26.水路~地形作り編
身体の汚れを流し疲れを取る、心身共にリフレッシュ出来る。お風呂という素晴らしい文化を存分に堪能した翌日。
今日、私はいよいよ大掛かりな作業にして、今後の為には避けては通れない一大事業に手を付けようとしていた。
「ミラさん、今日も竹の伐採や水汲み作業をするのですか?」
最近行っている作業から今日の内容を読み取ろうとしたのか、ルークが質問を投げ掛ける。
そうね、別にそれをしても良い。
だが、それを続けている限り。生活は出来ても楽は出来ない。
「まぁ、そうね。ある意味水汲みよ」
「……ある意味?」
言葉の節の意味深な箇所を目敏く見付けたリューテシアが、まるで不審者を見るような目付きで見てくる。
「そうよ。私ね、思うの。水ってのは私達が生きる上で欠かせない物。でもね、たかが水汲みに毎日毎日人手を割かれるのって時間の無駄だと思わないかしら?」
「それは分かりますが、そう考えるなら川の近くに拠点を構えれば良かったのではないでしょうか?」
「成る程、それも一理あるわね。だけど私、あの鉱山跡地、あの坑道の位置が気に入ったの。ここからは周囲が見渡せて、それでいて高所故に水害に関しても考慮する必要が無い。洞穴暮らしだから、嵐にも怯える必要も無い。そして積雪による害も洞窟故に無問題。こんな素晴らしい環境、そうそう無いわよ」
そう、地中というのはとても快適なのだ。
夏は涼しく、冬は暖かい。
ただ夏に関してはこのロンバルディア地方は気温が最も高くても涼しい、程度らしいので恩恵は薄いかもしれないが。
だがその分、冬の厳しさは並の物ではないだろう。
寒さから身を守る為にも、この洞窟暮らしはベストな選択なのだ。
「それでね。貴方達も水汲み作業の大変さは身を持って痛感したと思うのよ。だから、今度からは水の方からこっちに来て貰おうと思うのよ」
「……魔法でも使う訳?」
「そうね。魔法を使うわ、だからリューテシア、貴女には期待してるわ。一度この作業が終われば、もうこの水問題に関しては魔法を使う事は一切無いから」
「……毎回毎回魔法を使わなきゃ、水を持って来れる訳無いじゃない。どうして一回だけなの?」
「それは現地に着いたら説明するわ」
三人を引き連れて、坑道入り口を発つ。
「着いたわ。ここよ」
「ここ、と言われましても……まだ一分も歩いて無いのですが」
坑道入り口から徒歩0分。
秒単位は全て切り捨てるので問題ない。
この位置が良い、この位置だから丁度良い。
ここは断崖絶壁であり、眼下に望む滝のある場所まで、直線距離で最も近くなる場所なのだ。
左手も崖であり、その崖の岩肌と滝の有る場所は繋がっている。
先日、炭作りの際に徹夜で作業を行い、構築した術式の一つ。
一枚の羊皮紙と一緒にルーク、及びリューテシアの奴隷契約書を亜空間内から取り出す。
さて、この作業をするにあたって私はリューテシアに掛かってるリミッターをどうしても一度完全開放する必要がある。
この作業はかなりの量の魔力を消費する、ルークも魔法を使用出来るようだが、魔力量的にはリューテシアと比べると余りにも少ない。
ルークではこの作業量に耐えられないだろう、だからリューテシアにやって貰う必要がある。
「――ルーク、それとリューテシア。それにリュカ。今日やる作業は、相当大掛かりな作業になるわ。私を含めて四人、全員が総力を結集してやる必要があるの」
何時に無く真剣な声色に、一同息を呑む。
私は何時でも大真面目だけど、今回の作業は危険も伴う。
だから全員が真剣に大真面目に取り組まなければならない。
「だから一時的に、ルークとリューテシアに着けてある魔法使用を制限する首輪の機能を停止させるわ。言うまでもないと思うけど、私に害意を成す気なら容赦無く処分するからね」
今まで露骨に私に敵意をぶつけてきたリューテシアを見ながら、念を押す。
リューテシアは渋々ながらも頷いてくれた。
もしかしたら以前、魔物との戦いで私が見せた銃火器の力が影響しているのかもしれない。
あれを見せた事で、私に戦う力があるというのが虚勢でも何でもない事を印象付けられたのか。
もしそうなら、有限の手札を切った甲斐があったわね。
銃火器のメンテナンスはともかく、銃弾の方はこの世界で再度入手する手段が存在しない。
無闇な乱用は控えるべきだろう。
ルークとリューテシアの奴隷契約書に自らの魔力を微量与え、操作を行う。
二人の首に取り付けられた首輪に信号が飛び、爆破魔法の術式が一時的にその機能を停止させた。
「私は、何をすれば良いの?」
「その前に確認しておくわ。リューテシア、貴女は魔法は使えるのよね?」
巨大な魔力を有している=魔法が使える、ではない。
どれだけ魔力があろうとも、魔法として行使する為の知識が無ければ話にならない。
「当たり前でしょ。馬鹿にしてる訳?」
「そう、使えるのね。じゃあこの術式を正確に起動させてくれる?」
リューテシアの憎まれ口は適当に流す。
彼女に取り出した羊皮紙を手渡す。
その術式を見て、リューテシアは表情を硬化させる。
「……何この複雑な術式……それに多分、これ火属性の魔法よね……?」
「あら、大口叩いた割にやっぱり駄目なのかしら?」
「火属性の魔法でしたら、宜しければ僕がやりましょうか? 火属性に関してはそれなりに自信がありますので」
ルークが挙手しながら提案してくる。
まぁ、この術式の起動ならリューテシアでもルークでもどちらでも良いか。
