30.鍾乳石とクズ石
地熱の影響で、この坑道地下はかなり暖かい。
地上は亜寒帯~寒帯に属している為に良くても涼しい、基本的には寒い地域ではあるが、地下深くまで行くと寧ろ暑過ぎる位である。
なのでその中間地点、気温的には二十度前半位になる人間が活動し易い気温になる深度。
この場所、良いな。
地熱という天然エネルギーで温かいので、天変地異でも起きない限り一年中この温度で保たれるのだから。
一番の難点はやはり、換気か。
要はこの地下に空気の流れを作る、換気口を作成すれば良いのだ。
となると術式自体の構築は私でも出来るのだが、私では術を起動させられない。
またリューテシアの力を借りる事になりそうだ。
しかし、今はリューテシアにはオリジナ村までの直線道の製作を頼んでいる。
温泉に入りたいし快適な温度に保たれた居住空間というのも欲しいが、
命脈作成よりは優先順位は下だ、今は我慢する他無いか。
それに、落盤対策も必要だ。
火山性ガスや温泉が噴出している以上、この周辺には溶岩溜まり、火山活動が存在しているはずだ。
それは即ち、この地域に地震が発生し得る環境であるという事でもある。
こんな地下深くで地震による落盤事故に巻き込まれたら、命は無い。
支保工や魔法による補強が必須か。
――さて、次は何をしようか。
ルークに助力してもらい、坑道の奥へ再び潜る。
今回のお目当ては、以前アレクサンドラとここに来た際に見掛けた鍾乳石である。
以前来た時には生身でも問題なかったのだが、一応念には念を入れてルークに空気の膜を張ってもらう。
鍾乳石を数本程ルークにハンマーを振るってもらい破壊、その柱を回収する。
鍾乳石はただの雨垂れ等の水によって生成された物であり、柱状ではあっても荷重を支える柱ではない。
よって破壊しても洞窟が崩れるなんて事にはならないので安心して採取する。
「うん、ありがとうルーク。多少魔力を消費してるだろうから、後は無理しない程度にローペースで竹を伐採して来てくれれば今日はそれで良いわ」
「分かりました。しかしミラさん、そんなただの石を一体何に使うのですか?」
「この鍾乳石がただの石? そう、この世界の人にはそう見えるのね」
鍾乳石の主成分は、炭酸カルシウムである。
土中に存在していた炭酸カルシウムが地中に流れ込んだ水によって抽出され、雨垂れとして地面に長い長い年月を掛けて成形されていった物が鍾乳石なのだ。
これ自体にも勿論色々用途はあるが、私が以前ズリ山の中から見付け出し、この鉱山跡地にも鉱床として放置されている、
完全にクズ石扱いされているある物と組み合わせる事で、それはそれはステキアイテムに化けてくれるのだ。
リューテシアが魔法によって整備中のオリジナ村とここを繋ぐ連絡通路の開拓が終わるまで、今の所手詰まりだ。
これからしたい事を成す為には、オリジナ村との交流が不可欠。
買いこんだ食糧だって、後数ヶ月は問題無く持つが、一年は流石に持たない。
追加の食料の買出しも必要だし、鉄資源に至っては文字通りの意味で山のように必要だ。
買い付けた資材はどれだけ多くとも、私のものぐさスイッチを使用すれば嵩張る事無く運搬出来るが、
私がそこまで行く為の道は必要だ。
言っておくが、もう私はこことオリジナ村の往路を歩くのは嫌だ。
必要だから以前は歩いてここまで来たが、この小さな身体で野宿が必要な悪路と長距離は元々無理がある。
なので、なるべく身体を動かさない方向で私はオリジナ村とこの鉱山跡地の往復を出来るようにしたい。
でも、今の所やるべき事は。
「とりあえず、これを砕くか」
次の目的の為に、私はハンマーを用いて鍾乳石を淡々と砕き始めるのであった。
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風呂は作ったが、アレが無いのが大いに不満だ。
