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194.相談

前話が短かった気がしたので追加置いとく

 ライゼルという男がこの場所を訪れるようになったのは、何でも聖王都に物珍しい品物を卸す少女が居る、という噂話が原因だったという。

 魔法と科学の調和した、様々な薬品、武器、日用品……エトセトラエトセトラ。

 それらの発案、資金調達、材料集めはルナが日夜奔走していたけれど、彼女が微妙に抜けてる場所を補う程度に助言はしていた。

 その甲斐あり、彼女の発明は順調に形になり、品物が売れる事によりそれなりに財政も豊かになりつつあった。

 んで、そんな不思議な代物を次々に生み出す私達を見込んで、是非ともお願いしたい事がある――との事だ。


 この要件に至るまで、無駄口が一時間位続いてたけど。

 そしてそれだけ長々と喋った挙句、要件はこうだ。


「――ラーディシオン領で、農業をする事は出来るか?」


 最初からその一言を言えば良いのに。

 途中頭の中で何度目の前の男をアザラシのエサにしたか覚えていない。


「……あんな砂漠地帯で? 可能不可能で言うなら可能よ。だけど、途方も無い時間と資材と人材が必要よ。大人しく他の場所でやるのをオススメするわね」

「えっ? 出来るの!? ラーディシオン領って、国土のほとんどが砂漠だって聞いてるんだけど……?」


 ルナは驚いているようだが、別に不可能じゃない。

 私がいた時代ならともかく、今のこの世界は技術水準が大幅に上昇している。

 ただ、可能か不可能かという問いであらば可能だが、正直やる意味を感じられない。

 しかし。


「他じゃ駄目なんだ。ラーディシオン……あの地でやらなきゃいけないんだ」


 ライゼルの目には力強い光が宿っており、その決意、意思の固さを窺い知れる。

 何が彼をそこまでさせるのかは分からないが……まあ、出来るって言った以上、その方法は答えてやるのが道理だろう。


「――まず、あの場所は作物を育てるには余りにも暑過ぎるし寒過ぎるわ。何らかの方法で気温を操作して、一定の温度を保つ必要があるわ。それに、大量の水だって必要よ。ラーディシオン領にはいくつかオアシスが点在してるけど、農業の水をそれで賄ったら水不足が起きるのが目に見えてるわ。よって、外部から水を供給する手段も必須ね。一番手っ取り早くて管理も簡単なのは、土なんかも他所から持ってきて箱庭を作ってしまう事ね。そうすれば塩害なんかも予防出来るし。だけど、ラーディシオン領は何処の場所とも地続きになってないわ。物資を運び込むのも骨よ」


 ラーディシオン領は周囲を外海に覆われており、陸路は存在しない。

 橋を架けるだけの技術も無く、距離も遠い。

 そういう地理的事情があるが故に、昔からこの地が流刑地として選ばれてきた経緯があるのだが。


「だけど、それを成せばラーディシオンでも農業は出来るんだな?」

「理論上はね。コスト面から考えればやるのは馬鹿馬鹿しいけどね」


 私が地下拠点を開拓した際も、元々鉱山跡地だったという坑道を利用する形で建造を行った。

 だが、どこもかしこも砂漠ばかりで巨大な孤島であるラーディシオン領ではこの手法は使えない。

 何もかもを一からやる必要があり、それに伴う労力はロンバルディアの比ではない。


「……その為に必要な技術を提供して欲しい。無論、報酬は出す。これは国からの依頼と考えて貰って構わない」


 国の依頼、ね。そりゃまた随分とご大層な事で。


「……ミラ、どうするの?」

「私に聞かれてもね。決めるのは貴女でしょ?」


 まあそんな事は私には関係無い。

 頑張るのはルナだし、受け持ったなら奔走するのもルナだ。

 私はそのお手伝い、あくまでもそういう体だ。


「ルナが出来そうだと思ったなら受ければ良いじゃない。気が向いた時だけ私も手伝ってあげるわ。国の仕事だっていうし、きっとお金がたんまり貰えるわよ?」

「お金……っ!」


 ……心なしか、ルナの目が見開きその瞳が爛々と輝いたように見えた。


「やります! やらせて下さいお願いします!」


 ルナの懇願にも近い承諾により、ルナ……と、ついでに私は、ラーディシオン領での土地開拓の一件に関わる事になった。

 別に私は、そんなにお金は必要じゃないのだけれど。

 まあ、成り行き任せの乗り掛かった船というやつだ。

 それに、建造開拓に携わる以上、私もラーディシオン領に足を踏み入れる必要があるだろう。

 ラーディシオン領って、あんまり情報が多くないのよね。

 元々流刑地であったが故に治安が悪く、人も魔族も問わず罪人が放逐されたが故に混血児も他の領と比べ非常に多い……それ位か。

 噂話程度の情報しか知らないので、調べる良い機会かもしれないわね。



―――――――――――――――――――――――



 ライゼルという男が手配した船に、聖王都の港から乗り込む私とルナ。

 船旅は実に快適で、道中海に生息する魔物に襲撃されたりもしたが、造船技術やそういった海洋生物に対する攻撃手段が進歩していたお陰で何の問題も無くラーディシオン領へと辿り着けた。


