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200.鏡は転じ、導くかの地へ

副題回収完了

 トゥーレ村跡地――正確には、そこから少し離れた中州の地。

 そこには鮮やかな赤色の花による絨毯が敷かれていた。

 赤い絨毯の正体は、彼岸花であった。

 この中州では常にこの彼岸花が咲き誇っており、年中問わず常にこの花が開花している状態だと、ライゼルは説明した。

 成る程、魔力極点では植生が狂うというのは知っている。

 白霊山では普通植物が生えないであろう氷雪気候でも植物が育っていたが、ここでは彼岸花が常に咲き続けているという訳か。

 それに、この周囲に存在する凄まじい量の魔力。

 白霊山と対を成すと言っても良い魔力濃度。魔力の奔流に呑まれれば、精神に変調をきたしてもおかしくは無い。

 ここが、魔力極点の地である事は疑いようが無かった。


 私は義成という男から、フレイヤの解析能力を用いて記憶を読み取っていく。

 そして記憶の中から、この男が居たという世界の時間情報・座標情報を入手。

 その数値は、私が居た世界とも、今居るこの世界とも違うモノ。

 この男が居たという世界は、私の知らない、第三の世界である事は疑いの余地も無かった。

 また、どうもこの男は私が今存在しているこの時間軸、ここから見て約10年後――未来からやって来たようだ。

 つまり、この男は私とは違い、未来から過去に跳ばされたという事になる。

 その事実が分かったのであらば、私自らが生み出した一点物であるはずの、ものぐさスイッチをこの義成が持っていたという発言も理解出来る。

 恐らく、私はこの先の未来でなんらかの要因でものぐさスイッチを手放し、それがこの義成という男の手に渡ったのだろう。

 しかし事故的な原因で手放すという事は有り得ない。

 何故ならこの世界を訪れて早々、私は一度ものぐさスイッチを紛失しているが、私と紐付けされている術式によって何の問題も無く手元に回収出来る事を確認している。

 故に回収出来ないという可能性は低い。そしてこれ程の利便性を持つ道具を、敢えて回収しないという事情も想像が付かない。

 なら、何故義成が持っているのか。


 回収しようにも出来ない――既に私が死亡している。


 可能性はある。

 人間何時かは死ぬのだ。この私も、不慮の事故によって死亡する事も有り得る。

 フレイヤが回復しているこの状態で、私が不慮の事故で死ぬというのが全く想像出来ないが、それでも可能性はゼロではない。

 ゼロでは無いのなら、起こり得る未来。私はこれから、10年以内に死亡する。それもかなりの高確率で。

 そしてその死因はほぼ間違い無く外的要因だろう。病死という可能性はかなり低い。

 健康を害して死亡する可能性を下げる為に、私は今まで過去で奮闘したのだ。

 その甲斐あり、この時代の衛星面は飛躍的に上昇している。

 この世界に来る前から体内に病巣という爆弾を抱えていた、というのは尚の事有り得ない。

 元々向こうで実験材料として使われていたのだ。そんな実験対象に対し、健康診断を行っていない訳もないし、あちらの技術水準で病気の見落としなんて皆無と言って良い。

 気に入らない世界だが、それでもあちらの世界の技術力だけはケチの付けようのない高水準だからね。

 しかし、確定してしまった過去と違い、未来というのは変動する。

 義成視点からすれば過去なのだろうが、私視点ではまだ未来の話だ。

 私が死なない未来というのも、これからの行動で作り出せるはずだ。

 さて、どうしたモノかしらね。

 この義成という男の記憶を読み取った結果、この男は私の居た世界の人々とは無関係である事は分かったのだけれど。

 同時に私がそう遠くない未来、確定でこそないものの、死亡している可能性が高いという情報も得てしまった。

 死ぬ可能性が高いという情報を得て、何もしないのは馬鹿のする事だ。

 このリスクを回避する手段は無いだろうか。

 何もせず、このままこの世界・この時代で余生を過ごす――というのは、危険度が高い。

 それは未来を変える結果に繋がるとは考えにくい。未来が変わる事を祈って震えているようなモノだ。


 未来は、何時だって切り開くモノだ。かつての私が、この世界にやって来た時のように。


 では切り開く為にはどうするか。

 仮に私が近い未来に死ぬとしたら、その結果を回避する為に必要な行動は二つ。

 死因を潰すか、死因を回避するか。

 ……回避が確実、かな。

 時間軸的には、私がこの先死亡、そしてものぐさスイッチが義成という男の手に移動、そしてそのものぐさスイッチを持ったこの義成が過去へ跳ばされ、私の目の前に現れた。そういう事だ。

