33.進捗状況
「ねぇ。そろそろ日帰りでやるには難しい距離まで道が伸びたんだけど、これからどうするの?」
石鹸を作り、その後は淡々と竹伐採、水酸化ナトリウム製作、この作業を反復し量を集め続けた。
この作業はルークとリュカに手分けしてやって貰い、時々リューテシアもこの作業に合流するといった具合である。
オリジナ村までの道路製作も重要なので、リューテシアにはなるべくこの道路製作に励んで貰う。
そんな風に日々のお仕事を続けて数週間、遂にリューテシアから待ち望んでいた報告を聞ける事になった。
高い位置にあるこの坑道入り口から見ても、直線距離でかなりの長さの直線街道が出来上がっていた。
しっかりと整備されたこの道はとても移動し易く、以前この鉱山跡地まで来る際に通った道程と比べたら雲泥の差である。
「そうね。確かにかなりの距離まで伸びたわね、これならそろそろ私も動き始めて良さそうね」
「……何をする気なのよ」
「私、一度オリジナ村まで戻るわ」
こうなる事は道路製作を開始した当時から分かっていた。
地属性魔法で土を盛り上げ、幅と平坦さを兼ね合わせた硬い路面を製作する。
当然道を伸ばすのに魔力を使うし、魔物が襲撃してくる可能性に考慮して自衛する魔力も温存しなければならない。
そして拠点から作業地点まで行くという事は、帰る時間も考えなければならないのだ。
道が伸びてくれば、移動時間だけでかなりの時間を取られるようになる。
そして遂に日帰りで作業をするのが難しい程にこの道の距離が伸びてくれたのだ。
「リュカー、ちょっとこっち来てー?」
私が手招きすると、純朴そうな笑みを浮かべながらリュカが駆け寄って来る。
「何ですか? ミラさん?」
「リューテシアがかなりの距離の道を作ってくれたから、完成してる場所まではかなりのハイペースで行進出来るようになったわ。だからリュカにお願いがあるの、私を抱えてオリジナ村まで戻れる?」
「だ、大丈夫ですけど……僕とミラさんだけですか?」
「ええ、そうよ。もし魔物が襲ってくるようなら、私が撃退するわ。リュカにはとにかくオリジナ村まで突っ走って貰うだけよ」
以前はここに辿り付くまで、野宿をどうしても挟まざるを得なかった。
直線距離換算でそれ程長い距離でも無いにも関わらず、野宿しなければならない程に足が進まなかった原因はその道中の悪路が全ての元凶である。
近くのテューレ川が氾濫でもした結果なのか、この鉱山跡地とオリジナ村の間にある平野部は平野と言うにはかなり起伏に富んだ地形だ。
ぬかるみもあるわ、結構な大きさの石がゴロゴロ転がって歩き辛い箇所もあり、体力も奪われペースも崩される。
だからそういうのを一切合切排除してやれば、オリジナ村までは徒競走程度の速度でも朝出発して夕暮れ時には辿り着ける位の距離のはずなのだ。
「でも、安心して走れるのはリューテシアが作り終えた箇所までの道だけ。そこからはまた悪路を歩かないといけないわ、もう私は野宿なんてしたくないし、リュカも嫌でしょう? だから、私を抱えて全力でオリジナ村まで向かって欲しいの」
「う、うん。分かりました、頑張ります」
「なら、私はその間どうしてれば良いわけ?」
「ルークとリューテシアは、仕事は休みにしておくわ」
「僕も休みなのですか?」
「ええ、そうよ。二人にもオリジナ村に来て貰うから、何時でも行けるようにしておいてね、呼び出すのは昼頃にするから、朝の内に出発の準備を終えておいて」
「どうやってオリジナ村まで行くのよ、また野宿しながら帰るの?」
「もう野宿なんてしたくないって言ったでしょう? 『私がオリジナ村まで辿り着けば』全員オリジナ村に到着出来るのよ」
私は三人にものぐさスイッチ内に収納してある奴隷契約書を提示する。
この奴隷契約書は以前、私が内容を改竄して奴隷に苦痛を与える術式を転移術式へと書き換えてある。
