20.はじめてのまもの!
鉱山跡地への道中は、懸念していた雪の障害がさしたる苦労もなく突破出来る事が判明し、
想定していたよりも容易く行けそうだった。
原因は間違いなく、以前行った時のアレクサンドラの理不尽であるのは明確だった。
以前アーニャが春はまだ少々遠いと言っていたが、私がファーレンハイトへと遠征している最中にもうこのロンバルディアは春を迎えつつあったようだ。
雪もそう手酷く降る事も無かったようで、完全な雪解けこそしていないものの、
以前アレクサンドラがやらかした爪痕とでも言いたくなるような痕跡、道筋はしっかりと残されていた。
「質問しても良いでしょうか?」
「何?」
ルークが剣を構え、先陣を切って歩きながら私へと問い掛けてくる。
「周りと比較して、先程から私達が歩いている場所だけ妙に雪が少ないんですが、どうなっているんですか?」
「ああ、これね。勇者が原因」
「勇者様ですか?」
「何かその勇者様がさ、鉱山跡地に用事があったみたいで。でも見ての通り、この辺りって積雪で身体が埋まる位地形が荒れてるじゃない? 勇者様ってどうやって行ったと思う?」
私の質問の答え、ルークはすぐにそこに至ったようでポカンと口を開け放ってしまっている。
まあ私も何やってんだこの女って思った。
跳んで行くでも飛んで行くでもなく、文字通り真っ直ぐ行くとは思って無かったわよ。
「こ、この距離のこの雪を全部吹き飛ばしながら行ったんですか……!?」
「そうよ。ここだけ積雪量が極端に少ない理由は、勇者様が一回ここを吹き飛ばしたからよ」
「……野蛮ね」
勇者の理不尽さを目の当たりにした結果、乾いた笑いを浮かべるルーク。
リュカはこの規格外の規模を想像出来ないのか、へーそーなのかー、とでも言いたそうな顔をしている。
そんな中、リューテシアがポツリと言葉を漏らしていた。
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初日の道中は、警戒していた割には何の障害も無く終える事となった。
まだオリジナ村から見て然程距離が離れていないから、そんなに魔物とやらも多くないのだろう。
一部例外もいるけど、基本的に野生動物って人里、というより人を嫌うからね。
私が魔物と遭遇する事になったのは、二日目の昼。
テューレ川を越え、もう鉱山跡地もそろそろ見えてくるであろうタイミングであった。
勇者が刻んだ道筋をなぞりながら真っ直ぐ進んでいる道中、遠方からこちらに向けて走ってくる小さな影を見付けた。
体格は目測私より一回り大きい程度、数は五匹。
全員同種族のようで、印象としては二足歩行をしている犬、とでも表現するべきか。
皆片手には武器と思わしき棍棒を所持しており、こちらを捕捉したのか、軽快な足取りで真っ直ぐに向かってくる。
「あれはコボルトですか……!」
「数が多いけど、ルーク的には行けそう?」
「……一対一なら負ける気はありませんが……数が少々」
「ああそう、なら良いや。下がってて」
問題ない、と言うならばルークに任せようと思ってたけど。
折角の機会だ、魔物とやらにコイツがどの程度効くか試させて貰おうか。
何せコボルトと呼ばれた輩は無防備に真っ直ぐ、左右は雪の壁という逃げ場のない道を進んできているのだから。
「ちょっと反動が来るから、ルークは私の身体支えて貰えるかしら?」
「反動……? ミラさん、一体何を――」
私の身体はまだ未成熟の少女なのだ。
生身で撃つと反動を殺しきれないかもしれないからね。
ものぐさスイッチはパネル操作以外にも、音声認識で事前にタグ付けしておいた道具を取り出す機能もある。
例えば戦闘中、イチイチ武器を亜空間内から取り出す為にパネル操作なんてしていたら、戦闘行為から視線を一時的に外す事になる。
それは命のやり取りにおいて致命傷だ、だからこの音声認識機能は重宝している。
「――短機関銃」
安全装置解除、ストックを肩に当て、脇を締めて照準でコボルトの先頭に狙いを定める。
躊躇せず引き金を絞り、フルオートで銃弾を乱射する。
連続的に乾いた炸裂音が響き、薬莢が宙を舞う。
放たれた銃弾は真っ直ぐにコボルトの目元、喉笛、鎖骨下胸部等に突き刺さり、
弾倉の八割程を撃った辺りで一体目がその場に崩れ落ち、沈黙するのを確認。
「――短機関銃、弾倉」
残弾を二体目に向けて撃ち尽くし、即座にマガジンを交換。
マガジンを取り替えた辺りで残りのコボルト達が立ち止まり動揺し始めた。
弱った二体目に向けて再び引き金を絞り、息の根を止める。
動揺したならこっちのものだ。
残り三体の足元に向けて軽く威嚇射撃を行う。
地面が弾け、その威力に恐れを成したか。
コボルト達は甲高い悲鳴を上げながら背を向け敗走した。
何だ、パラベラム弾位でもそれなりに戦えるのね。
ちょっと倒すのに手間取ったけど、このレベルならそんなに警戒しなくても良さそうね。
「ミラさん、それは……?」
「これ? 企業秘密って事で」
「魔法……じゃないわよね……?」
この世界の連中からすれば、見た事の無い代物でしょうから理解が追い付かないでしょうね。
無理に理解する必要も無いけど。
それとなにやらリューテシアが初めて敵意以外の視線を向けている気がする。
私の手にする短機関銃が気になるのか、興味深そうな視線を向けていた。
現代兵器たる銃火器を用いている以上、この私があの程度の相手に遅れを取る事は万に一つも無い。
ただ、『生身』の私が使えるのは良くて9mmパラベラム弾が限界か。
これ以上はいたいけな少女のこの身体では反動に耐えられず、まともに運用は出来ないだろう。
無理矢理撃てば反動で銃口が制御出来ず、あらぬ方向へ銃を乱射しかねない。
魔物が全部が全部、こんな風に容易く倒せるなんて慢心する気は無いけど。
ここで一度実験出来たのは良い経験だと思っておこう。
比較データがあるのと無いのでは雲泥の差でしょうからね
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西日が強くなってきた頃、私達は遂に鉱山跡地へと辿り付いた。
山道を上がり、鉱山跡地入り口の前に立つ。
「なんか、変な臭いがする……」
リュカが表情を歪めている。
私はまだこの距離だと感じ取れないが、もしかしてリュカは鼻が利くのだろうか?
「変な臭い? それってもしかして、卵が腐ったような臭いじゃないかしら?」
「う、うん。そ、そんな感じです……」
「私達、これからここに住むんだけど。この臭いには我慢して貰うしかないわね」
「だ、大丈夫です。苦しいって程じゃないです」
リュカは奴隷商人から聞いた話では、純粋な人間では無いらしい。
半人狼とか言ったわね、狼の血のせいで人間より鼻が利くのかしら?
「この臭いの原因は、その内何とかする気ではあるからしばらくは我慢してね」
「……こんな所に住むなんて、変人なのね」
リューテシアが蔑むような目線で貶してくる。
変人の自覚はあるから勝手に言ってなさい。
「さて、日が沈む前にここに辿り付けたのは良かったわ。ここは見晴らしが良いから、魔物に不意打ちされる事も無いだろうし。本格的な活動は明日からにして、今日はここで休みましょうか」
坑道入り口、その穴ぐらの中で私達は一夜を明かす事にする。
この土地一帯は、私の物となったのだ。
私の快適穴ぐら生活は、いよいよ明日から始まるのだ!




