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198.「異世界」の漂着者

「ねえミラ。貯水タンクに水が溜まってないんだけど何で?」

「んなもん、配管が破損してるか給水口に何か詰まってんでしょ。ひとっ走りして確認して来なさいよ」


 朝。ルナからの質問にサクッと答える。


「えー……何で私が」


 訂正。

 質問ではなくただの催促だったようだ。

 そもそも私と出会う前は、わざわざ川まで水汲みに徒歩で行ってたじゃない。

 勝手に水が家の前に用意されているという環境に浸った結果、どうやらルナは駄目な子に変貌してしまったようだ。


「私、肉体労働はする気無いの」


 水車や配水管の構造は、普段ルナが行っている魔石やポーション作成、術式を刻み込んだ武器といった代物を作る事と比べれば児戯に等しい。

 修理方法も材料の仕入れも加工も設置も、私に聞かず言わずともルナ一人で勝手に出来る。

 そもそも、技術水準が飛躍的に上昇したこの世界でそんな原初的な作業をしたくない。

 だから、貴女がやってね? 私はしないよ?


「分かったわよ……私が行けば良いんでしょ私が」


 少し位手伝ってよ、とブツブツ小言を漏らしながら玄関の扉をくぐり、裏手の林の中へ進んでいくルナ。

 私は居候だけど、別にルナの小間使いになった訳ではない。

 じゃあ出て行けと言われれば、別に出て行っても構わないしね。

 気の向くまま、のんびりと過ごす。その合間で気が向いた時だけルナの作業を手伝うだけだ。


 平和で穏やかな昼下がり。

 のんびりと虚空を眺めつつお茶を啜っていると、玄関から何やら慌しい物音がする。

 何事かと思えば、そこにはついさっき水道の様子を見に行ったルナが慌てた様子で家に駆け込んできた。 


「ねえ……ミラ……どうしよう……」


 困惑した表情を浮かべたルナが、足元に大量の水を滴らせている。

 よく見れば、ルナの背中には何者かが背負われていた。

 落ち着きつつあった穏やかな朝の空気が、一変する。


「水車に、人が引っ掛かってた……」


 ――全身濡れネズミ状態の、若い男の姿があった。



―――――――――――――――――――――――



 早急に脈を量る。

 弱っているが脈はある。しかし体温が異常に低く、意識も無い。

 典型的な低体温症の症状だ。放置すれば間違いなく、死に至る。

 ベッドに運ばせ、ルナに早急に風呂とお湯を沸かすように指示を出し、私は濡れて体温を奪う原因になっている塗れた衣服を全て剥ぎ取る。

 現在進行形で死の淵を彷徨っている目の前の人物は、男性であった。

 歳は若い。体格こそ何も比較にならないが、恐らく私と年齢はかなり近いはずだ。多分10代後半か20代前半辺りだろう。

 やや鍛えられた肉付きではあるが、別に戦闘を生業としているようなレベルには無い。多少良く身体を動かす一般人と同程度だ。

 着ている衣服は、かなり出来の良い衣服だ。

 豪華だとかそういう意味ではなく、むしろ部類としては工業的に大量生産されたような代物だろう。

 だが、これを作れる程の被服工場なんてこの世界にあったかしら? 可能性があるのはロンバルディア位だろうけど。

 ロンバルディアだってその技術力を全部ひけらかしている訳ではない。隠蔽されていたら私には知りようが無い訳だが。


 お湯が沸いたので、応急処置だが湯を通して温めたタオルを身体の心臓部に押し当て、血流を通じて体温を回復させる。

 単に繋ぎの作業であり、これでお茶を濁している間に風呂を沸かし、沸き次第そこへ投入する。

 体温が回復さえすれば、回復魔法やルナが作ったとかいうポーションなる代物を使えば良い。

 回復魔法は傷や病気を癒す代物であり、体温低下は専門外なので、低体温症の治療は物理的に温める以外に回復手段は無い。


「――取り敢えず、後は意識が回復するの待ちね」


 湯船に浮かべたお陰で体温が回復したので、湯冷めしないよう身体を拭き、換えの衣服を着せてベッドに寝かせた。

 女所帯であるこのルナの家に男性用の衣服などある訳が無かったが、ものぐさスイッチの亜空間内に収納しておいた衣服が役に立った。