「……暑い……」


 ラーディシオン領、沿岸部。

 その熱砂の大地に足を踏み入れる。

 衣服の防御性能によって熱気は和らいでいるはずなのだが、微妙にじっとりと暑い。

 恐らく海岸沿いであるが故に海の湿気とラーディシオン領の熱気が加わり酷い事になっているのだろう。

 暑い暑い。ひんやり冷たい。


「……ねえ、ミラ。何でアザラシなんかに抱き付いてるの?」

「このアザラシには周囲の気温をアザラシが生息し易い気温に保つ魔石を結わえてあるの。だから、こうやってるととってもひんやり」

「あっ! ズルい! 私にもそのアザラシを抱かせなさい!」


 駄目に決まってるわよ。

 貴女は仕事でここに来たんでしょう頑張りなさい。

 そもそもこのアザラシを餌付けしてるのは私であり責任者も私だ。

 私が駄目と言ったらだーめー。


「……はよ仕事してくれませんかね」

「言われているわよ、ルナ」


 真顔でこちらを睨んでくるライゼルの意見に同調し、ルナにさっさと仕事をするよう催促する。


「……この辺、というかラーディシオン領って凄く治安が悪いって聞いたんだけど、どうなの?」

「治安に関しては問題無しだぜぃ? つーか、問題無しにした(・・・・・・・)ってのが正しいけどなぁ」


 ……何やら武力的な含みのあるライゼルの言葉が耳に届く。


「治安に関しては問題無いみたいよルナ。なら、遠慮無く作れるわよ。しかも資金はあちら持ちでね。草案は浮かんでるの?」

「ふふん。ズバリ! 周囲をガラスで覆って、魔石で温度調整! これでカンペキよ!」


 凄まじいドヤ顔で言ってのけるルナ。

 まあ、魔石を使わなければどうしようもないのは私も同意見なのだが。


「水はどうするの?」

「それも浄化魔法っていう便利なのがあるじゃない! それを使えば余」

「はい、アウトー」

「何でよ!」

「貴女どれだけこの周囲の魔力食い潰す気なのよ。魔石は魔力を充填するか周囲から供給出来る手段が無いと稼動しないのよ? そんなに何でもかんでも魔法魔法凄い便利ー! って、使ってたらこのラーディシオン一帯の魔力が枯渇するわよ。そうなったらもう畑としての体裁なんて保てないわよ」

「じゃあどうすりゃいいのよ!」

「それを考えるのが貴女のお仕事なんじゃないの? 魔法科学者のルナさん?」

「ぬぐぐ……!」


 口元を真一文字に伸ばすルナ。

 実際、このラーディシオン領の魔力濃度は高くない。

 多少の魔石運用程度ではビクともしない程度の魔力量を有してはいるが、畑を作り稼動させるに当たりその全てを魔石でどうこうしようなんて考えると間違いなく足りない。

 ルナの当初考えていたであろう考えを纏めた紙面に目を落とす。

 成る程、魔法科学を研究しているというだけあり、異常な程魔力を喰い散らかすという面にさえ目を瞑ればこれでも稼動するのだろう。

 だが現実にはこの紙面通りに動く事は無い。

 悪くは無いが、ルナは完成さえすればそれで良しと考えている節がある。

 だがそれが許されるのは実験機まで。実際に作るとなればそのまま作成、とはならない。


「……ルナは、低コスト化と省エネ化させるって考えを持った方が良いわね。良い物を安く作れればそれだけ沢山売れる、つまりお金もガッポリよ」

「そうは言っても……だってこんな場所、見渡す限り砂ばかりじゃない。唯一ある資源の魔力を使うしか方法なんて無いじゃない」

「あら、そう見えるの? だったらルナの目は魔法科学者としては曇ってるとしか言いようが無いわね。魔法技術ばかり先行し過ぎて、科学技術の方がおろそかになっているもの」


