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48.初給料

 議論の結果、店舗名はモグラ工房に決定した。

 前向きな決定ではなく、代替案も無いので選択肢の中から比較的マシと思える物を選ぶという消去法による決定ではあるが決定は決定だ。

 今度ルドルフかアーニャのどちらかに会った時に伝えておく事にしよう。

 そんな事を考えながら、今日も実験農場の苗木に水を撒く。

 癒される。この草木に水を撒くのと連動して私の荒んだ心にも潤いが戻っている気がする。

 精神的な癒しは重要だ。

 うん、とても重要だ。重要なんだけど。


「――やっぱ、肉体的な癒しも欲しいなぁ」


 頭脳労働は肩が凝る。

 疲弊した筋肉は固くなり、その結果血行が悪くなり、血行不良により筋肉に疲労が溜まるという悪循環が発生する。

 健康の為にも凝りはほぐさなければならない。

 誰かマッサージ、してくれないかなぁ。

 してくれないよなぁ。私が満足出来るマッサージとか、この世界で発達してるとは思えない。

 以前ファーレンハイトに行った時も、マッサージの類なんて怪しい風俗店しか存在しなかった。

 しょうがない、自分でやるか。


 一度地上に上がり、川原へと向かう。

 川の流れに晒され、角が欠落して表面が滑らかになった玄武岩を選んで何個か拾い集めておく。

 玄武岩は別に特別珍しい物でもないので、周囲を捜索していれば簡単に見付かる。

 それでも多少時間が掛かったのは、私が納得する形状の石が中々見付からなかった為である。

 石を拾い集めた後は、その石を近くの川の流水に晒し、細かい砂を払い、洗い流しておく。

 作業を終えた後に再び地下へと戻る。

 広間では何時も通りルーク、リュカ、リューテシアの三名が黙々と石鹸の製作を行っていた。

 石鹸製作の工程、水酸化カルシウムを加熱し、水酸化ナトリウムを煮詰めて濃縮する。

 この作業の為に焚き火を起こしており、折角なのでそこに少しお邪魔させて貰う事にする。

 小さめの壺に水を張り、その中に石を入れる。

 焚き火の隅で余熱を拝借し、お湯を沸かす。


「……ミラさん、今度は一体何をしてるんですか?」

「ああ気にしないで、これは私の趣味の一環だから」

「石なんか茹でて、何をするのよ。風呂を沸かすなら石は煮ないで焼かなきゃ駄目じゃない」


 別にこれは風呂を沸かす為に石を茹でている訳ではない。

 石が芯まで温まった頃合を見計らい、火傷しないようにトングを使って石を取り出す。

 布で石の表面の水気を拭き取り、やわらかい布で軽く包む。

 そのまま自室へと戻り、布団の上へとダイブする。

 ああ、やわらかい。ふかふかだ。

 布団の柔軟さを再確認した上で、先程加熱しておいた石を二つ、うつ伏せで寝転がっている私の両肩に乗せておく。

 布を通じてマイルドになった熱が、私の凝り固まった肩へと浸透していく。

 この熱によって筋肉の血行が促進され、身体の凝りをほぐすのだ。

 ああ、ほぐれる。極楽だ。ここがこの世の楽園か。

 凝りも憂いも意識も全てが溶かされていくかのようだ。



―――――――――――――――――――――――



 きづいたらねてた。


 肩に乗せていた石は転げ落ちて、地面に転がっていた。

 気持ち肩こりが楽になった気がしないでもない。

 どの位寝てたのかしら?

