53.鉄工業本格始動
魔力式溶鉱炉が出来たので、鉄製品をオキに頼まず自分達でも作れるようになった。
また、そこで流した汗水も温泉が出来た事でスッキリサッパリ流せるようにもなった。
これなら心置きなく鉄工業に勤しむ事が出来る。
――この世界にもかつて、工業や科学技術は存在していた。
地名だけは生き残っている、レオパルドという地方がそうであった。
だがどういう訳か、現状今の世界にはそういった痕跡が何処にも存在していない。
まぁ、どうしてこれらの技術が断絶したのかは考えた所で答えは出ないだろう。
無くなったなら、再興すれば良いだけだ。
全ては、私の快適生活の為に。
その為に必要な知識は、全て私の頭の中に入っている。
「リュカー。ちょっと良いかしら?」
「は、はい! 何ですか?」
作業の合間を見て、リュカに今後行う内容を説明する。
鉄工業に必要な設備は出来た。
この時点で、もう従事する人達が魔力を使う必要などほとんど無くなってしまったのだ。
なら、ここからの作業は魔力に乏しい私とリュカでも出来る。
魔力を使わずとも行える作業を、魔法が使えるルークとリューテシアにさせるのは効率が悪い。
ローラーチェーンのような、この世界の現状の技術では製造が難しい物に関しては魔法を用いる必要もあるかもしれないが。
これから作る物に関してはしばらくは私とリュカだけでも充分作れる代物だ。
後々、技術向上という名目でやって貰うというのであらば大いに有りなのだが、
それを出来る程現状の環境が整っているとは言えない。
まだちょっと、人材育成より効率を重視すべき段階かなー。
さて、それではリュカと一緒に鋳造製鉄作業、始めましょうか。
まず手始めに、練習としてちょっとした模型でも作ってみようかな。
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「むふううううぅぅぅ……」
大きな水音を立てて、浴槽から溢れ出した湯が排水溝へと流れ込んでいく。
先程、リュカと一緒に鋳造の作業を行ってきた。
リューテシアに増設して貰った通風孔、そしてそこに刻んだ術式の風量を上げたのだが、
いやー、頭の中で知ってるのと実際に間近で身を持って体感するのは大違いね。
溶鉱炉のある室内が熱いのなんのって。
誤表記ではない。暑いのではなく熱いのだ。
通風孔の出力を上げて、もう完全に真冬になったはずの外気をガンガンと流し込んでいるはずなのに、汗が流れっぱなしである。
ロンバルディアの冬は、間違いなく気温が氷点下に到達する。
しかもただの氷点下ではない。水に浸したタオルを軽く絞り、広げて勢い良く振ると一瞬で固まる程の気温だ。
熱湯を空気中に撒けば、一瞬で凍って氷霧と化す。
手持ちの温度計では計測不可能な程に冷え込んでいるので、
恐らく気温はマイナス二十度以下だろう、防寒着が無ければ凍死は免れない。
そんな外気をどんどん送り込んでいるのに、作業場では滝のような汗を流す羽目になった。
まぁ、考えれば当然である。
外気はマイナス二十度? 三十度? 鉄が溶ける温度考えてみろ、って話しね。
鉄を溶かすには、実に千度を超える熱量が必要なのだ。
その差実に九百度以上! 更にこの地下まで流れ込んで来る間に地熱で暖められてしまう事も考えれば完全に焼け石に水である。
それでも、作業の合間合間に通風孔から出てくる冷風には大分助けられた。
私とリュカの二人、交代で冷風を堪能しつつも鉄製品の製作を行った。
初めて作るのだし、最初は比較的簡単な物から作り始めた。
リュカに指導しながら作ったので、それなりに時間は掛かったけどね。
そして今、予想した通り汗だくになったので温泉で汗を流している真っ最中である。
「やっぱり、温泉は良いわぁ……」
身体の芯まで染み渡るようなこの感覚。癒される。