 つまり、この義成と一緒にくっ付いて行けば、少なくともこの先に待っている可能性が高い、私への死因を回避出来る公算が高い。

 だが、この義成という男がこれから向かう場所は戦場だ。そこはそこで、命の危険が存在する。

 しかしそれでも良いのかもしれない。目に見えない、死ぬ危険の高い地雷原の道を回避し、代わりに殺人鬼が待ち構える道を進む。

 そちらならば、見えない恐怖に怯えて天に祈るのではなく、目の前の敵を打ち倒すという選択肢を取れる。


「――義成。一つだけ聞きたいのだけど。貴方が戦っていたっていう相手、戦況的にはどうだった? 有利だった? 不利だった?」

「そうだな……戦闘ド素人の俺なんかの主観で良いなら、多分6:4か7:3位でこっちが不利だった。仲間がとんでもなく強いし、何故か分からないが俺の持ってる銃火器が相手に対し有効だったみたいで、そのお陰で微妙に拮抗してたんだが……なんつーか、アイツはまだ本気を出してない、そんな予感がするんだ」


 義成へ問い掛け、私の判断材料にすべく、脳内の天秤に載せる。

 義成側が不利、か。しかし銃火器が有効、と。

 義成が持ち込んだ銃器は、私の持つ銃器同様、魔力に頼らない代物だ。あれが通用する相手ならば、当然私の持つ銃火器も有効という事になる。

 なら、私もその戦いに加われば、微妙な劣勢を引っ繰り返せるか……?

 天秤は、傾いた。



 ――義成と一緒に、新たな世界へ向かう。



 義成と一緒に行かず、戦いが終わった頃合を見計らって跳ぶ事も考えた。

 だがそれだと、もしかしたら私の死因を回避出来ないかもしれない。

 最悪の事態を考えるのであらば、義成を元の時代に戻した直後、その死因とやらが現れる可能性だってあるからだ。

 それならば、未来視点を持つこの義成から見ても、過去に矛盾は発生しない。

 義成と一緒に行くのであらば、そこは恐らく私が死亡した可能性が高い未来の世界。

 時間跳躍によるタイムパラドックスが原因で、私が消滅する可能性も極めて低いはずだ。

 万全を期すなら、やはりこの義成と一緒にくっ付いて行った方が良い。

 

 対価は貰った。

 この座標情報があれば、この男を元の時間軸に戻す事は出来る。

 材料が揃えばなのだが――今、私はその魔力と設備の材料がここに到着するのを待っている状態だ。

 何でも、私の欲する材料はライゼルが調達してくれるらしい。

 また、魔力極点の地と言えどもそれだけでは魔力が足りないので、足りない魔力を補ってくれる人材も連れてくるとの事だ。

 あんな適当な口調の割りに、随分と人脈豊富なのねあの男。全く評価を見直そうとは思わないけど。


「――よし、プログラムコード自体は出来た。後は、機材の到着待ちね」


 ライゼルに伝えた用件が済むまでの間、何もしないで過ごす訳にも行かない。

 今の時点で出来る事もある。

 義成がこの世界に持ち込んだ道具の中には、パソコンがあった。

 この世界ではまだ到底作る事が出来ない、電子機器というオーバーテクノロジーの塊。

 このパソコンとこの世界にある魔力。

 両者を組み合わせれば、その技術力は私が居た世界と比べても数段落ちる程度だ。

 これだけの材料があれば、世界跳躍・時間跳躍は達成し得る。

 正直、この義成という男がパソコンを持ち込んでなければ世界跳躍は達成不可能だった。

 フレイヤをバラす訳にも行かないからね。運の良い男だ。

 それから、折角持ち込んだこのパソコンだが、世界跳躍の際に起動する術式制御に使う為、残念ながらこの地に投棄する事になるのは確定事項となった。

 一応、その旨を義成に伝えた所。


「戻れるなら好きに使ってくれ」


 との事なので、折角なのでパソコン以外にも義成が持ち込んだ電子機器類は協力代金として有難く頂戴する事にした。

 そして、この世界では逆立ちしても入手不可能な電子機器を入手出来たので、ライゼルが戻ってくるまでの間、義成が向かう戦場への対策、義成の戦闘能力に下駄を履かせる為、物作りをする事にした。

