38.バラストとレール
トロッコ好き。
オキから現状出来上がった鉄製品の全てを受け取り、アーニャとルドルフにまた鉱山跡地に戻るという報告と今まで間借りさせて貰ったお礼を述べる。
翌朝、完成した道路を再びリュカに私を抱えて走って貰う。
完全に道路が繋がり、悪路や迂回といった減速要素が全て取り払われた結果、
驚いた事に早朝村を発って、日暮れではなく西日が強くなる、程度の頃合に鉱山跡地へ着く事が出来た。
若干余裕を残しつつの到着だ、これは素晴らしい。
リュカを労いつつ、私は奴隷契約書を取り出し、魔力操作を行いリューテシアとルークを私の元へ呼び寄せる。
この強引な行軍が出来るのは体力があるリュカだけだ、流石にリューテシアとルークは付いて来れない。
だから来た時同様、帰路も転移魔法で引き寄せる事にしたのだ。
「じゃ、道路作成が完成した事だし。リューテシアには今度は別の作業をして貰うわ」
「今度は何をさせる気なのよ」
「バラスト設置」
「ばら……すと……? 何よそれ?」
「僕も初耳ですが、ばらすと? というのは何ですか?」
「貴方達にも分かり易く言うとね、あの完成した道路の上に今度は石を撒いて積み上げるのよ。厚さは余裕を持たせて三十センチメートルね」
「は?」
リューテシアが苛立ったような声を上げながら、口角が引き攣ったように釣り上がる。
「それと平行して、バラスト敷設が終わった場所からオキさんに現状完成した分のレールを敷いていくわ。ああ大丈夫よ、このレール敷設作業に関してはリューテシアにやって貰う事じゃないから。バラスト敷設が終わればリューテシアは本当にこの道路作成作業は終わりよ」
「ま、またやるの!? あの距離を、私が!?」
「必要だから。ここで今流した汗の数だけ、未来の貴女の生活が楽になるのよ。頑張ってね」
肩を叩いてやりたい所だが、背丈が足りない。
なので妥協してリューテシアの腰を叩いてやる。
何か舌打ちが聞こえたけど気のせいだろう。
とりあえずもう今日は遅い。実際の作業は明日からだ。
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翌日。
今までリューテシアが作っていたものは道路なので道路作成と呼称させて貰っていた。
だが、私が作りたかったのは本来道路ではない、ここから更に一歩進んだ物だ。
これより道路作成は呼称が変わり、線路作成へと呼称変更となる。
「降り注げ! ストーンレイン(威力最弱、量多め)!」
完成した道路の上に、リューテシアが石の雨をこれでもかとばかりに降らせる。
リューテシアが先行し、その後ろに私含めた三人が続く形になる。
この線路敷設作業は、リューテシアだけでなくここにいる全員が総出で行う大事業である。
当然他に手を回す余裕が無くなるので、一時的に石鹸作成がストップする事になるがそれは仕方ない。
石鹸を作った所で運搬する経路が確保されていなければ搬出もままならない。
この線路作成だって、最重要項目の一つだ。
「ミラさん、これで良いでしょうか? 言われた通りに置いてみましたが」
ルークの報告を受け、敷設されたレールを確認しに向かう。
リューテシアが延々と敷設を続けているバラストの上に等間隔で枕木を置き、その上にレールを乗せる。
そのレールをしゃがみ込み、視線を水平にしてレールをじっくりと観察する。
「――駄目。やり直しよこんなの、だってそもそもここから見てみなさいよ、レールが直線になってないから等間隔になってないじゃない、それに微妙にレールが傾斜しちゃってるし」
「こ、これで駄目なのですか?」
「ある程度大雑把でも何とかなる作業に関してなら、私もこんなに口うるさく細かく注文付けたりしないわよ。でもこの作業は、この作業だけは駄目なの。このレール敷設作業だけは絶対に妥協は許されないの。この線路の間隔は常に一定、前から見ても横から見ても、常に直線に、常に水平になってなければいけない代物なのよ」
歪んでる線路とか、想像しただけで鳥肌が立つレベルだ。
