50.初雪と魔石
「あちゃー、遂に降って来たかぁ」
ルークに販売ルートを任せるようになってからおよそ一ヶ月が過ぎた頃。
このロンバルディア地方に再び冬の影が忍び寄ってきた。
薄っすらと大地に施された雪化粧は、日中の暖かさであっさり溶けてしまう程度の薄さではあるが、
降雪は降雪だ、違いは無い。
「アーニャさんの話ですと、初雪が来た後は足が早いそうです。これから一気にこのロンバルディアは冬の様相になるとか」
「あの雪が来たら、流石にもうトロッコは走れないわね」
私がこの世界に来た当初、村の外に築かれた雪の壁を思い出す。
定期的に雪掻きをすれば問題ないのだろうが、しなければそうなるという事だ。
線路が雪で埋没したら走るのは不可能だ、かといって毎度毎度線路を除雪するなんてやってられない。
冬が到来したら、オリジナ村との往路は一時的に断絶する事になる。
ただ、それに危機感は感じてはいない。
既に以前、あの降雪量を見ているのだから。対策を講じないのはただの愚か者だ。
前々からルドルフに頼んでおいた食料や資材といった諸々は充分な備蓄が出来ている。
また、懸念していた宝石も数個ではあるが仕入れる事が出来た。
これで魔石の製造も可能になった。
「それと、ルドルフさんが仕入れてくれた食料も持って来ました。これで保存食は結構な量を確保出来たのではないでしょうか?」
「そうね、食べるだけならこれだけあれば越冬まで問題ないわね」
干し肉のような乾き物を中心とした保存食を地下拠点へと運び入れ、リューテシアに頼んで作って貰った食料庫へと収納する。
食料庫は嫌々ながらもリューテシアが作ってくれた。
ごめんね、まだ土いじりから開放されるのは遠いわね。
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外で雨が降ろうが雪が降ろうが、私達が普段居住・活動しているこの地下空間は地熱によって守られた空間だ。
換気の為に外気を取り入れている換気口、そして換気口がある大広間は外気で多少は冷えるが、凍えるような寒さは感じない。
外が寒いなら地下に引き篭もってれば良いじゃない、という発想ではあるが一切外に出なくて良いという訳でもない。
「じゃ、じゃあ行ってきます……」
「行ってらっしゃい。吸気口付近は鉄格子で蓋をしてあるから落ちる事は無いと思うけど気を付けてね」
防寒着に身を包み、除雪用のシャベルを担いだルークを終着駅から見送る。
出入り口と通風孔周りに積雪した雪の除去、これだけは絶対に外に出てやらねばならない作業である。
通風孔が雪で埋没してしまえば換気が滞り、地下が酸欠状態になってしまう。
また、トロッコでオリジナ村との間を往復していた線路が敷設された出入り口も、
通風孔から外気を取り入れた際に外へと空気を排出する空気の出口としての役目もある。
ここを怠れば、呼吸が出来ずに死を迎える事になる。
毎日最低一回はこの出入り口と通風孔周りの除雪は必須の作業となっている。
幸い、通風孔と出入り口の距離はさほど離れていないので、出入り口付近の除雪のついでに通風孔付近も除雪出来る。
毎日一、二時間程度の除雪作業となっている。
私? 私はしないわよ、こんな少女が除雪作業なんて重労働出来る訳無いでしょ。
私以外の三人がやる仕事よこんなの。
ルークとリュカはシャベルで除雪しているが、リューテシアは魔法で雪を吹き飛ばしているようだ。
散々土いじりをさせ続けたせいか、どんどん魔法の精度が上がっているように思える。
余計な魔力を消耗せず、出入り口と通風孔周りの雪だけを綺麗に削り取っている。
一度見に行ったが見事な物である。
除雪作業はリューテシアに一任してしまおうかと思ったが、リューテシアに無言で非難の目線を向けられたのでローテーション形式にしている。
私はしないけどね。うん、私はしないわよ。
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雪が降り始め、オリジナ村へと石鹸の配送――というより、往来自体が不可能となった。
もう充分冬じゃないかと言いたくなるが、これでもまだこのロンバルディア地方では秋の内らしい。
以前の雪の壁を見ていなかったら納得していなかったかもしれない。
積雪が始まった事で、外での作業は完全にストップした。
また、作っても送り届ける事が不可能なので石鹸製作も一度ストップして貰っている。
「そこ、ちょっと曲ってる。もう少し左にズラして。うん、そこで良いわ。それじゃリューテシア、表面を土で覆って固めちゃって」
「はいはい、これで良いんでしょ」
ルークとリュカに指示を出しながら、以前ルドルフから買い上げたレンガを積み上げ、
その表面をリューテシアが無詠唱の地属性魔法で覆い、固める。
石鹸製作を停止させてまで今作っている物。
私は今、炉を作っている。
前々からオキの作業場にある溶鉱炉、あれに目を付けていたのだ。
魔石を利用し、鉄を溶かす仕組みのあの炉はこの拠点に作りたいとは思っていた。
ただ、優先順位は低いから後回しになっていただけだ。
外に出る事が出来ない、この積雪が始まってから雪解けを迎えるまでのこの期間。
私はこの期間を全て拠点内部の拡張改修に充てるつもりだ。
外に出られないのなら、中でやる作業をすれば良いという事だ。
表面を土でコーティングした炉の表面に小さなナイフで次々に術式を刻んでいく。
術式は鉄を溶かすのに必要な物――つまり、炎属性と地属性の術式だ。
この二つを組み合わせ、組み上がった溶鉱炉。
