27.水路~機材設置編
「ゆっくりよ! ゆっくり降ろして! そう、そのままそのまま……はいここでストップ!」
大声で上に待機しているリュカに指示を飛ばし、腰に巻き付けた命綱をゆっくり下へと降ろして貰う。
リューテシアに作って貰ったこの地形に更に手を入れるべく、命綱を頼りに私とルークの二人がこの急斜面をゆっくり下へと降りていく。
基本的に崖と言われても否定出来ない程に坂の傾斜が酷いが、数箇所に等間隔で作られた平坦な箇所が存在する。
その平坦な箇所である一箇所目に、ジャラジャラと音を鳴らしながら到達する。
「こんな場所に来て、一体何をするんですか?」
「まぁ、ちょっと待ちなさい」
ものぐさスイッチを操作し、亜空間内からお目当ての代物を取り出す。
この平坦な地形の丁度中央に配置するようにそれを設置する。
「何ですか? これは」
「まぁ、これは中継地点よ」
そう、これ自体はただの鉄の塊である。
下の部分には固定する為の穴が四箇所開いており、ここに杭を打ち付けて地面に固定するのだ。
その為に必要な鉄杭と、ハンマーを取り出す。
「ほら、力仕事の出番よ。この穴の開いてる四箇所を杭で固定して」
「分かりました」
軽快に音を立てながら、杭を地面に撃ち付けていく。
雨風を物ともせぬようにこの道はかなり頑丈に作ったので、やはり杭を打ち終わるのも時間が掛かる。
だが土台の部分を妥協する訳には行かないので、こればっかりは仕方ない。
ルークが杭を打っている間に、この鉄の土台の両脇に円形の部品を取り付けていく。
取り付けた部品は回転するようになっており、円形の部品はすり鉢状に上部が凹んでいる。
「終わりました、ミラさん」
「了解。リュカー! またゆっくり下まで降ろしてー!」
土台の固定を終えた後、再び私達は次の平坦な地形のある場所まで降りていく。
この作業を続けて行い、土台を設置しながら下へ下へ降りていく。
そして日が傾き始めた頃には遂に一番下、滝のある場所まで辿り付いたのだ。
「ふぅ。やっと一息付けるわね」
やはりこの作業は時間が掛かる。
分かってはいたけど、一日程度では終わらなそうである。
「今日はもう、このまま下で薪と水を集めて上に帰るわよ。この続きはまた明日ね」
作業工程的には丁度区切りが良い。
だから今日の作業は一端ここで終える。
今からこの次の作業を始めようとすると、完全に日没を迎えてしまう。
私の目的、水運搬経路作成作業はこうして初日を終えるのであった。
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二日目。
私はルークとリュカを引き連れ、滝のある普段水汲みに利用している水場まで来ていた。
テューレ川の源流であるこの滝は、常に圧倒的な水量を持って大瀑布を作り上げている。
リューテシアに指示して作成させた道は真っ直ぐに滝に向かって伸びており、
丁度その道の中心が滝の外側を通るように出来ていた。これも計算通りである。
川を越えて、作成した道の丁度対岸の位置まで移動する。
ここにも土台を打ち付け、地面に固定する。
ただここに取り付ける台座は今まで取り付けた物と形状が違う。
それも当然で、今まで取り付けた台座はただ動力を伝える為だけの物であった。
この台座は動力を生み出す為の物であり、ここには細かく溝を刻み込んだ歯車が組み込んである。
この歯車こそが、馬車に揺られながら道中全員で作り上げ、オリジナ村のオキに頼んで鋳型で成形した秘密兵器である。
私からすれば原始的で初歩的な代物ではあるが、この世界からすれば画期的な発明品である。
一つ設置した台座の隣に、もう一つ台座を設置する。
この台座の一番上には穴が開いており、鉄の棒を差し込める穴が開いている。
差し込むこの鉄の棒にも仕込みがしてあり、両端に切欠が刻み込んであり、ここに部品を嵌め込む事が出来る。
この片側に歯車を嵌め、先程取り付けた台座に付いているもう一つの歯車とピッタリ合うように台座の位置を調整しながら、位置を固定。
この台座も動かぬようにその場に杭で打ち付ける。
打ち付けた後に、噛み合った歯車の隙間に木材の断片を挟んでおく。