 嵩張らないのであらば、何でも持って置くものだ。供えあれば憂い無しである。

 駄目押しで湯たんぽによる体温継続回復を図る。

 出来れば点滴も打ちたいけど、流石にそんな便利な代物はまだこの世界で出回っていないようだ。

 注射針自体はあるのだが、溶液が無い。


「どう? 大丈夫そう?」


 男をベッドに運んだ後、何処かへ姿を消していたルナが戻って来て様子を伺ってきた。


「取り敢えず、危険な状態は脱したからもう命に別状は無いと思うわ。後は、意識が回復するの待ちね……所でルナ、何処へ行ってたのよ?」

「この男の人を見付けて、慌てて運んだから後回しになってたけど。この人を見付けた水車の周囲に何か色々落ちててね。多分この人の持ち物だと思うから拾い集めてたんだよ」


 ああ、そういう事。

 ファーレンハイト領内の治安は、あのグラウベという王の働きなのだろうがかなり良くなってきているが、だからといって無法者が完全に駆逐された訳でも無い。

 高価だったり貴重だったりする代物だと、放って置いたら盗まれるかもしれないしね。


「いっぱい有り過ぎて運ぶの大変だったわよ。この人、行商人か何かなのかしら? 見た事無いような機械? みたいなのも一杯落ちてたし。まさか空き部屋一つに収まり切らない程とは思わなかったわね」

「見た事無い機械、ねぇ」


 ……やっぱり、この男はロンバルディア絡みなのかしら?

 もしそうなら、身なりからしてかなり国の中枢と関係が深い人物かもしれない。

 そういう人物の持ち物なら、今のロンバルディアがどの程度の最新技術を保有しているのか測る良い基準になるかもしれない。

 ルナが見た事無いって事は、多分相当高度な機械なんだろうしね。

 どうせ、この男が目を覚ますまではロクに出来る事は無い。

 折角なので、ルナが拾い集めてきた落し物とやらを確認しに行く事にした。



―――――――――――――――――――――――



「何か色々散らばってたけど、これって多分、銃ってやつ……だよね? ロンバルディアで見た物とは随分と違うけど……」


 ――ルナの言葉が、頭に入らない。

 心臓の叩き付けるような鼓動が、思考回路を妨害し頭が上手く回らない。


 何で、どうして。


 そんな言葉ばかりが、頭の中を駆け回り続ける。

 頭の中が混乱している事に気付き、大きく深呼吸を一つ付き、一度目を伏せ、胸に手を当てながら心臓の鼓動を鎮めていく。

 ……改めて、目の前にある品々に目線を向ける。


「――ええ、そうよ。それは確かに銃よ」


 重機関銃、という分類ではあるが。


 ブローニングM2――キャリバー50といった別名もある、私も所有している対物兵器の一種だ。

 ベルト給弾式であり、威力も射程も申し分無い、圧倒的汎用性を誇る銃火器。

 製造にも当然、相応の技術力を有するが……これはまだ、過去に製作の土台となる銃の技術を置いてきたから、ロンバルディアで製造されていると説明されれば、まだ、ギリギリ納得出来た。


 だが、アレは何だ。

 あのような代物が、何故この世界にある。


 ――それ自体は別に、殺傷性があるような代物ではない。

 そこまで高額というような代物でもないし、大衆でも普通に買えるような代物ではある。

 まあ、当然だ。


 家電製品(・・・・)の部類だしね。


 液晶テレビ、デスクトップ型パソコン、ノート型パソコン、電波式目覚まし時計、リモコンに複数の携帯端末……見覚えのある、数々の科学技術が用いられた品々。

 そしてそれらは、間違ってもロンバルディアの技術力で作れて良い代物ではない。

 この世界にあってはならないはずの、電子機器という、超技術の産物。


 これが、あの男の持ち物?

 だとしたら、あの男には絶対に回復して貰わなければならない。

 だがその前に、目覚める前に拘束する必要がある。

 暴れられたり逃げられたりしたら面倒だ。



 ――いざとなれば、殺す。



 部屋を出て、私は未だ意識の戻らぬその男に考えられる限りの拘束を施す。

 そして、男の意識が回復するその時を待ち続けるのであった。

最後の主人公格

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