37.トロッコと休日
ローラーチェーンを完成させた私は、オキから製造が完了した鉄製部品を受け取り、
そろそろ充分身体を休めたであろうリュカに手伝って貰い、早速お目当ての乗り物――トロッコの作成を開始した。
車輪、車軸、車体、歯車といったローラーチェーン以外で必要なパーツに関してはこの世界の製鉄技術でも充分製造が可能だ。
車軸を車体下部の穴に通し、同様に車軸に歯車を嵌め込み固定する。歯車同様、ローラーチェーンも車軸に通しておく。
このトロッコは前輪駆動方式にする予定なので、この歯車を嵌め込んだ車軸部分が前輪という事になる。
まぁ、構造が初歩的過ぎて動力部分を逆回転させれば前輪駆動にも後輪駆動にもなっちゃうんだけど、一応私の頭の中では前輪駆動なのだ。
そして後輪部分は普通に車軸を通す。ここには動力を伝える機構が無いので実にシンプルだ。
車軸を車体に通し終わったら、車軸の両端に車輪を嵌め込む。
嵌め込んだ後に固定し、簡単には外れないようにする。
高速走行中に脱輪なんてしたらシャレになってないからね、ここは絶対に油断も妥協も許されないポイントだ。
車輪の固定が終われば、次は車体部分だ。
車体部分の前方には小さな穴が開いており、この穴にローラーチェーンを通せるようになっている。
穴からローラーチェーンを引き出し、車体に取り付けられた台座まで伸ばす。
この台座にも穴が開いており、ローラーチェーンが引っ掛かるようにこの穴に軸を通す。
その後車輪と同様に、軸に歯車を嵌めるのだ。
そしてこの歯車にローラーチェーンが弛まないように噛み合わせれば、トロッコの動力機構は完成である。
台座に取り付けられている歯車にはハンドルが付けられており、このハンドルを回す事でローラーチェーンを通じて車輪に回転運動が伝わり、車輪が回り前進するという仕組みだ。
車輪に取り付けた歯車は二つあり、その両方にローラーチェーンが繋がっている。
だがハンドルが取り付けられた歯車二つは、その大きさに大小の差異がある。
これは間違えたのではなく、わざとである。
「よし。これで車体の動力部分は完成ね、リュカ、ちょっとテストするから手伝ってくれる」
車体を車輪が浮くように台座に乗せ、その車体の上にリュカを乗らせる。
リュカに小さい歯車を回転させるように指示を出すと、リュカはハンドルを握り回転させ始める。
乾いた金属音を鳴らしながら、ローラーチェーンを通じて歯車、車軸へと動力が伝わり、車輪が回転を始める。
「これで良いんですか?」
「よし、良い感じね。それじゃあ今度は反対の大きい歯車の方を回して貰える?」
ハンドルから手を離し、大きい歯車の方回し始めるリュカ。
リュカが大きい歯車を回し始めると、先程とは比べ物にならない程の速度で車輪が回転する!
金属音もそれに比例するように甲高い悲鳴のような音を上げる。
うるさいなぁ。後で油を差さないと。
「オーケーよリュカ、お疲れ様。ちゃんと車輪も回るみたいね」
リュカにハンドルを回すのを一度止めさせる。
ちゃんと動力が伝わる事が分かった所で、金属の摩擦音が喧しいのでローラーチェーンや歯車といった回転・摩擦を起こす部位に油を差してやる。
その後、再びリュカにハンドルを回させると耳障りな金属音が一気になりを潜めた。
やっぱり注油は大切だよね!
これで本当の意味で動力部分は完成だ。
次は車体、私達や荷物が乗る部分を作ってしまう。
といっても、車体の床部分に車輪といった稼動部位、この全ては鉄で製作してある。
これに加えて側面なんかまで鉄で固めた日には車体の総重量が重くなりすぎる。
車両の重さが増えれば、当然動かすにも大きな力が必要になる。
何度も何度も人や荷物を載せて動く事を考えれば、車体は軽いに越した事は無い。
と言っても、耐久性を考えればこの動力部分や床は鉄で作る以外の選択肢が存在しない。
とはいえ、軽量化を突き詰めて側面に壁も何も付けないでこれだけで走っていたら乗員や荷物が走行中に転げ落ちてしまう。
だから側面に壁は必要だ、そして重量を考慮するなら軽い素材、可能なら耐久力も欲しい。
軽くて強靭で、かつこの世界でも入手可能な素材――果たしてそんな物が存在するのだろうか?
