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35.オリジナ村、作業開始

 ルドルフ宅にて一泊後、私は朝からオキの作業場を訪ねる。

 オキは朝は早いようで、少し早すぎたかな、と思ったが。

 作業場の扉を叩くと既に身支度が完了しているオキが出迎えてくれた。

 以前宣言した通り、今回オキに仕事を持ってきました。

 またこちらも宣言通り昼頃、私は奴隷契約書に魔力を流してリューテシアとルークをオリジナ村まで引き寄せる。

 ちゃんと言われた通り準備をして待ってたようで、何のトラブルも無く二人を転移させる事に成功した。

 入浴中とか着替え中とか、そういうタイミングで転移させた結果破廉恥なトラブルに巻き込まれる、何て事はそうそう無いのだ。


「初めて転移魔法を受けたのですが、本当に一瞬で移動するのですね……違和感も何も無いですし」

「違和感無いのが逆に不気味だけどね」

「それじゃ早速仕事を始めるわよ。一番最初に向かうのは、ここの村にいるオキさんって人の作業場だけどね」


 朝早くからオキの作業場に向かったのは、炉に火を入れて貰う為だ。

 溶鉱炉は火を入れてすぐ使える訳ではない。熱が伝わるまでには時間が掛かる。

 なので早朝に火を入れて貰い、数時間経った昼頃に向かったのだ。

 再びオキの作業場を訪れ、作業場の扉を開く。


「こんにちわオキさん。炉は使えますか?」

「おう、嬢ちゃんか。もう少しで鉄が溶け出てくる頃だ、ちょっとばかり待っててくれ」


 オキの作業場は、涼しい外とは比べ物にならない程に蒸し暑くなっていた。

 扉を開けた時点で室内から熱気が噴出しており、中に入れば完全にサウナ状態だ。

 鉄を溶かすのだ、当然室内はこうなる。

 私は分かっているから動じたりはしないが、他の三人は余りの暑さに顔をしかめる。

 それでも文句を言わずに私の後に続いてくれる辺り、良い子達だ。


「こんな場所に連れて来て、何をする気なのよ? 道を作るんじゃなかったの?」

「道を作るのもそうなんだけど、同時進行でやっておきたい事があってね。リューテシアの力量は見せて貰ったから、貴女なら出来ると思ってね」


 以前書き出しておいた術式を事細かく記した羊皮紙を取り出す。


「オキさんに頼んで今、鉄を溶かしてもらってるの。その鉄を魔力で指定した形に加工して貰おうと思ってね」

「嬢ちゃん、加工が必要なら言ってくれれば以前のように加工してやるぞ?」

「オキさんには別の物を作って欲しいんです。それに、今から作ろうとしてるのはちょっと鋳型では難しい作業なので……」

「っと。どうやら鉄が溶けたみてぇだな、言われた通り鉄を溶かして置いたが、どうするんだ?」

「それじゃあリューテシア、この羊皮紙に合図をしたら魔力を注ぎ込んで。後は勝手にこの術式が作業をしてくれるわ」

「……これだけ自由自在に術式を組み上げる腕があるのに、どうして貴女は魔法が使えないのよ?」

「私も使えたら良かったんだけどねぇ」


 使えないものはしょうがない、無い物ねだりをしても何も進展しない。

 私は私が今出来る事をすべく、オキに炉を開けて貰い、中から溶けた鉄を取り出して貰う。

 溶けて液状へと姿を変えた鉄を確認し、リューテシアに合図を出す。

 リューテシアが羊皮紙に魔力を流すと、術式に導通し、魔力熱で羊皮紙は炎上した。

 しかし術の発動自体は終わっている。

 リューテシアの手元から放たれた魔法の輝きが、真っ直ぐに溶けた鉄に向かって飛び、溶けた鉄に宿る。

 溶けた鉄の中から次々に細かい形に形成された部品が浮かび上がり、一定の形を保ったまま、近場の冷却用に用意された水瓶の中へと飛び込んでいく。

 熱せられた鉄が水面に触れると、水の弾ける小気味良い音が次々に響き、溶けた鉄が完全になくなるまで、その音は鳴り続けた。

 全ての術式の工程が終わり、水瓶の底を覗き込む。

 そこには山のように積み上がった、鉄の部品の数々が積もっていた。

 どれも細かく、似たような形をした部品も多い。

 螺旋を描いた棒状の物体もある。


「――成功ね」


 後は荒熱が完全に取れるのを待つだけだ。

 オキさんには引き続き、鋳型によって作って欲しい物を依頼し、作業場を後にする。

 リューテシアの手を止めてでもやって貰いたかった作業はとりあえずこれで終了。

 ここからは、またリューテシアには道路作成に移って貰う。



―――――――――――――――――――――――



「ねぇ、もう村から結構離れてるんだけど。何処まで離れる気なのよ?」


 リューテシアの疑問を面倒なのでスルーし、位置を目測で測る。

 もう少し離れて……この位置が丁度良いかな?


