31.水酸化ナトリウム
水酸化ナトリウムとは何か。
別名、苛性ソーダと呼ばれるこの物質は強塩基性を示し、
工業的に非常に重要な基礎化学物質の一つでもある。
この世界にはそんな法律存在しないだろうが、
私がいた世界では毒物及び劇物取締法により規制の対象となっている程に危険な物質でもある。
常温では無色無臭の固体。潮解性があり、放置しておくと大気中の水分を吸着して飽和水溶液化する特徴がある。
肉眼では白色に見えるけど、無色である。
また、水に加えると発熱するという特徴もある。
急激に加熱するので、水に大量に投じた途端、小規模な水蒸気爆発を起こす事もある。
その際に周囲に水が弾けるが、この水は水酸化ナトリウムが溶け込んだ水溶液なのでこれが皮膚に付着しても大変危険である。
この物質は身体に直接触れるとタンパク質を腐食、即ち皮膚を加水分解して皮膚を侵す腐食作用がある。
苛性ソーダの苛性、という言葉には皮膚を刺激する、という意味が含まれているのだから当然である。
この水酸化ナトリウムが皮膚に触れてしまったら、大量の水で即座に洗い流す事。
放って置くとどんどん身体を侵食し、細胞を溶かしていく。
その触れてしまった箇所が火傷したかのようにケロイド状になり、見るに耐えないグロテスクな状態になるのは必至である。
なのでこの水酸化ナトリウムを取り扱う際は身体の露出を必要最低限にして防御策を講じ、
また保管する際も大気中の水分と結合するのを阻止する為に密閉した容器内にて保管する必要がある。
当然、目になんて入ったらアウトである。最悪失明を覚悟しなければならない。
「――と、いう事よ」
この水酸化ナトリウムに関する性質、注意点。
そういった諸々の知識をルーク、リュカ、リューテシアの三名に説明する。
この知識は絶対にこの三人の頭の中に叩き込み、記憶させなければならない。
水酸化ナトリウムはこれからこの三人の力を使って大量に量産して貰う予定である。
なので私が近くで監督していなくとも、事故を起こさずに最後まで作れるようになって貰わなければ困る。
「ひ、皮膚を溶かす……!?」
やや説明で脅し過ぎたせいか、目の前に完成した水酸化ナトリウムをまるで得体の知れない凶器を見るような目で注視し続けるリュカ。
その緊張感は大切だけど、緊張し過ぎても事故の原因になりかねないんだけど。
「こ、こんな危険な代物がこの世に存在するとは……」
「私の注意点を留意しておけば大丈夫だから。でも扱う際に油断はしたら駄目だけどね」
ルークが半ば恐怖、半ば好奇心といった具合の眼差しを水酸化ナトリウムに向けている。
危険だけど、容器に入れて蓋しときゃとりあえず安全だから危険物の中では比較的安全な部類なんだけどね。
「こんな物騒な代物、一体何に使う訳?」
「何に使うって言われても、使い道が多過ぎて返答しかねるわね」
リューテシアが私の事をまるで不審者でも見るような目付きで睨んでくる。
失礼な子ね。
明確な使い道を答えずにいると、「口で言えないような事に使う気なんだ」とでも言いたげな暗い表情へと変わる。
本当に使い道は色々あるのだ。
ただまぁ、私がこれを作ろうとした最大の理由はやっぱりアレである。
この世界でこれが存在しないというなら、私の手で作ってやればいい。
ついでにいえば、生活の必需品であるのだからこいつを量産出来れば懐も潤う。
鉄を大量に買う為には資金も必要だ、その資金稼ぎのネタとしても使わせて貰う。
水酸化ナトリウムの怪しい使い方としては、希釈した水酸化ナトリウム溶液に指先をわざと触れさせ、指紋部分の皮膚を溶かすといった使い方もある。
そんな事をして一体何になるのかって? それは流石に私の口から言う事は出来ないわね。
良い子でありたいなら、絶対にしない事をオススメするわ。
「あのねぇ……分かったわよ。とりあえず、これを使って最初に作るのは――」
不審者を見るような目線で攻撃されるのはあまりよろしくない。
リューテシアは奴隷商から買い上げた当初と比べれば、
まともに言葉を交わすようになっただけ態度は軟化しているが、私への風当たりは強いままだ。
彼女にはこれからも頑張って働いて貰う必要があるのだから、しっかりとした信頼関係を築いて行きたい。
とっとと説明する事にしよう。
「――石鹸よ」
「……せっけん? ですか?」
「せっけん、って何?」
リューテシア、ルーク、リュカの三名が揃って首を傾げる。
そりゃこの世界に存在しない物だし、知らなくて当然か。
「石鹸ってのは、要は汚れを落として綺麗にする為の消耗品よ」
「汚れを落とす……つまり浄化魔法の一種ですか?」
「残念だけどこれは魔法でも何でもないわ、化学反応の一種よ」
やはりこの世界の汚れ問題は魔法によって解決されているのか。
石鹸が無いのだから代用になる何らかの掃除・洗浄方法があるとは思っていたが、
こんな些細な箇所までこの世界は魔法で回っているのか。
「それに、浄化魔法なんてのは魔法を使える者にしか使えないでしょう? この石鹸は、作るのも使うのも魔力なんて一切必要無く、汚れを落とせる代物よ」
「そんな事が、可能なのですか?」
「こんなしょうもない事で嘘なんか付いて私に何の得があるってのよ?」
仮に浄化魔法なんて代物があったとしても、この石鹸の需要がある事には変わりは無い。
その浄化魔法を使える術師、魔法を使う才能、魔力。
そういった諸々が無い、ただの一般市民ですら容易く汚れを落として身を清める事が出来る。
これを販売するのは単に活動資金を得る為だけではない。
世界中に石鹸をバラ撒き、使用させる事で上は王侯貴族下は貧民スラム住民まで、
身体を清潔にして免疫力を高め、病気の予防にすら繋いでいく。
そう。石鹸が世界中にバラ撒かれれば、この世界の衛生概念にすらメスを入れられる。
この世界の住人にとっても良い事尽くめである。
浄化魔法に頼る以外にも身体を綺麗にする手段があれば、魔法を使えない者にとっての希望になるのだから。
「よーし、それじゃあ明日からは先程見せたのと同様の手順でこの水酸化ナトリウムの結晶を量産するわよ。ある程度の量を確保出来たら、これを使って石鹸を作成開始するわ」
水酸化ナトリウムの作成には成功したが、こんな量では全然足りない。
私達が使う分も勿論必要だが、ゆくゆくはこの石鹸を販売して行きたい。
その為には試験的に売るにしても、販売出来るだけの量が必要となる。
だから、なにはともあれ水酸化ナトリウムの量産だ!
そして量産を考えるなら、鍾乳石の代用品を取りに海へも向かいたい。
となると、やっぱり高速で楽に移動出来る道が必要か。
やっぱりこれからもリューテシアに頑張って貰わないとなぁ。
書き溜めが尽きたので、ここからは以前のように5の倍数日に投下する更新ペースに戻します。
書き溜めが溜まってくるようならまた日刊ペースに戻せるかも。
そして浮いた時間で某カードゲーム二次創作SSを書くんや!
制限改訂日が近い! まだ書き終わってない! どうしよう!
止めるタイミング見失ったせいで完全に恒例化しつつあるよぉ……
もう惰性で書き続けるしかないデスね。