存在するのだ。
「それじゃあこの竹材で壁面、それと床部分も覆っちゃいましょうか。床部分が鉄そのまんまだと座った時に冷た過ぎるからね」
リュカと一緒にトロッコの乗り込み部分を竹で作っていく。
また、乗り込み部分を作る際にローラーチェーンを作る時一緒に作って置いた螺旋状の鉄――バネを使い、走行時の衝撃吸収機構、サスペンションを取り付ける。
これで乗り心地も快適になるはずだ。馬車の揺れとか酷くてもう二度と乗りたくないレベルだったし。
散々竹を切らせたせいか、リュカも段々竹の扱い方に慣れてきたようである。良い事だ。
トロッコ作成、ここでも竹が大活躍なのであった。
―――――――――――――――――――――――
トロッコを完成させた私とリュカは、途端にこの村でやらなければならない事が無くなってしまった。
向こうの私達の拠点に帰れればやる事などいくらでもあるのだが、このオリジナ村でしか出来ない事というのはそんなに無い。
しかし手持ち無沙汰に時間を浪費する気は無い、今はまだその時では無いのだから。
なので、ものぐさスイッチの中に収納しておいた炭酸ナトリウムことトロナ石と石臼を取り出し、
リュカにゴリゴリと炭酸ナトリウムの粉末を作成して貰う。
私も手伝いたい所だが、石臼を回すという重労働は私にとって荷が重い。私、石臼回せるような筋力無いし。
なのでこれから私はちょっとした連休を過ごさせて貰う。
向こうに帰るまでの間だけだが、何も考えず動かずに過ごせる日々。
嗚呼、何て快適な日々なのだろうか。
灰色の視界が薔薇色に染まり、木々に止まった小鳥達のさえずりに耳を傾ける余裕すらある。
こんにちわ小鳥さん、今日は如何お過ごしですか?
最近温かくなって来たからエサが豊富で子供達も喜んでる?
そうか、それは良かったね。
このロンバルディア地方も春から夏の時期に掛けては多少草木も育つ程度の気温があるからね、
小鳥達も食料である昆虫に困りはしないのだろう。
何も考えず、ただただ休日を謳歌出来るのがこんなに素晴らしいなんて!
そうよ、今までの私は働き詰め、根を詰め過ぎていたのだ。
私は本来そんな働き者ではないのだ、こうしてダラダラと日々を過ごせる、今の私は幸せ者だ! もう何も怖くない!
「――道路、繋がったんだけど」
道路? ああ、道路ね。分かった。
こんにちわ小鳥さん、狼さん、熊さん。
今日もお元気そうで何よりです。
私もとても元気ですよ? だって、働かなくて良いんだもの!
働かずに食べるご飯ってとても美味しいんだよ!
「あのさぁ、聞いてる?」
「うん、聞いてる。あの小鳥さん、今日はミミズを三匹も食べられたみたいだよ」
「小鳥が喋る訳無いでしょう! 絶対私の話聞いてないよね!?」
リューテシアの怒声で目が覚めた気がする。
私は今まで何をしていたのだろうか。
何が小鳥さん狼さん熊さんだ、アホか。
「道路……?」
「そうよ。言われた通り繋げたわよ、これで良いんでしょ?」
「なんか、随分早くないかしら?」
「あれだけ延々とやらされてればそりゃ魔法の発動も慣れてくるわよ。オマケにあんたが脅すから早急に繋げてやったのよ」
そうか、道路が繋がったのか。
という事は、これでこのオリジナ村との連絡通路の確保が一先ず完了したという事だ。
ならもうこの村に滞在する意味は無くなってしまった。
これから用事があれば、この道路を使ってオリジナ村まで行けるのだから。
つまり、私の休日はこれで終わりか。
「そうか、終わったのか……」
「……何泣いてんのよ」
「泣いてない」
これは魂の汗だ。
決してもっとゴロゴロしてたかったという悔恨の涙などでは無いのだ!