 畑を作るのであらば、水が必要。

 しかしこの周囲に川は無く、唯一水と呼べそうなモノは目の前に広がる大海原のみ。

 故に、水を用意するのであらばこの海水をどうにかせねばならない。

 ルナはこの海水まで魔力で浄化し水にしようと考えたようだが、とんでもない。

 この地なら、否、むしろこの地だからこそ出来る水製造法があるのだ。


「私達は今、その莫大なエネルギーを一身に受けてるのに。ルナはそれを無視するのね」

「私が今受けてるのはこのクッソ暑い太陽の日差ししか無いんですけどー……ん?」


 そう、それだ。

 どうやらやっとルナも気付いたようだ。

 このラーディシオン領は、熱砂の大地と言われる通りとにかく暑い。

 平均気温はどれだけ涼しくても日中に30度を下回る事は無く、40度辺りが最も多く、酷ければ50度にまで到達する。

 それもこれも、ラーディシオン領は地形と気流の関係で領土のほぼ全域が強制的にフェーン現象に見舞われるという過酷な条件であるのが原因だ。

 海から上がってくる湿気も横風に流され、この地に雨として降り注ぐ事もほぼ無い。

 その癖日が沈むと氷点下にまで下がると来たものだ。過酷な事この上なし。

 だが、この過酷な日中の暑さ――即ち、強い太陽光こそがラーディシオン領にのみ許された特権とでも言うべき自然エネルギーである。

 この膨大な熱エネルギーを無視する手は無い。


「……ねえ、ミラ。このクッソ暑い場所ならもしかして、太陽の日差しだけでお湯を沸かせたり出来るんじゃないの?」

そのまま(・・・・)じゃ無理ね。少し工夫がいるわよ」


 その工夫に必要な材料は、リューテシア達が頑張ってくれたお陰で既にこの世界で生み出されている。


「この熱量を一極集中させる事が出来れば行けるわよ」

「……もしかして、鏡を使う?」

「正解」


 太陽光を集めて枯れ草を燃やしたり、はたまた目玉焼きを作ってみたり……太陽光には非常に強い熱量が含まれている。

 良く晴れた空こそが最も強くその熱を有しており、海岸付近以外に湿気が皆無なラーディシオン領では他の領土とは比べ物にならない程高効率で太陽光を利用する事が出来る。

 湿気がほぼ無いって事は、太陽を覆い隠す雲も無いって事だからね。


「……ただ、まあ。太陽光オンリーでお湯を作ろうとすると辛いからね。この太陽光を利用して海水の温度を可能な限り上げた上で、魔石を使って沸騰まで持っていけば良いわ」


 水というのは、意外と温度が上がり難い。

 太陽光という資源は、日照時間という一日に使える限度量が存在する。

 故に、どう頑張ってもこの方法だけでは日照時間以上の水を製造する事は出来ない。

 その足りない分だけを魔力で補うのであらば、大幅なエネルギーカットが出来る。

 40度の水を100度まで上げるより、80度の水を100度まで上げる方がエネルギー量は少なくて済む。当然の話である。


「でも、農場で使えるだけの水を確保しようとすると凄く規模が大きくなるわよ?」

「土地なら見ての通りいくらでもあるじゃない。どうせ砂漠なんて土地はそのままじゃロクに使い道が無いんだし。ゆとりを持って巨大な水製造施設を作れば良いのよ。それに、畑だけで使い切れなくてもここなら水の使い道はいくらでもあるわよ」


 ラーディシオン領では水が貴重なのだ。

 なので余計に水を作ってしまったとしても何の問題も無い。飲みたいという人はいくらでもいるのが分かりきっているのだからジャンジャン大規模に作ってしまおう。


「じゃあ、必要なのは物凄く大量の鏡って訳ね。じゃ、運送よろしくお願いしますね? ライゼルさん?」

「お、おう……」


 一体どれだけの鏡を使う気なのか、それを予想出来ないライゼルは引き攣ったような笑顔を浮かべている。

 そんなに心配しなくても、流石に一万枚まで行く事は無いわよ。

 増築するなら知らないけど。


「煮沸で水を取り出せるなら確かにかなり魔力消費を落とせるね。だったら温度はどうしようか? 普通に氷属性や火属性を使う方法で良いの?」

「それも少し魔力を低コスト化する目処があるわ。ここは――」


 土地の下見を終えた後、私達は再びファーレンハイト領にあるルナの自宅へと帰宅する。

 ルナは私の助言を加えた上で決定稿となった農場施設の設計図を持ち、聖王都の王城へと登城した。

 結果、国王陛下からのゴーサインも貰い、ルナの起こした紙面上の農場は現実の代物へと組み上げられていく。



 そして数年後、ラーディシオン領にて初めての農場施設が完成するのだが……これはまあ、私には関係の無い話である。




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