正確に発動さえしてくれれば。
「なら、ルークにお願いしようかしら。失敗したくないから得意な人にやって貰いたいし」
「ではリューテシアさん、少々お借りしますよ」
リューテシアが持っていた魔法陣を書き記した羊皮紙をルークは受け取り、紙面に目を落とす。
その内容を確認し、引き攣り笑いを浮かべるルーク。
「こ、これを本当にやるんですか……?」
「出来るかしら?」
「……やってみます。ミラさんの期待に答えられるように努力させて貰います」
羊皮紙を掲げ、目を閉じて精神を集中させ始めるルーク。
その全身から赤い魔力が立ち昇り、その魔力が羊皮紙に描かれた魔法陣へと導通する。
魔法陣は赤く発光し、その輝きが一定量に達した途端、羊皮紙が炎上する。
魔力伝導時の発熱が原因だろう、羊皮紙はその熱で燃え尽きてしまったが、術式としてしっかり発動さえしてくれればそれで問題ない。
ルークがちゃんと術として発動させられるかというのは杞憂に終わり、
ルークの足元を中心として細い炎の柱が一斉に吹き上がる。
その炎は数秒程で消え、ルークの足元の地面にしっかりと焦げ跡を刻み込んだ。
「……うん、ちゃんと成功したみたいね」
「ふぅ、何とか成功しましたか……あんなに細かく制御を要求された魔法は初めてですよ」
安堵の息を漏らすルーク。
しかし、そうでなければ困るとはいえ、あの術式を一発で成功させるのか。
ルークって思ったより魔法方面でも優秀なのかもしれない。
「――これ、魔法陣よね?」
「そうよ。さっきルークにやって貰ったのは、本命の術式を起動させる為に必要な魔法陣を地面に焼き付ける為の物。こっちが私の本命よ」
ルークの手で地面に焼き付けられた魔法陣に近付き、その内容を読み取ろうとするリューテシア。
「……これ、地属性の魔法みたいね。大地に干渉して……」
地属性の魔法であるのは分かるみたいね。
じゃあ魔法を使えるってのは嘘じゃないようだ。
「――こんな魔法、本気で発動させる気? この周囲の地形が変わるわよ?」
「そうよ、地形を変える気なのよ。貴女の魔力量なら出来ると思ったのだけれど、見込み違いかしら?」
先程嫌味を言われたので、意趣返しを込めてリューテシアを挑発する。
不機嫌そうな表情を浮かべたが、無言で焼き付けた魔法陣の上に移動する。
反抗的な態度が消えてないから拒否されないかと心配してたけど、チョロいわね。
魔法陣に魔力を流し、術式を起動させようとするリューテシア。
その準備段階の時点で魔法陣から発せられる魔力が大気を揺るがす。
肌にピリピリとした振動を感じ、魔法陣から黄金色の光が立ち昇る。
次の瞬間、足元が大きく揺れる!
「ひっ――!? な、何これ!?」
「良し……!」
リュカが得体の知れない振動に怯えているが、この振動こそが術式が正確に発動した事を雄弁に物語っている。
眼下の滝のある地点から、真っ直ぐ一直線!
私達が居る場所に向けて、次々と大地が隆起していく!
急斜面と平坦な地形を交互に織り交ぜながら、細長い道が構築された!
「っくう……! ど、どうよ! これで文句無いんでしょう!」
「ええ、そうね。見事よリューテシア」
肩で息をする、かなり疲弊しているリューテシアを素直に褒める。
この子は私の望んだ通りの道を作り上げてくれた。
地形を変える程の大魔法を発動した為か、リューテシアの額からは大粒の汗が流れ落ちている。
流石にこの規模の魔法を一人で使わせたのはかなり身体に堪えたみたいね。
彼女は私に出来ない仕事をしてくれた、だからもう今日明日は丸々休みにしてあげよう。疲れを癒す為に。
……これと同等位の規模の魔法を涼しい顔をして乱発していたアレクサンドラの顔が何故かこのタイミングで脳裏を過ぎる。
やっぱ勇者って規格外だわ、リューテシアと比べるのは良そう。
「……崖に沿うようにして真っ直ぐに道のような物が伸びてますね。これは一体何に使うのですか?」
「ここを使って、水を運ぶのよ」
「ここをですか? 流石にこれは傾斜がキツ過ぎますよ。滝までの真っ直ぐな一本道を作りたかったのは理解できますが、ここからだと滝までの距離が近過ぎて道じゃなくて崖になってますよ」
「あら、何でルークはここから降りようとしてるのかしら?」
「えっ? だって先程の魔法で、道を作ったのでしょう?」
「そうよ、道を作ったのよ」
「ですがこんな急な傾斜の場所を、どうやって上り下りするのですか?」
「ここで一度だけ作業しないといけないからその間だけは慎重に上り下りしないといけないけど、それ以降ここを人が通る事は無いわよ」
ルークだけでなく、私の言っている意味が理解出来ないのか、リュカもリューテシアも頭に疑問符を浮かべている。
リューテシアは仕事を果たした。リューテシアの奴隷契約書を取り出し、再び魔力で操作を行い、首輪の機能を起動させる。
「リューテシアはお疲れ様。身体を休める為に貴女は今日と明日、丸々全部休みにしておくわ」
「えっ? これで終わりなの?」
「こっからの作業は特にリューテシアにやって貰う事が無いのよね。だから休んでなさい。ああでも、夕方になったらお風呂の為に石をまた焼いててくれると助かるな」
これで終わりで良いならいいや、そんな風に拠点に戻ろうとしたリューテシアに補足でお願いをしておく。
小さく返事をして、リューテシアは足早に拠点である坑道入り口に引っ込んで行った。
タキオントランスミグレイションで過去に遡って自分に有利な未来を選択したい