私が目に見える範囲でないと危険だから飛ばす場所を指定出来ないが、見えてさえいればいい。
飛ばす先さえ見えていれば、奴隷がどれだけ距離が離れていても即座に呼び戻せる。
逃亡防止目的の術を応用した擬似テレポートである。
ただ、私が生身で走った所でこの三人の誰にも勝てない。体力無いし、私。
だから三人の中で一番体力があるリュカに私を抱えて走ってもらうのだ。
契約書を見せた事で、私が何を考えているのか感付いたのか、リュカが短く「あっ」と声を漏らす。
以前転移魔法の実験に付き合ってもらったから最初に気付いたのだろうか。
「明日、日の出と共に出発するから。リュカはそのつもりでいてね」
「わ、分かりました……!」
「私とリュカは向こうで一泊してくる事になるから、ルークとリューテシアは翌々日に呼び出すからね」
普段おどおどしているリュカが、珍しく気合を入れている。
今から気合入れても仕方ないんだけどなぁ。
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翌朝、宣言通り日の出と共にリュカを起こし、オリジナ村までの片道を突っ走って貰う。
私はリュカの後ろの背中に背負われる事にした。お姫様だっこだと走り辛そうだし。
リューテシアに指示して地属性魔法で作って貰った道は以前の悪路を思えば本当に天国である。
リュカの足取りも軽く、かなりのハイペースで直線道路を駆けていく。
横目に見える景色がどんどん後ろへ流れ去っていく。
無論、魔物の襲撃に対しての警戒も怠らない。
魔物が近寄って来ない鉱山跡地から離れたのだから、魔物が襲ってきても不思議ではない。
リュカは戦う術を持っていないのだから、私一人で魔物に対処しなければならない。
そう身構えているのだが。
「――魔物、出てくる気配無いわね」
「そ、そうですね」
「まぁ、この方が楽で良いか」
この道中は銃火器の弾薬を切るつもりでいたのだが、使わなくて済むにこした事は無い。
有限の手札は可能な限り切らないようにしたいからね。
早朝出発し、太陽が空に昇り切った昼頃。
リューテシアが作り上げてくれた道路が遂に断絶する。
ここからは悪路を踏破しなければならないが、リューテシアのお陰でかなりの距離を稼ぐ事が出来た。
周囲の風景と以前通った道の記憶を参照し、現在地点がどの程度の位置なのかを推測する。
まだ村は見えていないが、もう既に半分から三分の二位の道程を走り終えているはずだ。
「ここからはさっきまでのペースで走るのは無理ね、でもかなりの距離を稼げたわ。これなら日没前にオリジナ村まで辿り着けそうよ、もう少し頑張ってね、リュカ」
「は、はい! 頑張ります!」
結構なペースで走ったので、少々の休憩を挟んだ後、リュカは再び気合を入れてオリジナ村への道程を歩き始める。
尚、私は担がれたままだ。
リュカの負担を考えるならもう降りた方が良いのだろうが、私が歩くとかなり踏破ペースがノロくなる。
だから私が降りて歩くのは、リュカの体力を回復させながら歩く時だけだ。
それ以外は基本的に背負われっ放しだ。私、か弱い女の子だから仕方ないよね。
リュカの毛深い背中をモフモフしたりしながらも、周囲の魔物の警戒を続ける。
時々遠方に魔物を見付けたりもしたが、幸いこちらに気付かず、素通りする事も出来た。
順調に進めた結果、私の見立て通り日暮れ頃にはオリジナ村の存在を遠目に確認する。
「見えたわね……!」
長い道程だったが、私は再びこのオリジナ村まで帰ってこれた。
人里との繋がりは大切なので、このオリジナ村と私達の暮らす鉱山跡地までの距離を円滑に移動する為の道というのは絶対に必要不可欠。
しかし野宿しながら道を作る訳にも行かない。
鉱山跡地側から作るのに時間が掛かるなら、今度はこのオリジナ村側から道路製作をしようという魂胆である。
