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193.ライゼル・リコリス

 ルナがポーションという回復薬の製造に着手するようになり、私はその手伝いとしてルナの家……正確にはルナの家の空き地にプレハブ小屋を設置し、そのスペースに居座るようになった。

 近くに川があるのだが、生活用水を毎回その川に汲みに言っていたルナに指示を出し、家に直に引き込めるようにした。

 建造の為の材料は聖王都にて容易に揃える事が出来た。

 ロンバルディア共和国の技術力によってパイプといった建材が量産された結果、こうして遠く離れた地であるファーレンハイト領にも普通に出回るようになっていた。

 水車だってもう私が一からわざわざ作らずとも、材料を買い集めてササッと作れる。

 そうそう。こういう土壌が欲しかったから、私は今まで過去の時代で頑張ってきたのだ。

 手伝うとは言ったが、基本的に私は暇潰し程度にしか手伝わない。


「……」


 川辺で、アザラシに餌を与えている。

 最近、やっと白い毛が抜け始めた。

 まさかこのままなのかとも思ったが、少々抜け落ちるのが遅いだけで、それ以外は私の知っているアザラシと全く同じのようだ。

 白い体毛、抜け落ちた毛の下から灰色の斑点模様が見え始めた。

 ゴマフアザラシの特徴である。

 まあ、周囲に見掛けた群からして恐らくこの子もそうなんだろうな、とは思っていたが。

 川縁にて気持ち良さそうに水の流れに身を委ねている。

 周囲には木々が生い茂り、そこから生える枝葉が陽光を程よく遮る天蓋となっていた。

 魔物も居らず、精々野生の鳥が周囲の木々で囀っているばかりの、平和な場所。


 目的は、果たした。

 世界の技術水準を高め、また数百年の時を越える事で、私にへばり付いた全ての知名度を置き去りにしてきた。

 もう、私がするべき事は何もない。

 私の望む、快適な生活環境を有したただの一般人という状況を作り上げたのだ。

 最早、この世界には私を害しようというモノも居らず、真の自由があった。


「――このままここで、余生を過ごすのも悪くは無いかもね……」


 まあ、可能なら、リューテシアともう一度逢ってみたいけど。

 無理ならそれも仕方ない。

 最後に逢って別れて、そのまま疎遠になり一生再会する事は無かった……なんてのも、別に世の中では珍しい話でもない。


 そう、目的は果たした。

 故に、今の私には次に目指すべき目的が存在しなかった。


「でも……今の状態って、絶対不味いわよねぇ……」


 する事が無いって、人間的に不味い。

 勤め人が定年を迎えて退職した途端老け込んだり、老人なはずなのに趣味を見付けた途端活き活きと若々しくなったり。

 人は何かやるべき事を見出す事で心の活力が増し、何も無いと衰えていくという例は枚挙にいとまがない。


 何か、目的を見出そう。

 そう決意する今日この頃であった。



―――――――――――――――――――――――



「んー、駄目かぁ。あの頃と比べて格段に技術発展したとはいえ……」


 それから更に数ヶ月。

 手持ちの資材、そしてロンバルディア共和国から波及した、様々な工業製品。

 それらを取り寄せ購入し、黙々と組み立てていく。

 しかしそれらと魔法技術を集結させても、まだ足りない。

 主に言うなら、電子機器系の部品が圧倒的に足りない。

 フレームや稼動部分は何とかなる。

 だがそれらを制御する脳の部分が、この世界の現状の技術水準では、どうにもならない。


「流石にフレイヤもどきは作れないわよねぇ……」


 ルナの家にあった地下を間借りして、フレイヤもどき(完成度20%未満)を作っているがまるで進まない。

 外骨格に関しては、要は無理にミスリルやオリハルコンといった貴金属を用いなければ良いだけなのでどうとでもなる。

 その分スペックダウンや強度低下は否めないが、それでも製造不可能というレベルではない。

 もし、この世界で劣化版といえど汎用人型強化外装(フレイヤ)を製造する事が出来たなら、仮に私の搭乗しているフレイヤが何らかの理由で破損しても修復が可能になるので、もう少し気軽にフレイヤを使用出来るのだが。


「まあ、今日はこの位にしておくか」


 今日は、ルナの手伝いをするって言っちゃったし。

 何でもポーションの売り上げは好調で、その売り上げを用いて今まで買いたくても手が届かなかった機材や材料、参考書等を入手する事が出来、作れるモノの幅が広がったらしい。

 私も時々口添えし、ルナが思い浮かべている品物を具体的にどういうアプローチで現物化するのか、というのを手伝った事も何度かあった。

 今日は何を作るって言ってたっけか?

 階段を上がり、地上へと顔を出す。

 つーか今更だけど、私って未来に進んでも結局地下暮らしやってるわね。


「ルナちゃーん! ミラちゃーん! 元気にしてたかいマイスイートハニー達……俺様がいなくて、夜な夜な身焦がれる毎日を送ってたんじゃないのかーい?」

「うわっ……また来た……」


 そんな矢先、黒衣の男――ライゼル・リコリスって名前だったか。

 ルナの家の扉を申し訳ノックの後即座に開け放ち入り込んでくる。

 そんなライゼルに対し、心底嫌そうに塩対応するルナ。

 数ヶ月前から、何故か頻繁にこの男が訪れるようになった。

 世間話と無駄口ばかり叩いてるだけの男だが、たまーにルナから買い物をしていっているが故に完璧に邪険にも出来ないという厄介な男だ。


「ルナ、あんまりうるさくするようだったら追い出しておいて」

「分かった。お帰りはあちらですよー」

「あらら、冷たい対応……俺様傷付いちゃうぜ……」

「ついでに塩でも塗ろうか?」

「……まあ、そんな冗談はさておき。そこのちっちゃいお嬢さん、ミラって言ったよな? あとそこのメイド服がルナって言ったか。ちょっと真面目な相談があるんだが、少し時間良いか?」

「……何かしら?」


 急に真面目な表情になり、これまた真面目な口調で私達を呼ぶライゼル。

 何の用事かしら?

 下らない要件だったらアザラシのエサにしてやる。

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