46.農作業、少しずつね
針葉樹林を手当たり次第に掘り返し、腐葉土を麻袋に詰め込んでものぐさスイッチで収納、本拠地へと運び入れる。
そして腐葉土を篩いに掛け、大きなゴミを取り除く。
その後、石鹸製作の際に焚き火を焚くが、その工程の最中に余った余熱を使い、土を火に晒してじっくりと焼く。
何故こんな事をするかと言うと、土中には雑菌や害虫の卵といった、植物の生育を阻む要因が混在しているからだ。
私達がいる空間は、地上より遥か下に存在した元々は闇に包まれた世界。
植物も育たず、当然植物をエサにする昆虫の類も生存出来ない空間。
という事は、現状ここには雑草も害虫も一切存在しないという事だ、これを利用しない手は無い。
雑草や害虫に悩まされないのであらば、これ程快適に農作業に従事出来る空間も無い。
折角なのでこの状況は可能な限り維持させて貰おう。
なので、外部からわざわざ雑草や害虫を持ち込む理由など何処にも無い。
この腐葉土はキッチリ焼いて、雑草の種や根、害虫の卵といった諸々を焼き尽くしてしまおう。
焼く為の熱量は石鹸製作のついでで行っているので、資源的にも無駄が無い。
土の焼却が終わったら、一度石鹸製作を停止して農場予定空間に次々焼却済み腐葉土を敷き詰めていく。
結果、石鹸製作の手が鈍り、止まってしまっているが、作物というのは石鹸のように一週間二週間程度では完成しない。
数ヶ月から数年のスパンで見る必要があるので、これは早めにやっておきたい。
適度に水や肥料を撒くだけなら、私でも出来るのだから。
私が以前見付けた植物以外は普通にこの世界でも食用にされているので、その苗木をファーレンハイトの市場にて既に購入済みだ。
どいつもこいつも亜寒帯~寒帯に属するこのロンバルディアの外気に晒されてはまともに育たない連中ばかりであるが、
この地熱で常に暖かく、しかも魔力が切れたり意図的に消灯しない限り日照時間は24時間365日が可能なこの空間であらば、
この植物達にとっては正に楽園と言っても過言では無いだろう。
ある程度間隔を開けながら、苗木をサクサクと植えていく。
ここまで出来れば、後は私一人でも出来る。
後々農場を拡張する際にはまた皆に手伝って貰う必要があるだろうが、今はこれで充分だ。
まだ実験農場の枠を出ない訳だしね。
再び石鹸製作作業に戻った一同は、どうやら大広間で作業を行っているようだ。
まぁ農場予定地で火を焚く訳にも行かないし、中枢部と個室は論外。消去法でここになるか。
火も焚くし水酸化ナトリウム含有蒸気も出るし、そもそも硫化水素が発生する原因の源泉をまだ処理していないので、未だに少量ではあるが硫化水素はこの空間に流れ込んで来ている。
なので常に換気が必須な空間だが、この大広間は既に換気口から常にかなりの風量で外気が流れ込んでいる。
酸素欠乏も水酸化ナトリウムによる被害も発生はしないだろう。
焚き火の飛び火に関しても、そもそも周囲に延焼するような物が無いので問題ない。
リューテシアも練習の甲斐ありようやく魔力供給を安定して出来るようになったので、
水酸化ナトリウム作成、石鹸作成の合間合間でルークとリューテシアは交代で中枢部に魔力を供給してくれている。
二人掛かりで魔力供給を行っているので、以前確かめた消費量と比較して供給量の方が大幅に上回っている。
これでゆっくりとだが、バッテリーの残存魔力量も回復していくだろう。これが回復すれば、少しは一息付けるかな?