「さて、ルーク。私達が昨日降りる時に使った命綱代わりの鎖、何で残して来たか分かるかしら?」
「……もしかして、あの鎖とこの台座を繋げるんですか?」
「そうよ」
段々ルークも私が何を企んでいるか分かって来たようだ。
台座を全て通過するように、チェーンを張り巡らせて行く。
その途中、滝の中をチェーンが通過するようになっている。
滝の中をチェーンが通過する、これが重要なのだ。
下の滝を通過し、リューテシアの力で作った傾斜に取り付けた台座の上も鎖が通過。
一番上の私達の拠点がある坑道入り口前に設置した台座の部分で鎖が折り返し、再び下ってこの場所まで戻ってくる。
鉄の棒を軽く回し、台座に歯車を通じて動力が伝わるのを確認した後、台座に取り付けた歯車に鎖を取り付けていく。
ルークとリュカにひとっ走りして貰い、台座に鎖を通しながら、鎖を一周させて巨大な環状にする。
鎖をそのまま始点から終点まで伸ばすと、数百メートルもの距離があると自重で弛んでしまう。
鎖に弛みがあると上手く動力が伝わらず、機能しない。
なのでそれを避ける為に、途中で支えが必要になる。私が道中で設置した台座はその為にある。
回転する部品を取り付けたのは、鎖の磨耗防止の為である。
生憎私の手元にこの鎖を巻き上げ、弛みが無くなるように引っ張る器具が無い為、
ルークに自らの肉体を強化して貰い、鎖を引っ張って貰う。
弛みが無くなり、しっかりと鎖が伸び切った辺りで鎖の始点と終点を繋げ、余った部分を切除する。
これで、動力伝達部位も完成した。
今回設置したこの水運搬ギミックは、リフトやロープウェーなどで使われている。
あれも動力箇所は一箇所だけであり、その一箇所の動力を使って長距離に人を運搬しているのだ。
今回運ぶのは人ではなく水だが、もっと大掛かりにすれば人の運搬も可能だ。
だが、人を運ぶのはもっと別の手段にさせて貰う予定である。
話が逸れた。後は、動力部を取り付けるだけだ。
私は術式を書き込んだ羊皮紙を取り出し、ルークへと手渡す。
「じゃあこれお願いね。今回のは一時的に足場を作りたいだけだから大した物じゃないわ」
「分かりました、では起動させますね」
魔力を流し、羊皮紙上の魔法陣が発光、炎上する。
滝壺の中の中央部分がせり上がり、人が立って活動出来る程度の足場が構築される。
「よし、じゃあ最後にこれを取り付けるわよ!」
事前に全員で作成した水車部分を取り出す。
これは鉄ではなく木で出来ており、中央部分の車軸部分に先程取り付けた鉄の棒がピッタリ嵌まる設計となっている。
「そういえばミラさん、疑問に思ったのですが」
「何?」
「この台座といい鎖といい、全部鉄製で作られているのにどうしてその水車というのは木製なのですか?」
「……良い着眼点ね。確かに普通に考えれば、木製より鉄製の方が頑丈で壊れ難いからね」
「この部分だけ木製なのには何か理由があるのですか?」
「ええ、勿論よ。いざという時に『壊れて』貰う為にわざと木製にしてあるの」
「壊れて貰う為ですか?」
ルークの疑問に答えるべく、解説する。
そう、確かに頑丈さを重視するなら木製ではなく鉄製であるべきなのだ。
だが、頑丈である事が必ずしもプラスに働くとは限らない。
今回、高所まで水を運ぶ為に大きな動力が必要だったので、水車を直接滝の中に突っ込む形になっている。
これで落下エネルギーを直に受け取れるのだが、川が氾濫した時に水車が鉄製だと悲惨な事になる。
水車部分が下手に頑強だと、川が濁流となり石などが落下して水車に衝突した際、衝撃を直に受け止めてしまい、車軸が曲ってしまう。
そうなれば車軸は交換となり、修理に手間が掛かる。
そうならない為に、水車にはいざという自体の時に『壊れて』貰う必要があるのだ。
「――という訳よ」
「成る程……そんな理由があったのですね」
「よし、それじゃあリュカ。一緒に取り付けに行くわよ」
「は、はい!」
リュカと共に滝壺の中を泳いで渡り、ルークに用意させた足場へと乗る。
水が当たるので冷たくて痛い。早く作業を終わらせよう。
ものぐさスイッチを操作し、亜空間内から作っておいた水車部分を取り出し、リュカに持たせる。
