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182.旅立つ命

「――私は、自由になりたかった」


 鳥籠の中で思い抱き、ずっとそれだけを求め願った。

 不確かな危うい足元、鳥籠の檻を破り、発つ鳥跡を濁しまくった上で、綱渡りを経て世界を捨てた。

 幸運にも、身投げの結果は首の皮一枚なれども命を繋ぐ事に成功した。

 自分が生み出された世界を見限り、新たな世界で初めて、自由を手に入れた。


「自由気ままに、ただ一人の人間として、気楽に世界で生きたい。今でもその気持ちは変わらない」


 その為の、後腐れの無い手駒として奴隷を買い上げた。孤児を拾い上げた。

 技術の伝播役として、交渉役として、時間を割いた。

 一方的に強いるだけではあの連中と一緒だ、だからそれ相応の利益も与えた。

 縛られる事を嫌った私だから、枷も外した。


「実に下らない夢だと思う。だけど、私からすればそれこそ、魔法以上の夢物語だった」


 今こうして、この地で生きている。

 沢山の人々と出会い、そして時に助け、助けられ。

 数多の奇跡とも言える巡り合わせを経て、今がある。

 夢だと諦めていた事を、実現出来た。


 ――友達も、出来た。


 今居る場所の居心地は、とても良い。

 だがこの居場所を作る為の代償として、多くのモノを背負う事になってしまった。

 それはとても重く、私なんかが背負うには重責過ぎた。

 成功というのは、積み重ね過ぎると自らを縛る重石となるのだ。


「だから、私を縛り付けるこの地を去ろうと思うの。そろそろ、潮時だと思うから」

「……潮時って、何がよ?」

「以前、ルークが聖王都の貴族と話し込んでるのを見てね。それであの後、その貴族に一緒に組まないかって誘われたのよ。無論、蹴ったけどね。貴族と組む気があるなら、最初から貴族に擦り寄ってたわよ」


 あの出遭いが、切欠。

 ただ、それ以上でも以下でも無いが。

 元々、少しずつ私がいなくなっても大丈夫なように準備は進めてきた。

 何時か、この地を去る日を考えて行動してきた。

 その何時かが、今日だというだけなのだから。


「貴族のバックアップがあれば、まあ技術発展は今以上に早くなるんでしょうけど。それじゃ、技術が独占されて大衆に出回らないじゃない。そんなんじゃ、私が骨を折っても何時までも世界が成長しないじゃない。それじゃ意味無いのよ」


 貴族の暮らしではなく、庶民の暮らしが欲しい。

 そして一般大衆の暮らしを楽にするのは、この世界の貴族と繋がっても何の意味も無い。

 善良な貴族なら大衆に技術を拡散してくれるのだろうが、この世界の貴族にそれは期待出来ない。


「ルークは以前、この地で質問したわよね。そしてそれに対する回答として、私は気楽な生活がしたいと答えた。覚えてるかしら? 今でもそれは変わってないわ」


 私はずっと初志貫徹だ。意見を一切変えていない。

 だからこのまま、意見を変えず。

 予定通りにこの地を去る心積もりだ。


「ここの生活は、気楽な生活なんじゃないの?」

「確かにそうね」

「……では、別にわざわざ僕達と別れる必要も無いのではないでしょうか?」

「でもルーク、貴方はきっと私の為に貴族を追い払ってくれたんでしょうけど、それは私が出会ったあの一人だけじゃないはずよね? きっと今まで、何人もちょっかい掛けて来た人物はいたはずよ」


 ルークは、黙して語らず。

 その沈黙は、肯定である事を如実に物語っていた。

 私が逆の立場なら、これだけの功績を立てた人物を放って置く気は更々無い。

 自らの勢力に取り込めれば、より地盤を頑強にし、繁栄の未来が約束されるも同然なのだ。

 何としてでも接触を図り、自分の意見を飲ませようとするだろう。


「ルークに迷惑掛けてまでこの生活を享受しようとも思わないわ。それに、今の聖王都の貴族達は敵意じゃなくて私欲、表向きは商談とか善意で私と接触を持とうとしてるはずよ。そういう建前なら、ルークが断り辛い事を知ってるだろうからね。だから、そう遠くない内にルークが抑え切れず、私と直接接触してくるのが幻視出来たからね。貴族に言い寄られてる時点で、貴族の持つしがらみに巻き込まれてる状態なのよ。今の状態はもう、私の言う気楽な生活から程遠い、破綻してるのよ」


