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39.賃金

突然ですが、5月1日~5日の間はゴールデンウィークなので毎日更新する事にします

ちょっと書き溜めに余裕が出来たので


 先日遂に鉄道の敷設が完了した。

 これは非常に大きな一歩だ。

 悪路を乗り越え、辿り付くのに野宿を挟まねばならなかった鉱山跡地。

 その鉱山跡地とオリジナ村を繋ぐ鉄道が完成した事で、この往路をトロッコに乗って走り抜ける事で往復が僅か二時間で到着出来るようになったのだから。

 これで人里との往来が非常に楽になり、足りない物資があれば商人であるルドルフを通じて購入し、鉄製品もオキの作業場に赴き製造して貰う事も出来るようになった。


「――これで私だけじゃなくて、他の皆も人里に降りれるようになった訳ね。これまでは意味が無いから直接差っ引いてたけど、今日からは貴方達に給料を渡そうと思うの」

「給料ですか? 何故そんな物を?」

「あら、労働者に対価を与えるのは社会の基本でしょう? 何をそんなに不思議がってるのかしら?」

「だ、だって僕達、その、奴隷ですし……」


 声のトーンが徐々に落ちて消え入るような声でリュカが喋る。


「……私が以前、言った言葉を覚えてるかしら? 奴隷身分から解放されたいというのがあるならば、貴方達を縛る奴隷契約書を破棄するのもやぶさかではない。そう言ったはずよ。あれは本当に嘘では無いのよ、貴方達を私が奴隷商から買い上げた際に払った金額。その全額を貴方達が返済出来たなら奴隷契約書を破棄しても構わないの」


 何時までも奴隷として縛り続ける趣味も無いし。

 この三人が私に借金をしている内は、返済者の義務があるから逃がす気は一切無いけど。

 借金を完済し終えた後であらば何処へと行こうと私に口出しする権利は一切無い。

 借金が無くなったなら、この三人は自由の身なのだから。


「なら、その与えるという給料をわざわざ僕達に与えず直接その返済に充ててしまえば良いのでは? これでは二度手間に思えますが」

「二度手間? 違うわよ、これもまた貴方達に与える選択肢よ」

「選択肢ですか」

「今まで貴方達に直接金銭として渡さなかったのは、渡す意味が無かったからよ。給金を受け取った所で、ここは鉱山跡地という山奥の中。武器を買う事も酒を買う事も食い物だって買う事が出来ない。こんな状況下で貴方達に金を渡した所で使う場所が無いでしょう。でも人里との連絡通路である鉄道が完成した事で、簡単に人里まで往来出来るようになったわ。この状況になれば貴方達にも金を使う当てが出来るからね、だから給料として渡すのよ」


 オリジナ村には、ルドルフがいる。

 商売人であるのだから、ちゃんと金を渡せば商品を売ってくれるだろう。


「それに、こんな穴ぐら生活延々と続けてたら息も詰まるでしょう。食なり酒なり、多少の娯楽をご褒美として自分に与えないと心が死ぬわよ」

「今でも奴隷とは思えない程に充分快適なのですが」

「別に使う気が無いなら無いで良いわ。それなら与えた日当をそっくりそのまま自分の身柄を買い戻す返済金に充てれば良いだけ。返済するも良し、オリジナ村まで行って嗜好品を買うも良し。与える給料の使い道は貴方達で勝手に考えなさい」


 借金返済は、本当に心が死ぬ人が多い。

 どれだけ汗水流しても、稼いだ金が手元に残らずドンドン溶けて消えていくのだから。

 増えるのではなく減るというのは、精神的にキツい。

 多重債務者が首を括る原因というのは、どれだけ稼いでも手元に一切金が残らない、前に進めていないのが最大の原因と思われる。

 実際にはちゃんと減っているのだからただの錯覚なのだが、減っているという実感が持てないのであらば意味が無い。

 だから適度に自分を許す事が、借金返済のコツだ。その分完済までの道程が遠退くが、心が死んでしまうよりよっぽど良い。

 まぁ人によっては稼ぐ額≦月々の利子となって本当の意味で詰んで自害する人もいるのだろうけど。

 私はこの三人から利子を取る気は更々無いのでこっちは関係ないわね。


「さて。オリジナ村までの鉄道が完成した事で私達の食糧事情は一先ず危機を免れたわ。ルドルフさんを通じて食料を購入出来るようになったから、無くなるようなら買出しに行けるようになったからね。石鹸の作成も勿論続けるし、竹の伐採も引き続き続けるけど、そろそろ次の一歩を踏み出そうと思うの」