 まぁ寝過ごしてたとしても、三人には好きに食事を取れと言ってある。

 ルドルフからの買い付けが回り始めた事で、少なくとも飢える心配は無くなった。

 ルドルフに何かが起きない限り、石鹸を製造し販売、その金で食料を仕入れて、という流れが確立されているので、

 生活基盤はある程度完成してきた。

 ここからは設備の充実が主な点となってくるのだが……ここまで考えてて思い出した。


「そういえば、そろそろお給料渡さないとね」


 金回りの事を考えていて、以前言った言葉を思い出した。そろそろ一ヶ月経つ。

 給料を渡すタイミングは一般的な一月間隔にする予定だ。

 そうと決まれば善は急げ、今月分の働きぷりを鑑みて、この世界の物価事情を参照しながら渡す額を決めて小袋へと分けていく。


 リューテシアには随分と骨を折って貰った。

 地上の水道ルート開拓、地下施設の空間拡張、中枢部への魔力供給。

 彼女の魔力が無ければこの地下開拓はかなり難航していただろう。

 ここまでの驚異的な速度で開拓が進んでいるのは彼女のお陰だ、その分、報酬は弾むとしよう。

 拠点開拓のような大掛かりな作業でもなければここまでの額は出せないが、開拓期間は色を付けないとやり甲斐が出ないだろうしね。


 リュカは純粋な肉体の力が強いので、肉体労働で頑張って貰っている。

 石鹸製作時の還元工程や水分を飛ばしお風呂のお湯を沸かす、燃料用の竹伐採は大部分が彼の仕事だ。

 また、オリジナ村までのトロッコ運転もリュカに働いて貰っている。


 ルークはリュカとリューテシア、この二人の補助をするような立ち位置だ。

 ある程度力もあり、魔法もリューテシア程ではないが扱う事が出来る。

 悪く言えば器用貧乏とも言えなくはないが、極端に尖っていないのは柔軟に立ち回れるという事。

 この三人の中では一番人当たりが良いので、後々オリジナ村との交流の要にもなるかもしれない。

 それに育ちが良いのか、立ち振る舞いにも品がある。

 食事の様子を見てみれば一目瞭然である。

 ……まぁ、今はまだ拠点への魔力供給位しか目立った功績が無いけど、彼も充分働いてくれている。


 三人の働きぶりを考慮し、今月分の給料が決まる。

 次に顔を合わせた時に渡しておこう。



―――――――――――――――――――――――



「と、言う訳で。三人には初給料を渡そうと思います」

「まさか、本当に頂けるとは……」

「私、言った事は可能な限り守るようにしてるの」


 日を改めて翌日。

 ちゃんと金貨を小分けにして三人分、用意した物をそれぞれ手渡しする。


「ほ、本当に貰っても良いんですか?」

「良いわよー。この渡した分に関しては、貴方達の自由に使いなさい。無論、返済に充てても良いわ。何か欲しい物があるなら、次にルドルフさんの家に寄った時に取り寄せて貰えるようにお願いするから」

「……何か、私だけ他の二人と比べて露骨に量が多くない?」

「リューテシアはそれだけ働いてるからね。線路敷設の土壌を整えて、そこからこの地下拠点の開拓。こと土いじり系に関しては九割九分はリューテシアの功績よ」

「好きでやってる訳じゃないけどね」


 中身が気になるのか、リューテシアとのやり取りの横でリュカが給料を入れた袋の紐を解く。

 そして中に詰まった金色の輝きを目にして、その場でフリーズする。

 十秒程何処かへ旅していた意識を取り戻し、身体を小刻みに震わせながら涙目で私の事を見てくる。

 多分、リュカはこれ程の額を持った事が無いのだろうなぁ。

 以前、ファーレンハイトの街中で相当なレベルの高級宿、その最上級の部屋が金貨十枚だったし。

 あの宿が仮に私が居た世界での高級宿の一泊、約十万円換算だと仮定するならリュカが今手に持っているのは五十万相当になる事になる。

 働き詰めだったとはいえ、初任給が五十万である。

 リューテシアは、袋の中の金貨の山を見て引き攣った表情にはなっているが、リュカ程には取り乱さず、表情だけで留めている。

 この中ではルークが一番動揺していない、それなりの大金であるはずなのだが、自然体で中の金貨を確認している。

 この様子は完全に金貨を見慣れている感じだ。やっぱり、ルークって何か特殊な理由で奴隷になってるんじゃないかしら?


「こ、こここここれ! わ、渡す量間違えてます!」

「間違えてないわよ。ちゃんと数えてみなさいよ、金貨五十枚、しっかりあるはずよ」


 リュカが思いっきり動揺しながら私を見てくるが、残念ながら渡し間違いは無い。

 小分けにした後にもう一度検算したし。

 今回、後々を見越してかなりの突貫作業をさせていた結果、余り三人には休みを与えられなかった。

 密度も濃く、殆ど働き詰めだったのだからこの位の額は妥当だ。

 リュカが金貨五十枚、ルークは金貨八十枚、リューテシアが金貨二百五十枚。

 貢献度と作業内容に応じた適切な額だと私は思っている。

 毎月毎月こんなに気前良く払う訳ではない、それをちゃんと三人にも伝えておく。

 衣食住及びインフラの整備は最優先事項故に突貫作業になったが、これからの作業は濃度を薄めてゆっくりやろうと思う。

 今のペースで作業を続けたら、私含めて全員がぶっ倒れる。

 デスマーチはここ一番でやるべき事で、前々から計画的に組み込むのは論外なのだから。


「何を買っても良いのですか?」

「もう渡した以上、そのお金は貴方達の物だから。ご自由にどうぞ、でも散財はオススメしないわよ」

「流石に散財はしませんが……竹の伐採に使っていた手斧の切れ味が鈍ってきたので、新しい物を買いたいと思いまして」

「手斧? ああ、伐採用の道具ね。それは私が買って置くわ、備品だし。ルークの私財から出す必要なしよ」


 備品の購入にルークが手持ちから出そうとしているのをバッサリ切り捨てる。

 備品代をポケットマネーから出させるとか何処のブラック企業の考えよ。

 それは私が払うべき経費なのだから。


「良いのですか?」

「良いも何も、常識でしょう」

「すみません、こういうのは私財から出すのが常識だと思ってましたが……私の狭い視野の範囲だけの話だったようですね」

「備品に関しては私が払うから。そのお金は自分の嗜好品とかに使えば良いわ」


 とりあえず、三人に渡す物は渡した。

 お金の管理や使い道は彼等個々の責任であって私の責任ではない。

 お金を保管する金庫のような物が欲しいというなら、ルドルフに頼めば良いし。

 これからは毎月給金を渡すし、三人の生活もこれから各々の色に染まっていくのだろう。良い事だ。



 ――――個性は、大切だからね。

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