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3.雪降り積もる村の日常

 小さな小窓から注ぐ淡い光を顔に受け、私は目を覚ます。

 私は晴れて自由の身となり、この名も知らぬ異世界の地に立っている。

 しかしながら、私の手元にはあるべき代物が無くなっている。

 この村に来る際に凍えて意識が飛んでしまった際に、私が元の世界からくすねてきたある代物を何処かに落としてしまったようだ。


 正直な感想を言えば、アレが無いのは不味い。

 アレが無ければ、この世界がどんな現状かは分からないが、私は何の力も無いそこいらの少女と何ら変わりが無い。

 だから、これから試す手段がもし駄目だった時は腹を括る必要がある。


「アポート」


 そう呟く。

 結果を見れば一目瞭然、私の懸念はどうやら杞憂に終わったようだ。

 何処かへ落としてしまった、元の世界にて私自ら開発した携帯端末。

 名付けて、ものぐさスイッチ。

 その冷たい感触が、しっかりと私の右手に納まっていた。

 正確には、もっと長ったらしい名称が付いているのだが、私はこの呼び名で呼ぶ事にしている。


 扉を叩くノックの音を聞き、身体を起こす。

 身体も本調子が戻って来たようだ。

 無事手元に戻って来たものぐさスイッチを懐へ仕舞い、扉を開ける。


「おはようございます、昨夜は良く眠れましたでしょうか?」


 そこには私を拾い上げてくれた恩人、アランの姿があった。


「おはようございます、アランさん」

「では申し訳ありませんが、昨日言った通り家事の手伝いをして頂けますか?」


 外套を手渡してくるアラン。

 何をするのかは分からないけど、しなければならないのだろう。

 でも少なくとも、元の世界でやらされていた仕事と比べれば遥かにマシではあるだろう。

 外套を受け取り、大人しく羽織る。

 それを確認したアランは、指差しながら指示を出す。


「向こうの井戸まで水を汲みに行きましょう。この水瓶を持って頂けますか?」


 飾りっ気の無い、質素な瓶を手渡してくる。

 かなり大きい。私の頭が2つか3つ入りそうな大きさである。

 アランも同様の瓶を1つ抱える。

 玄関に連れて行かれ、用意された靴に足を通して家の外に出る。


 とても澄んだ青空が広がっており、

 私が辿り付いた際の吹雪はすっかり止んでいた。

 周囲を見渡すと遠方に銀嶺を望む事が出来、後ろを向けば日差しを反射して白く眩く輝く銀世界が広がる。


 外は普段通る道なのか、そこだけは除雪されていたが、

 脇にはかなりの量の雪が積もっていた。

 不意に寒風が吹き込み、思わず身震いする。


「おう、アラン! ついでだからお宅の道の雪も除けておいたぜ!」

「誰がやってくれたかと思ったらオキさんだったのですか。これは申し訳無い」


 アランが深々と頭を下げる。


「……ん? 見慣れない顔だな、お客人か?」

「あぁ、紹介します。こちらはミラさんと言います。昨夜雪の中で倒れているのを発見しまして、保護した次第です」


 続けてアランはオキと呼ばれたその中年男性を紹介する。

 オキはスコップを片手に道中で立ち尽くしていた。

 顔の半分程を覆う髭面に、優しそうな笑顔を浮かべている。

 だが背丈は妙に低く、私と同じか少し低い位しかない。

 私の身長が125cmである事を考慮すると、とても成人男性の身長とは思えない低さだ。

 しかしながら、その身体はガッチリとした筋肉で覆われており、

 背丈とのアンバランスさが妙に際立っている。


「行き倒れか……随分と大変な人生送ってるみたいだなぁ」


 顎をボリボリと掻きながら、こちらを心配そうに見詰める。

 不幸自慢する気は無いけど、中々大変だとは思うわよ。


「おいらぁてっきりアランのコレかと思ったんだがな」


 ピン、と小指を立てるオキ。


「ハハハ、またまたご冗談を。このようなお美しい女性は私には勿体無いですよ」

