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36.ローラーチェーン

 ローラーチェーンとは、動力伝達機構に使われる鎖の一種であり、

 工業的な観点では無くてはならなく、それでいて一般家庭からしてもとても身近な部品である。

 二つ以上の歯車と組み合わせて使い、動力源から受け取り先に運動エネルギーを効率よく伝える為に生み出された代物だ。


 一般家庭で一番良く見られるローラーチェーンを使った道具は、間違いなく自転車であろう。

 ペダルを踏み込み、自らの体重を運動エネルギーとして歯車に伝え、歯車が運動エネルギーを回転動作へと変換し、

 ローラーチェーンを通じて後輪を回転させる。

 また、ローラーチェーンは一部の自動車の動力機構としても使われている。

 このように現代社会の身近な日常でも、人々はこのローラーチェーンの恩恵に与っているのだ。


 ……と、この世界の人々にそっくりそのまま説明した所でそもそも自転車って何ですか? と言われるのがオチだろう。

 そんな物、ここには無い訳だし。

 なのでその辺は適当に濁して、運動エネルギーをより効率良く車輪に伝える為の部品、とだけルークとリュカに説明しておく。

 本来はプレス機なんかで金板を打ち抜いて大量生産するような物だが、生憎この世界にプレス機なんてハイテクな代物は存在しない。

 だから魔力を用いた手作業方式で仕方なく製造した。

 このローラーチェーンを使って人力可動式のトロッコを最初に作成。

 そしてトロッコが走る為のレールの敷設。

 これが私が当初から描いていた目標の一つ。

 移動時間に割かれる時間は短ければ短い程良い。

 移動時間が少なくなれば、それだけ浮いた時間を他の事に効率良く回す事が出来るようになる。

 そして何より、このトロッコとレール敷設が完了すれば、歩かなくて良いのだ!

 野宿もする必要が無くなり、オリジナ村との往来を日帰りで済ませる事が可能となる。

 そうなればもっと高頻度でオリジナ村の人々と交流を図る事も可能だろう。

 オキに依頼して作って貰う鉄製品や、こちらが作った石鹸の搬送だって短時間で済ませられる。

 何度も何度もこの距離を往来するであろう今後を考えれば、この鉄道敷設は絶対に必要な事なのだ。


「――と、いう訳よ。リューテシアにお願いして鉱山跡地とこのオリジナ村を繋ぐ直線道路を作っているのも、オキさんに頼んで鉄製品を作成して貰っているのも、全てはこの第一目標、鉄道の敷設を目指していたからよ」

「まさか、そこまで深い考えをお持ちだったとは……」

「み、ミラさんって凄いんですね……! 僕にはこんな事、全然考え付かないです……」


 ルークが感心したように、リュカが子供のように憧れの視線を向けてくる。

 まだ私がやってる事は中世から近代初期レベルの枠を出てないんだけどなぁ。

 近代レベルの工業産業を実行するには土壌が全く出来てないから今やってるこの位が限度だし。

 とりあえず、オリジナ村までの道路整備が完了すればリュカの足ならギリギリ野宿を挟まずに村まで来れる事は分かった。

 後は手持ちの鉄全てを託したオキがレールの製造を終えてくれる事と、ルドルフが仕入れてくれる鉄の購入待ちか。

 それが終わるまでは、また立ち往生だ。

 もどかしいなぁ、あとちょっとで快適生活に手が届きそうなのに。

 そんな事を考えながら、部品の一つ一つを淡々と削り、ローラーチェーンのパーツを仕上げていく。


「所でさ、リュカは無茶させたからしばらくお休みだけど、ルークにさせようと思ってる事が二つあるんだけど、どっちがしたい?」

「僕ですか? 指示とあらばどちらでも構いませんが、二つとは?」

「一つは、リューテシアに合流して道作成。ルークは多少魔法を使えるみたいだし、リューテシアのお手伝いね。それとリューテシアを魔物から守る護衛担当ね、手が増えた方が早く道路完成するでしょうし」