このレール敷設作業だけはなぁなぁも妥協も大雑把も絶対に許されない。
これを適当で済ませたら、絶対に大惨事が起こる。
なのでこのレール敷設作業も当然、私が直接関わる必要性がある。
バラストの敷設をリューテシアが魔法で行い、オキから受け取ったレールの持ち運びとレールの最終確認は私が、
枕木とレールの設置作業をリュカとルークが行う。
全員に役割があり、誰か一人でも欠ければ立ち行かなくなる、これを大事業と言わずして何を呼ぶというのか。
何度も何度もルークとリュカに駄目だししながら、少しずつ少しずつレールを延ばしていく。
キチンと直線、水平になったレールを鉄杭を使って枕木にしっかりと固定する。ここまで行ってレール一本分の距離が完了なのだから先は長い。
レール敷設作業にリュカとルークが慣れていないせいか、初日はまるでレール敷設が進まなかった。
お陰で先行してバラスト敷設を行っているリューテシアに大分離されてしまった。
だがルークもリュカも飲み込みが早いようで、数日したらある程度は見れる状態でレールを敷設出来るようになり、
数週間後には適切な間隔を身体が覚えたのか、水平、直線に設置というのを自力で出来るようになってきた。
だが、それでも最終確認だけは私がしなければならないので、この作業場を離れる訳には行かないのだが。
私達がオリジナ村に滞在していた期間はそんなに長くなかったので、
オキから受け取れたレールの本数もそれ程多くは無かった。
しかしながら初回に受け取れたレール全ての設置が終わる頃には、鉄道と呼ぶのに抵抗が無い程度の距離を敷設する事が出来た。
ただ、これで全体の三分の一程度だ。
足りない分のレールはまたオリジナ村のオキの作業場まで取りに行かなければならない。
だが、三分の一程度でも鉄道の敷設が終わっていると大分事情が変わるものだ。
「じゃ、ちょっとオリジナ村までレールを取りに行ってくるわ。ルークはその間一人で石鹸を作ってて貰いたいんだけど、一人で大丈夫かしら? 無理そうなら別の事考えるけど」
「いえ、作り方は充分ミラさんに教えて頂けたので理解しています。一人でも完成させてみせますよ」
「そう。ならルーク一人にやらせてみようかしら? 一人でやるのは初めてだし、仮に失敗して材料を無駄にしても不問にするわ。でも一つだけ。絶対に水酸化ナトリウムだけは使う際に細心の注意を払ってね。もし目や皮膚に付いたら、即座に大量の水で洗い落とすのよ?」
「分かりました。大量の水で洗う、ですね? 直接身体で触れないようにはしますが、万が一に付いてしまった時はそうする事にします」
「私は?」
「リューテシアはまだバラスト敷設が終わってないでしょう? 終わるまで続行に決まってるでしょ」
またリューテシアが舌打ちしてる。
レール敷設が三分の一を終えた事で、トロッコによる移動とリュカの足の合わせ技で遂に鉱山跡地とオリジナ村の距離を片道半日で移動出来るようになったのだ。
片道を半日で行けるなら、一日で往復が出来るという事だ。遂にオリジナ村への日帰りが見えてきた。
既に敷設が終わっているレールの上に、ものぐさスイッチ内に格納していたトロッコを設置する。
トロッコに私とリューテシアが乗り込み、トロッコをある程度の速度が出るまでリュカに押して貰い、その後リュカもトロッコに飛び乗る。
トロッコの速度が落ちない内にリュカがハンドルを回して更に加速、その後隣のハンドルを回してトップスピードにまで速度を上げる。
レールの距離が延びてきて、徒歩の移動時間がそれなりに掛かるようになった頃合から移動にトロッコを使うようになった。
口うるさく指摘して設置しただけあり、レール上をトロッコが走行してもほとんどトロッコが揺れる事は無かった。
トロッコに取り付けたサスペンションで微細な振動すら取り除き、快適な乗り心地を提供してくれる。
しっかりとトップスピードに乗った際のトロッコの早さには、私以外の全員が驚いていた。
魔法も使わず、ただハンドルを回しているだけでここまでのスピードが出せるのかと。
