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186.交わる刃

「さて、貴方はさっきまでラーディシオン領にいた筈なんですが……どうして今ここに居るんですかねえ?」

「答える義理は無い」


 どうやらまんまと網に掛かってくれたようだな。

 こいつ(ナイアル)は尻尾は中々現さず、何か工作をしていたとしても奴の持つ「抹消」の力がその痕跡を跡形も無く消し去っていく。

 故に、捕捉は困難を極める。

 だが奴は大抵の場合、騒乱や不穏な空気が漂う、世界が激変した地に現れる傾向が強い。

 聖王都にて掃除(・・)を済ませた現状、その条件を満たすのはこのロンバルディア地方のみ。

 故にここで待ち構えていれば、奴が網に掛かるのは分かり切っていた。

 しかしナイアルは、俺という存在を警戒している。

 当然だ。貴様を害し得るのは現状、この俺だけなのだからな。

 故に馬鹿正直にこの地で待ち構えていては、決してナイアルは現れないだろう。

 なので、少し小細工を打たせて貰った。


 ラーディシオン領内にて、オリハルコンに俺の魔力を封じ込めた上で「時」の力によって停止させた。

 それは時限式で炸裂し、解除された後は封じ込めた魔力を徐々に放出していく。

 まるで俺が、ラーディシオンにいるように感じただろう?


「鼠の分際で目の前を走り回られると、目障りなのでな。復活して早々悪いが、また滅んで貰うぞ」

「……そういう貴方は毎度毎度私に付き纏って来て、ストーカーか何かですか? 好い加減キモいしウザいんですよねぇ……!」


 目を細め、忌々しげに口元を歪めるナイアル。


「そもそも、私は不滅なのです。貴方が例え何度私を討とうとも、どうせ蘇るのだから戦うだけ無駄だと思いませんか? 放っておいてくれませんかねぇ?」

「――ホラを吹くなら相手を選ぶ事だな」


 何度でも蘇る、か。

 違うな。その言葉は偽りだ。

 何度でも蘇る、しかしそれは無限ではない。

 ナイアル、貴様は分体であるが故に貴様を仕留めた所で本体が痛みを感じる訳ではない。

 本体から再び魔力供給を受ければ、例え滅んだとしても再び再生する、故に何度でも蘇る……と、言う訳だ。


 ――だがナイアル。お前は一切魔力を消費せずその身体を生み出せるのか?


 その答えは否だ。

 貴様はその身体を構成する為に、本体からしても無視出来ない程の魔力を消費している。

 ならば、何度でも蘇るが限界はある。

 なら答えは簡単だ。


「何度でも蘇ると言うならば、貴様が蘇らなくなるまで……限界の底まで滅ぼすだけだ」


 さて、本体が根を上げるのに必要な回数は十か? 百か? 千か?

 なぁに、時間なら気にするな。

 この俺もまた、貴様と同様に時間なら飽きる程あるのだから。

 何万何億年でも付き合ってやるさ。


「貴方と付き合う程、今の私は暇じゃあ無いんです――よ!」


 振り抜いた手から放たれる、不可視の衝撃。

 それはナイアルが持つ、「抹消」の力の一撃。

 ありとあらゆる代物を消し去るその一撃は、魔法障壁すらいとも容易く削り取る、故に防御は不可能。

 それを防ぐには、奴を上回る出力の一撃で相殺するか、もしくは――


 背負った大剣を抜き放ち、ナイアルの放った一撃を両断、その力を「抹消」する。


 ――同じ「抹消」の力で消し去るか、だ。


「まあそう言うな。最近の輩はどいつもこいつも雑魚ばかりでな、戦いになるような相手が貴様しかいないのだ。どうせ蘇るのだろう? 暇潰しに付き合って貰うぞ」

「雑魚ばかりだというのには同意しますが――!」


 空刃が飛ぶ、斬り捨てつつ突進。

 逆袈裟気味にナイアルの胴体を両断――幻影か。

 背後から殺気。

 剣を構え直しつつ振り返る。


「上から目線で抜かしてんじゃねえぞこの戦闘狂(ジャンキー)がァ!!」


 目に見えない弓を構えたような体勢で矢を構え――否、もう撃っている。

 天から降り注ぐ不可視の矢、散弾の如き雨霰。

 面で制圧するように放たれたこの攻撃の一発一発が、城壁をまるで柔らかい粘土の如く貫通する威力を持ち。

 その全てが「抹消」の力を宿し、挙句常人の目には見えないという始末に終えない代物。


「温い」


 全てを消し去り進むその不可視の矢は、あらゆる魔を容易く切り裂く。

 それ故に、周囲を漂う魔力すら消し去って飛来する。

 大気中の魔力の流れを見れば、その不可視の矢は雨後の足跡同然。

 自らに命中し得る数本を薙ぎ払い――更なる追撃の気配。

 開いている片手で自動拳銃を懐から引き抜き、ナイアル目掛け数発放つ。

 貴様は魔力を用いる攻撃より、純粋な物理攻撃の方を毛嫌いしていたな。

 その追撃の準備が整う前に、この鉛玉は貴様の脳と心臓を抉る。


 舌打ち一つ吐き捨て、ナイアルは詠唱を中断し横へ跳ぶ。

 つまらん避け方だ。

 一瞬だけ大剣から手を離す(・・・・)


「グラウンドストライク・リベリオンマイン!」


 この周囲の地表に、知的生命の反応は何処にも感知出来ない。

 なら、遠慮無く行かせて貰おう。


 その場で踏み降ろした左足から魔力を流し、俺を中心に周囲数十キロにも範囲に地裂の地雷原を展開する。

 ナイアルが着地。

 その場から天目掛け大地諸共吹き上がる、魔力の奔流。

 それはナイアルを容易く飲み込み、同時に巻き上げられた土砂と岩片がその全身を削り裂いて行く。

 普通は、即死だ。


「――これで死ぬ程、ヤワじゃないだろう?」


 この程度でくたばる輩なら、雑魚と切り捨てて終わりだ。

 大剣を投げ飛ばす。

 飛ばす先は、ナイアルが離脱する際のルート進行上。


限定(リミテッド)絶命射撃(サドンデスショット)!」


 黒い魔力を乗せた一矢。

 それは「命」を司る力を乗せた代物で、貫かれれば絶命(・・)する一撃。

 その矢と大剣は空中で衝突し、爆裂。

 矢は消滅したが、大剣は空高く吹き飛ばされる。


「――吠えろ、コキュートス、プロメテウス!」


 両腰に携えた炎剣、氷剣を抜き放つ。

 腰を落とし、視線をナイアルに向ける。

 こちらの意図を察知したか。


『――身体加速(アクセラレーション)!』


 同時に、「時」の力を発動。

 時の流れに身を委ね、己が肉体の速度を加速。

 同質の力を互いに発動した事で、結局は帳消し。

 使わないなら瞬殺だったのだがな。


「貴様と殺り合う気は無いと言ってんだろこのクソガキがァ!」

「お前に無くとも、俺にはある」


 数十年振りの再会だ。

 この程度で潰れてくれるなよ?

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