「もう一つは?」

「もう一つは人脈作成ね。このオリジナ村の中散策して、色んな人と世間話でもしてきなさい。それと、アーニャさんの家事のお手伝いもしてあげて。現状だと家にタダで上がり込んでるような状態だし、それは流石に悪いからね」

「それもそうですね」


 私は今手が離せない、そしてリューテシアは道路延長作業に専念中だ。

 だからどっちか好きな方をルークにやって貰う。

 リュカには休日与えてるからこういう仕事を振る訳には行かないし、リュカはそもそも他人と話すのを苦手にしている節がある。

 それに戦闘もあんまり得意では無いようだし、どっちも無理だろう。

 ルークがこの村の人々とある程度面通し、コネを作っておいてくれればルークにこの村へのお使いを頼む事も出来る。

 どっちも大切だ、そしてどっちもどっちなので、どちらが良いかはルークの自由意志に任せる事にする。


「――では、今日は少しこの村の人達と世間話でもしてこようと思います」

「お願いね。この村へのお使いをこれから頼む事もあるだろうから、見慣れない顔から顔見知り位にはなれるように頑張ってね」


 ルークは部屋から出て、与えられた役目を遂行すべく外へと出た。

 私が逢った中では、オキとアーニャはあんまり人見知りする気配は無かったけど、

 ルドルフや村長のアランとかは若干排他的な気配があった。

 小さな寒村とかは、余所者にはキツく当たる傾向が強い。

 私はある程度馴染めたと思われるが、他の三人はそうでもない。

 私以外にもこのオリジナ村で自由に活動出来る人員が居た方が良いだろう。

 ルドルフとの商売取引の都度毎回毎回私が出張るのも大変だろうしね。

 それじゃ、顔繋ぎ頑張ってねルーク。



―――――――――――――――――――――――



 リューテシアは道路作成、ルークはコネ作りで村の散策、リュカは休み、といった具合のスケジュール状況の中、

 私は一人黙々とローラーチェーンの組み立てを行っていた。

 ヤスリによる削り仕上げは終わったので、今はチェーンの組み立て作業中だ。

 走行中に分解したりしても困るので、寸法はかなりギリギリ、ピッタリになる感じで作った。

 なので、か弱い少女の指で嵌め込み出来るような固さではない。

 黙々と木槌を振るい、コツコツと叩き込みながらチェーンを手作業で完成させていく。

 そんな私を、床に座って胡坐(あぐら)を掻きながら見続けているリュカ。


「休みなんだから、別に私なんかの側にいる必要無いのよ?」

「い、いえ。ぼ、僕はここで良いんです、ちゃんと休んでますし」

「ふーん。でも見てた所で面白い事なんて無いわよ」

「それでも、良いんです。ミラさんの側にいたいんです」


 まぁ、リュカがそう言うなら止めはしないけど。

 組み立て方法が分かってれば小学生でも出来るような作業だし、

 流れ作業だから見てても全く面白く無いと思うんだけどなぁ。

 そんな事を考えつつも、手は止めずに淡々とチェーンを組み立てていく。

 各パーツの穴にピンを通し、止め具で固定。

 多少固い箇所は木槌で叩き入れる。

 この作業を繰り返し、一周したらローラーチェーンの完成である。

 今回はこのローラーチェーンを二本用意した。

 足りなければ、またリューテシアに魔法との合わせ技で作って貰わないと駄目だけど一応これで足りるはず。

 同じような部品を何個も何個も組み合わせ、食事をして、組み立てて、寝て、起きて、組み立てて。

 数日の期間を経て私は目的の代物、ローラーチェーンを完成させた。

 だが、これはただのチェーンであり、これだけでは意味が無い。

 さて、オキに頼んだ残りの部品を受け取りに向かおうか。

 あちらはローラーチェーン程に複雑な代物を依頼してはいないので、そろそろ出来ている頃合だろう。

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