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192.郊外の道具屋さん

 聖王都の商店を漁り、ルナが欲しているという遠心分離機の材料を手に入れた私達は、まだ昼過ぎ程度ではあるが早めにルナの自宅へと舞い戻った。


「ただいまー! って、誰もいないんだけどね……」


 元気良くルナは自らの自宅の扉を開け、自らの帰宅を告げる。

 しかしながらルナの言う通り、この自宅にはルナと私以外の誰も居ない。

 何でもルナの話ではもう一人の住人として姉であるリナという人物が存在するらしいが、帰ってくるのは精々数ヶ月単位であり、滅多に逢えないらしい。


「ミラ! それがあれば遠心分離機が作れるんだよね!? どうやるの!?」


 目を爛々と輝かせながら顔を近付けて来るルナ。

 早く遠心分離機を使いたいという意思が如実に伝わってくる。


「……そうね。私が考えてるのは手回し式の簡単なヤツだから……取り敢えずゴミも散らかるだろうし、掃除し易いように外で作りましょうか」


 今日は、天気も良いしね。

 温暖なファーレンハイト領らしい、そのまま外で昼寝でもしたくなりそうな暖かさだ。

 まあ、寝るのはやる事をやってからだ。


「じゃあ先ず始めに、この設計図通りに木材を切り揃えて頂戴。それからネジで固定して――」



―――――――――――――――――――――――



「……おお……! おおおおぉぉぉ!!」

「ん、ちゃんと回ってるわね。動作には支障は無いみたいね」


 完成した手回し式の遠心分離機をテーブルに固定し、試験運転を行う。

 問題なく回転するそれを見て、ルナは間抜けっぽい感嘆の声を漏らす。


「凄い! これなら薬効成分の分離が出来る!」


 そう言い残し、ドタバタと自室へと駆け出し、何やら色々な液体やガラス器具を抱えて戻ってくるルナ。

 遠心分離機にそれらを設置し、ハンドルを力の限りぶん回す。

 そんな彼女の様子を、少し離れた所で見守る。

 水と油のように、二層に分離した液体の上澄みを取り、別の薬品らしき液体と混合させる。

 その他化学的な作業を数段階経て。


「――出来た! 出来たー!」


 何やら小瓶に注いだ、緑色の液体を手に飛び跳ねながら喜びを体現している。


「ありがとうミラ! 貴女のお陰よ!」


 小瓶をテーブルに置き、私の両手を握りながらブンブンとシェイクハンドしてくるルナ。


「別に大した事はしてないけど。一体何を作ったのよ?」

「それはね! ポーションよ!」


 ポーション? 何だそれは?

 ルナに聞いた所、何でも特殊な材料と魔力を用いて生み出される薬品らしい。

 私が元々居た世界の基準だと、傷を治す手段としては物理的な治療や、回復魔法なんかが存在している。

 しかしながら物理的な治療は回復に時間が掛かるし、回復魔法はその魔法を使える者を頼る必要がある。

 だがこのポーションという回復薬があれば、例え持ち主が魔法を使えずとも回復魔法と同等の効力を得られるという、随分と便利な代物だ。

 付け加えると、この薬品は別にルナが初めて生み出したという訳でも無いらしい。

 既に市場で流通しているのだが、便利なだけあり非常に品薄で、価格も青天井の如く暴騰しているらしい。

 製法も出回っていないらしく、量産も難しいとの事である。

 既に私はルナと一緒に色んな店を回っていたが、確かにそのような薬品は何処にも見掛けなかった。

 少なくとも、全然流通していないという点は確かなようだ。


「ミラのお陰よ! これで、私もポーションを作れるようになったわ!」

「あらそう。良かったわね」


 私とルナで非常に温度差を感じる。


「よし……! 後はこれを量産して、販売すれば私も一躍大金持ちに……!」

「そう。じゃあ後は頑張ってね。私はそろそろお暇するわ」

「えっ? 何で?」

「えっ?」


 何でって、何がよ?


「手伝ってくれるんじゃないの?」

「どうして手伝ってくれると思ってるの?」

「私とミラの仲じゃない」


 出会ってほんの数日ですが。


「それともミラ、何か用事でもあるの?」

「用事……用事かぁ……」


 言われてみると、特に何も思い付かない。

 何となく世界を見て回ろう、とか漠然と考えていたが。それも別にどうしてもやらねば、というような事柄でもない。

 ものぐさスイッチ内の亜空間には、私の持っていた財貨を全て貴金属類に変換して収納してあるので、これを再び金貨に代えれば一生働かずとも喰って行ける程度には蓄えがある。

 また、余剰食糧を山ほど抱え込んでいるので、仮に私が一日に食料を1キロ程度食べるとしよう。

 その場合だと私の寿命が軽く1000歳越えを要求される程に存在している。

 まあ、実際にはアザラシに与える魚介類によってかなりの量を消耗するのだろうが、それでも間違いなく私が生きている内に消費し尽くせはしないだろう。

 故に、私は働かずとも喰うのに困る事は無い。

 付け加えると、白霊山に向かう際に作ったプレハブ小屋があるので寝泊りする場所にも困らない。

 財貨も充分にあるので、何処か安い土地を買ってそこに置けば何の問題もない。

 衣食住、その全てが完全に保障されているので、極論を言えばもう私は布団から一切出なくとも生涯を全う出来るのである。


 ――でも、それって何か違うわよね。


 私が望んだのは、ごく普通の人としての生活。

 もう私は働く必要は無いのだけれど、一切働かないのも普通の生活とは言えないのでは無いのだろうか?

 そもそも、完全な引き篭もりは健康に悪い。少し位は身体を動かす必要もあるだろう。


「……特に無いわね」

「用事が無いなら手伝ってよ! 勿論、タダとは言わないわ! ちゃんとお給料払うよ!」


 金には困って無いのだが。

 彼女なりの誠意なのだろう。


「そうね……」


 別に当ても無いしなぁ。

 結局、リューテシアとは再会出来なかったし。

 仮に出来たとして、じゃあ何をするのかと言われたら、返答に困るのだが。


「気が向いた時の暇潰し位で良いなら、ルナの作業を手伝うのも悪くないかもしれないわね」


 暇してるというのは事実な訳だしね。

 こうして惰性で、ルナのお手伝いとやらを私は受け、引いてはルナとの共同生活を送る事に同意したのであった。

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