 私がこれから向かうのは、義成曰く戦場。その相手が私を見逃してくれるなんて甘い考えはしない方が良い。

 当然私も戦渦に巻き込まれる。だったら、勝率を上げる為の手間は惜しまない。


「パソコンがこっちでも使えるって本当助かるわ。お陰でこっちじゃ無理な作業がサクサク行えるわね――ああ、これなら何とか実用に耐えそうね」

「……ミラ。何だこれは?」

「貴方からはとても大きな報酬を貰ったからね。折角だし、オマケを付けてあげようと思ってね」

「オマケ?」

「義成、貴方は私同様、己が身という意味では大した戦闘能力持ってないんでしょう? だったら、コイツは多少なりとも役に立つと思うわよ」


 それは、技術発展を遂げたこの世界で作れないかと考え、試行錯誤の結果、無理と断定して放棄していた代物。

 ガワは出来ているのだが制御部品が入手不可能だった為、物置に放り込め状態だった。

 だが、こうして不足分であった電子機器を入手できた事で、どうやら稼動させられそうだ。


「汎用人型強化外装フレイヤ――の、デチューンバージョンね」


 こっちの魔法技術と義成の世界に存在している機械技術を組み合わせた結果、ギリギリ及第点に届いた。

 しかしながら、私のフレイヤと同等性能とはとても言えない。二回りも三周りも劣化している。

 テレビ画面をモニターとして流用したので、私のフレイヤのように全天周囲モニターではない。カメラ数も少なく、視野は狭い。

 また、レールガンやフラガラッハといった兵装はとても再現出来ないので兵装も未実装だ。故に攻撃手段は銃火器のみ。

 イージスヴェールも展開不可能なので、耐久面も純粋な材質頼り。

 ギリギリ足回りのゲイルスラスターだけ再現出来た、程度の酷い有様だ。

 しかもその足回りだって本家大元と比べれば劣化の劣化だ。


「これ、貴方にあげるわ。こんな低スペック、私が持ってても永久に使う事は無いだろうし。それでも貴方が使うなら訳に立つんじゃない?」

「……良いのか?」

「良いけど、使い方は覚えないといけないわよ? どうせもう現状私に出来る事は無いし、折角だからあのぺらっぺら男が帰ってくるまで、この劣化フレイヤの動作練習位なら付き合ってやるわよ」