「次の一歩って、今度は一体何をさせる気なのよ?」

「……そろそろ、本格的な拠点が欲しいと思わない?」


 今の住まいとして使っている竹作りの家屋と呼ぶのもおこがましいこの仮設拠点。

 ある程度の寒さ位なら防げるが、この寒帯に近い気候に属しているロンバルディア地方での越冬に耐えられる構造とはとても思えない。

 それに、これは仮拠点なのだ。

 何時かは本拠地を作る気ではあった。そろそろ、良いだろう。


「明日からの予定はこうよ。ルークとリュカは竹の伐採と石鹸の製作。そろそろ竹の備蓄が心許無くなってきたからね、伐採しておかないと。何かちょっと温かくなってきたせいか竹林の密度が増して来てる気がするしちょっと減らさないと。それと石鹸もルドルフさんとの約束があるから製造の手は止められないわ、だから二人にはこれをお願いね。どっちが石鹸作りでどっちが竹伐採をするかは二人で話し合って決めると良いわ」

「わ、分かりました」

「リュカくんは、どちらが良いかな? 僕はどちらでも構わないが、ちょっと身体を動かしたい気分だから竹伐採をしたい所なんだけど」

「な、なら僕は――」


 どちらの作業を担当するか、その分担で話し合いを始めるルークとリュカ。

 やってくれればそれで良い。どっちをするかは好きにすれば良いわ。


「……私だけ作業分担から外されてるのが凄く嫌な予感がするんだけど」

「ならその嫌な予感は外れてるわよ。リューテシアは私と一緒にここの地下に潜って本拠地作りをやって貰うだけだから。坑道を魔法で削って広げて、それと同時に崩落しないように周囲を固めつつ私達の本格的な住まいを作るのよ」

「は?」


 なーに言ってんだこの気狂いと言いたげな目を向けてくるリューテシア。

 何も考えないでこんな事言ってるんじゃないの。

 あの地下は、地熱でかなり温かかった。

 この寒い地方で常に温かい気温で保たれ続ける空間がどれだけ垂涎物かっていうのが分からないのかしら?