「私はそういうのはちょっと……」


 オキの出したサインの意味が分かった私は言葉に詰まる。

 知識としては知っているけれど、私はそういう経験が皆無だからだ。

 それに、私如きが色恋沙汰など出来る訳もない、する気も無いが。


「ハッハッハ! 振られちまったなアラン!」

「残念です。……後程お礼を持って行きますね、どうも有難う御座いました」


 オキに会釈し、井戸への道を歩み出すアラン。

 私はそれに気付き追従する。


「それなりに距離があるので、手伝って頂けると助かりますよ。あそこの井戸がそうです」


 アランが指差した先には、確かに井戸があった。

 木製の屋根に、紐と木桶がぶら下がっているかなり古い方式の井戸だ。


 木桶を下ろし、井戸の底から水を汲み上げる。

 手馴れた手付きで桶を持ち上げ、持ってきた水瓶に水を移す。


「ミラさんは女性ですからね……どうでしょうか、この位なら持てますか?」


 水を湛えた水瓶を手渡される。

 手に持つとかなりズッシリと来る。

 持てなくは無いが、これを抱えてあの距離を歩くのは相当な重労働である。


「な、何とか持てますが……」

「ではそれを持って頂けますか。働かざる者食うべからずですので」


 アランも自分の持参した水瓶に水を移すと、それを抱えて歩き出す。


「水道は無いんですか?」


 蛇口があれば良いのに、と思いふとアランに質問する。

 だがそこから返ってきた言葉は信じられないものであった。


「水道? 川の事ですか? 川だと井戸より遠いので水汲みには辛いですね」


 アランは水道を知らなかった。

 私の世界では常識なんだけど、その常識がこの世界には無い。


 ――この世界は、私の居た世界とは違う世界。

 一つだけならば偶然でも、重なればそれは最早偶然ではなく必然。

 やはり私は、異世界へと来てしまったようだ。



―――――――――――――――――――――――



「や、やっと終わった……」


 運び終えたのを確認し、床に突っ伏す。

 もう駄目、私死んじゃう。マジで。

 何十往復しただろうか、か弱い乙女の私にこの労働は厳し過ぎる。


「お疲れ様でした、これで今日使う分の水は確保出来ましたね。それじゃあ朝食にしましょうか」


 ――ちょっと待ってアラン、今の言葉聞き間違いだよね?

 『今日』使う分って言った? これだけやってその水は一日しか持たないの?


「ちょっと待ってて下さいね。昨日のオートミールを温め直しますから」


 台所へ向かうアラン。

 かまどの前に立ち、薪をくべる。

 薪に手を添えながら、息を整えると静かに言葉を放つ。


「火を司る神イフリートよ、御身の力の一片、我に貸し与えたまえ……」


 言の葉を紡ぐアラン。

 すると掌から茜色に燃え上がる炎が現れる。

 アランは手馴れた手付きで薪に火を移す。


「……貴方、能力者だったのね」

「能力者? ……あぁ、これですか。ミラさんは何処かで魔法を見た事があるのですか?」


 ……魔法? 能力じゃなくて?


「確かに初めて見ると驚くかもしれませんね」

「いや、驚いてる訳じゃないんだけど」


 発火能力者自体は今まで何度も見てきてる。

 だからそれに驚く事は無い。


「魔法……か」

「えぇそうです。ファーレンハイト王立魔法学院で学んだんですよ、お恥ずかしながら私は風と簡単な炎の魔法しか習得出来ませんでしたがね」


 魔法とは、恐らく能力の名称違いなのだろう。

 あれが使えるという事は、この世界にも万因粒子(ばんいんりゅうし)は存在するようだ。

 どうやら世界の理は元居た世界と大きく変わっているという事は無さそうである。


 さて、これからどうするか。

 やらねばならない事は沢山ある。

 一つ一つ片付けていくしかないか。

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