一度リュカにトロッコを走らせて貰い、オリジナ村へと向かう。
オキの作業場へと向かい、必要最低限の分は配水管を確保出来たので、
引き続きオキには線路製作の続きをお願いする。
だが、作る線路に少しだけ注文を付ける。
材質も製法も同じで構わないのだが、形状を数十本程変更したいのだ。
オキは快く引き受けてくれたので、作業場を後にして今度はルドルフの宅へと向かう。
アポ無しの来訪だが、快くアーニャは受け入れてくれた。
近況を伺うと、私がここに石鹸を届けた二日後には一度ルドルフが帰宅しており、
石鹸が完成して私達が届けた事を知ると、翌日には馬車に詰め込んでファーレンハイトまで旅立ったそうだ。
商魂逞しいわね、それにフットワーク軽いし。この軽さは個人営業の利点か。
ファーレンハイトにて商談がどれだけ掛かるかは分からないが、
それでもあと一週間もすれば恐らくは帰って来ているはずだとアーニャから伺う。
石鹸の反響も知りたいので、一週間後に再び伺うとアポイントメントを取り付け、オリジナ村を後にする。
往路が鉄道のお陰で非常に快適かつ短時間で終わるので、これだけやっても半日も時間は経たなかった。
開拓以前であらば、ここまでの工程を終えるのに下手すれば四日程掛かっていたであろう。
鉄道の真価が順調に発揮されているようだ。
そのままトロッコで地下拠点までの坂道を下り、ブレーキを使いながら駅まで滑り込む。
トロッコを片付け、リュカにはまた石鹸製作を続行して貰う。
一週間後にまたオリジナ村まで行く事になったので、約束を忘れないようにしつつ、私以外の全員で石鹸製作を続行して貰う事にする。
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一方、石鹸製作に参加していない私はというと。
苗木に水をやっていた。別に鼻歌は歌ってないけど。
じょうろに水を入れ、サラサラと苗木の葉っぱの上から少しずつ掛けてあげる。
あげ過ぎは厳禁、無意味に水を与え過ぎると根腐れを起こしてしまう。
植物が育つのに水分は必要だが、何事も過ぎたるは及ばざるが如しである。
あー、平和だなー。癒しだなー。
早く育って、実を付けないかなー。
青果の類は痛みやすいから、ファーレンハイトからこのロンバルディアまで運んでくる最中に大体痛んでしまうのよね。
だったら、ここで作ってしまえば良いという訳だ。
春夏秋冬、季節を問わず食べたい物を食べる。
これ以上の贅沢は無いだろう、特にこの世界では。
美味しい物を食べて癒される。そう、癒しと憩いは大切なのだ。
おっと、あげ過ぎたら不味いからね。水遣りはこの位にしておこう。
いやー、癒された癒された。
まるで愛らしい子供を可愛がっている気分だ。
「……何してんの?」
「水やり。癒されるよ」
「水撒いて癒される訳無いでしょ、馬鹿じゃないの? そんなのただの草じゃない」
人が何に癒しを感じるかなんて、他人に分かる物じゃないのよ。
良いじゃない、植物を育てる事に癒しを感じても。
「私は働き詰めで疲れてるの。自然の少ない現代社会、僅かな緑に憩いの空間を求めて企業戦士達はまるで止まり木にて羽を休めるかのようにそれを求めるのよ」
「……?? この周囲に自然なんていくらでもあるじゃない」
うん、そうだね。
ここは私がいた世界じゃないものね。
でもこの近場で緑って言っても、竹薮だし。
竹なんか育ててどうすんのよって話よ。アレは害草扱いされるレベルの生命力で増殖するのに。
「まぁ、とりあえず癒されたし。そろそろお仕事に戻りますか」
そろそろ、次の段階に行ってみたい。
オキに頼んで鉄製品を生産して貰ってはいるが、ペースが遅い。
これは別にオキの仕事がノロマという意味ではなく、単純に手数が足りてないだけだ。
手数が足りてないなら、増やせば良い。
設備が足りないなら、設備を増設すれば良い。
「――今度ルドルフさんに、耐火レンガでも仕入れて貰えるように頼もうかしら?」
針葉樹林から一日で集められるだけの腐葉土を回収して敷き詰めたが、
この空間の地面を覆い尽くせる程の量には程遠い。
まだ小規模なので、家庭菜園のレベルを脱していない。
でも今の規模なら、片手間でサクッと手入れ出来るので悪くは無い。
皆でローテーションを組んで、水遣りと肥料撒きをお願いしよう。
何にせよ、一先ず現状は石鹸を作る位しかやる事が無い。
一週間後、ルドルフの帰宅待ちね。




