34.オリジナ村、再び
猿てめぇ!
禁止の分際で何シレッとOPに登場してんだ!
意味が分からない人は気にしなくて良いです、大した事ではないので
「――何だコイツは?」
「これは、石鹸っていうものです」
「せっけん?」
食事を終え、アーニャが台所で食器を水洗いしている最中。
私が鉱山跡地にて作り上げ、この世界に存在しない代物。石鹸を取り出しルドルフへ見せる。
「これは一体どういう物なんだ?」
「汚れを落とす為の道具です」
「汚れ? 浄化魔法とは違うのか?」
「違います。これは一切魔力を使わないので、魔法を使えない人でも綺麗に出来ます」
石鹸を製作して、熟成期間として既に数週間寝かせた、完全に完成品となった石鹸を取り出す。
これはあえてものぐさスイッチの亜空間内に格納せずに外に放置しておいた物だ。
私の世界の技術により副産物として生まれたこの亜空間。
この中では時間の流れが制止しており、温かい物は何時までも温かいまま、食べ物も何時までも腐る事なく残り続ける。
だが逆に言えば、この中では腐らない=発酵しないという事でもある。
亜空間内に石鹸を突っ込んでおいたら、鹸化作用が進んでくれないので何時までも石鹸が完成しない。
時間を進ませる必要がある物は、亜空間内には保管できないのである。
「そうですね、実際に使ってみせた方が分かり易いか。アーニャさん、ちょっと良いですか?」
「ごめんねー、今食器を洗ってる最中だからもう少し待ってねぇー」
「いえ、食器を洗ってるからお願いしたいんです」
「え?」
不思議そうな表情でアーニャは、洗い物の手を止めて私が手にしている石鹸を注視する。
石鹸は汚れを分解し落とす為の道具。
それは当然、油汚れにだって有効だ。
だから食器洗いにだって使える。
石鹸と、粗い目地の布の端切れをアーニャに手渡し、どう使うものかを説明する。
「この石鹸を少量布に擦り付けて、水で濡らして軽く揉むと泡立つので、その泡を使って汚れを洗い落としてみて下さい」
アーニャは私が言った通り、石鹸を布に少量擦り取り、
水桶に浸して水を吸わせた後に、布を擦るように揉み始める。
表面が軽く泡立ち始めたのを確認し、その泡を使い、布で皿の表面汚れを擦り取るに何度も上下往復させる。
「あらー? あらあら!」
数回、皿の表面を擦り付けた辺りからアーニャの表情が笑顔になっていく。
楽しそうに食器を洗い続け、最後に水桶で石鹸の泡立ちを洗い流すと、
綺麗になった皿を「おー!」とでも言いたげなキラキラした表情で眺めている。
「ほらほらルドルフー、見てよこれ! お皿がこんなに綺麗になったわよー?」
アーニャが洗い終えた食器を指で擦ると、キュッキュと軽快な音が鳴る。
「これ、凄いわねー。浄化魔法を使わないとここまで綺麗にならないのにー」
「ほ、本当だ……!」
ルドルフもアーニャが乾拭きして乾燥させた皿を受け取ると、その綺麗さに驚き絶句している。
「これが、石鹸です。食器洗いも出来ますけど、手や身体の皮脂汚れや油汚れなんかも落とせます」
「凄いなこれは……一体これは何処で見付けたんだ?」
目を輝かせながら、石鹸に興味津々といった具合でルドルフが尋ねてくる。
私同様、この石鹸から金の臭いを感じ取ったのだろうか?