一応このトロッコには当て木でのブレーキを取り付けてあるが、他に車両がある訳でも信号がある訳でもカーブがある訳でもないのでレールが途切れている場所に行くまで使用する事は無い。
磨耗したら交換しなきゃいけないけど、磨耗する頻度が少ないのは地味に助かる。
このトロッコは作成時から意図してそうしたのだが、ローラーチェーンが二つだけしかないのと、変速機構を作れる技術が無いのでギア比をいじる事が出来ない。
なので停止状態からこのハンドルで動かそうとすると物凄い力が必要となり、一番力があるリュカですらまともに走り出す事が出来なかった。
よって最初の加速だけは押して貰う必要があるのだ。
言うならば押して加速が一速、小歯車ハンドルが二速、大歯車ハンドルが三速といった所か。
そうして加速したトロッコは、レール上を非常にスムーズに走行していく。
トップスピードに乗った際のトロッコの速度は、宣言通り馬車に匹敵する速度になっている。
もう今じゃ完全にこの速度に慣れちゃった三人は何の反応も示してくれない、何か面白く無いな
敷設が完了している区間までをトロッコで一気に走り抜け、レールが途切れた場所でリューテシアを降ろし、トロッコをものぐさスイッチ内に格納。
そこからリュカにまた私を担いで貰い、オリジナ村までを駆け抜けて行く。
オキから完成したレールを受け取ったら即座にオリジナ村を発ち、リューテシアが作業をしている場所まで戻り、
リューテシアのバラスト敷設作業の一日分が終了した辺りでリューテシアを回収し、再びトロッコで鉱山跡地まで戻る。
レールを入手したのでまたルークとリュカでレール延長作業が出来る。
こうして一日、一週間、一ヶ月。
少しずつ少しずつ、レールが延びて行く。
単調な繰り返し作業だが、必要な作業だ。絶対に辞める訳には行かない。
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全員でトロッコに乗って、レール敷設作業を行い続けた。
やがてロンバルディア地方は春から夏へと変わり、リューテシアのバラスト敷設作業が最初に完了する。
だが、まだレールの敷設作業は終わっていないので、リューテシアにはルドルフとの取引の為に必要な石鹸の量産を行って貰う。
バラスト敷設が終わったなら、後はレール延長作業だけだ。
ルークとリュカの尻を叩き、二人の仕事の最終確認を私が行う。
長い日々だったが、その時は遂に訪れた。
「――あ!」
最初に気付いたのは、リュカであった。
そして次に私とルークも気付く。
「……遂にオリジナ村が見えて来ましたね」
長かった。
遂に肉眼でオリジナ村が、そしてリューテシアが終えたバラスト敷設の終端が見えてきた。
後は、そこまでレールを延ばすだけだ。
後何キロだ? いや、計るのは止そう。無粋というものだ。
一本、また一本とレールが延びていく。
牛歩の如く、されど確実に道は伸びていく。
まだか、まだなのか。もどかしくなりつつも時間は確実に流れ、日は沈む。
トロッコで作業地点までの距離を往復し続け、少しずつトロッコの走行時間が延びて行く。
あと少し。
私だけでなくルークもリュカも、その時を待ち切れないのか日数を重ねる都度に心の高鳴りが高まっていく。
村の輪郭だけだった距離が、やがてどの家屋が誰の家かを確認出来る程度になり、
更には村を行き交う人々の姿も見えるようになってくる。
その行き交う人々の顔が見え、誰かを判別出来るようになった頃。
遂にその時は訪れた。
「――これで終わり、ですよね!」
「ええ、これで終わりよ。良く頑張ったわね二人とも」
「いえ、三人ですよ。ここには居ませんがリューテシアさんも居るじゃないですか」
「そうだったわね。良く頑張ったわ、それじゃあまだ昼頃だけどもう帰りましょうか」
遂に、私達は成し遂げたのだ。
私達の拠点である鉱山跡地と、オリジナ村とを繋ぐ高速移動ルート。
――鉄道の完成である。
ロンバルディア地方、寒さもなりを潜め、季節は初夏を迎えようとしていた頃の出来事だった。




