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191.喫茶店の一幕

 ルナの自宅にて一泊した後、私は再びルナと共に聖王都へと向かった。

 お目当ての代物は、ハンドルと歯車とネジだ。

 買えればそれで良し。買えないなら、作れる人物に依頼する必要がある。

 別に難しい代物ではない。例え機械工作技術に秀でたロンバルディアでなくとも、これ位なら作れる人物はいるはずである。


「――あったよ! ハンドルが!」

「でかした」


 しかしどうやら杞憂に終わったようだ。

 私のお目当てであるネジと歯車とハンドルはルナが商店街を漁り、買い集めてくれた。

 聖王都にもこういった機械的な部品が流通している所を見るに、数百年という年月はロンバルディアに垂らした技術の一滴が浸透し広まるのに充分な時間を有していたようだ。


「これで作れるんだよね?」

「手回し式ならね」

「な、なら早速! 早速作りましょう!」

「でもその前に、軽く何か食べたいわね」


 色々な店先を回っていたので、既にお昼ご飯の時間である。

 しかし主に探す為に走り回っていたのはルナなので、私は大して行動していないのでそんなに腹は減っていない。

 だけど何も食べないのもちょっと、という微妙な具合を腹時計は告げている。


「でも今だと絶賛昼食タイムだし、何処も込んでるわよ?」


 ルナは聖王都の何処からでも見れる時計塔を見ながらそう提言する。

 ……時計塔、か。私のいた時代の聖王都には無かったわね。

 外観こそ違えど、恐らくロンバルディアのソルスチル街に作った時計塔と同系統の技術が用いられたモノだろう。

 結構年季が経ってる痕跡が見られるけど、アレも、リュカが作ったのかな?


