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52.硫化硫黄泉

 溶鉱炉が完成したのだが、実を言うと今の状況であんまり使うのは気が進まない。

 原因は、主にお風呂周りである。

 今現在、私達の入浴事情は以前作った浴槽に焼き石を放り込むスタイルから何ら変わっていない。

 この方式の欠点は、熱効率が非常に悪い事と、すぐにお風呂を沸かせる訳ではない事だ。

 入りたいと思った時に即座に入れない、汗だくになって帰ってきてこの仕打ちを受けるのが目に見えているのではやりたくない。

 亭主が外で汗水流して路銀を稼いで来たのに、風呂が沸いてないとは一体どういう事なのだ理論である。

 と、言う訳で。

 そろそろお風呂周りを一段階進化させようと思う。

 木桶の延長の浴槽ではなく、一度に複数人が入れる程の大浴場へと進化する時なのだ。

 どうせ今は積雪でこの鉱山跡地から動けなくなってるのだ。

 この強制引き篭もり期間を最大限に生かして、設備増強に勤しむのだ!

 まぁその為にも、色々準備は必要である。

 冬到来によるオリジナ村との断交直前ギリギリ、オキから受け取れたコイツを組み立てるとしましょうか。


「リュカー。ちょっとこっち来てー」

「はい! 何ですかミラさん!」


 子犬のように駆け寄ってきたリュカに指示を出しながら、部品を組み立てていく。

 私みたいな子供の腕力では手に負えない鉄塊を組み立てるのだ、

 一番力がある人に頑張って貰わないと。



―――――――――――――――――――――――



 私は今、リュカとルークの二名を引き連れ、前々から放置し続けていた水没した坑道の水面付近を訪れている。

 相変わらず熱湯同然の湯気をもくもくと上げており、縁には硫黄がこびり付いている。

 以前オキに製作して貰っていた配水管を組み立て、その水面の中へどんどん突っ込む。

 継ぎ足し組み立て、どんどん水没させていくのだが、底に辿り着いた感触が全く感じられない。

 もう既に十数メートル程水没させているのだが、全く水底に辿り着く感触が無いのでここで水没させる作業は停止する事にした。

 思った以上に深いわこれ。相当な距離が水没してるみたいね。

 温度が低ければ潜って水底がどれ程の深度なのか確かめたりとかも考えたのだけれど、水温が九十度近いので断念した。

 魔法による空気の膜は、水や気体の流入は防げるけど、温度までは防げない。

 サウナ同然の温度の中で活動なんてしたらぶっ倒れるわ。


 水面に沈めた配水管を継ぎ足し継ぎ足し、途中でルークに炎の魔法を使って貰って配水管を折り曲げたりしながら目的地まで伸ばしていく。

 目的地は、リューテシアが現在製作中の大浴場――の、真上である。

 リューテシアには額に汗を流して貰い、今は大浴場の空間を地属性魔法で押し広げて貰っている。

 何、以前の実験農場空間と比べればこの程度は可愛い物だ。

 今のリューテシアの腕があれば一週間も必要無い程度だろう。


 また、途中で繋ぐのを止めて垂れ流し状態になっている、滝壺を水源とし水路を経て鉱山跡地入り口から延びる水路。

 この配水管の延長作業を再開し、途中で配水管が通る穴をリューテシアに開けて貰い、

 大浴場予定地の真上まで水路を合流させた。

 上から流れてくる水路の方は、何ら問題は無い。

 水は高い所から低い所へ流れるのだ。

 既に水路で運搬された水はその全てが位置エネルギーを有している。

 この水は配水管に沿って、真っ直ぐに大浴場予定地に注がれるだろう。

 だが、もう一方はそうではない。

 坑道を水没させた、硫化硫黄泉。これは大浴場予定地より位置が下になっている。

 このままでは、硫化硫黄泉がここまで流れてくる事は無い。

 自然のままでは駄目なら、外部から何らかの力を加えて水を吸い上げれば良い。

 そこで鋳造で作り出した、この機構の出番である。


「ミラさん、それは?」

「これは、手押しポンプよ」


 ものぐさスイッチから取り出した、旧式の手押し式ポンプ。

 これならば構造は非常に簡単なので、この世界の製鉄技術でも充分製造可能だ。

 動かす際にかなりの力を取っ手に加えるので、グラ付かないようにしっかりと固定する必要がある。

 なので、ポンプと一緒に鉄の台座も製作しておいた。

 まんま鉄の塊なので、ものぐさスイッチの出し入れ機能が無かったらちょっと運搬にてこずったかもしれない。

 まぁ、無くてもコロを使えば良いんだけどさ。

 この鉄の台座と既に組み立てておいたポンプを捻って固定、そして伸ばしてきた配管もこの台座に捻って固定し接続。

 これで完全に配管とポンプが固定された。


「よし、これで大丈夫なはずよ。ちゃんと動くか、動作チェックと行きますか。やり方は簡単だからルークかリュカ、どっちか動かして頂戴」


 二人に指示を飛ばし、話し合いの結果ルークが動かす事になった。

 まず一番最初に、動かす前に手押しポンプの中に水を注いでおく。

 これはこの手押し式ポンプの構造の都合上、注水されていないと動かない為だ。

 注ぎ入れる為の水なら、もう既に水路が延びているのでいくらでも調達可能だ。


 この手押し式ポンプ、古くから井戸なんかに設置されている代物である。

 構造は単純で、二つの弁が稼動する事により下層から水を吸い上げる仕組みとなっている。

