188.交わる時代
エピローグ開始
構想上の全ての物語が交わる時間軸なので登場キャラ多数
主人公格多数存在
時計の針が百、千、万――止まらぬ流転、遥か後ろへ過ぎ去っていく時代。
私のいた「今」に別れを告げ、私はフレイヤの時間跳躍機能によってありったけの時間を飛び越えていく。
もうあの時代に、私はいない。
私は世界に技術を託し、遠い遠い未来へと進んでいく。
最早私が居なくとも、世界に技術は脈々と受け継がれ、そして前へ進んでいく。
――何の問題も無く、私は未来への跳躍に成功する。
余剰エネルギーを一滴残さず注ぎ込んで跳んだので、一体何百年跳んだのやら。
だが、これだけの時間軸を隔てれば、私を追うなり利用しようという輩は全て振り切れたのは間違いない。
無論、フレイヤのエネルギー残量が完全に空になってしまうと戦闘手段がものぐさスイッチ内に収納してある銃火器位しか無くなってしまう。
故に少々余力を残しながらの時間跳躍となった訳だが。
誰かに見付からないよう、そして時間移動の際に何者かを巻き込まない為、移動先はロンバルディアの高空に設定しておいた。
移動直後、大気中を自由降下しながら、周囲の魔力反応を探る。
魔力反応の無い――つまり、誰も存在していない平原へと降り立つ。
落下しつつ、地表をモニターにて視認してレーダーと目視にて確認し、スラスターを吹かせ地表に軟着陸する。
索敵、魔物の姿は見られない。また、人の姿も無い。
モニターに外壁らしきモノを確認する。
周囲の地形と座標から推測するに、あそこはソルスチル街だろう。
この時代にまでちゃんと現存してくれたのね。これは有り難い限りだ。
フレイヤをものぐさスイッチ内に格納する。
「……こっからは、徒歩ね」
街の外壁から視認し辛い程度に距離を離して着地したので、ソルスチル街らしき場所までおよそ5キロ程離れている。
これ以上近付くと誰かに見付かってしまうだろう。
私はあくまでもこの世界の一般市民。一般市民は空から降ってきたりしないのだ。
徒歩でソルスチル街だと思われる場所に向かいながら、言い訳を考える。
「旅の最中、魔物の襲撃に遭ってしまい、命辛々逃げ延びました。一番近くに見えた集落らしき場所に来たのですが、ここは何処でしょうか?」
これで問題無いだろう。
座標的に、十中八九ソルスチル街なのは間違い無いのだが。
魔物に襲われ無我夢中に逃げ延びた体なのに、ここが何処だか明確に理解しているのは、少々言い訳としては苦しいだろう。
知らない方が自然なので、そういう設定にしておく。
それにしても、魔物に襲われたっていう言い訳って便利ね。
魔物のせいにしておけば、それなりに説得力が出てくれる。
まあ普段はこの世界の人々を苦しめてるんだから、言い訳に使う位は勘弁して貰おう。
―――――――――――――――――――――――
疲れた。
マジで疲れた。
何でこんなに距離あるのよ、もうちょっと道を整備しときなさいよ。
出入り口だと思われる門に辿り着き、私は荒れた息を整える。
微妙に肌寒いロンバルディアの空気が、今はとても心地が良い。
「お嬢ちゃん、随分疲れてるみたいだね。一体どうしたんだい?」
中肉中背の、鎧兜にて身を武装した好青年が私に対し話し掛けて来る。
「ま、魔物に襲われて……何とか、逃げてきました……」
「そりゃ大変だったな! 何処から来たんだい?」
「あ、あっちから……」
長い道程を歩いて来たせいで息が荒れており、その状態で前もって用意した言い訳を述べた結果、妙に説得力がある状態となったのは嬉しい誤算だ。
「ここは、何処でしょうか?」
「ここはロンバルディア共和国第二の首都、ソルスチル街さ。魔物に襲われたのは災難だったな、でもここまで来たならもう大丈夫だ」
…………ロンバルディア、共和国?