「うん、ここで良いわ。この地点から道をまた真っ直ぐに伸ばして、途中まで作った道と繋げて真っ直ぐな道を作るわ」


 オリジナ村から数百メートル程離れた位置から道路作成を再開する。

 あえて距離を離した理由は、後々ここから道をカーブさせる事を考えている為である。

 その猶予区間の為に、わざわざ村から離れた位置を陣取ったのだ。


「方角はあっちよ。またひたすら真っ直ぐ、お願いね。日暮れになる頃に戻れるように計算しながらオリジナ村に戻ってきて構わないわ」

「……どうせ拒否権なんて無いんでしょ?」


 文句を言いながらも、また道路製作を再開するリューテシア。

 嫌ならやらなくても良いのよ?

 飢え死にするだけだから。

 リューテシアが道路製作に戻ったのを確認し、私は再びオリジナ村へと戻る。

 既に完成している道の長さと、リューテシアの作業ペースからして、恐らく一週間から二週間程もあれば道は完全に繋がるだろう。

 繋がったら、道路作成の第一段階はクリアである。

 この道が出来上がれば、ようやく私の本題に入る事が出来る。

 でもその為には、オキさんにもこれからはガンガン働いて貰う必要があるなぁ。



―――――――――――――――――――――――



「あの……ぼ、僕は本当に何もしなくて良いんですか?」

「リュカには昨日ほぼ丸一日走りっ放しっていう無茶させたからね。その休息日よ、身体を休めるのも仕事の内なんだから大人しく休んでおきなさい。身体を休められるなら寝てても散歩してても良いから」


 途中まではリューテシアが作り上げた道路を走っていたお陰で身体への負担は少なかったとはいえ、

 ほぼほぼ丸一日走りっ放しの歩き詰めだったのだ。

 それなのに休みを与えず次の仕事を放り投げるとか鬼の所業である。

 私は鬼じゃないし、人手を使い潰す気も無い。

 だからリュカにはゆっくり休んで貰わないと。

 どうせ帰りも走って貰う必要があるんだし。


「ミラさんは今度は一体何をしているのですか?」


 こちらの作業風景をじっと観察していたルークが、疑問を投げ掛けてくる。

 リューテシアを見送った後、一度オキの作業場に戻り、冷却を終えた部品を全て回収してきた。

 細かな部品なので、荒熱を取る時間は然程必要ではなかったのだ。

 術式によって成形したので、この時点でほぼ完成形なのだが、

 ほんの僅かに周囲にバリが残っている物もある。

 これはかなり精度が必要な作業だ。私の手でやらなければならない。

 削り方が甘ければ綺麗に嵌まらないし、逆に削り過ぎても嵌まらない、それ所か強度不足で破損も考えられる。

 ルークに説明して放り投げるかとも考えたが、事細かく説明して覚えて貰う手間隙があるなら一人で仕上げてしまった方が早い。

 木から部品を削り出すような力の要る作業でも無いのだ、非力な私でもどうとでもなる。

 ただ数が多くて面倒なだけだ。

 それに飽きも来るので、だらだら作業するに限る。


「今やってる作業は、私達の拠点である鉱山跡地とこのオリジナ村間を高速で移動する為に必要な物の一つよ」

「リューテシアさんが今道路を作っているみたいですし、馬車でも走らせるのですか?」

「馬車ねぇ……そういう前時代的なのに私は頼る気無いから」

「馬車が前時代的、ですか?」


 この世界の住人からすれば一級品の移動手段なんでしょうけどねぇ。

 馬を仕入れて、馬に食料を与えたり糞尿を片付けて世話してやって、いざ走る時も数時間置きに休憩の為に停止して……

 ハッキリ言って遅過ぎる。

 もっと高速で、動きっ放しでも馬のように休む必要が無く、振動も少なく快適な移動手段。

 私の世界からすればごく当たり前の移動手段なのだが、この世界にはそういった物が無い。

 だから、無いなら作るまでだ。


「私が今作ってる物が完成すれば、そしてそれを走らせる舞台が出来上がれば。人力だけで馬車とタメ張れる速度を出せるわよ。勿論、魔力なんて使わないわ」

「……魔法を使わず、馬車と同等の速度を出せるとはにわかには信じがたいですが」

「ま、完成して走らせれば分かるわよ。私の目標は馬車の速度を上回る事だからね、こんなの基礎中の基礎でしかないし」

「それで、一体何を作っているのですか?」


 細かい部品をヤスリで撫でるようなタッチで削り、部品同士がしっかりと隙間無く噛み合うのを確認する。

 全ての部品のチェックを終わらせて、この部品同士を決まった組み合わせで組み上げれば私の作りたい物が完成する。

 そう、私が作っているのは……


「――ローラーチェーン、そしてローラーチェーンを使用したトロッコよ。そしてオキさんにはトロッコに使う分を除いた手持ちの鉄全てをレール作成に費やして貰ってるわ」


 さぁ! この世界に鉄道を敷設するわよ!

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