無いのだから仕方ないので水浴び程度で済ませたけど、まだ足りない。
だから今日はいよいよアレを作ろうと思う。
「今日は全員普段与えてる仕事はお休みね。今日は三人にある作業を教えるわ」
坑道入口前にて。
朝食を終えた三人に向け、私は高らかに宣言して耳目を集める。
「作業、ですか?」
「私、まだ道作ってる途中なんだけど。誰かさんに脅されたから仕方なくね」
「脅しとか酷い言い草ね。別にしたくないならしなくても良いのよ? ただ、どんな国どんな世界でも働かざる者食うべからずの金言は根付いてるわよ」
抗議の視線を投げてくるリューテシアを軽くいなす。
働かないなら飯は無し、ただそれだけだ。
ルークは私の口から出る言葉を聞き逃すまいと意識を集中している。
素直な良い子ねこの子、頭を撫でて褒めてあげたいわ。
背が届かないけど。
「この作業は私達にとって絶対に大切な事になるからね、嫌でも覚えて貰うわよ。」
例のアレを作る為に必要な材料、道具を淡々とものぐさスイッチ内から取り出していく。
三人の前に並べ、材料の説明をする。
「まず一つ、これは鍾乳石ね。この坑道の奥からちょいと砕いて持ってきたやつよ」
「先日僕と一緒に取りにいった物ですね」
「それとこれ」
鍾乳石の隣に置いてある、乳白色の鉱石を指差す。
これは以前、この下に大量に転がっていたズリ山の中に放置されていた鉱石の一つである。
「これは……何の石ですか?」
「この世界じゃ何て言うのか知らないけど。私はトロナ石って呼んでるわ」
そう、ズリ山の中に土砂に紛れて無数に転がっていた鉱石は二つ。
一つは石炭であり、もう一つがこのトロナ石である。
石炭に関しては、以前人工ダイヤモンドをでっち上げる為に使用している。
「この坑道の中にも至る所にトロナ石の鉱床が散見出来たわ、この世界では誰もこの鉱石の重要性に気付いてないみたいね」
トロナ石とは炭酸塩鉱物の一種であり、炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムによって構成されている。
水溶性であり、水溶液はアルカリ性を示す。
「まず、この石をこの位の大きさまで砕いて頂戴」
前日に見本とするべく、ハンマーで砕いておいた鍾乳石を見せる。
ある程度の大きさまで砕く理由は、石臼の中に入れられるようにする為と熱の通りを良くする為の二点がある。
三人に指示を飛ばし、ハンマーを振るって大雑把に砕いて貰う。
大き過ぎるのはダメだが、小さ過ぎるという事は無いのでこの作業に関しては大雑把で構わない。
最終的に石臼で粉末状に加工するのだから、小さ過ぎるなんて問題にならない。
この作業は雑でも問題ない為か、リュカがその持ち前の体躯を存分に駆使してあっという間に終わらせてしまった。
リュカ曰く、「こんな程度で良いなら凄く楽チン」らしい。
私からすればこの作業が一番しんどいんだけどなぁ。
まぁ良いや、終わったなら次。
「それじゃあ次にこの砕いた鍾乳石をこの缶の中に入れて焼いて貰うわ」
鉄製の蓋が付いた容器に、砕いた鍾乳石を入れていく。
満タンになるまで入れたら蓋をして、
焚き火の中に放り込んで焼く。
火力を上げる為に、リューテシアの風魔法で吹き消さないように出力を抑えて焚き火に酸素を送り込む。
じっくりと時間を掛けて鍾乳石を焼き上げ、時間を見て焚き火の中から缶を取り出す。
しっかりと熱が通って熱い状態なので、手に布を巻いて火傷しないようにして蓋を開ける。
「しっかり火が通ってるわね、これなら大丈夫」
鍾乳石の主成分は、炭酸カルシウムである。
その炭酸カルシウムを加熱する事で、炭酸カルシウム内の酸素が二酸化炭素となって分離。
結果、このように焼けて白い状態となった酸化カルシウムへと変化する。
