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45.配水管とボス猿

 作成が完了した私達四人分の個室、その部屋へと全員で向かう。

 まだ扉は取り付けていないが、後々取り付ける予定である。

 個室に入ってすぐ右手に拡張術式を刻む。

 これは、言うなれば照明のスイッチだ。

 手で触れる事で頭上の光源となっている魔法陣への魔力供給が再開・停止と切り替わるようになっている。

 寝るときには消せるようになり、またその使い方も三人に説明する。

 部屋の内部構造は各部屋共通なので、私を含め別に何処の部屋が良いかという言い争いの類は発生しなかった。

 横並びの部屋であり、左から私、リューテシア、リュカ、ルークの順で部屋割りはすんなりと決まった。

 上に一度戻り、全員のベッドを回収した後に各部屋へと配置しなおして、今日は一日を終える事にする。


 日を改め翌日。

 拠点を地下へ移した事で、水場が遠退いてしまった。

 これでは水を取りに行くのに上の水路まで行って、また降りて来てと、何の為に水路を作ったのか意味が分からなくなってしまう。

 なので引き続き、私達が水を汲みに行くのではなく、水の方からこっちに来て貰う事にする。

 といっても、前回行ったロープウェー方式のような大掛かりな改修は行わない。

 あの水車式の水路のお陰で、水は全て高所に移動しているのだ。

 水は高きから低きへ流れる、なので自然の法則に従って貰いましょうか。

 今回、作らなければならないのは配水管だ。

 節抜き竹を接合して、というのも考えたが、竹では同じ規格の物を何個も何個も、というのは不可能だし、自然の物なので腐食も早いだろう。

 それに、結合部から水が漏れ出る事も考えられる。内部から水圧が掛かっても水が漏れ出さない程の機密性と強度と結合度、これを竹に求めるのは流石に酷であろう。

 なので、配水管は鉄製。そう結論付けた。

 配水管は鉄なのでそうそう簡単には腐食しないし、水圧にも耐えられる。

 結合部からの漏水対策だが、配水管の両端にネジ山状の加工を施し、そのネジ山同士をナットで結合させる事にする。

 この方法であらばそう簡単に漏水はしないだろう、ネジ山は鋳型でそのまま作ってしまう事にする。

 砂型鋳物は精度が出にくいが、今回作る配水管は細かい物ではなく、小さめの丸太程の大きさはある。

 細かい加工ではないので、鋳型で作ってもそのまま行けるだろう。

 また、それと同時に蛇口も作成してしまおうと思う。

 配水管も蛇口も、鉄を加工する必要がある。

 一度オリジナ村に戻り、線路を製作していたオキに優先して作って欲しい代物を注文する。

 蛇口は鋳型で行ける、また蛇口を繋ぐ配水管が大量に必要になる。

 線路作成は一旦中止して貰い、配水管の製作を行って貰う。

 線路も引き続き欲しいのだが、生憎オキの作業場は一人で切り盛りしている個人事業。

 一人で線路も配水管も作るなんて不可能だ。

 だが個人事業だからこそ、急な製作物変更を入れても現場が混乱しないというメリットでもあるのだから、線路製作が止まるのは仕方ない。

 無論、完成している分の線路は受け取って、代金も払っておく。

 配水管に関しては、要はただの鉄の筒だ、比較的早く完成するだろう。

 完成した物から次々にトロッコを通じてバケツリレーの如く拠点まで運び込む。

 また、蛇口部分も複数個作って貰う。

 蛇口の鉄部分が完成したので、さっさと組み立ててしまおう。

 蛇口は鋳型で作ってはい完成、ではない。何個かパーツを組み合わせて捻る取っ手、止水箇所を作る必要がある。

 ゴムパッキンを使用したい所だが、この世界にゴムなど無い。

 なので、仕方なく手持ちの木材の中でなるべく弾力がある物を選んで加工、ゴムの代用とする。

 無い物ねだりをしても仕方ないので、これで我慢する事にする。

 磨耗が激しくなりそうだが、仕方あるまい。


 代用木製パッキン、コマ、ナットといった部品を組み合わせ、ハンドルを取り付け、開け閉めを行い挙動を確認する。

 問題ない事を確認しながら、水の流入口に軽く水を注ぎ、締めてある際には水が漏れ出ず、また開けている際には問題なく水が流れる事も確かめる。

 ここまでやって大丈夫なら、何も問題あるまい。

 引き続き、他の蛇口も作ってしまう。



―――――――――――――――――――――――



「ミラさん、配水管を言われた通り伸ばしてきました」

「そう。ありがとうルーク」


 蛇口の作成がある程度完了し、ルークの報告を受ける。

 配水管の構造はシンプルであり、また繋げ方も単純だ。

 配水管の両端にナットを当て、配水管かナットを捻って結合させるだけだ。

 やり方自体は一度聞けば小学生ですら理解出来る代物だ。

 少々配水管が大きいのでルークとリュカの二人掛かりでやって貰っていたが、比較的早く終わったようだ。