村に辿り着き、一番最初に目に留まった人物は商人であるルドルフとその妻アーニャの姿であった。
二人は荷馬車から積荷を降ろしている最中だったようで、こちらを見付けると気軽に声を掛けてくれた。
「あらー、もしかしてミラちゃん? 久し振りねぇー、元気だった?」
「アーニャさん、どうもこんばんわ」
「おお、ミラじゃないか! 元気だったか? ……隣の奴は誰だ?」
アーニャとルドルフは笑顔で接してくれたが、私の隣にいるリュカを見付けたルドルフの表情が曇る。
「この子はリュカと言います。私の奴隷ですね、向こうで暮らすのには人手が足りないので、奴隷達にも協力して貰ってる次第です」
「奴隷か、奴隷ねぇ……その男、人と魔族の血が混じった半人半魔じゃないのか?」
ルドルフの嫌悪感を示す目を見て、リュカが怯えた表情で私の後ろに隠れる。
リュカは身体が大きいので、私の後ろに隠れても全然身体を隠せていない。
リュカが怯えているのを見て、ルドルフの頭をアーニャが勢い良く叩く。
「アンタ! あの子が怖がってるでしょう!」
「だ、だがなアーニャ……魔族と交わるような裏切り者の子なんて――」
「ごめんなさいねー、リュカって言ったわよね? うちの主人が失礼な事言って悪かったわね」
私の後ろで縮こまっているリュカに近付き、そっと優しく頭を撫でるアーニャ。
アーニャの手が触れた途端、ビクリと身体を震わせたが、害意が無い事が分かったのか、ゆっくりと頭を上げてリュカはアーニャを見る。
「所でミラちゃん、何でこの村まで戻って来た訳?」
「私の暮らしてる鉱山跡地からこのオリジナ村までの道の延長作業の為にここまで戻って来たんです。道の製作の許可に関してはアランさんから降りてるんですけど、ちょっと距離があるせいで鉱山跡地側からは日帰り作業で道を伸ばすのは辛くて……なのでこの村を拠点にして道を作ろうと思ってるんです」
「あらあらそうなのー、精が出るわねぇ」
「なので、これからアランさんの所に向かってボロ屋でも構わないので寝床を確保しようかと――」
「あら! それならうちに泊まれば良いじゃない!」
「お、おいアーニャ!?」
私の言葉を遮るように提案するアーニャ。
そのアーニャの言葉に驚き、あわてて制止させようとするルドルフ。
「良いんですか?」
「うちの主人がこの子怖がらせちゃったみたいだし、そのお詫びも兼ねてね。部屋なら余ってるから大丈夫よ」
「有難うございます、折角ですから好意に甘えたいのですけど、私達全員で四人も居るんですけど大丈夫ですか?」
「良いのよ良いのよ、遠慮しないで。ミラちゃんはまだ子供なのにちょっとしっかりし過ぎなのよ、貴女位の年の子は大人をもっと頼っても良いのよ?」
横からルドルフが四の五の口出ししていたが、アーニャはルドルフの意見を笑顔で人睨みして黙らせる。
アーニャ、何だかおっとりとした口調で優しそうに見えたけど結構恐妻の素質があるのでは?
「それなら、好意に甘えさせて貰います。ただ、この村に来たのは道路延長作業だけが目的じゃないので、ルドルフさんに丁度逢えたのは僥倖ですね」
「私にか?」
「そうです。ルドルフさんとはちょっと商談をしたかったので」
「商談、ねぇ。ただまだ荷物を運び終えてないから、話を聞くのはその後でも良いか?」
「大丈夫です、こっちが持ち掛けてる側ですから。リュカ、ちょっと荷物を運ぶの手伝ってあげてくれる?」
「あ、は、はい」
「助かるわぁー。それじゃあ、こっちの倉庫までお願いねー」
アーニャの指示に従い、リュカが荷馬車の荷物を倉庫へとしまっていく。
馬と馬車を納屋に片付け、ルドルフとアーニャの家へとお邪魔する頃にはすっかり夜になっていた。
あれから数週間経って、熟成も済んだ頃だ。
いよいよお披露目するとしようか。