「――さて、この焼き終えた鍾乳石なんだけど。この粉とか吸うと身体に悪影響が出るからここからの作業は気を引き締めてやってね」
そう言うと、途端に三人の顔が強張る。
私がこれから作る物は、劇物の一種なのだ。
当然吸い込んだり飲み込んだり、皮膚に付着したりすれば人体に悪影響が出る。
緊張し過ぎるのも不味いが、慎重にやって貰わねば困るのは自分達である。
「次に、この焼き終えた鍾乳石をそこの石臼の中に入れちゃって。火傷しないように気を付けてね」
石臼の投入口に、リューテシアが次々に焼いた鍾乳石の欠片を投じていく。
石臼を回すのは力が必要なので、リュカとルークに頑張って貰う。
黙々と石臼を回転させ、やがて徐々に石臼の合わせ目から粉末状になった鍾乳石が零れ落ちてくる。
その粉末を回収する、これで酸化カルシウムの粉末が完成した。
「次の作業も危険だから気を付けてね。この粉を次に水の中に入れるの」
近場に汲み上げてある水瓶から適量、水を掬い取って攪拌容器の中に入れる。
容器に注がれた水の中に酸化カルシウムを投入し、棒で良くかき混ぜる。
「……あの、何で煙が出るんですか?」
「当然でしょ。何せ温度が数百度まで上昇してるんだから湯気位出るでしょう」
「な、何であんな石の粉を水に混ぜただけでそんな高温になってるの……!?」
酸化カルシウムは、水を加える事で発熱反応を示す。
この反応によって生まれる熱量はかなり大きく、
一部では野外での食料調理の為の加熱用素材としても使用されている位である。
発熱が完全に終わると、中に投じた酸化カルシウムは水の中にある分子と反応し、
水酸化カルシウムという成分へと状態を変化させる。
この状態になったら水分を飛ばして回収する。
自然乾燥でも良いのだが、時間が勿体無いので焚き火で煮沸しザックリと水分を飛ばしてしまう。
「次、このトロナ石ね。これも鍾乳石と同じように砕いて、焼いて、石臼で粉末状に加工するわよ」
水酸化カルシウムの余計な水分を飛ばしながら、同様の工程を用いてトロナ石も焚き火に投じて加熱、
石臼で粉末状へと加工する。
トロナ石は炭酸水素ナトリウムと炭酸ナトリウムで構成されているが、
加熱する事で中の水素分子が剥がれ、全てが炭酸ナトリウムへと変化する。
「ここまで来たらいよいよ大詰めね。この焼いて水に混ぜ込んだ鍾乳石、水酸化カルシウムと焼いたトロナ石、炭酸ナトリウムの粉を混ぜ合わせて、水に溶かすわ」
ここからは、絶対にこの液体が身体に触れてはいけない。
もうこれで劇物自体は完成してしまうのだから。
水にこの二種類の粉末を混ぜ合わせ、しっかりと攪拌する。
すると水溶液中に白い沈溺が表れる。
それを確認した後、この水溶液を入れた壺を持ち上げ、
細かい目地の布を通してもう一つの壺へと水溶液を移し、白い沈溺を布で濾し取る。
沈溺を取り除いたこの水溶液の中にこそ、私が求めている物質があるのだ。
「――で、後はこの水を煮沸して水分を飛ばせば完成。それと、この水に私が求めてる劇物が溶け込んでる状態だから、絶対にこの水溶液に皮膚とか触れさせたらダメよ?」
「……ミラさん、一体この物体は何なのですか?」
「これ?」
ルークが壺の中にあるそれを指差しながら疑問を浮かべる。
壺の中の水分が完全に飛び、壺の底には水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム。
その二種とはまた違う白色の固形物がこびり付いていた。
これこそが私のお目当て。
この世界に革命をもたらすであろう、キーアイテム。
「――これ、水酸化ナトリウムって言うのよ。別名、苛性ソーダとも言うわね」
過去にこの物質を見付けた人、一度加熱して水分飛ばしたのにまた水を加えるってッ発想が凄いと思う




