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197.穏やかな日々

 ファーレンハイト領にこの身を置くようになってから、数年が経った。

 突如国王陛下が単身突撃してきたというハプニングこそ起きたものの、それ以外はさして大きな問題も起きず。

 至って普通で、変わり映えのしない静かな日常。

 時折退屈さを感じたりもするが、こういう退屈さもまた、何の変哲も無い一般人の生活なのだろう。

 ルナの頑張りと国家的なバックアップがあった為か、ラーディシオン領の水生産プラントと箱庭農場がつい最近実働段階にまで進んだと、とんぼ返りのルナから報告があった。

 海水を沸騰させるのに太陽光の熱を利用し魔力を節約する仕組みの為、それに必要な熱量を確保する為にかなり広大な土地と大量の鏡を使用する事になったが、それでも何とか水を生産出来る体制は整った。

 無論一切何もせずとも動くという訳ではないので、定期的なメンテナンスは必要だ。

 太陽光を鏡で反射させて温度を上げる仕掛けなので、鏡に砂埃が付着すると熱効率が落ちる。

 鏡を綺麗に掃除する必要があるが、日中にやったら焼け死ぬので夕方から夜に掛けて毎日やる必要がある。

 それに、海水を沸騰させ、その水蒸気を水に変換している都合上、副産物としてタンク内に大量の塩が出来る。

 放置するとタンク内が塩で一杯になってしまうので、これもまた定期的に排除しなければならない。

 まあ塩に関しては市場に流せば多少の小遣い稼ぎ程度の金銭にはなるだろう。

 ロンバルディアを始めとした海岸で生産が既に成されているので、既に一定量が安定して供給されている都合上、そんなに高くは売れないだろうが。

 箱庭農場と水生産プラントの内、魔力コストの大部分は農場の気温管理に用いられている。

 何しろラーディシオン領は日中は炎天下、夜間は極寒と目まぐるしく気温が変化し、そのままの気温では余りにも植物の生育にとって過酷過ぎる。

 以前ロンバルディアの地下深くに作った農場のように、常に一定の気温に環境のみで保てる訳では無い。

 故に昼夜問わず常に気温を一定温度に操作し続けなければならない。

 代わりに光に関しては天然のモノが使えるが、それでも気温操作と光源の確保であらば光を用意した方が魔力的には安上がりなのだから、あまり慰めにはなっていないのだが。


「あー……疲れた……」


 久し振りの我が家だ、とばかりに机に突っ伏すルナ。

 私の用意したお茶に一口だけ口を付けたものの、疲れでそれ所ではないようだ。

 お茶から湯気が立ち昇っている。


「寝るならココじゃなくてベッドで寝なさいよ。もしここで寝られても運ばないわよ」


 体格的に運べないし。

 ……とか言ってる私の目の前で、静かな寝息を立て始めるルナ。

 言わんこっちゃない。

 取り敢えず肩から毛布だけ掛けてやる事にする。

 お茶はどうせ冷めてしまうので残りは私が代わりに全部飲み干す事にした。


 平和だ。

 たまにライゼルとかいう無駄口の多い三下が突撃してきたりするけど平和だ。

 この国の王の統治はかなり徹底されており、噂によれば自然災害や貴族の横暴、市民の反乱といった暴動なんかが起きれば即座に飛んで行き、救護や討伐なんかを速やかに行い事態を収拾するそうだ。

 その為全く争いや混乱が起きない訳ではないのだが、起きた所で早期に沈静化する模様だ。

 市民の声にも耳を傾けており、改善点なんかがあった場合は比較的すんなりと実行に移すフットワークの軽さも見て取れる。

 昔のガチガチに権利周りにへばり付いたファーレンハイトの身内政治情勢を知っているが故に、素直に感心を覚える。

 心の内はどうかは知らないが、少なくとも現代の王は表面上は善政を如いているようだ。

 まあ政治なんてのは大抵裏が絡んでくるから、あの王様とて清廉潔白な道を歩いている、だなんて考えてはいないが。


「……これからどうしようかしらねぇ……」


 平和だ。そして暇だ。

 暇潰しで市場からロンバルディアから流れてくる工業部品や機械を買い集め、それを加工して色々物作りをして日々を過ごしているが。

 技術的な限界点の問題でこれ以上先に進めなくなっているのが現状だ。

 基盤が欲しい、配線が欲しい。

 魔法を機械制御出来れば一気に前進出来るのだが、そんな高度な代物は市場に流通していない。

 もしかしたら、ロンバルディアの最先端技術とかなら発明されている可能性もあるのかもしれないが、仮にそうだったとしてもそんな最先端技術が流れてくる訳が無かった。


「暇潰しなり、何かやりたい事、やらねばならない事が欲しいわね」


 とかなんとか、起きてるルナに口にしよう日にはこれ幸いと大量の仕事を押し付けてくるのが目に見えるが故に、絶対にルナに対し言えないが。

 最早ものぐさスイッチ内に収納した金品や物資だけで一生働かずとも私(及びアザラシ)は食って行ける。

 故に生きる為の労働とは既に無縁になってしまっている。


 ……まあ、別に焦る必要も無いか。

 こういうのは、自然と見付かるモノだ。無理して見付けた所でどうせ面倒臭くなって投げ捨てて終わるだけだ。


 手近にあった、新聞を手に取りそこに記されている内容を読み耽る。

 何でも、ファーレンハイト領内に新王が即位してから、こういう新聞記事が出回るようになったらしい。

 ロンバルディアの活版印刷技術をファーレンハイトにも導入し、安価で大量に情報を拡散出来るようになった。

 無論、インターネットなんかのデータ配信が当たり前になっている私の世界の基準からすればその伝達速度は欠伸が出る程遅いのだが、それでもこの世界からすれば革新的だっただろう。

