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184.我欲の探求者 アドリア・ジラーニイ

 赤い明滅と警報音で染め上がっていた空間は、まるで爆撃を受けた戦場跡地の如き様相へと変貌していた。

 長年掛けて作り上げた、目の前の研究の成果の成れの果て。

 その残骸を目の当たりにし、男は吐き捨てる。


「――逃したか。やってくれたな、ミラ」


 舌打ちをしつつも、過ぎた事は仕方ないとその男は頭を切り替える。

 この研究所の最高責任者であり、「この世界」を掌中に収めつつあるその男――アドリア・ジラーニイはこの場の後始末を研究員及び警備兵に指示を出し、踵を返す。

 自らの考えを纏めるように、一人口を動かす。


「まあ良い。タイプMが欠陥品だったならば、タイプNでは今回の問題点をフィードバックした上で再製造すれば良い話だ」


 この世界を去る際に、ミラが残した置き土産によってこの研究施設は少なくない打撃を受けた。

 しかしそれも嫌がらせ程度にしかなっておらず、何れは元通りにされるのは時間の問題であった。

 アドリア・ジラーニイという男はそれを成し得るだけの頭脳を持っており、ミラの脳内にインプットされた知識のかなりの数がこの男の知識を元にしているのだ。

 そんな彼が、この研究所の惨状を立て直すのはそう遠くないのは間違い無い。


 アドリアは騒ぎでごった返している研究所内を悠々と闊歩する。

 後始末は下っ端の仕事であり、彼の仕事はそこにはない。

 彼のすべき事は、ただ一つ。


 選ばれし者による理想郷の構築。

 その果てにある、全知全能、不老不死の極致へと至る事。

 

 聞けば誰もが一笑に付すであろう、世迷言、妄言、夢想、大言壮語と切って捨てるような、余りにも馬鹿馬鹿しい、欲望の極致。

 しかしこのアドリアという男は、その人類の欲望の最頂点とでも言うべきその境地に、着実にその足を進めつつあった。

 

 アドリアは研究所の最奥へと進み、自らの精神波長をスキャニングし、電子ロックされた扉を解錠する。

 扉の奥へと進み、強化ガラス越しに「それ」を視認する。



 その姿は、例えるまでもなく。

 正に砂時計、そうとしか言いようが無い姿であった。

 ガラスの中では虹色の砂が上から下へ、流れ落ちて時を刻み続けている。

 しかしその姿は余りにも巨大であり、ちょっとした豪邸程度ならば丸々収まるであろうこの最深部のフロアを目一杯占領している。

 それ程にまで巨大な砂時計というのは、余りにも異質であった。


「――『時』の神、とでも言うべきか。生憎その能力を搭載したプロトタイプであるフレイヤは持ち逃げされ、データも粗方破壊され尽くしたが……時の力は充分実用に耐え得る事は実証出来た」


 このフロアにポツンと置かれたコンピュータを操作し、ミラの手によって破壊されたデータの内、アドリアの脳内に残されていたデータを打ち込み、修繕していく。


「それに、データを破壊されようが。『これ』がここにあるのであらば何も問題ない」


 目の前にある、異様な存在感を放ち続ける砂時計を見上げつつ、いかにも腹に一物抱えている笑みを浮かべるアドリア。


「ありとあらゆる『時』を統べる力の根源、それが掌中にある限り。全てが瑣末に過ぎん」


 アドリアはこの目の前に存在する、巨大な砂時計の力を独自に解析。

 その能力を用いる事で時間の逆行、時間の停止、時間の加速を行う事が可能であるという事実を世界に示した。

 無論、その為に必要とされる魔力問題はあるものの、魔力さえ確保出来るのであらば理論上、あらゆる時間操作が可能だとアドリアは確信していた。


「――しかしこの力、確かに強力ではあるが……余りにも万因粒子消費が多過ぎるな。フレイヤで実験を重ねたお陰で、時間の加速限定で辛うじて実用範囲内に粒子消費を抑える事は出来たが……加速は精々攻撃用途位しか使い道が思い付かんな。相手を殺傷せしめるだけであらばわざわざこんな大仰な力を使う必要は無いのだ。やはり時間の停止、時間の逆行を何とかして実用的に運用したい所だが……だがその為には万因粒子が足り――」


 そこまで口にし、アドリアの動きが止まる。

 目線を落とし、口元に蓄えられた白い髭を右手で弄りつつ、引っ掛かった何かを頭の中で整理する。


「――万因粒子極点」


 やがてアドリアは、自らの求めた答えへと辿り着く。


「そうか――! 現状の粒子が足りないのであらば、大気中の万因粒子を飽和させれば良いのだ。となると粒子湧点であるこの地に研究所を作ったのは少々失敗だったな……湧点は問題ではない、問題なのは粒子流点だ……粒子流点を『時』の力で封鎖すれば、万因粒子の出口を潰せる。そうすれば理論上は無尽蔵に大気中の万因粒子が膨れ上がるはずだ。万因粒子極点であらば、『時』の力の行使もデータ内に収まる――!」


 アドリアにとっての現状の問題点、その足りないピースが頭の中で合致する。

 目を見開き、善は急げと早速行動を開始する。

 その部屋を後にし、近くを巡回していた警備兵の一団を呼び止め、今後の行動を指示する。


「この研究所は破棄する! これより魔力流点の地に新たな研究所を設立する! 無事な機材を搬出するぞ、急げ!」

「了解しました!」


 警備兵は手にしていた無線を用い、迅速にアドリアの指示を研究所内の人員全てに伝達していく。

 ミラの手によってありったけの略奪と破壊工作が行われたこの研究所は、アドリアの指示によって近い内にもぬけの殻となるだろう。


 例えミラがいなくなっても、アドリアの野望は止まらない。

 歩みを止めず、禁忌を踏み越え、理想の為に自らの道を邁進(まいしん)する。

 その手段を問わない研究の成果を受け、この世界の技術発展は続いていく。

 自らの手で「神」を生み出し、そして己自身も「神」に至る。

 神の統治による、完璧な理想郷の実現。


 その理想に向け、数多の犠牲を払い。

 アドリア・ジラーニイという男は血路を進むのであった。

短いから9時にもう一回

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