 配水管は上の仮拠点付近にある水路の近くから、坑道内部を通過し、私達がいる地下の本拠地――ではなく。

 本拠地より少し手前で結合を止めて貰っている。

 この配水管は、後々の事を考えるのであらば下まで伸ばし切ってしまっては不味い。

 流れてくる水は、ある程度上部で留まっていてくれねばならないのだ。

 ここは後々再び手を加える事にする、今はこれで充分だ。

 上まで戻り、水路を通じて運搬されてくる水が漏斗状の受け皿を通じて配水管へと流れるようにする。

 次々と滝から運ばれてくる水が配す缶の中へ飲み込まれて行く。

 ある程度水が流れたのを確認し、配水管の漏れをチェックしていく。

 ナットの締めが甘ければ、水が漏れ出てきたり、最悪外れてしまうからね。

 坑道をカンテラで照らしつつ、配水管の結合部を各箇所確認しながら下まで降りていく。

 幸い、しっかりとネジ止めされているようで漏洩箇所は無かった。

 配水管の終端、何の加工もされていない不恰好なその終端から水がジョロジョロと流れ落ちており、

 配水管の下に配置しておいた水受け用の水瓶から溢れた水が周囲に水溜りを作っていた。

 水溜りになるのは困るので、ちょっと足元を軽くスコップで掘り、傾斜を付けて下まで流れて行くようにする。

 このまま下まで流れて行けば、駅のある入り口まで水が流れて行く。

 そこまで流れて行けば、既に稼動済みの魔力式排水溝から外部へ排出されるようになる。

 一先ずはこれでオーケーだ、水回りの暫定手入れは終了だ。

 水周りの大規模改装は、後で行う事にする。


「これで取りあえずの水回り作業は終わりね」

「では、次は何をすれば良いのでしょうか?」

「そうね、農場に木でも植えようかしら」

「――え?」

「えっ?」


 キョトンとした表情でフリーズするルークとリュカ。


「あの、農場ですか?」

「そうよ」

「農場って、何処にあるんですか?」

「そこよ。広間の奥にひろーい空間作ったでしょう?」

「こんな地下で、木が育つ訳無いと思いますが」


 いや、育つわよ。

 足りない要素は後で追加するけど、育つ環境はほぼ準備完了してるんだから。

 ルークやリュカの様子を見て、多分リューテシアも一緒に説明した方が手間が省けると思い、

 私は石鹸製作を行っていたリューテシアを呼び出すのであった。



―――――――――――――――――――――――



「こんな地下で作物も木も育つ訳無いでしょう? 何を馬鹿な事言ってるのよ、こんなの子供だって知ってるわよ」


 バッサリと切り捨てるように断言するリューテシア。

 ああ、危惧した通りリューテシアもそうだったか。

 まぁ良いや、ルークもリュカもリューテシアも、一度に疑問が解決出来れば二度手間にならなくて済むからね。


「そう。じゃあ聞くけどリューテシア、どうしてここでは作物が育たないと断言出来るの? 根拠は?」

「そんなの決まってるじゃない。こんな地中深くじゃ精霊様の恵みが届かないからに決まってるわ」

「――僕もリューテシアさんと同意見です」

「精霊様の恵み、ねぇ」


 精霊ねぇ。

 そんな居るか居ないか分からないような代物を引き合いに出すなんてナンセンスよ。

 この世に解明できない物なんて存在しないんだから。


「じゃあ、その精霊様の恵みってのを詳しく教えて貰って良いかしら?」

「――この世界におわせられる精霊様は、その御力を天より大地に注ぎ、人や作物に活力を与えてくれると言われています。そして、精霊様が天より去ると光は失われ、世界は闇に包まれ、夜となる。闇に包まれている状態では作物も育ちません。精霊様が注ぐ光が届かない雨や曇りが続くと、不作が発生する事からそれは明らかだと思いますが」

「うん、それ太陽の事よね」


 ルークがリューテシアに代わり説明してくれたけど、その精霊様って思いっきり挙動が太陽なんだけど。


「この世界でも私の世界でも、多少固有名称なんかが違ったりする時はあるけど根本的な法則、摂理は変わらないのよ」


 私の世界では万因粒子と呼ばれている物がこちらでは魔力と呼ばれていたり、名称違いはある。

 つまりここで言う精霊様とは太陽の事なのだろう。

 太陽を神といった人智及ばぬ絶対的な存在として崇める風潮は、何処でもある物だ。


「植物が生育する条件をしっかりと確保出来るなら、地中だろうが天空だろうが海底だろうが育つ物は育つのよ」


 こういった知識もこの世界には無いのか。

 説明するのが面倒だなぁ。

 でも説明しないと納得しないだろうしなぁ、やるしかないか。


「――良い? 植物が生育する条件は五つ、植生に応じた適度な温度、土中の栄養素、水分、それと二酸化炭素に光合成に必要な光、これが揃ってれば良いのよ。これが揃ってれば植物は育つし、どれか一つでも欠ければ育たない。太陽なんて関係ないのよ」


