51.溶鉱炉試験
「……出来た」
一週間程の引き篭もり作業の後、私は魔石を完成させるに至った。
別段トラブルも無く、実に淡々としたものであった。
これで、溶鉱炉の稼動準備も完了した事になる。
こうしてのんびりと魔石作成に当たれるのも、金回りに衣食住環境が整い、
リューテシア、リュカ、ルークの三名でここの生活を回せるようになった事が大きい。
しばらく室内に引き篭もっていたので、久し振りに外の日差しに当たろうかと外へ出てみる。
線路敷設の為に新しく切り開いた、スロープ状の道を登っていく。
外へ出ると、日差しが無かった。
いや、一応日中ではあるのだが絶賛降雪中であった。
小さめの羽毛程はあろう大きめの雪が空から降りしきり、世界は完全に白に包まれていた。
路肩には既に私の腰にまで到達するであろう高さの雪の壁が出来上がっており、
誰が何と言おうと完全に冬景色へと変貌していた。
「あっ! ミラさん!」
降雪の中、真面目に雪掻きをしていたリュカがこちらに気付く。
一度作業を中断し、白い吐息を散らしながらシャベル片手にこちらまで走ってくる。
リュカは元々人には無い毛皮のような体毛が存在しているので、
今着ている厚手の防寒着と合わせて凄くもっこりとした体型になってしまっている。
完全に着膨れである。
「おはようリュカ、ちゃんと通風孔周りの雪を退けておいてくれたのね。偉いわ」
「そ、そんな。だって、ミラさんに言われた通りの事してるだけですし……」
「与えられた仕事を忠実にやるのも立派な事よ、しないでサボる輩も多いんだから」
そういう意味では、以前奴隷商から買い上げてきた三人は大当たりだったと言える。
お願いした事をしっかりとやっておいてくれる、これ程素敵な事はない。
こういうその世界に置ける底辺層に類する位置に所属している人々は、
自らの境遇を嘆くばかりで行動せず、不貞腐れて周囲に闇雲に牙を剥くような、心根が腐り切ってしまった人の比率が非常に高い。
そういう人を買い上げてしまわなかった、その幸運にだけは感謝しないとね。
「ミラさんは、何でここに来たんですか?」
「魔石が完成したから少し身体を伸ばすのと、日の光でも浴びようかなって思ったんだけど……雪模様なのよね」
空へと視線を向ければ、見事なまでの灰色の空である。
今も尚、羽毛と見間違う程の大粒な雪が降り注いでおり、見上げた私の頬に舞い降りて溶けていく。
冷たい。
「リュカも雪掻きは終わってるみたいだし、一緒に帰りましょうか」
「は、はい!」
そう、魔石は出来た。
これで溶鉱炉の稼動準備は完了したのだ。
これからは、リュカの手を借りる事になるだろう。
別にルークやリューテシアでも良いのだけれけど、溶鉱炉を使う作業は今の所魔力的要素が絡む箇所が存在しない。
なら、魔法の使い手である二人の手をわざわざ割く必要もない。
適材適所、リュカにはリュカに相応しい場所で働いて貰いましょうか。
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今回作成したこの魔石。
実は、私がこの世界に来て初めて確認した術式を埋め込んである。
……私は生まれ付き、自身の魔力量の嵩が異常に少ない。
私の居た世界でも、この世界でも。魔法を使わないであろう一般人を含めても平均以下でしかない。
好意的に言って凡才、有り体に言ってしまえば劣っている。
ちょっとした初級の術を使うだけで身体が重くなる程に疲弊してしまう程である。
だが、こんな私であるにも関わらず。自らの意思でかなり強力な魔法を使えた例が一つだけ存在している。
――奴隷契約書。
この契約書を見た時、対象者を隷属させる為に組み込まれたその未知の術式は一目で分かった。
既知の術式を取り除く消去法でその術式を取り出し、それがどういう性質を持っているのかを確かめる。
結果、一つの仮定へと辿り付いた。
この奴隷契約書に組み込まれていたこの隷属用術式、これは恐らく相当な代物だ。
私が、思わず息を飲み冷や汗を垂らす程に。
私のいた研究所の最深部に保管されている、『アレ』にすら匹敵する力を持つかもしれない。