 何でも、義成はその神殺七光剣という規格外な存在相手に生身で戦い続けていたらしい。

 魔法も使えないのに大したモノだと思うが、その無茶が祟って今こうして別の世界に投げ出されてしまった訳だから、蛮勇とでも言うべきか。

 この劣化を重ねたフレイヤでも、義成の戦いの一助位にはなるだろう。

 私が貰った報酬への対価は、別世界へ返してやる事とこの劣化フレイヤだ。

 これならば文句は無いだろう。私自身も対等な取引だと納得している。


 尚、これを与えた途端義成が敵対し、牙を剥くかとも思ったが、一瞬でその考えは消え失せた。

 いくら何でもここまで劣化したフレイヤ相手なら、寝ぼけた状態でも余裕で捻じ伏せられるからね。


 ライゼルが材料と人材を引き連れてここに戻ってくるまでの間、フレイヤの魂魄簒奪(ソウルローバー)術式を起動。

 魔力極点の豊富な魔力をバッテリーに蓄積しつつ、約一ヶ月。

 この義成という男に劣化フレイヤの扱い方をレクチャーしつつ、ライゼルが戻ってくるその日を待つのであった。



―――――――――――――――――――――――



「ライゼル様の頼みとあらば例え火の中草の中彼岸花の中! セレナちゃん、登場~ミ☆」


 一ヵ月後。

 聖王都に存在するという魔法学院にて採用されている、この世界流の学生服とやらで身を包んだ、随分とハイテンションな感じの女性を引き連れて舞い戻ったライゼル。

 何でも、この女性が足りない魔力を補ってくれるという事だ。ライゼル自身は資材を運んできたがそれで終わりらしい。

 随分な実力者だと口で言ってる癖に、魔力供給はやってくれないようだ。


「……生憎だが、俺様は普通の魔法は使えねえからな」


 とは、ライゼルの弁である。

 連れて来た女性には随分と慕われているようだし、こうして必要材料を持ってきたので内心、口だけ野郎という評価は下さずにいるが。

 軽薄軟派野郎だという評価は現状変わりようが無い。

 セレナという女性はライゼルの周りにベッタリと付着し、その周囲に桃色の空気を放ち続けている。

 だが別に作業の邪魔をするような事は無いので、無視して作業を続ける事にした。


「義成、図形をプリントアウトしたからこの紙を精確に、そこの地面の上に置いてくれるかしら」

「分かった」


 義成もまた、私同様に桃色空間を完全に視野から排除した上で黙々と私の作業を手伝ってくれている。

 配置した紙に魔力を流し、魔力伝導熱を用いて紙から地面に魔法陣を転写する。

 これで、術式自体の準備は完了。

 後は、ライゼルが運び入れてくれたオリハルコンとミスリル銀を用いた、ロンバルディアの地下拠点でも使っているバッテリーに魔力を溜めるだけだ。


「準備出来たわ。このバッテリーに魔力を溜めてくれるかしら?」

「セレナ、頼んだぜ」

「お任せあれ!」


 ライゼルの命令通り、作り上げたバッテリーに手をかざし、魔力の蓄積を始めるセレナという女性。


「燃え上がれ愛の炎! 吹き荒べ恋の嵐! とりゃー!!」


 気合を入れる為なのか、適当な掛け声と共に魔力を放出するセレナ。

 だがしかし。

 適当なのはその台詞だけであった。


「――嘘でしょ?」

「……ふぅ。疲れたからちょっと休憩。ライゼル様~! 私頑張りましたよー! 褒めて褒めてー! そして撫でて下さい!」


 何十にも及ぶ並列処理を用いて、この一瞬でバッテリーに1割位魔力が溜まった。

 リューテシア達が複数人のローテーションで数ヶ月掛けて溜めるような量が、こんな一瞬で……

 あのトレーシングペーパー男はともかく、連れて来たセレナという術士の実力は相当なモノである事は疑いようが無かった。

 しかし……魔力の充填に数ヶ月は覚悟していたのだが、この調子だと一ヶ月も必要無さそうね。

 これは少し巻いて行かなきゃいけないわね。



―――――――――――――――――――――――



 二週間後。

 セレナという女性の働きにより、全ての準備が整った。

 フレイヤの予備バッテリー(・・・・・・・)の魔力を完全に回復させ、また時空間跳躍術式を稼動させるに足るだけの魔力も用意出来た。


「なあ、ミラ。何でこのフレイヤのバッテリーは充電しないんだ?」

「ああ、フレイヤのバッテリー残量を満タンにする必要は無いわよ。するだけ無駄だしね」


 義成の疑問は当然だろう。しかし、恐らくする必要が無いというのが私の答えだ。


 ――思念滞留域(しねんたいりゅういき)に関して、一つ仮説を思い付いたのだ。

 私がこの世界へやって来た時の状況。そしてこの義成という男がこの世界に流れ着いた時の状況。

 それらを鑑みて、私はその仮説に対する答えとしての小細工を仕込む。


 多分、そういう事なのだろう。

 今思い返せば、思念滞留域に突入した際、私も強い倦怠感、脱力感といった症状に襲われた。

 あれは私の持つなけなしの魔力を吸い上げられたから起こったのだろう。

 