 一つ目の弁はポンプの真下部分に取り付けてあり、もう一つの弁は手押しポンプと棒で繋がっており、

 取っ手の稼動と連動して上下に運動する仕組みとなっている。

 また稼動部位の弁には穴があけてあり、その開いた穴に蓋をするように金板が蝶番で固定してある。

 この金板は弁の上部に固定してあり、上に開いて下に閉じるようになっている。

 こうする事で水が上には流れるが、下には金板がつっかえとなって逆流しないようになるのだ。

 まず、取っ手を動かす事で弁が下から上へと持ち上がる。

 この際に、真下の弁が開き、下から水を吸い上げる。

 だが上の弁は閉じており、空気も水も流れては行かない。

 そして上の弁が下へ降りる時、重力に引かれて下の弁は落下し、ポンプ内に溜まった水を閉じ込める。

 上の弁が下に降りる際には金板が開き、ポンプ内の水を上部に開けられた穴から弁の上へと移動させる。

 この状態で再び弁が上へと移動すると、穴は再び金板で塞がれ、

 弁の上部へ移動した水は押し上げられて外へと流れ出る、という仕組みである。

 これが延々と繰り返される事で、配水管を通じて水を吸い上げる事が出来るという訳である。


 ルークがポンプに取り付けられた取っ手を握り、上下へと動かす。

 キコキコと金属の擦れ合う金切り音が響き――注油するの忘れてたわ。

 ポンプの稼動部に油を差してやると、喧しい金属音はなりを潜めた。

 黙々とルークはポンプを動かすが、まだ温泉は流れてこない。

 ルークにはそのままポンプを動かし続けて貰い、私は一人配水管の点検に行く。

 ポンプと繋がった配水管を辿り、硫化硫黄泉の溜まった水面まで辿り着く。

 ここまで配水管から漏水している箇所は無かった。

 なので、単にポンプまで温泉がまだ辿り着いていないだけだろう。

 再びポンプの設置してある部屋まで戻り、数分。

 ポンプから立ち昇る水蒸気。

 熱気で火傷しそうな程高温な、温泉が流れ込んできたのだ。

 よし、ポンプも配水管も異常は無いわね。


「魔力も無しに、このような事が出来るとは……本当にミラさんは様々な事をご存知なのですね」

「これ、簡単な仕組みなんだけどなぁ」


 レオパルドの地には普通にあったはずなんだけど、何でこの世界に残ってないのかしら?

 まぁ、何はともあれこれで下の熱水を人力とはいえ汲み上げる事が出来るようになった。

 それはつまり、これで私達は何時でも温泉に入れるようになったという事だ!

 ただ、水温が九十度近いのでそのままでは熱過ぎて入れない。

 なので、水で埋める為に水路をここまで延ばして来たという訳である。

 ポンプと垂れ流しの水路を配合して、丁度良い温度に調整する。

 そういう意味では、温泉の温度が高いのは手間が省けて助かったというべきね。

 温泉というのは水温が二十五度以上あり、様々なイオンが溶け込んだ物を指している物である。

 それより低い物は温泉ではなく冷泉、または鉱泉と呼ばれている。

 そう、温度が二十五度以上なら温泉なのだ。

 ただ実際に入ってみれば分かる事だが、二十五度、三十度程度の水は一般的にぬるま湯と呼ばれる物である。

 こんな物ではとても風呂と呼べる代物ではないだろう。

 なので、水温が四十度にも満たないような温泉が噴出している所は、一度水温を火等で高めてから浴場へと流すようになっている。

 そういった場所は、温泉が湧き出ているにも関わらず燃料費が必要となるのである。

 ただこの鉱山跡地は幸いにも水温が非常に高いので、燃料問題は必要ないようだ。

 これからはこのポンプを動かす人力だけで、何時でも温泉に入れるようになったのだ。

 これならまぁ、溶鉱炉を使って作業をしても良いかもね。

 流した汗をすぐに流せるようになった訳だし。

 それじゃ、さっさとこの浴場第一段階を完成させてしまいますか。


 リューテシアが大浴場予定地を押し広げている場所にちょっとお邪魔して、

 リューテシアに再度お願いして排水溝及び排水パイプも地面に穴を開けて伸ばしていく。

 排水術式の用意してある線路脇とこの大浴場予定地は斜めの位置取りにしてある。

 そこを繋ぐように一直線、排水用ルートを構築する。

 詰まり防止と解決を容易にする為に、穴は少し大きめにしておいた。

 床には若干傾斜を付けるようにレンガを敷き詰め、温泉と垂れ流しの水が両方注がれる位置に以前の浴槽を置いておく。

 これで、大浴場暫定完成である。


「……ねぇ」

「何かしら?」

「それで完成なら、こんなに苦労して風呂場を広げる意味って無いよね?」


 作業の手を止めて、こちらをジト目で睨んでくるリューテシア。

 そうね、「今は」意味無いわね。


「これはね、『暫定』完成なの。風呂に入れないのは嫌だから、仕方無しに入浴出来る最低限の設備だけは用意してあるってだけなのよ」


 大浴場、まだこれは完成ではない。

 完成させるには、ある材料が足りない。

 あれがあれば色々出来るんだけどなぁ、取りに行きたいなぁ。

 でもこの周辺の地図やファーレンハイトまでの旅路を見て何となく分かったけど、この鉱山跡地の付近には海が無い。

 行きたいなぁ、海。

 でも道が無いのよねぇ……やっぱり、越冬したら線路延長作業は必須みたいね。


 来年の行動方針を固めながら、完成したお風呂に入るのを楽しみにしている私であった。

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