187.反逆の英雄 神の代行者
クソ忌々しい!
私の目の前に何度も何度も現れて、この俺の作業を邪魔ばかりしてくれる!
このルードヴィッツという男のせいで、何時まで経っても計画が遅々として進まない。
挙句この私を目の仇の如く追い回して、その都度討ち取ろうと明確な殺意を向けてくる。
全力で戦って良いのであらば、負ける気はありませんが……それで魔力を大幅に消耗してしまえば、結局何の意味も無い。
これまで幾度と無く刃を交え、その都度敗れてきた。
そして以前の戦いの際に、あの男の本質を大体だが把握出来た。そしてこの仮定は、限りなく真実なのだろう。
――分身では、勝てない!
あの男は、我が主と同格の存在。
アレと対等に戦うならば、本体で行かねば駄目だ。
折角貴重な魔力を用いて、この身体を構成したのだ。
こんな所で討たれる訳には行かない。まだまだこの世界でやらねばならない仕込みは多数残されているのだ。
さりとて、馬鹿正直にこのままサシで勝負を行っても勝ち目は無い。
そもそも私は、根っからの後衛タイプなのだ。
あんな筋肉男と真正面からぶつかって、勝てる訳が無いのだ。
逃げ出そうにも、私同様に「時」の神殺七光剣の力を用いるあの男相手では時間を停止させその隙に離脱するのは不可能。
何とか、隙を作らねば。
だがどうする。悔しいがあの男が相手では真っ当に戦っては勝機が無い。
殺り合えばジリ貧は必至。
くそっ! 何故だ、何故俺がここまで追い詰められねばならないのだ!
私は限りなく神に近しい存在! だというのに!
迫るルードヴィッツ。
牽制の為に「抹消」、「命」の力を宿す矢を放つ。
そのどれもが、本来は即死させるには充分過ぎる程の力を持つ。
一矢で万軍すら滅ぼす事が可能で、更には魔法障壁による防御すら許さぬ代物だ。
だと言うのに、意に介さぬ涼しげな表情を浮かべ――否、此方の喉笛を食い千切らんばかりの獰猛な笑みを浮かべ、迫る。
炎と氷の魔力を帯びた双刃が踊り、揺らめく軌跡を描きつつ矢を弾き飛ばして行く。
私の攻撃をこうも容易く弾くか!
上級魔法程度ならばいざ知らず、私が使っているのは根源術だぞ!?
世界創世、万象を司る絶対不変の法として存在する、始まりの術。
神殺七光剣のみが扱える、神としての権能と言い換えても良い。
そんな術だと、当然あの男も知っている。
知っていて尚、真正面から突っ込んでくるか!
「舐めんじゃねえぞ末弟の分際でええぇぇ!!」
あの男は地面に何か仕掛けた。無論、ダメージは「抹消」したが、衝撃までは消せなかったが故に空中に放り出された。
着地する訳には行かない――ただでさえ体格差があり、戦闘スタイルの違い故にこちらが不利な状況で、空中戦を強いられる――そういう事だろう。
「神の名の下、目障りな魔を打ち払え! 『抹消』の魔消波!」
引き擦り込まれた土俵からはさっさと降りさせて貰いますよ!
周囲に発動していた、ありとあらゆる魔法効力が「抹消」されていく。
私と共に吹き飛ばされていた岩塊を足場にし、地面目掛け跳び出す。
体勢を立て直し着地。地面に仕掛けられた術式は全部打ち消した、これなら爆発はしない!
「天地に木霊せし魔力の暴風! 災いの名をこの地に刻め! 反乱の災厄!」
一歩先んじる。
ありとあらゆる上級攻撃魔法を混ぜ込んだ、災厄の嵐を引き起こす。
人だろうが魔族だろうが、これが直撃すれば生きてはいられない。
だがあの男は、人でも魔族でもありはしない。
見てくれだけが人に見えるだけの異質な存在。
この出力の魔法ですら、目晦まし程度にしかならないだろう。
だがそれで良い、その隙にこの場から離脱する! あの男と真っ向勝負で力比べという状況だけは避ける!
直後、災厄の嵐が霧散する。
そこには紅と蒼の双剣を振り抜き、同色の双眸でこちらを射抜く男の姿。
あれを、体術で切り裂いたというのか! 禁呪を力技で切り裂くなんてどうかしてますよ!