 ――思念滞留域は、割合(・・)で通過対象の魔力を吸い取っている。



 フレイヤのエネルギー残量がほぼ空っぽになった事から、恐らく吸収される量は9割強、限りなく10割に近いと思われる。

 例えば対象の魔力が100なら99、10000なら9900位は吸い上げられるのだろう。

 しかし、割合で吸い取られるのだとしたら思念滞留域に突入する事は決して死因にはならない。

 義成という男は何の魔法も使えず、生身で思念滞留域に突っ込んだが、別段魂や記憶といった所に影響は及んでいない。

 という事は、割合で吸い取るという魔力量は魂や記憶を除外した、余剰魔力分だけという事になる。

 思念滞留域は、割合で吸い取る。なら、持ち前の魔力量が多ければ多い程辛いはずだ。

 なら、私は大した事無い。

 元々、大して魔力を持たない、余剰魔力が少な過ぎる事が原因で処分されかけた訳だしね。


 用意した術式を用いて、思念滞留域を突破する。

 その際、フレイヤのバッテリー残量はほぼ空っぽになる。だからフレイヤのバッテリーを回復する必要は無いという訳だ。

 だが、その状態ではフレイヤはただの動かないガラクタとなる。それを解消する手段が必要だ。

 しかし予備バッテリーを持って行っても、結局一緒に突っ込んだらそれも魔力を吸われるだけだ。故に回避手段が必要。そこでこの小細工という訳だ。

 別に大した事をする訳では無い。単に、予備バッテリーをものぐさスイッチの亜空間内に放り込むだけである。それだけだ。

 私がこの世界に来た当初、フレイヤは稼動不可能な状況になった。

 ものぐさスイッチも恐らくほぼ空っぽの状態になったのだろうが、アレは周囲の魔力を勝手に蒐集して稼動するので、ゼロでは無かったから勝手に回復したのだろう。

 しかしフレイヤは起動不能になったが、ものぐさスイッチ内に存在していた原子結離炉(げんしけつりろ)は全く問題なく稼動していた。

 つまり、思念滞留域を通過した際に発生する魔力を吸い上げられる現象は、亜空間内に収納してあるモノに対しては影響を及ぼさないという事だ。

 なら、思念滞留域を突破した後にバッテリーを交換してしまえば良い。本体に搭載している方のバッテリーを回復する必要は無いというのは、そういう事である。

 現時点では仮定だが、この仮定に関しては正解だろう事は疑いようが無い。

 私だけではなく、義成という判断材料も追加であるからね。確認も済んでいる。


「――行くのか?」

「ええ、準備は整ったわ。だからもう無駄口ばかり叩くそのお口の持ち主ともお別れって事になるわね」

「んー? そうでもねぇなぁー。義成の話じゃ、そっちに俺様居るんだろうー? だったら越えた世界の先でも俺様、ミラちゃんの到来待ち侘びてるだろうぜぇー?」

「……もう用は済んだし、帰って良いわよ。そこのセレナとかいう女性に随分愛されてるみたいだし、さっさと帰れ。そして好きなだけ乳繰り合ってなさい」

「んんー、そうしたいのは山々なんだけどさぁー。悪いけどちょっとだけ待っててくれるか? 渡したいモノがあるんだ」


 そう言い残し、しばしその場を後にするライゼル。

 数十分後、一つの瓶を手にして舞い戻ってきた。


「はい、俺様の愛が篭ったミラちゃんへのプレゼントだ……受け取ってくれるよな?」

「捨てて良いかしら」

「ストップストーップ! 冗談だってば! 本当は向こうの俺様に渡して欲しいんだよ!」


 その瓶を受け取って地面に叩き付けようとした所、珍しく焦って静止させてくるライゼル。


「というか、何? この赤黒いの」

「……俺様の血だ。義成から聞いたけどよ、あっちの俺様、かなり消耗してんだろ? だからこの血を渡して、飲むように言って欲しい」


 人間の血にも、魔力というのは流れている。

 故に、血液中の魔力を体内に取り入れれば、魔力を回復する事も出来る。

 だがこの回復方法は通常だとリスクもある。