流石商売人といった所か。
「見付けたというより作った、が正しいですね。これはまだ作り始めたばかりの最初の作品ですけど、効果は見ての通りです。もう少し量産してまとまった数が出来上がったら、これをルドルフさんの商材の中に加えて貰えないか、というのが私が今回ルドルフさんに逢いに来た目的です」
「これを、か……」
サンプルとして持ち込んだ数個の石鹸の内の一つを、真剣な鋭い目付きで観察するルドルフ。
これが商売人の目か。
「これは、一体いくらで販売するつもりなんだ?」
「それもルドルフさんに相談したい所なんです。時々耳にするんですけど、浄化魔法っていうのが存在するらしいんですけど、私は利用した事が無くて。浄化魔法の相場が知りたいんです」
「浄化魔法か。何度か利用した事があるが、量によって額が変わる感じだな。最低金貨1枚から、後は量が多くなればそれに応じて、って具合だ」
「金貨1枚ですか」
思っていたより利用料金は良心的に思える。
だけど生活魔法の一種なのだから、一般市民でも利用出来る額でなければ社会が回らないのだし当然といえば当然か。
「――なら、この石鹸は試しに銀貨3枚から5枚位の額で売り出してみて下さい。客の反応を見て、多少値段を下げるなり釣り上げるなりしても構いません。何なら、デモンストレーション用に何個かその場で使い潰しても良いです。そこはルドルフさんの商売人としての腕を信用して、全任します」
「……こいつが売れたら、売れなかったらどうする? 商売人としての俺の勘じゃ、売れそうな気はするんだが。一応聞いておきたい」
「売れなかったら、売れ残りは全部こっちで引き取ります。それと、本来他に運べるはずだった分の運送費用もこっちで支払います。それと売れた場合は、運送費諸経費を差っ引いた純利益、これを全部ルドルフさんにお渡しします。1個当たりいくらで売れたか、それだけ知れれば良いので」
「おいおい、それじゃそっちが損しかしないじゃないか。商談になってないぞ?」
「私は、まだ実力がありません。無名です。一方、ルドルフさんは既に商売人として自立してますし、コネだってそれ相応にあるはずです。まだ私の方が、商売に関しては力関係は下です。私が頭を下げる方なんですから、これ位しないとルドルフさんに石鹸を商材として扱ってくれないかもしれませんし。純利益を全部差し上げるのは他人のコネを使わせて貰う、その対価とでも思って下さい」
石鹸は、多分売れる。
ルドルフもそう感じているのだから、十中八九売れ行きは問題ないだろう。
だが、売れる物を作っても販売ルートの確保が出来ていなければその品物を金銭に変換出来ない。
これは先行投資だ。
「私が得る利益は、二回目からで結構です。二回目からは純利益の一部を分け前として貰えればそれで充分です」
「……分かった。所で、この石鹸というのはどれ位の数量を用意出来るんだ?」
「これはまだ試験的に作ってる段階なので、まだ手作業の範疇を出ません。今すぐ大量に、というのは難しいですね。向こうの私の拠点で作ってるんですけど、そこで作った後にここまで搬送する為の運搬ルートも出来ていませんし。この村に一度戻って来たのも、その運搬ルートを整備する為というのが一番の理由です」
「そうか。では今すぐというのは無理という訳だな」
「こちらとしても残念ですが、そうですね。次かその次、ルドルフさんが商談から戻ってこの村に来る頃にはある程度まとまった量を何とか用意してみます」
「成る程、こちらはそれで構わない。所で相談なんだが、今回持ってきたこの石鹸というのを譲っては貰えないか? 次の商談相手との話のタネにしたいんだ」
「構いません。これに関しては無償で全てお譲りします。どうぞお使い下さい」
現物があった方が話がし易いでしょうしね。
これもまた先行投資だ。
「使い方は先程アーニャさんに教えた通りです」
「使い方以外には何か注意点はあるか?」
「そうですね、高温多湿、直射日光を避ける――とまぁ、青果を扱うとでも思って貰えればほぼ問題ないです。ただ、果物なんかと違って平然と数年は持つ代物ですけどね」
「数年も使えるのか、長持ちするのは有り難いな。ならそう易々と腐ったりしないという訳か」
中々金になりそうな拾い物が出来たな、といった具合に話を纏めて切り上げようとするルドルフ。
ちょっとまだ早いのよね、もう一個案件があるのよ。
「ルドルフさん、それともう一つ商談がありまして」
「ん? この石鹸というの以外にまだ何かあるのか?」
「こっちは、逆にルドルフさんに仕入れて欲しい物です。それもかなり大量に、恒久的にです」
「――金さえ払って貰えるなら仕入れる分には構わんが、一体何が欲しいんだ?」