「凍牙裂焼――」
双剣が心臓の如く鼓動し、その刀身に莫大な魔力を帯び始める。
それは明らかに明確な殺意、この一撃で仕留めるというだけの説得力を持つ一撃、その予備動作。
「何処までこの俺を見下す気だ……ッッ!!」
そういう大振りの一撃は、相手を弱らせてから使うモノだ!
もう充分、仕留められるまで弱っているとでも言いたいのか!?
侮辱にも等しいその行動に対し激しい憤りを感じるが、辛うじて堪える。
感情任せで行動するよりも、我が主に与えられた使命の方が優先、否、最優先。
ここは、退く!
「――断界剣」
放たれる、二色の波動。
炎と氷の斬撃、押し寄せる津波の如き暴力的な、圧倒的魔力量。
それは既に、世界すら切り裂きかねない程の破壊力を有しており――
「ッ――!?」
前に見た時より、早い!?
まさか、それだけの境地に居ながら、今も尚成長し続けているとでも言うのか!?
この分では破壊力まで増していそうでもある。
だが――!
「――『抹消』の片鱗」
それでも、思っていた以上に紙一重ではあるが。私の方が早い。
我が「抹消」の力は、ありとあらゆるモノを消し去る。
だが、この力をお前には使わない。使った所で、理不尽に掻き消されるだけに終わるだろう。
この力は、魔法も、命も、そして距離すら消し飛ばす。
覚えておけ、ルードヴィッツ。
この私に逃亡という手段を取らせたこの屈辱。
何時か必ず、必ず報いを受けさせてやる――!
何もかも貴様の思い通りに行くと思うなよ!!
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「――逃げたか」
所詮この程度。
そう判断し、さっさと仕留めようとしたのが仇となったか。
ナイアルならばこんな挑発のような一撃を見せたなら、激昂して突っ込んでくるかと思ったのだが……少々意外だな。
恐らく距離を「抹消」して逃亡した、といった所か。「認識」の力を行使して姿を隠し身を潜めている気配も感じられないしな。
「まあ良い。逃げたのなら、次に遭った時に仕留めるだけだ」
時間なら、いくらでもあるのだから。互いにな。
手にしているミスリル銀糸を勢い良く引く。
そのミスリル銀糸は大剣と繋がっており、先程ナイアルの攻撃と衝突した勢いで弾き飛ばされた大剣が再び手元に戻ってくる。
「――まだ、お前が見ていた地平には程遠いな」
手にした大剣に目を落とし、無意識に呟く。
無論、剣が喋る訳は無い。
だが、言葉が通じずともその脈動は感じられる。
この剣には未だ、「あの男」の魂が宿っている。
俺を下し、最後まで一度たりとも勝つ事が出来ぬまま。
破壊神と呼ばれたモノと相討ち、世界に平和を齎し、そのまま勝ち逃げしたあの男が。
まだ俺は、あの男に見えていて、俺には見えていないモノを見付けられていない。
俺を超える実力がありながらも、自らの命よりも世界を優先させた、あの男が見ていた世界。
それが何なのかを理解せねば、俺は永久にあの男を超えられない。
「……勝ち逃げなどさせんぞ」
それを見付けるその日まで、この世界を滅ぼされる訳には行かんのだ。
故にナイアル、俺の邪魔をするというのであらば、何度でも貴様を滅ぼしてやるさ。
最早この地に用は無い。
しかし、ナイアルが逃亡した今、他にするべき事が見当たらない。
……人でも、観察するか。
あの男が人と共に暮らし、人と共に戦い。
その果てに俺には無い何かを見付けたというのであらば、人の在り方の中にその答えがある公算は高い。
この俺がわざわざ時間を割くだけの人間が、仮に居たとしたなら。
それを飼ってみるのも、悪くは無いかもしれんな。
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誰にも知られず、誰にも語られず。
その両者の戦いはロンバルディアの大地に爪痕を残し、終局を迎える。
表面上の平穏の裏で脈動する、破滅の胎動。
永劫とも言える時を生き続ける、世界の裏切り者。
世界に語られる英雄譚は未だ終わらず、記す者不在のまま動き続ける。
それは延々と続き、代替わりしたその先でも記され続けた。
そして彼女は至る。
数多の運命の交錯する、「彼女」が望んだ夢の地平へ。
次からエピローグ入ります、微妙に長いけどな