ものぐさスイッチは完全防水。水中だけでなく真空内でも動作する優れものである。
そんな事はさておき、水車部分を車軸にしっかりと嵌め込ませる。
リュカに木槌で水車を叩いて、完全に嵌まった事を確認。
再び岸に上がり、先程動力伝達部位に挟んでおいた木片をルークに頼んで木槌で叩き落して貰う。
歯車に噛んでいた木片が外れた途端、車軸が回転を始め、車軸に取り付けた歯車を伝い、台座部分へと動力が伝う。
水の落下エネルギーが回転エネルギーへと変化し、金属の擦れ合う音を立てながら鎖が回転を始める。
「良し、上手くいった――! これでほぼ完成よ!」
「これで完成ですか?」
「で、でも。これでどうやって、水を運ぶんですか……?」
「要は、容器を鎖に付ければ良いのよ。後は上でも出来るから戻るわよ」
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長い道程を引き返し、再び坑道入り口に辿り付いた頃には夕方になっていた。
台座を取り付けた場所まで向かうと、しっかりと水車の動力がここまで伝わっており、こちらも鎖が乾いた音を立てながら滝までの道程を往復している。
鎖の往復速度は結構遅い。こればっかりは仕方ない面がある。
落下する滝の水量を利用している以上、落下エネルギーをあれ以上上げられないというのがある。
その為、高速運搬する為にトルクを上げる事が事実上不可能なのである。落下する水量が増えるなら話は別であるが。
なので、その落下エネルギーでここまで運搬する為の馬力を出せるようギア比率を調整してある。
車で例えるなら、この水車動力は常に一速状態なのだ。
強い力が出るのだが、その代償として速度が出ないのだ。
なので水の運搬には時間が掛かる。
しかしこれは機械だ、人間と違って年中無休で二十四時間動き続ける事が出来る。
速度の遅さはこの連続稼働時間で補って貰うのだ。
「じゃ、この鎖に水を運ぶ為の容器を取り付けるわよ。動力部分に指を巻き込まれると悲惨な事になるから気を付けてね」
ルークとリュカに注意を促した後に、三人掛かりで鎖に水を入れる容器を取り付けて行く、
容器には下の節を残し、上部を切って吊るす穴を開けた竹を使用する事にした。
穴に滝に晒されてもそう容易く切れない程度に頑強な糸を通して結ぶ。
これを鎖に何十、何百と人海戦術で取り付けていく。
良く考えたらこの作業はリューテシアでも出来るじゃない。
今日を休みとか言わないで手伝って貰えば良かった。
まぁ思ってたより順調に作業が進んだっていうのもあるから仕方ないか。
本来は明日で終わる予定だった訳だし。
そんな事を考えながら作業を続け、日が山間に消える頃には最初に取り付けた竹の容器がその中に水を湛えて戻って来た。
「良し! 完成!」
「お、おお……! 本当に水が入ってますね……でも、量が少ないですね」
「そりゃ、竹の筒で持って来れる水の量なんてこんなもんでしょう」
何時も冷静なルークが珍しく感嘆の声を上げている。
「リュカ、ちょっと向こうから空の水瓶持ってきて」
「は、はい。分かりました」
駆け足で拠点へと戻り、空になった水瓶を抱えて戻ってくるリュカ。
昨日の入浴で水を殆ど使い尽くしちゃったからね、でもこれでもう水には困らないわよ!
「それじゃあリュカ、その台座の真横にこの水瓶を置いて」
「はい。……あっ」
「あっ」
指示に従い、リュカが水瓶を置く。
置いた直後、水を湛えて戻って来た竹の筒が水瓶の縁へと当たる。
しかし鎖の動きは止まらないので、水瓶の縁を支点に筒が傾き、中の水が零れる。
零れた水はそのまま水瓶の中に注がれ、空になった竹筒が再び滝の中に身を投じるべく下降して行った。
「わぁー……!」
「そ、そうか! こういう事なのですねミラさん!」
「そういう事よ、ルーク」
その様子を見てリュカは純真な笑顔を浮かべ、ルークは脳内に電流が走ったかのように語気を強める。
私は不敵な笑みを浮かべながらサムズアップする。
台座の高さも水瓶の高さも計算済みである。
これで水瓶の中に昼夜問わず常に水が注がれ続ける状態となった。
水運搬問題、解決!
何だかこのお話を書いてる時は脳内○インクラフトやってる気分になります