 いや、リューテシアはここの地下に潜ってないから分からないか。


「私は鉱夫じゃないのよ!」

「石掘りなんてしないわよ。本拠地作りをするって言ってるでしょう」


 短く悲鳴を上げるリューテシア。

 私は「まだ」鉱石掘りなんてする気は無い。

 何年何十年掛けて蓄積したのかは知らないが、ズリ山から拾い上げた鉱石にはまだまだ余裕がある。

 トロナ石は最近少しずつ使うようにはなったが、石炭は完全に手付かずだ。

 余裕があるのだから、今はそんな事に手を割く時ではないなぁ。



―――――――――――――――――――――――



 宣言通り翌日、私はリューテシアを連れて鉱山跡地の地下へと続く坑道を進んでいる。

 ルークの時と同様、リューテシアには再び空気の膜を展開して貰っている。

 お目当ての深さまで来ると、やはりこの空間は非常に快適な温度に保たれていた。

 本拠地作りをするに当たって、まず一番最初にしなければならない事がある。


「最初に、この充満した硫化水素ガスを含むであろうここの地下の空気を換気しないとね」


 火山性ガスが充満している中では何も出来ない。

 先ずはこの火山性ガスを外部へと排出してしまわなければなるまい。


「リューテシア、この位置に地上に向けて穴を開けてくれる? 角度は大体30度、大きさは貴女の身体がスッポリ収まる位で良いわ。貫通するまで地属性魔法で開けちゃって」


 分かったわよ、やれば良いんでしょ。

 そう悪態を突きながらも素直に従ってくれるリューテシア。

 もうちょっと素直になれば良いのに。


「――穿て。ガイアホール!」


 指定した箇所に向けてリューテシアが魔法を放つと、リューテシアの身体より一回り大きい位の穴がボコボコと広がっていく。

 考えていたより穴が大きいが、まぁ許容範囲内だ。

 かなりのペースで穴を開けていっているが、地上までの距離はかなりある。

 途中少しずつ休憩を挟みながら、リューテシアに無理が出ない程度のペースで穴を広げ続ける。

 数時間後、無事貫通したのか穴の奥底から豆粒と言って構わない程の微少の光が確認出来た。

 今日の作業はこれで終わり。

 一日であれこれ出来るとは考えていない。


 翌日、私とリューテシアの二人で貫通させた穴の出口部分を確認しに行く。

 穴が開いた場所は滝や川、竹林とも離れており、オリジナ村から鉱山跡地へと入る山道より少し手前部分に貫通していた。

 その側には何ヶ月も掛けて敷設したレールの始端があった。


「計器を使った精確な測定が出来なかったから、体感とかいうかなりアバウトな開け方だったけど、良い位置じゃない」


 とりあえず、この穴出口部分を視覚的に分かり易くする為に旗を立てておく。

 この周囲に村落は無いし、一番近いオリジナ村とは最低50キロは離れていると見てる。

 なのでここから地下に蓄積している火山性ガスを全て排出しようと考えているのだ。

 空気より重いので、ここより上にある竹林や坑道入り口付近で活動している分には中毒症状に陥る事は無いだろう。

 周りに遮蔽物も無いし、一週間も放置すれば風に吹き散らされて火山性ガスも消えるだろう。

 これから一週間弱は全員下山禁止令を出そうと思う。

 穴を見付けたので、再び坑道地下深くまで潜り、今度は換気作業を行う。

 この換気作業が終われば、このリューテシアに展開して貰っている空気の膜を張らずともここで呼吸が出来るようになる。


「昨日開けたこの穴の少し前、そうその辺り。そこから開けた穴に向けて思いっきり風魔法で突風を起こして」

「思いっきりって、どの位よ?」

「この坑道や昨日開けたそこの穴を崩さない程度であらば、どれ位強くても良いわよ」

「あっそう。なら全力でやるわよ」


 リューテシアの足元に風の刃が巻き起こり、地面に魔法陣を刻む。

 その後、リューテシアの魔力に呼応し、魔法陣から薄明るい光が立ち昇る。

 リューテシアの周囲に存在する大気が逆巻き、肩まで伸びた黒髪がバタバタとはためく。


「――吹き荒べ! ゲイルブラスト!」


 突き出した右手から、魔法によって紡がれた突風が巻き起こる!

 その突風は周囲に漂う火山性ガスを巻き込み、穿った穴を通じて一気に外へと排出される!

 空気の膜に包まれているお陰で風を感じる事は無いのだが、あの片手から出ている風の勢いからして、

 この膜の外は凄い暴風になっているのであろう。


 密閉された空間でない限り、真空というのはこの地上に存在出来ない。

 空気圧が下がれば、下がった場所に向けて空気が流れ込むからだ。

 今リューテシアが、この地下空間にて突風を発生させて火山性ガス諸共坑道内の空気を一気に穴から排出している。

 これにより坑道内の空気圧が下がるが、圧が下がったなら既に開いている坑道入り口から外気がどんどんこの坑道内に流れ込んでくる。

 勿論この流れ込んでくる空気は新鮮な外気だ。

 今行っている強制換気をリューテシアが頑張ってくれれば、ようやくこの空気の膜を解除しても大丈夫な環境が整う。

 そうすれば、やっとこの地下開拓が行える。


 とか何とか考えていたのだが、その間もリューテシアは涼しい顔をしたまま突風を放出し続けている。 

 ……うん。

 私が思っている以上に、リューテシアは才能の塊なのかもしれない。

 リューテシアだけただの性奴隷だとか希少な種族だとか付加価値の割に異常に高額だったけど、

 この実力を見ているとあれでも格安な買い物だったように思える。

 だけどこれだけの魔法を使えるなら、何で彼女は奴隷なんかに身を落とすハメになったのかしら?

 聞きたい所だけど、なーんかこの話題って地雷臭がするのよね。

 こっちから触るのは辞めておきましょうか、へそ曲げられても困るし。


 結局、この日はリューテシアの魔力が尽きる前に私のお腹の方が尽きるのが先だった。

 およそ三時間程は換気作業をしていただろうか。

 これだけ空気溜まりを排出出来れば、かなり硫化水素の量も減ったはずだ。

 明日にも一度軽く換気作業を行った後に、地下開拓を始めるとしよう。

何? GWに何処かへ出掛けないのかだと?

そんな事を決闘者に聞くなんて愚問だな!

今の期間、決闘者が行く場所なんてひとつしか無いだろうが!!

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