「そうですか……あの、実は私、魔物から逃げる際にお金も荷物も落としてしまって……ここに入るのに、何かが無いと駄目とか、そういうのはあるんでしょうか? 田舎娘なせいで、世間に疎くて……」
「それは気の毒だったな……別にこの街に入りたいなら、入れば良いさ。手形とかもいらないしな。ただ、お金が無いのはどうしようもないな……」
心底私を心配してくれている様子を見せる門番。
「あ、あの。実は、お金は落としてしまったのですが、この指輪だけは身に付けていたので残ってたんです。これを売れば、少しはお金を工面出来ると思うんです。この街に、この指輪を買い取ってくれるような場所はありますか?」
――時間転移の際、私の保有していた通貨は全て食料、及び鉄や木材といった資材、金銀宝石等の貴金属に変換しておいた。
何しろ、数百年以上跳ぶのだ。通貨が古銭、使えないモノになっている可能性は高い。
なのでこの跳んだ未来で貴金属を換金し、この時代の通貨を得る必要があるのだ。
魔物に襲われたって言い訳、便利ね。
「ああ、それならルドルフ商会を尋ねると良いよ。この門を通って真っ直ぐ進むと、大通りに出る。そこを左に曲がって真っ直ぐ進めば中央広間に着く。そこにある、一番デカい商店に行けばきっと買い取ってくれるはずだ」
あら、ルドルフ商会ってこの時代でも生き残ってるのね。
間違いなく初代代表であるルドルフが死んでいる以上、代変わりはしているだろう。何代目かしら?
これだけの未来でも現存しているなら、もう充分に老舗ね。
「ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を述べ、ソルスチル街の中へと足を踏み入れた。
ここは余り人通りの多くない出入り口だったようで、大通りに近付くにつれ、人々の喧騒が大きくなり、機械的な何かの稼動音が近付いてくる。
――ふーん。成る程……ね。
大通りに出た事で、外壁にすっぽりと隠されていた現在のソルスチル街の姿が露になる。
至る所に見られる、発展した技術の数々。
大通りを進み、それらを目視で確認していく。
デカい鞄に無数の印刷物を詰め込み、大通りを走り抜けていく、子供と大人の中間位の男性。活版印刷がフル活用され、庶民の貴重な情報源となっている。
横には魔物と戦う為か、ショーウィンドウに飾られた数々の武器が陳列されている。
魔石と武器を組み合わせ、武器自体にも術式が刻まれた代物だ。多分これ、ルナールにあげた本の知識が活用されてるっぽいわね。チラ見程度じゃ断言は出来ないけど。
そして、少々驚いた武器も陳列されている。
「……リボルバーがあるじゃない」
無論、弾薬込みだ。って事は、雷管を開発出来たのか。
ヒントありとはいえ、良くここまで発展したわね。
これだけの技術があるなら、フレイヤ無し状態での私の戦闘能力をお金で賄う事が可能になったかもしれない。
銃弾という限りがある戦闘能力、それが現地調達出来るようになったのは大きい。
更に進んでいく。
中央広間に辿り着き、周囲を見渡すと私の右手にそれは見付かった。
巨大商店。これが恐らくルドルフ商会の店だろう。
その商店は隣の建造物と結合しており、隣の建造物はこの巨大商店より更に大きい。
そこには多数の人々が出入りしており、そこから真っ直ぐに伸びる陸橋、そして空に立ち昇る黒煙。
そうか、ここは駅なのね。駅とくっ付いているのは、蒸気機関車から運ばれた商材をダイレクトに店に搬入出来るようにした為か。
店に向かおうと少し歩を進めた所、遠くに海が見えた。
そして、それと一緒に映ったそれを、思わず二度見する。
「――あれ、もしかして蒸気船……?」
既に私のいた時点で蒸気機関車が作れるようになっていたのだ、別に蒸気船が作られても不思議ではない。
