪魔をしては悪いので、リューテシアには土いじりに専念して貰っている。
完成品の移動はものぐさスイッチの亜空間内に格納という非常に楽な手段があるので、遠慮なく使用させてもらう。
取り付け箇所は、大浴場の真上。そう、手押し式ポンプを設置していた場所である。
この蒸気機関は、折角魔力という物が周囲にあるので利用しない手は無いという事でハイブリッド方式になっている。
燃料、魔力のどちらでも動く代物だ。
何故そんな形状にしたかというと、実はまだ排煙設備がこの地下拠点には備わっていない。
後々設ける予定ではあるが、それは最低でも越冬が済んだ来年の春からという事になるだろう。
こんなドカ雪が積もり切った中、雪山掻き分けてやるような作業でもない。
なので、この蒸気機関にはこれからしばらく魔力で動いて貰う事になる。
この蒸気機関には魔石をはめ込む場所があり、この場合だと燃料ではなく魔石が発する炎属性の魔法を利用して貯水タンクを加熱する事になる。
まぁ、蒸気機関の肝は水が沸騰する事で液体から気体へと変化するこの自然現象なのだ。
水が沸騰するという結果に辿り着けるのであらば、石炭を燃やそうが魔力で炎を発生させようが、過程なんでどちらでも構わない。
「後は最後にこの棒をそことここに引っ掛けて……うん、これで完成よ」
実はこの手押し式ポンプ、ハンドル部分の末端に穴が開けてある。
ここに動力源を設置しようとは前々から計画済みだったので、この辺の加工に抜かりは無い。
蒸気機関の動力部と手押し式ポンプ、その両端を鉄の棒で繋ぎ合せる。
曲げて固定するので、ルークにお願いして棒を加熱して溶着させた。これで稼働中に外れる事は無いだろう。
これで蒸気機関の動力がポンプへと伝達するようになる。
「じゃ、動かしてみますか」
魔石に微量の魔力を送ると、魔石の機能が稼動を開始する。
炉の中には魔法による炎が入れられ、タンク内の水を加熱していく。
排煙坑が完成すれば、大量の煙の排出も出来るようになるので、石炭が使える。
そう、私はあの存在を忘れていない。
ズリ山として大量に放置されている、トロナ石と同等――いや、それ以上に重要な物質。
別名黒いダイヤとも呼ばれる事もある、石炭である。
アレは蒸気機関を製作できたこの時点で、その価値が一気に化けた。
煙の問題を解決すれば、あの量の石炭が自由に使えるのだ。
しかもご丁寧に採掘済みの状態で、一箇所に纏められているという据え膳状態である。
これは使わない方が失礼という物だ。
そんな事を考えていると、貯水タンク内の水が完全に沸騰したのか、蒸気機関の稼動部が無機質な音と共にピストン運動を開始する。
手押し式ポンプがゆっくりと、徐々に速度を上げながら上下に運動する。
「この速度は……身体強化魔法を使った状態の僕でも厳しいですね」
そう冷静な自己評価を下すルーク。
まぁそれはそうでしょうね。
個人の力では到底どうにもならぬ莫大な力を、燃料が尽きたり故障したりしない限り年中無休で生み出し続ける。
それが蒸気機関の最大の利点なのだ。
機械はどれだけ過酷な環境下で酷使しようと、絶対に文句も言わないし謀反も企まない。
人間を機械扱いするのは外道の所業だが、機械を機械として使うのは誰も異存は無いだろう。
「こうやって人力でやる意味が無い作業に関しては、どんどん蒸気機関みたいな動力源に任せて行けば良いのよ」
折角なので、どの位の勢いで温泉を汲み上げているかも確認しに行く事にする。
大浴場(暫定)に向かうと、それはそれは素晴らしい勢いで温泉が湯船へと注がれている。
勢いが強過ぎて上から流れて来てる水路の水では到底埋めきれない湯量だ、このままだと完全に熱湯なので入るに入れない。
「リュカ……というかルークとリューテシアもそうね。これから新しいお仕事が追加ね、冬場だけだけど」
「は、はい」
「何でしょうか?」
「これ、現状の垂れ流し水路じゃ水供給が間に合って無いわ。お風呂に入る前に毎回、トロッコで外の雪を積み込んでこの地下に持って来て」
水じゃなくて雪を直接浴槽にぶち込んで温度下げないと間に合わないわこれ。
温泉を注ぐのを止めて冷めるのを待っても良いのかもしれないけど、それじゃすぐに入れる状態とはとても言えない。
んー、今現在では出来ない拠点開拓項目が多いわね、これは辛い。
主に、材料が致命的に足りない。
やっぱり、何とかして海へ行きたいわね。
越冬したら石鹸販売と平行して、海への移動手段の確保もしないといけないなぁ。