坑道を水没させた元凶であるこの温泉、折角なのでこうして汲み上げて有効活用させて貰っているのだが。
温泉という資源は、決して無限ではない……と、思うべきである。
この温泉溜まりとなっている坑道の地下が、どんな状態でこの熱水を噴出しているのかは分からない。
枯渇してしまうタイプの温泉なのか、それとも水源があってどんどん追加されていく半永久的なタイプの温泉なのか。
そのどちらであっても、私としては一向に構わないと考えている。
地下に埋没している空洞に溜まった地下水が熱せられて温泉となった場合だと、溜まっている分を使い切ったらそれで温泉は枯渇してしまう。
だがこのパターンの場合、温泉を汲み上げ切ったら水没している坑道が復活する事となる。
それは即ち、硫化水素という有毒ガスと出水によって放棄されたこの鉱山の奥に眠る資源を採掘出来る様になるという事だ。
そして、地上の亀裂から雨水や川の水が流れ込み、地下の空間に流入して溜まっていく水源が存在するタイプの温泉。
このパターンの温泉だった場合、他に水源が存在するのでむしろ使わないとどんどん坑道が水没していく事になる。
水源が存在する場合の温泉だったなら……水没した坑道は完全に諦めるしか無いわね。
流れてくる箇所を塞き止めるのなんて不可能だし、する気も無い。
こちらの場合だと、この地下拠点の水没を防ぐ為にも文字通りの意味で湯水の如く温泉を消費する必要がある。
それは即ち、このほぼ熱湯に近い温泉資源が恒久的に使える事を意味する。
……もしそうならそれはそれで、嬉しいなぁ。
こっちのパターンだったなら、温泉入り放題になる訳で。
あー、でも温泉が折角あるんだから、牛乳とマッサージチェアが欲しい。
温泉で火照った身体に、キンッキンに冷えた牛乳を流し込む。無論、腰に手を当てて。
……流石に、この世界の技術でマッサージチェアを作るのは無謀かなぁ。
私が満足出来るようなレベルの物は、流石にねぇ。
ロンバルディア地方の冬は長い。
まだまだ当分強制引き篭もり環境を続けねばならないだろう。
この機会に、地下拠点の設備を増強していかなきゃならない。
次は何をしようかなと、再び考えに耽りそうになった所でその考えを振り払い、浴槽から上がる。
好い加減上がって、リュカと交代してあげないと。
続きは風呂から上がった後にゴロゴロしながら考えるとしよう。
そんな訳で、ササッと風呂場から出た事をリュカに告げ、自らの部屋のベッドへと飛び込むのであった。
ぐぅ。
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「――よし、これで完成ね」
「ミラさん、これって一体何なんですか?」
湯口を切り落とし、バリをヤスリで削り取り。
完成した部品を組み立て、目的の形が出来上がった。
今回リュカと一緒に作り上げたのは、とある模型である。
構造はとてもシンプルで、目で見て容易に理解出来るようになるべく余計な代物は排除して簡略化した物である。
「これが何なのかは、全員集めてから説明する事にするわ」
イチイチ説明し直すの面倒だし。
これを作って運用出来るようになれば、私達の生活環境は一回りも二回りも進化する事になる。
「そんな訳でリュカ、ルークとリューテシアの二人を呼んで来て貰えるかしら? 作業中なら一区切り付いた辺りでも構わないわ」
「はい、分かりました」
軽快な足取りで、リュカは二人を呼び出すべく駆け出した。
溶鉱炉の部屋の壁面を魔力で操作し、室内の明かりを消す。
一応省エネ、省魔力対策は施してあるが、こういった明かりの点灯にも魔力は消費しているのだ。
リューテシアやルークから魔力を分けて貰って地下拠点を運用しているのだ、無駄は許されない。
さーて、それじゃあやりますか。
この世界に再び、産業革命を起こしてやるわ。