 こんな話が存在する。

 ある人物が、事故によって大量出血してしまい、病院に運ばれた。その人物は治療を受け、大量の輸血をした事で一命を取り留めた。

 しかしながら、その人物は事故以前と以後では性格が大きく変わってしまったという。


 これは、血液中にも魔力が存在しているのが元凶となって起こったお話だ。

 他者の魔力を受け過ぎる事で発生する、人格・性格の変化、精神汚染。

 輸血だけでなく、臓器移植なんかでも発生しているという情報も存在する。

 故に、他者の血液を取り入れて魔力を回復するのは人格が変化する可能性があり、リスクを伴う行為である。

 だが、それは通常の場合の話だ。

 今、ライゼルが手渡してきた血液を与えるのは、ライゼル自身。

 自分の血液を自分に輸血するようなモノだ。これならば、精神汚染は発生しない。

 いや、精確にはこれでも精神汚染は発生しているのだが、自分の人格が自分で上書きされてもそれは変化したとは言わない。


「そういう事ね。分かった、伝えておくわ。義成、準備は良い?」

「ああ、大丈夫だ」


 既に劣化フレイヤに搭乗済みの義成は、外部に取り付けたスピーカーを通じて了承の意を示す。

 準備は整った。なら、行きましょうか。



「――フレイヤ、展開!」


 

―――――――――――――――――――――――



 時を超える。

 世界を超える。

 暗転する世界。

 機体がけたたましい警告音を鳴らす。

 何も無い暗黒の空間を抜け、眩い閃光が闇を切り裂く。


 モニターを通じて目の前に広がるのは、虹彩の輝き。

 虹を結晶化したような、そんな無数の岩塊が上下左右に漂う、未知の空間。

 それは確かに、私がこの世界に来る時に見た光景。

 やはりこの場所が、この空間こそが、思念滞留域。

 世界と世界を繋ぎ、その複数の世界全ての魔力が集う、真の世界の中心地。

 そして私を襲う、倦怠感。

 キツいが、行動不可能という程のレベルではない。


「――やっぱり、またフレイヤのバッテリー残量が……」


 以前、思念滞留域を抜けた際のリプレイ。

 これで私のフレイヤは、折角回復したのにまた行動不能となった。

 だが、以前とは違う。

 私はこうなると事前に知っていて、そしてその為の対策も施してきた。

 だからこの義成がこれから向かう地でも、私は戦う為の翼を失ってはいない。


 私の居た世界でも、ここでもない世界。

 科学技術のみで繁栄した、義成が居たっていう世界は、一体どんな所なのかしら?

 でも、ま。

 先ず最初にする事は、義成と敵対しているレーヴァテインとかいう相手の排除ね。

 そこに至るまでの道を塞ぐ障害を排除しなければ、そこに行けないというならば。

 私のこのフレイヤで、道を抉じ開けるのみだ。


「――予定通り、跳躍完了よ。さっさとバッテリー換装するわよ」

「レーヴァテイン、良くもやってくれたな……! 時空間突き破って、舞い戻ってきたぜ!」

「義成……? 無事だったの?」

「――どうやら貴様の目論見は失敗に終わったようだな」

「ヘッ……ダッセェなぁ神殺七光剣様よぉ……! お前の弱点大量に持ち歩いてる義成くんを追い払ってこれで勝てるとか思っちゃったんだろぉ? あっさり戻ってきたじゃねえか……!」

「――貴様は……!?」


 バッテリーを予備のバッテリーへと入れ替えるべく、一時的にフレイヤを解除する。

 時間と世界を超えた先に居たのは、4名の男女。


 一人は、随分と可愛らしい白い騎士の装束に身を包んだ金髪の女性。

 一応、ブレストプレートを始めとした防具が装備されているので戦闘用の装いなのだろうが、女性用の騎士の装備をありったけ可愛くしたような感じである。

 その衣服からは、私の着ている衣服と似たような魔力の気配を感じる。あれも、もしかしてそうなのだろうか?

