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24.徹夜と風呂

 焚き火の火に時折意識を向けて火を絶やさぬようにしつつ、木板に線を走らせていく。

 それと共に明日以降に行おうとしている作業の為に、羊皮紙の上にある術式の陣を書き出し、構築していく。

 この作業を一人で黙々と続ける。

 誰もいない、ただただ焚き火から乾いた空気が爆ぜる音のみが耳に届く唯一の音。

 獣の鳴き声も、木々のざわめきも無い。

 焚き火の熱と夜の冷え込んだ空気が混ざり合い、素肌を刺激する。


 ……そういえば、一人だけのゆっくり出来る時間って初めてだ。

 

 向こうの世界にいた時は、私は常に誰かに監視されており、気が休まる日は無かった。

 こっちの世界に来た後はオリジナ村の人々や、勇者が常に側にいた。

 ファーレンハイトでは買出しに大忙しだったし、その後は常にルーク、リュカ、リューテシアの三人がいた。


「――こういうのも、たまになら良いわね」


 その独り言は誰の耳にも届く事無く、闇夜の空へと飲み込まれていった。



―――――――――――――――――――――――



 誰にも邪魔されず、集中して作業に没頭出来たお陰でかなりの量の仕事を前倒しで片付ける事が出来た。

 好い加減肩も凝って身体が重くなってきたのを痛感し始めた頃、

 銀嶺の彼方から差し込む一条の光。

 夜明けの時間である。

 線引きを終えた木板を一箇所に纏め、書き上げた羊皮紙の山は今日使う訳では無いので再びものぐさスイッチの亜空間内に放り込む。

 再び焚き火に薪を放り込む。もうかなり量が目減りした、流石に一日中燃やし続ければごっそり減るか。

 暗い、が薄暗い、になる位まで待ち、大声で三人を起こす。


「全員、起床! 日が昇ったわよ、身支度をして坑道前に集合!」


 残りも少なくなった出来合いの食料を私含めて四人分。皿に取り分け、飲み物を添えて用意する。

 全てが終わった辺りで、リュカのみ寝ぼけ眼ではあるが寝床から出てくる。

 またリュカが凄い寝癖である。

 リュカの寝癖を直した後に、焚き火を囲って暖を取りつつ、食事を全員で取りながら今日の日程を述べる。


「朝食を食べ終える頃には良い明るさになってるでしょうし、食事をしながら今日の日程を言うわ。まずルーク、貴方は結構ノコギリの使い方が上手いみたいだから、そこに積み重ねてある木板を線の通りに従って何時も通りに切り揃えて頂戴。ヤスリ掛け作業はしなくて良いわ、とにかく切り続けて頂戴。それと、今ある薪が無くなるまではそこの焚き火に薪をくべ続けて頂戴」

「分かりました」

「リューテシアはまた水が足りなくなってきたから下の川で水を汲んできて頂戴。ただその作業は昼までで良いわ、昼からはルークが先行してそこの木板を加工して貰ってるから、ヤスリで正確な形に仕上げて頂戴」