まだ動力源である魔石が完成していないが、鋳砂と合わせてこれで本拠地で鉄の溶解・成型作業を行えるようになった。
炉の扱い方や注意点、鋳造のノウハウといった諸々は既に私の頭の中に入ってる。
力作業はルークやリュカに担当して貰えば、私が監督さえしていれば鋳造作業は行えるだろう。
オキに依頼しようにも説明が難しい、そんな代物も私主導で製造出来る。
これで私の快適生活に一歩また前進だ。
だが、炉はこれで完成したが肝心の動力源である魔石が出来ていない。
次は魔石をさっさと作ってしまう事にしよう。
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魔石とは、魔力によって加工処理を施した宝石の事である。
加工には魔力を使用するが、規模の大きい物でない限り、消費する魔力は微量である。
今回、ルドルフに仕入れて貰った宝石も比較的小さい物なので、
この程度であらば無茶苦茶疲れる事に目を瞑れば、私一人で最初から最後まで加工処理は可能である。
魔石加工は別に膨大な魔力が必要ではなく、寧ろ重要なのは微量の魔力をミリ単位で操作する操作精度、技術力である。
宝石内部に魔力を使用して魔法陣、術式を刻んでいくのだが、
少しでも刻み方にズレが生じればたちまち魔法効力が激減、酷いと発動しない失敗作となる。
この辺りの操作精度は、中枢部に置いてある魔力貯蔵庫である予備バッテリーへの魔力供給を行うような物、いやそれ以上である。
魔石加工に重要なのは注ぐ魔力量ではなく、常に一定の量で魔力放出を維持し続ける事なのだ。
「魔石の製造法は秘匿されていて、一握りの高位の魔法使いにしか作れないと聞いておりますが」
「秘匿ねぇ。そんな事してるから何時まで経っても成長しないのよ」
とはいえ、隠す者達を責めるのは酷という物だが。
高度な技術は公開されれば発展に繋がる、だがそれをしないのは主に利権絡みだろう。
ハイテクノロジーの知識はそれを生み出した者達の飯の種だ、開示しろと言われてはいそうですか、と晒せる物でもない。
それをすると技術者軽視の風潮へ繋がり、やがて技術者は自らを高く買ってくれる他国へと流出する。
技術者を守る事は国を守る事にも繋がるのだから、高度な技術は流出防止の為に秘匿するのと、
開示する事で利益を得る、このバランスが大切なのだ。
こういった利権絡みは本当面倒臭い。
面倒臭いから、そういうしがらみに巻き込まれたくない。
なので自分で勝手に作る。
「でも私は隠す気なんて更々無いわよ。リューテシアもルークも、理解して真似出来るようならやっても構わないわよ」
それに、私はこの程度の技術を秘匿する程低いレベルで満足する気は無い。
もっと上のレベルへ行けるのに、この程度で満足してるからこの世界は発展しないのよ。
秘匿して利権というカードにしたいなら、もっと技術力を高めた高度な地平でやって欲しい物ね。
魔石なんて、大して高度な代物なんかじゃないじゃない。
ものぐさスイッチ内から、非常に細い手芸用の金属製針を一本取り出す。
この針の先端から魔力を宝石内に注ぎ込むのだ。
今手にしている宝石は、一センチ弱程度の大きさの深い赤色を湛えた石榴石……一般的にはガーネットと呼ばれている宝石である。
大きさ的に、放出を止める地点は6ミリ辺りか。
マイクロ単位まで計れるノギスでもあれば、ドンピシャの中間地点が測れるんだけど……無い物は無いし、効力が激減する訳でもない。
許容範囲の誤差なので、目測でこのまま進める事にする。
手から針を通じて放出した魔力が宝石内部へと注がれる。
砂粒程度の小さな光が宝石内に点ったのを確認し、放出を止める。
魔力の供給を止めると、宝石内部に一ミリにも満たない程の黒点が出来ていた。
この作業を延々と繰り返し、点と点を繋いで線や円を宝石内部に刻んでいく。
光に晒して宝石内を透かして見て確認しながら刻み続け、
そうして宝石内部に魔法陣を刻み終えた時、宝石は魔石となるのだ。
ボトルシップでも作るかのような根気のいる作業で、集中力も要する。
魔力を注ぐ量が多ければ多い程、宝石内部に出来る黒点も大きくなる。
なので、注ぐ魔力量は宝石内に魔法陣を刻まなければならない都合上、本当に微量まで絞る必要がある。
ルークやリューテシアにこれを作れる位の魔力操作精度があれば私も助かるんだけど、
流石にここまでを望むのは酷な気がするなぁ。
「――で、こんな感じで宝石内部に微量の魔力を注いで、途中で止める感じで作るの。イメージとしては、宝石の内部で本当に極小の燃焼を起こす感じね。一握りの高位の魔法使いにしか作れない、ってのもあながち間違いじゃ無いのかもしれないわね。これだけ繊細な魔力操作が出来るのであらば、魔法使いとしては相当な熟練度でしょうからね」
現状出来ている分までの進捗状況を見せるべく、
手にしていたガーネットを隣で興味深そうに見ていたルークとリューテシアの二人に見えるように掌に乗せて差し出す。
既に外周部分である円陣は出来ており、後は中に術式となる記述を刻むだけとなっている。
まぁこの部分が一番大変何だけどさぁ。
「言ってる事は分かるけど、出来る気が全くしないんだけど」
「僕もこれは、流石に自信が無いですね」
「出来ないならそれで良いわ。私としても二人が魔石を作れるならラッキー、位にしか考えて無かったし」
やっぱり、コレは私自身が作らないとダメか。
元居た世界だと、完全オートメーション化されて作られてたから、
こうして手作業でやるとなるとそのしんどさが際立つ。
ああ、面倒臭い。
でも作らないと、快適に過ごせない。
よし、ミラちゃんファイト。えいえいおー。




