#4.リュカが遺したモノ~未来へ続く針の鼓動~
暑いの苦手
暑いと真夏の炎天下の車内に放置したチョコレートの如くやる気が溶けてしまう
早く秋冬来ないかな
机の上に置かれた、無機質な電球の灯りが点る室内。
刻々と時を刻み続ける、ガンギ車の音が薄闇で響き、消えていく。
静かだ。
こうして一人で黙々と作業をしている時間が、結構好きだ。
一度強く息を吹き掛けてしまえば、全て吹き飛んで崩れてしまう程の、小さな金属の城。
呼吸も深くゆっくりと、心臓の鼓動もゆっくりになっていく感覚。
壊さぬよう、静かに、ピンセットで摘まみ上げた部品を、頂点へと向けて積み上げていく。
一つ、また一つ。
今の機械工作精度ではまだ作れない、そう判断した僕は殆どの部品を手作業で作る事にした。
ヤスリで極限まで薄くし、削り出し、必要な部品を作り出し――
「――出来た」
そして、今日。遂にそれは出来上がった。
完全に固定する為、上蓋を取り付ける。
試験運転をし、動作に問題無い事を確認。
「……明日、皆に見せてみよう」
休日を丸一日消費し、精神を磨り減らして作り上げた為、既に疲労がピークに達しようとしていた。
筋肉を酷使した、そういう疲労ではなく。主に頭の疲労だ。
それでも疲労は疲労であり、ベッドに潜り込むや否や、すぐに僕の精神は心地良いまどろみの中へと溶けていくのであった。
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地下をくり貫いて作られた、居住スペース兼作業場。
元鉱山跡地であるこの場所は、ミラさんが居なくなった後もどんどん拡張・人口増加が続いていた。
崩落しないように計算しながら地下の空間は拡張を続けているらしいけど、それで収容可能になった人数よりもこの場所にやってくる人数の方が多いらしく、地下だけでなく地上にも人々は住み始めるようになった。
線路を利用すれば簡単に長距離を移動出来るので、複線が次々に作られ、そしてその線路沿いに並ぶようにして家屋が次々に建てられていった。
……このまま行くと、近々オリジナ村とくっついてしまいそうだ。
もしそうなったら、妙に細長いけどオリジナ村はもう村じゃなくて立派な都市と呼べる程の規模になってしまいそうだ。
人口増加の一因になった、地下拠点の一室の扉を開く。
「親分! おはようございます!」
「えっ、あっ、お、おはよう」
何十人もの作業着を着た男女が、一斉に僕に向けて直立不動で挨拶をしてくる。
ここに来る度に何度も起こる光景だが、慣れないものは慣れない。
「み、皆。き、昨日、こ、こんなの作ってみたんだけど……」
休日にコツコツと作り続け、遂に完成したそれを皆へと見せる。
何だ何だと全員が集まり、衆目が集まる。
「こ、これは……!」
「もしかしてこれ、時計ですか親分!?」
「う、うん」
完成させたのは、ミラさん曰く"懐中時計"と呼ばれるモノらしい。
あの時計という仕組みを、何処まで小さく出来るかというのを試してみたのだ。
ソルスチル街に時計塔を作ってから、このロンバルディアには明確な時間の概念が一般大衆にまで浸透していった。
そうすると時計自体に興味を持つ人々もちらほらと現れるようになり、時計塔を作った僕に対して「弟子入りさせて下さい!」と頼み込んでくる人が増えてきた。
ルドルフ商会の協力もあって、時計販売もここの運営資金として予算に組み込まれる規模になりつつあったので、人手が増えるのは有り難いという事でリューテシアさんが許可を出していた。
僕の意見は特に関係無かった。
「何という精巧な……! この片手に収まる程度の大きさで、あの巨大な時計と同じように時を刻み続ける事が出来るとは!」
「な、何度か、ゼンマイを巻かないと、だ、駄目ですけど、ね……」
ゼンマイバネと呼ばれる、振り子時計の振り子代わりになる動力機関へとゼンマイを巻いて弾力という力を蓄える。
その力を受けて、時計の秒針は一定のリズムで時を刻み始めた。
大きくするのは簡単だが、小さくするのは非常に困難。
ミラさんが言っていた言葉だ。
これは、僕が何処まで細かい部品を作って、組み立てられるかという技術向上、限界への挑戦。
そしてそれを成し遂げた完成品。
どんな風に動いてるのかを見せる為、上蓋を開く。
「な、中はこんな感じなんだけど……」
「うげぇ!? 何これ気持ち悪っ?!」
「!?」
「ああっ! ち、違うんです親分! 決して親分の事を気持ち悪いって言った訳じゃなくてぇ!」
「この馬鹿! 親分はナイーブなんだから言葉遣いに気を付けろ!」
「すっげ……これ一体どういう風に組みあがってるんだ……?」