 新聞社という新たな企業分野なんかも立ち上がり、情報を求めて世界を飛び回り、また情報の売買というやり取りが一般的に浸透するようにもなりつつある。

 マスコミ、ブン屋、パパラッチ……エトセトラエトセトラ。

 そういう概念がこの世界にも生まれたって事になる。


「――頂上決戦の日迫る、熱気渦巻くラドキアアリーナに密着」


 目を落とした新聞のトップ記事にはそう書いてあった。

 お茶を口に付けつつ、更に読み進めて行く。

 何でも、新興都市の一つである闘技場都市ラドキアアリーナという場所に関しての特集らしい。

 ファーレンハイト領内で初めて大々的に人と魔族が交わるようになり、また共同生活を送るようにもなった、レオパルドとファーレンハイトの両国が共同で開発した都市、闘技場都市ラドキアアリーナ。

 区画整理によって徹底的に管理されており安全面は万全! 魔族を恐れる心配無し! と記事内で謳われている。

 記事によるとここでは主に戦いの勝敗を賭博の対象、または観戦する興行収入によって運営されており、その基本ルールは「力こそ全て」であるらしい。

 これは魔族側の考え方に寄った考えであり、人間側が譲歩したようではあるが、単にシンプルで明快であるのも原因らしい。

 ……とまあ、都市建立の経緯からこの都市の概要説明、そしてこの地で有名な実力者が人間・魔族問わず色々紹介されている。


 後日、ルナに聞いた所この世界流のプロレスやスポーツ、格闘技観戦といった面が強いらしい。それなら賑わうのも納得である。


 んー……あんまり興味無いなぁ。

 戦いを見ても別に興奮しないし、賭け事は別にする気無いし。

 でもまあ、この闘技場都市という場所が人間と魔族の距離を縮める架け橋となっているのは間違いなさそうだ。

 そうじゃなかったら、紙面上での魔族の実力者に対してここまで褒め称えるような記事内容を記してはいないだろうからね。


 一面からビッシリと書き記されたラドキアアリーナに関する情報を流し見しつつ、更に新聞を読み進める。

 ラーディシオン領に巣食うテロ組織に対し聖王都が攻撃を仕掛けたとか、レオパルド領にて魔王の座を狙って挑んだ魔族が返り討ちにあったとか、風魔法と科学技術を組み合わせた安価に飛べる夢の飛行機械がロンバルディア領にて遂に飛行開始だとか……色々書かれている。

 ああ、ロンバルディアの人々は遂に空も飛ぶようになったのか。

 何でも、ロンバルディア共和国主導による国有の飛行船自体は既に存在していたのだが、それをより低コスト化した事で国でなく民間でも動かせるようになったとか。

 うーん、でもこの感じだとまだガソリン製造にまでは至ってないみたいね。

 それが作れたならもう魔法と言わず科学の力だけで空飛べるようになれるし。

 石油の採掘や精製といった所は、まだこの世界でもオーバーテクノロジーなのだろう。

 飛行船か。でもロンバルディアに残してきた技術を考えれば生まれても不思議ではない。

 そもそも、リサは爆弾目的とはいえ大気中から酸素を抽出してみたり、その応用で窒素を取り出して電球を生み出したのだ。

 ならばその精度を更に高めていけば、いずれヘリウムに辿り着く。

 大気中でも軽い気体であるヘリウムを集めれば、空に浮く事は出来る。

 空に浮けるなら蒸気機関による動力でプロペラを回して推進力にも出来るし、魔力を用いた空気噴出式なんかでもいい。

 飛行船に辿り着く為の技術的土壌は、そもそも私が居た時点で成熟していたのだから。

 まあ、リューテシア達の置き土産にヒントとして残しておいたのもあるのかもしれないが。


「……ああ、そうか。気球とパラシュートを作るのも良いかもしれないわね」


 今の技術力ならばどちらも行ける筈だ。

 私個人の移動手段として作るのも良いかもしれない。

 気球で移動するなら地形的障害は全て無視出来るし、基本的に進行方向は風任せという点は風属性の魔法でカバー出来る。

 ただ、空から襲ってくる魔物もいるので、万が一気球を落とされた際に脱出する為のパラシュートも平行して作る必要もあるか。

 うん、暇潰しの作業としては良いかもしれない。


「なら、材料集めしないとか」


 明日は聖王都に向かうとしよう。

 思い立ったが吉日という言葉があるが、今から行動するには流石に少々日が昇り過ぎている。

 なので明日から行動するべく、今日は早めに睡眠を取る事にし、明日の予定を固めていくのであった。

あーあと3話で終わっちゃうー

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