「ガッツリ食べたい訳じゃないから、食堂じゃなくて喫茶店みたいな軽食で充分なんだけど……何処か良い所知ってる?」

「んー……なら、あそこかなぁ? ちょっと遠いけど、絶対に混んでないって断言出来る場所があるんだけど」

「じゃあ、そこで良いわ」


 ルナの提案に二つ返事で答え、私はその少し遠いという場所へ向かうのであった。



―――――――――――――――――――――――



 大通りから外れて、私の足で徒歩10分。

 喧騒は遠ざかり、閑静な住宅街とでも言うべき空気が漂うその空間にそこは存在した。


「着いたよ。前にお姉ちゃんから教えて貰ったんだー」


 喫茶「王の御膝元」、と書かれている。

 見てくれはかなり古い。しかしながら、小汚いという印象は一切無い……というより、かなり掃除が行き届いているのが見て取れる。

 入り口の扉には「営業中」の吊るし看板がぶら下がっている。


 扉を開けると、扉に取り付けられた鈴が店内に鳴り響く。

 照明で照らされた仄かに薄暗い店内。

 入り口から見て右側にあるカウンター席では、堅気じゃなさそうな厳つい大男がグラスを拭いていた。


「いらっしゃい。席は空いてるから好きな所に座ってくれ」


 視線も向けずに、事務的な口調で案内文句を告げる。

 彼がここを一人で切り盛りしてるのだろうか? あんまり愛想は良くなさそうだ。


「こんにちわー! 店長さん、お久し振りです!」

「……何だ、誰かと思ったらリナん所の妹か。何の用だ?」

「今日は普通に食事しに来ただけだよ? そういえばお姉ちゃんは居たりしない?」

「生憎ここ数ヶ月全く見てねえな。またどっかに食料調達(・・・・)に行ってんじゃねえのか?」

「たまには帰ってきて欲しいんだけどなぁ……ミラ、そこに座ろう?」


 ルナに促され、入り口に近い窓側席に座る。

 口振りからして、ここの店主とルナはどうやら知り合いのようだ。

 テーブル横に立ててあったメニューの一覧を手に取り眺める。

 こうしてメニューの一覧を眺めても、気付く事もある。

 さして腹が減っている訳でも無いので、頼むのは軽食系だなと見てみると、メニュー票は手書きではなく印刷されたものであった。

 印刷技術もしっかりと世界に伝播しているようだ。


「すみません。このチョコレートパフェってのを一つ下さい」

「マスター! 私はカプチーノで!」

「チョコレートパフェとカプチーノだな、少し待ってろ」


 チョコレートパフェ……あれ。

 つい何となくで頼んでしまったが、これって砂糖が無いと絶対製造不可能なんだけど……やっぱり白砂糖はこの時代では完成してるのか。

 リューテシアが解決したのかしら。だとしたら何という執念。

 爆発物に対するリサの執着も凄かったが、リューテシアの甘味に対する執着は砂糖すら生み出したのか。

 店主は何やら冷蔵庫らしき倉庫から材料を持ち出し、淡々と調理を進めていく。

 コーヒーやカカオといった苦味と甘味が混ざった匂いが店内に充満し、食欲をそそる。


「ほらよ」


 出来上がった商品を手に店主がテーブルまで配膳し、私達の目の前に置く。

 チョコ味らしき茶色いアイス、そして果物が彩りを添える。

 チョコレートパフェにはふんだんにチョコレートソースが掛かっており、見ているだけで甘さを主張してくる。

 ……そういえば、こっちの世界に来てここまで露骨な甘味って食べた事無かったわね。

 甘い物と言えば精々果物と黒砂糖位だったし。

 アイスが溶けてしまわない内に、スプーンで掬い取って一口。

 甘味を少し抑えた、少し苦めな味が、口の中で溶けて広がっていく。

 鼻腔をくすぐる香りは、正にこれこそがチョコであると雄弁に物語る。


「……お姉ちゃんの方が美味しい」


 私の対面でカプチーノを一口啜り、誰に言うでもなくルナはポツリと呟いた。


「文句言うなら帰れ」

「客に対して帰れとか酷くない!?」

「普通の客ならともかく、お前は例外だ。そもそもお前の姉に料理の腕前で勝てる訳ねえだろ。俺が誰から料理教わってるか知ってんだろ」

「当然よ! だって、私の自慢のお姉ちゃんだし!」


 ルナとここの店主の会話を聞いてて思ったが、どうやらこの二人はただの顔見知り程度の関係ではなく、ある程度踏み入った、知人以上の関係のようだ。

 内容から察するに、恐らくルナの姉という人物を解しての関係だと結論付けた。


「ルナ、貴女のお姉さんは料理が得意なの?」

「勿論! 私の自慢のお姉ちゃんだからね!」


 まるで自分の事かのように、饒舌に語るルナ。

 ルナの姉はリナと言い、何でも今は城仕えの身であるらしい。

 しかもただの宮仕えではなく、現国王陛下お抱えの料理長――王室料理長の位を授かっているらしい。


「しかも、とっても強いんだよ!」

「……料理人が強いのは何か利点があるのかしら?」


 別に強さを求められる職業だと思わないのだが。


「――よお、マスター。要件済んだから帰らせて貰うぜぇ~」


 談話中、不意に奥の扉が開く。

 そこから現れたのは、一人の若い青年であった。

 髪質の硬そうな暗めの金髪を、耳が僅かに隠れる程度の長さに切り揃えている。

 膝下まで隠れる程の、正しく軍用という雰囲気を漂わせる黒皮のトレンチコート。

 アクアマリンの如く澄んだ青い瞳を持ち、顔立ちは整っており、大衆的には美形……それも上から数えた方が早そうなレベルだ。

 やや憂いを帯びたその表情も、色男と言われ世の女性が騒ぎ立てるような魅力を醸し出していた。


「ああ、そうかい」

「……ん?」


 青年の視線が、私達に向く。

 途端、折角の美形は崩れ去り、下卑た笑みを浮かべてこちらに向かって来た。


「やあ、お嬢さん方。ここいらじゃ見掛けないけど、一体何処から来た子猫ちゃんかな?」


 何だ、コイツ。

 対面に座っていたルナも同様に思ったらしく、ジト目で目の前の男を見詰めている。


「子猫ちゃんって例え方する男、初めて見た……」


 ルナがボソリと呟く。


「この街は始めてかな? 俺様丁度暇になったからさぁ~。良ければこの街中を色々案内してあげちゃうぜぇ~? キッヒッヒィ!」


 残念なイケメンとはこういう人物の事を言うのだろう。

 この短い間で、私が最初に感じた印象があっと言う間に崩れ去っていった。


「生憎、聖王都に来るのは初めてじゃないの。だから案内は間に合ってるわ」


 こういう面倒臭い手合いは無視するに限る。


「ほらー、この街は治安は良いけど物騒な連中が全く居ない訳じゃないからさぁ~。俺様、可愛いレディ達の為なら一肌脱いじゃうぜぇ~!」

「――じゃあ、今すぐ私の目の前から消えてくれる?」


 懐から――正確にはものぐさスイッチから拳銃を取り出し、男の眉間に照準を合わせる。


「ちょっ、ミラ!?」

「……ロンバルディア共和国由来の銃っていう武器が存在するんだけどね。折角だからその破壊力、貴方自身の身で確かめてみる?」


 ルナがやり過ぎだと言わんばかりの非難めいた視線を飛ばしてくるが、こういうのはやり過ぎな位で丁度良い。

 危ない人物だと思ってくれれば、余計なちょっかいを出される心配も無いだろう。


「……遠慮しとくわ。それだけ肝据わってるなら大丈夫そうだしな、ライゼル・リコリスはクールに去らせて貰うぜ」


 自らの名を主張しながら、鈴の音を店内に鳴らしながらそのライゼルという男は店外へと出て行く。


「……ミラ、流石にやり過ぎだよ」

「そうかもね。迷惑掛けちゃったかしら、店主さん?」

「気にすんな。これ位何時もの事だ」


 これが日常茶飯事って、一体この店はどういう店なのかしら?


「ご馳走様」

「食べ終わったなら、早く帰りましょう!」

「そうね」


 カウンターに向かい、店主に御代を支払う。

 ルナと共に喫茶店を後にし、私達はルナの自宅である郊外の家に舞い戻るのであった。



―――――――――――――――――――――――



 その男は、気配を隠しながら二人の少女――ルナとミラ、特にミラという少女の動向を注意深く視認していた。


「今の武器……ロンバルディアには確かに銃が存在するが……自動拳銃(オートマ)なんてあったか? 精々ボルトアクションとリボルバー程度だったはずだが……」


 ポツリと呟く。

 男の正体は先程喫茶店内に居たライゼルという男であった。


「……師匠が与えた? まさか……んな訳ねえよなぁ」


 ライゼルは淡々と自問自答し、答えを探るがその答えは見付からない。


「一応、警戒しとくか」


 ライゼルは音も無く、予備動作も無く。忽然とその場から姿を消す。

 最早その路地には誰も存在せず、路地裏特有のやや湿った空気が風に乗って吹き抜けていくだけであった。

更なる新キャラ

つーか次の主人公

但しミラと出会った時間軸のライゼルは最終話後の性格なので性格も能力も大分変わっています


次回作読まない人にはなーんにも関係無いんだけどな!!

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