「鉄です」
「鉄ぅ? 何だい金物屋でも始める気か? 言っとくがこの村だとオキのやつがいるからそっちは間に合ってるぞ?」
ルドルフは親切心で忠告してくれている。
ただ、残念ながら鉄で商売を始める訳じゃない。
鉄は全部こっちで使い潰す気満々なのだから。
「鉄は全て私が個人的に使う物なので、商売に使う気は無いです」
「まぁ、良いさ。それでどれ位いるんだ?」
「私が望む量を一度に仕入れられる訳が無いので、何度も何度も細かく分割してくれて構いませんが……まぁ少なめに見積もって……」
私がこれから仕入れる量は、この世界の人々からすれば馬鹿馬鹿しい量だろう。
だが、私の快適生活の為には決して避けては通れない必要経費。
この世界に近代化を起こす、その試金石。
「――金貨十万から二十万枚分位の鉄が欲しいですね」
「じ、十万から二十万枚!? そんな金が何処にあるってんだ! 冗談は休み休み言え!」
やっぱ冗談にしか聞こえないわよねぇ。
こっちとしては大真面目なのに、信じて貰えないのは辛いわ。
「お前は鉄の城でも建てる気なのか!?」
「鉄の城ですか……案外そうかもしれませんね」
うん、ある意味それは当たってるのかもしれない。
良いわね鉄の城、作れるものなら作ってみたいわ。
「まぁ冗談はさておき。商談相手がそれだけの資金を持っていると知った後なら、気兼ねなく鉄を仕入れてくれますよね?」
「確かに、払う金があるなら構わんが――」
「リュカー、ちょっとこっち来てー」
部屋の隅の椅子に座ってじっとしていたリュカを手招く。
子犬のように素直に手招きに応じたリュカを連れて、少々荷物を取りに言ってくるとルドルフに告げ、一度家から出る。
リュカを連れて来たのは、金貨を運んで貰う為だ。
ものぐさスイッチの亜空間内から以前受け取った金貨の詰まった袋を四つ程取り出し、リュカに持って貰う。
わざわざ外に出たのは、あんまり他人にこのものぐさスイッチの性能を公にしたくない為だ。
この携帯端末は壊す事は出来ないし、奪う事も出来ないし、使う事もこの世界に使い方を知ってる者は存在しないだろう。
だから知られた所で問題ないのだが、念には念を。
リュカ達は別に良いんだけれどね、共同生活してる訳だし、それに今更だ。
再びルドルフ宅へ入り、金貨の詰まった袋の口を広げ、その黄金色の輝き溢れる中身をルドルフに見せる。
「これは一部ですけど、これを見て貰えれば私が冗談を言っている訳ではないのを信じて貰えるはずです」
「ほ、本当に金貨だ……それに、こんなに大量に――? これだけあれば十年は暮らせるぞ!?」
「こういう訳ですので、資金に関しては問題ありません。金貨二十万枚分の鉄を仕入れたとしても、まだ資金に余裕は残るので」
「……その言葉を信じるとして、だ。そんなに鉄を買ったらある種の買占めになるぞ?」
「まぁ、そうなりますよねぇ」
この世界でどれだけの鉄の需要があるかは知らないが、少なくは無いだろう。
剣や防具、農作具である鍬や鎌なんかにも鉄が使われている以上、需要は存在している。
これだけの額を買ったりしたら、品薄、そして鉄の単価高騰も起こり得る。
「でもそこはあんまり気にする必要も無いかと。鉄を仕入れるのは、ルドルフさんが個人的に無理をしない程度のペースで構わないです。国お抱えの商人が本腰入れて、って勢いの買い方ならば高騰も起きるし品薄にもなるでしょうけど、一商人が取引出来る程度の鉄の買出し如きじゃ品薄なんて起こりえないと思いますが?」
「確かに、そうだな。鉄を買い付けるのは何時からだ? 石鹸と一緒か?」
「いえ、鉄はルドルフさんが無理をしない程度に早めにお願いします。鉄は、本当に数が必要なので。金貨二十万枚分ってのもかなり控えめな試算なので」
「金貨二十万枚が控えめなのか……お前はそんなに鉄を買い上げて、一体何をする気なんだ?」
「私がする事なんて、何時もただ一点。その一点の為に動いてるんですよ」
明日からはリューテシアとルークもここに呼び寄せて、一同総出で作業開始だ。
何はともあれ、途中で途切れている道路作り、延長作業。
ここは最優先で終わらせたい。オリジナ村と私達の拠点を速やかに移動する手段は絶対譲れない点なのだから。
「私がしたい事はただ一つ。落ち着いてゴロゴロ出来る場所が欲しいんですよ」
だから私は頑張る。
原始的中世的な生活から抜け出す為に。
ハルトオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!
イヤッホオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!