そんな物が、裏社会の中とはいえ比較的一般的に普及しているその事実に驚愕する。
奴隷契約書に刻まれていたこの未知の術式。
これは仮称として『法則』の術式とでも呼ぼうか。
『法則』の術式は、術者自身ではなく周囲から魔力を引っ張ってきて、術式の内容に応じてその力を発揮する。
魔力量に乏しい私でも、奴隷契約書を介して転移魔法という高度な魔法を使用出来たのは、この『法則』の術式による物だ。
この術式は、契約という口約束、書面の一文にしか過ぎない内容を法則にまで引き上げてしまう効果がある。
発動条件はあるようだが、この契約書に書かれた内容は法則レベルで遂行される。
天に唾すれば自らの顔に掛かり、落ちた枝葉が地面に落ちるように。
例外無く「絶対に」そうなるのだ。
どうしてこんな代物が平然と出回り、また運用出来ているかは謎だ。
だが如何せん、この術式はそのままでは強力過ぎる。
こんな代物、そのままでは魔石には使えない。魔石本体が破損するのがオチだ。
なので、術式の一部分だけ切り取った物を今回作成した魔石に搭載してある。
外部魔力を吸収して魔法効力として発揮出来る。
その外部から魔力を調達する記述部分だけを切り出し、他は全て切り落とさせて貰った。
これにより、周囲の魔力が切れるまで延々と刻まれた術式を実行し続ける魔石が完成する。
ただ、オンオフを切り替えられないのは流石に不味いので、魔石に微量の魔力を流す事でオンオフを切り替えられるようにもした。
「――さて。試運転してみましょうか」
完成した魔力式溶鉱炉に完成した魔石を組み込み、起動用に自らの魔力を微量、指先から魔石へと与える。
術式が正常に稼動を始め、宝石内部の魔法陣が赤く発光を始める。
炉全体に熱が回るまでは時間が掛かるので、食事を摂った後に少々休憩を挟んで数時間後、再び溶鉱炉を設置した部屋へと戻る。
少し深呼吸をして、意を決して扉の取っ手に手を掛ける。
扉を開けた瞬間、熱によって膨張した室内の空気が溢れ出し、常夏すら生温く感じる程の強烈な熱風が顔面の肌を刺した。
うぐぅ、覚悟してたけど……最早サウナとでも呼びたくなるわね。
鉄を溶かせる程の温度を出すのだ、即ちその温度は一千度を軽く超えている。
呼吸するのすらしんどいレベルだ。
一瞬で肌から流れ出してきた大粒の汗を拭いながら、再び魔石に魔力を流して停止させる。
魔石が停止したのを確認した後、即座に駆け足で部屋の外へと飛び出す。
暑かったを通り越して熱かった。
まぁ、まだこの部屋は換気口を設置してない。
第二換気口を設置してやればこの蒸し風呂状態も少しは軽減されるだろう。
またリューテシアに地上まで届く換気口を作って貰わないとなぁ。
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そんな訳で、翌日リューテシアにお願いして第二通風孔を作って貰った。
彼女も手馴れてきた物で、前回と同規格の物をと頼んだら一日足らずで完成させてくれました。
リューテシアが一晩でやってくれました。
第二通風孔の吸気孔は最初の換気口とは違う位置に貫通させた。
雪掻き作業の事を考えるのであらば、地上まで延びる通風孔の角度を変えて最初の通風孔と連結してしまった方が良い。
だが、何かしらの理由で通風孔が埋まったり等で使用不能になった際、この方法だと一気に通風孔が全滅してしまう。
なので、リスク軽減という意味でも第二通風孔は独立して貰っている。
通風孔の外周部にナイフで術式を刻む。
完成した魔法陣が中枢部と遠隔で連動し、魔力供給を受けて稼動開始する。
外からひんやりとした空気が流れ込み、溶鉱炉を備えた室内の室温が下がっていく。
ここは鉄の溶解作業故に恐ろしく室温が高くなるので、外気を取り入れる際の風速を最初の換気口より強めに設定してある。
ぶっちゃけ、ここの室内限定であらば現状の外気温と同じになっても良い位である。
鉄を溶かす為の温度を考慮したら、氷点下の外気なんて焼け石に水だとは思うが。
これで溶鉱炉も稼動させられるようになった。
ただ、ここで作業をするとなると間違いなく汗まみれになるのは必至。
となれば……次に改良せねばならない所は決まったわね。