「……分かったわよ、やれば良いんでしょ」

「リュカは悪いんだけど、今日はひたすら下の竹林で竹を伐採してて。とにかく沢山竹を切って上まで運んで」

「ミラさん、まだ以前切って運んだ竹が相当量あるのですがまだ必要なのですか?」

「ルーク、竹はどれだけあっても足りないのよ。だから取れるものは取る、なるべく沢山。だから頑張ってねリュカ」

「は、はい! が、頑張ります!」

「それとリュカ、竹集めは夕方には切り上げて頂戴。夕方になったらルークとリューテシアと合流して、そこの木板の加工に加わって頂戴」

「わ、分かりました」


 一通り説明を終え、朝食をさっさと胃袋へ詰め込む。

 好い加減眠いのだ。

 欠伸を噛み殺しながらも、フラフラと寝床へと歩いていく。


「食事が終わったら、その食器は適当に置いておいて。夕方になってリュカが戻ってきたら、誰でも良いから私を起こして。それまでは私の事はそっとしておいて下さい」


 あー、眠い。必要な事は全部伝えた。

 だからもう寝る、今すぐ寝る。

 自分の寝床へ足早に潜り込み、私は今日一日の太陽の恩恵をロクに受ける事無く、日中を寝て過ごすのであった。



―――――――――――――――――――――――



「ミラさん、起きて下さい。朝――じゃないですね、すみません間違えました」

「……んー、我が眠りを妨げる者は誰だ……」

「ルークです、ミラさんに言われた通り、夕方になったので起こしに来たんですが」

「……起きた」


 そういえば、夕方になったら起こしに来いって言ったんだっけ。

 扉を開けて外を見ると、見事に太陽が山間の中へ消えて行く頃合であった。

 外で延々と燃やし続けていた焚き火は既に鎮火しており、煤で表面が真っ黒になった壺が堂々と灰の山の中に鎮座している。

 その横、坑道入り口付近で今現在、リュカとリューテシアがヤスリを懸命に動かしている最中であった。


「渡された木板をノコギリで切る作業に関しては終わりました。なので今は僕も一緒に板をヤスリで削っていた所です」

「ん、分かった。流石にこの短時間で全部終わるのは無理だったか」

「面目ありません……」

「良いのよ、手持ち無沙汰にならないように仕事配分したんだから。寧ろ丁度良い調整だったみたいね」


 こちらに気付いたリュカが挨拶をしてくる。リューテシアは気付いたようだが挨拶するでもなく、無視して作業続行中のようだ。

 リュカには適当に返事を返しつつ、壺へと近付く。

 軽く壺に手を近付けると、熱気が一切感じられない。

 どうやら鎮火してから大分時間が経っているようだ、これなら素手で触っても大丈夫か。

 壺の蓋を外し、中から生木の枝だった物体を取り出す。


 完全に水気は抜け、その全体が真っ黒に変色した枝だった物。

 力を入れると、比較的容易に折れる。

 中までしっかりと黒く変色しており、充分満足出来る仕上がりになっていた。

 これで満足するしかないじゃないか。

 そう、炭の完成である。


「良し、ちゃんと出来たみたいね」


 取り出した炭を全てものぐさスイッチにしまい込み、絶賛ヤスリ掛け中の三人に問う。


「あとどの位で終わりそう?」

「ヤスリ掛け作業ももうあと二割で終わりそうな感じですね」

「了解、じゃあ私も作業に加わるからチャッチャと終わらせるわよ」


 私もヤスリ片手に参戦し、一気に木板加工を終わらせる。

 全てが終わる頃には、完全な闇夜になろうとしていた。

 木板の端切れも折角なので燃料として使わせて貰い、今日は薪を集める暇が無かったので、少々勿体無いがファーレンハイトにて買ってきた建材用の木材を燃やして明かりと暖を確保する。

 焚き火の光源を頼りに、完成した木板を重ね合わせ、仕口同士を噛み合せて行く。

 多少嵌め込むにに力がいるので、布を巻き付けた木槌でコツコツと叩きながら嵌め込む。

 嵌め込み終わったら、更に釘を使ってより接合部分を強固にしていく。

 最後に汚れを落とすべく内側部分を軽く水で流して――


「良し……! 出来たわね……!」

「……あ、あの。こ、これって、何ですか……?」


 出来上がったものは、大きさ的には一畳より二回り程大きい容器状の物体である。

 その底面には小さく穴が開いており、その穴に蓋をするように木の栓が取り付けられていた。


「風呂よ」

「お風呂!?」


 リューテシアが驚きの声を上げるが、私がリューテシアを見ると明後日の方向に視線を逸らす。

 そう、私が今日一日丸々使って作ったのは浴槽だ。

 健康管理において、清潔さというのは重要である。

 不衛生な環境では雑菌が繁殖し、人体に悪影響をもたらす。

 なので、風呂に入ってサッパリするのは精神的にも衛生的にも重要な事項である。


「ただ残念だけど、今日は入る準備が整ってないわ。風呂って水を大量に使うしね。これを使うのは明日! 明日のお仕事が終わったら、皆で交代して入りましょうか」

「えっ? ぼ、僕も入って良いんですか?」

「当たり前でしょ、全員が入らなきゃ意味無いんだから」


 水が貴重なこの世界、水を贅沢に使う風呂は高級品である。

 奴隷だとか以前に、平民だろうとそう簡単に入れる物ではない。

 オリジナ村にいた時も、私はこの世界で風呂に入った事は一度も無い。

 そんな風呂だが、川が近くにあるのなら話は別だ。

 このテューレ川の源流であるこの川、水は結構澄んでいるし、水量も豊富だ。

 そのまま直接飲むのは流石に生水故に避けた方が良いだろうが、風呂に使う分には全く問題ないだろう。

 好い加減お風呂に入りたいんです!

 でも今日は入れない、なので完成した浴槽をうらめしそうに眺めながらも、

 再びお湯とタオルで身体を拭くだけに留めるのであった。

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