陸の高速移動手段だけではなく、海上の高速移動手段までこの地の人々は手に入れていたのだ。
「っと、そんな事より換金しないと」
営業時間が終わってしまっても困る。
取り敢えずこの時代での路銀を手に入れるべく、私は店を訪れるのであった。
―――――――――――――――――――――――
「――少し宝石に傷もあるから、これだと全部で金貨20枚って所だね」
「はい、それで構いません」
「なら、これが代金の金貨20枚だ。今後もルドルフ商会をご贔屓にお願いしますよ」
やはり都心部の最大商店だけあり店内は混み合っており、私の要件を済ませるのに一時間程待たされてしまった。
この時代で使える貨幣を手に入れたが、案の定私が居た時代と違う硬貨へと変化していた。
本音を言えばもっと換金したかったのだが、ただの一般市民が麻袋一杯に宝石ジャラジャラとか間違いなく不審がられる。
そこまで安価でも高価でもない、程々な宝石数個を換金して先立つ物を手に入れた。
これで買い物も出来るし、宿も取れるようになった。
宿を取るのは重要だったので、予約が埋まらない内に駅前広場を散策し、宿を確保しておく。
「すいません。ここで宿泊したいのですが、一日おいくらでしょうか?」
「ようこそソルスチルフロントへ。当宿ですと、最上級が一泊金貨3枚、一般向けが一泊金貨1枚となっております」
結構高いわね。それだと最上級には泊まれないわね。
まあ一般人が最上級宿とか違和感があるから、最初から並みの部屋を取る気だったけどさ。
「じゃあ、一般向けの部屋で、一週間宿泊したいんですが空いてますか?」
「はい、大丈夫です」
「でしたらそれでお願いします」
「かしこまりました。今晩の夕食は部屋にお持ちした方が宜しいでしょうか?」
「今日は外で食べてくるから、夕食はいらないわ」
「かしこまりました」
外も見て周りたいしね。足疲れたけど、今は我慢するべき時だ。
一週間分の代金、金貨7枚を支払いチェックイン。
「――ああ、それから。もし誰かが私を訪ねてくるようだったら、このロビーで待っててくれるよう伝えてくれるかしら?」
「かしこまりました」
……実は、時間転移直前に手渡したあの本に、こっそり書き込んでおいたのだ。
300年後、ソルスチル街の地にて待つ。
それは、リューテシアに手渡した本に書き記した一文。
他の皆は、寿命的に不可能なのでお別れ。
だけど、リューテシアだけは長命種族の為、再会の可能性が残されている。
なのでリューテシアの本にだけその一文を書き残しておいたのだ。
私は、この時代でのリューテシアの居場所を知らない。
もし、リューテシアがまだ私に会う気が残っているならば、こうする事で再会する可能性がある。
……リューテシアは、私を友達だって言ってくれたからね。これ位の痕跡なら、残しても良いでしょ。
ただ、駄目でも気にしない。
例え再会が不可能でも、リューテシアにはリューテシアの生活があるのだ。
私に縛られず、彼女の人生を生きて欲しいというのも本心。
ま、取り敢えず一週間だけこの街で待つ。それでも駄目だったら、諦めるわよ。
長距離の徒歩で足に疲労が来たので、今日一日はその疲労を取る事にした。
街中でルキウス整体という看板を見かけたので、そこで足の疲労を取って貰った。
ああ、極楽極楽。
―――――――――――――――――――――――
「……来ないわね」
それから一週間後。
結局リューテシアは、この街に来る事は無かった。
まあ、逢えないなら逢えないでも別に構わない。
もしかしたらその内、何処かでひょっこり再会するかもしれないしね。
「なら、そろそろ行動しましょうか」
全てを投げ捨て、私の望む快適な生活、気楽な生活の環境は整った。
私の自由気ままな人生は、ここから始まる。
再会が叶わないのにも理由がある