 ただ、来ている人物の初見での印象が、可愛い女の子、ではなくとびっきりの麗人という印象であるが故に、可愛げがある衣服や装備が少々ミスマッチに思える。

 その女性は凛とした佇まいで、義成をやや驚いた表情を浮かべて見詰めていた。


 もう一人は、義成の事を驚きの表情を浮かべたまま、やや困惑気味の様子を見せている青髪の少女。

 少女だが、多分私より微妙に背は高い。頭に被った古惚けたとんがり帽子のせいで、身長が嵩増しされて錯覚しそうになるが、それでも私とはそんなに身長に大差は無いはずだ。


 更に一人。黒衣に身を包んだ男。

 うん、こっちはどう見てもライゼルだ。

 ただ、何故か妙に疲弊しており、その表情から滲み出る疲れの色を隠しきれていない。


「ライゼル。私の世界の貴方からの贈り物よ。この血を飲んでさっさと魔力回復しなさい」


 放り投げたい気持ちもあったが、落としたら元の木阿弥になりかねないので、ちゃんとライゼル自身へと手渡しする。

 その上で、残った最後の一人へと視線を向ける。


「……よもやこの局面で、憎々しい相手が自ら飛び込んでくるとはな……! この羽虫共と一緒に、ミラ! 貴様も『抹消』してくれる!!」


 明確な敵意をぶつけてくる男。

 声で男だと分かったものの、身体の線は細く、肉付きも良くない華奢な体躯であり、喋っていない状態で女だと言われれば信じたかもしれない。

 肌は傷一つ無く、不気味な程に白い肌。最早病人や死人の類。

 セミロングの緑の髪。見開かれた殺意に満ちた赤い眼。

 その男の手には、一振りの大剣が握られていた。

 波打ち脈動する血管、迸る溶岩流。そんなイメージを抱かせる色合い。それは周囲に膨大な禍々しい黒い魔力を振り撒き続ける。

 恨み、妬み、怒り、嘆き、悲哀。ありとあらゆる負の感情を押し固めて象ったような、おぞましき魔力。

 フレイヤの魔力レーダーのメーターでも感知はしているが、その魔力量がレーダーの感知範囲を超えてしまいエラーを起こしている。

 私は感情が乏しいのだが、そんな私ですら、あの剣に対しては冷や汗を流す程度には畏怖を感じている。

 命を持つ大抵の者であらば、あの剣を一目見たならば全身が逃げろと警鐘を鳴らし、心の弱い者ならば意識を失ってもおかしくないかもしれない。


 成る程。アレが、神殺七光剣――神に等しき存在、か。

 一体、どれ程の魔力量を有していると言うのだ。


「――あら、貴方は私を知ってるの? 生憎、私は貴方と一度たりとも遭った事が無いのだけれど」

「ああ、知っているとも。分体を経て、貴様が行った所業。そのせいで随分と計画を狂わされましたからねぇ……! 貴様さえ居なければ、ここまで手を煩わされる事も無かったのだからな!」


 あの男は、気のせいでもなく間違い無く私に対し敵意を向けている。

 初めから覚悟はしていたが、どう足掻いても交戦を回避する術は無さそうだ。


「それで義成。念の為確認するけど、その神殺七光剣、レーヴァテインってのは誰?」

「目の前の男、正確にはそいつが持ってる剣だ」

「了解」


 バッテリーの換装を終えた事で、再び私の翼は蘇った。

 神様だか何だか知らないけど、超えねばならないのであらば踏み越えるまで。



「――フレイヤ、展開」



 双翼は再び世界を舞う。

 超えるは世界。超えるべきは神。

 新たなる世界へと至る為に、私は、私達は。神域と相対する。



 私の物語は、ここで一旦おしまい。

 この先どうなるのかは――まだ未定、よ。




「――何? これで私の出番終わりって訳?」

「ミラちゃんお疲れちゃ~ん! 合計80万字オーバー、いやー長かったねぇ! お疲れだろうし、俺様が身体でも揉んであげようかーい? げっひゃひゃひゃひゃ!」

「……む……遠慮しておくわ。貴方の言葉、含みがあるし」

「そいつぁー残念だなぁ! キッヒヒヒヒ!」

「それよりもライゼル。貴方こんな所で長々とのんびりしてて良いの? 次は貴方の出番でしょうに」

「おっとそうだった! こうしちゃいられねえぜ! 全世界の俺様を愛してくれてるハニーの為にも気合入れて行かなきゃなぁ!」


「次回! Dreaming Dreamers~辿華夢想(てんかむそう)の暴風伝! いよいよ俺様の物語の始まりだぜ! ヒャッハー!!」






俺達の戦いはこれからだー、みたいな終わり方で良いじゃないですか

まぁ上手く纏めて下さい

3ページでお願いします


これで、ミラの物語は終了

次の主人公達へそのバトンは受け継がれます

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