 まぁ、中には光合成しないで他の植物に寄生する植物なんかもいたりするが、説明すると教える事が増えそうなので伏せておく。

 面倒な事はなるべくしない。


「光は術式で生成したプロメテウスノヴァがある、栄養は腐葉土なり肥料なりで確保すれば良い。二酸化炭素は生物の呼吸で精製されるし、普通に自然界に存在してるし、その気になれば作る事だって出来る。水は、撒け!」


 ただ、現状今すぐここで育てられるかと言われるとそうでもない。

 光も水も空気もあるが、ここには土が無いのだ。

 360度全方位が土の壁で覆われている場所ではあるが、魔法で押し固めたせいで壁も床も天井もかなりの強度になってしまっている。

 育った成木の張り巡らせる根っこは時にアスファルトやコンクリートすら粉砕するが、それは成木という成体の体力だからこそ出来る事。

 種や苗木にそんな力は無く、柔らかい土の上でなければ育てない。

 大人に力仕事を振るのは良いが、子供やいたいけな少女に力仕事を振っても出来る訳が無い、それと同じだ。

 だからもっと私を労わってよ。いたいけな少女なんだよ私?


「という訳で、ちょっとこのままだと床が固いから、明日皆で土を掘りに行きましょうか」


 ロンバルディア地方は北国だが、針葉樹林や竹が植生しているので天然の腐葉土も当然存在する。

 竹の場所を掘ってこの地下に竹が生え始めても困るので、腐葉土は針葉樹林の地帯から回収する事にする。

 少しだけ森の中に入るが、やっぱり魔物は襲って来ない。

 というか、私達を見るや否や脱兎の如く逃げ出してすらいる。

 その反応は一体何なのよ? どうしてそんな事になってるのよ?


「――前々から感じてはいましたが、不気味な程に魔物が大人しくありませんか? トロッコでの移動中も一度も襲われた事がありませんし」

「あっ、それ私も思った」

「ぼ、僕も……ちょっと不思議に思ってた」


 どうやらルークとリュカも同じ感想を抱いていたようだ。

 この一帯に生息している魔物は人を襲う、それは間違いない。

 私達がこの鉱山跡地に最初に向かう際にも向かって来てたし。

 だが今は襲う所か良くて遠巻きに様子見、そして今のように背を向けての逃走である。


「ああ、魔物とはいえ学習出来ない程馬鹿じゃないって事でしょ。あれだけ散ッ々返り討ちにされれば否応無しに学習するでしょ」

「えっ? 返り討ちって、一体何時リューテシアは魔物と戦ってたのよ?」

「あんたが! それを言うか!!」


 うるさいなぁ、耳元で怒鳴らないでよ。


「あれだけ何度も何度も何度も何度も! 私一人だけ! 延々と村までの道作らされ続けてさ! 私が魔物に一度たりとも襲われなかったとかいうお花畑な考えしてた訳じゃないでしょうね!? 全部倒したのよ! 私一人で! 何十回も何百回も!!」


 折角の美形の顔が台無しになる鬼のような形相で、過去を思い出しては忌々しい何かを踏み付けるかのように足踏みをするリューテシア。

 ああ、成る程。合点が行った。

 そうか、つまりリューテシアはこの周囲の魔物達の中でヒエラルキーの頂点に立ったのか。

 魔物との戦いの中で、群れのボスとかも倒してしまったのだろう。

 もう完全に決着が付いてるから、勝ち目の無い相手とは争わない、向かってくるなら逃げるしかないと学習してしまったのか。

 そして、そのトップが切り開いた道はいわばマーキング。

 その縄張りに踏み入れば、逆鱗に触れる事間違いなし。

 更に言うなれば、私達は全員リューテシアと同じ空間で共同生活を送っている。

 リューテシアの僅かな体臭が私達にも付着したと考えれば、魔物達が私達をリューテシアの同類や仲間と見なしてもなんら不思議ではない。


「そっか、凄いわねリューテシア。貴女、この周囲一帯の魔物達のトップに立てたみたいよ? 良かったわねボス猿さん」

「誰がボス猿よ!? 喧嘩売ってんなら買うわよ!?」


 ボス猿の怒声が針葉樹林内に轟く。

 その咆哮の結果、周囲の森から生物らしい鳴き声が一切聞こえなくなってしまったが別に問題は無いだろう。

良かったわねボス猿さん、もう雑魚の魔物に悩まされる心配無いよ!

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