「親分、やっぱすげえや……俺、こんなの一生作れる気がしねえよ」
―――――――――――――――――――――――
持ち直した。
今回作った懐中時計が気になるそうなので、同じ時計作りに携わる人達の為に内部構造を説明していく。
「――で、ここがガンギ車の部分。ゼンマイバネを使う事で置き時計でいう振り子の部分と同じ動きを得てるんだ」
「なんか、みょいんみょいん動いててキm――可愛いですね!」
リューテシアさん同様、エルフだという女性が何か訂正しながら時計の心臓部分を見詰めている。
「でも親分。こんな薄くて細かい部品、どうやって用意したんですか?」
「え? 全部研磨機とヤスリで削り出したよ?」
今の技術で作れる一番薄い金属板を作業場で作って、後は下書きしてその通りに、大きく削る場所は研磨機で、その後は全部ヤスリで削り出した。
もしかしたら、もっと未来ならもっと簡単に作れるのかもしれないけど、今だと手作業でないと無理だ。
「全部、ヤスリで……?」
「マジかよ……親分の技術の底が見えねえ……」
「親分って、こと時計作りだとマジで異次元の技術領域いっちゃってますよね」
そんなに、凄い事じゃないと思うけどなぁ。
ミラさんとかなら、魔法でパパッと作っちゃいそうだし。
「頑張れば皆も作れると思うけどなぁ」
「「「無理です!!!」」」
部屋の中に居る、僕以外の全員が口を揃えて不可能だと断言する。
えっと、頑張れば、出来るよ?
「こんな細くて変態な機械なんて作れるの親分だけですよ!!」
「!?」
「アリッサああああぁぁあ!! テメェ親分に対する言葉遣いには注意しろって何度言ったら分かんだテメェエエェェ!!」
「ああっ!? ち、違うんです親分!! そ、そう! ここでいう変態ってのは褒め言葉で!!?」
「親分! しっかり! 親分の作る時計は世界一です!」
「現にこんな小さい時計作れてるじゃないですか! 親分はもっと胸を張って誇って良いんです!」
「アリッサ、お前後で時計の針追加で10セット作っとけ」
「えー!? 嫌ですよ何でですか!?」
「親分のナイーブな心を傷付けた罰だ! 減らず口叩いてる暇あったら手ェ動かせ!」
「うわーん! ひどーい! パワハラだ! 後でリューテシアさんにチクってやるー!!」
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最初に作った懐中時計は、試作品として残しておく事にした。
その後、同じ手順で二つ目の懐中時計を作る事にした。
今度は時計製作班合同で作る事にし、どんな部品がどんな具合で組み合わさっているのかを学びながら行う。
二つ目に作った懐中時計は、技術向上の為に作業部屋で大切に保管し、時計技師が何時でも勉強に見てバラして組み立てられるようにしておいた。
そして、三つ目。
再び僕を含めた時計技師全員で作り上げ、しっかりと動作する事を確認した上で完成とする。
僕が最初の懐中時計を完成させてから、既に二年もの時間が流れていた。
その懐中時計を、ルドルフさんを通じてファーレンハイトの貴族達に向けて販売する事にした。
作るのには、非常に時間が掛かった。
まだ歯車製作を失敗して同じ部品を何度も作り直す事もあるし、そもそもまだ僕以外の人達は一から十までは作る事が出来ない。
なので、今はまだ、懐中時計を作れるのは僕だけという事になる。
懐中時計をいくらで販売するのか、最終的な値段はルドルフさんに任せたけれど、最低販売価格は通常の置き時計の10倍にしておいた。
かなりの高額だけど、それ位の値段を付けても良いと、一緒に働いてる時計技師の全員が言っていたのでその値段にしておいた。
ルドルフさんに懐中時計を託し、僕は再び時計製作へと没頭した。
そして、半年後。
「――リュカ!! あの懐中時計、金貨3000枚で売れたぞ!!」
「!?」
「お、親分!! 気を確かに!! 深呼吸です深呼吸!!」
「うっそー!? 金貨3000枚!? それ、私の給料何十年分なのよ!?」
「流石ルドルフさん! 貴族相手に吹っ掛けたな!!」
ルドルフさんから伝えられた、オークションの落札金額を聞いて気を失うのであった。
その後、最初に貴族に販売された懐中時計が貴族達の間の口コミで話題になる。
元々、既に置き時計に関しては時計技師達によって量産化が成されており、ファーレンハイトにも販売され、正確な時間の概念が浸透していっていた。
なので出先で正確な時間を確認出来る懐中時計の需要が爆発的に増加。
しかし作れるペースが非常に遅いので、価格が暴騰。
最盛期は懐中時計一つ金貨万枚という宝石と同等かそれ以上というとんでもない価格になるのであった。