 私は目立つのが目的ではない、私はただ快適な生活を送りたいだけなのだ。

 だが、悪目立ちしないのは恐らく不可能だろうとは思っていた。実際、目立ってしまった訳だしね。

 聖王都の悪意を退け、ドラゴンを討ち取り。御伽噺の勇者様同然の活躍っぷりを世界に轟かせてしまった。


「……ねえ、ミラ。私達と一緒じゃ駄目なの? 別にわざわざこの地から去らなくたって、いれば良いじゃない」

「そうです。僕を心配してくれているのであらば、心配無用です。聖王都の貴族なら、今後も追い払ってみせますよ」

「み、ミラさんと別れるの……さ、寂しいです……」

「ミラお姉ちゃん……私、もっとミラお姉ちゃんに色んな事教えて欲しいです」

「急にいなくなるなんて、そんなの嫌だぜ!」


 リューテシアが、ルークが、リュカが、リサが、ルナールが。

 次々に私との別れを惜しみ、別れたくないと口に出す。


「そうね……貴方達といるのは、まあ……楽しいと思ってるわ。でも、私が居る事で被るデメリットが見えてきちゃったからね。そしてそれに私が巻き込まれる可能性もね」


 だから、この地を去る。

 余りにも私は、この地で成功を収め過ぎた。

 故にもう、何処に行ってもこの名声は付いて周り、私を何処にでもいるような小娘へ戻してくれる事は無いように思える。

 しかし、それも今この時の問題。

 この名声をリセットする手段は、存在している。


「――私が未来に跳べるっていうのは、もう皆知ってるわよね」


 ただの人間にも関わらず、リューテシア達の視点から見て私は何時まで経っても小娘のまま。

 だから私が未来へ跳べるという事実は、皆納得しているだろう。


「数週間、数ヶ月跳んだりもしたけど。その気になれば、私は五十年でも百年でも未来に跳ぶ事は出来るのよ」


 機が来たらこうするつもりだった。

 時を超えて、ほとぼりが冷めた世界へと移る。


「だから、『この時代からの』旅立ち――時間跳躍をするわ。だからこそ、もう貴方達とは二度と会う事は無いかもしれない、そういう事よ」


 私が築いた、その知名度が風化する程の時間を跳び越える。

 私は発明の祖、建立の祖、英雄として謳われるような存在となってしまったが、その名声もいずれは風化する。

 五年、十年程度ならばいざ知らず、百年、二百年過ぎても大衆が覚えていられる程、人間の熱意や関心というのは強くないのだ。

 世代を隔てる毎に興味を無くし、その名声は精々紙面上だけのモノへと成り果てる。人間なんて、そんなモノだ。

 それに、それだけ経てば実在の私を直接見たという人も寿命でいなくなり、忘れ去られていくだろう。

 百年単位で時間跳躍を行えば、その間にこの世界に残した技術も進化発展を遂げる。

 そうすれば、私の生活環境もより良い物になるだろう。


「ルークは間違いなく二度と会う事は無いし、リュカ、ルナール、リサの混じってる魔族の血がどれだけ寿命に影響を及ぼすかは分からないけど、それでも再会する事は無い程度に時間を跳び越えるわ。だから、今生の別れって事ね。ああでも別に悲しむ必要は無いし、私も別に悲しまないわよ。だって別に死別って訳じゃないからね」


 そう、ただ単にもう二度と会う事は無いというだけだ。

 時間を隔てたその先で、リューテシア達は確かに生きている。


「だけど、リューテシア。貴女とは、跳んだ未来の先でもう一度再会出来るかもしれないわね」


 私はリューテシア達に説明する。

 未来への時間跳躍は、他の時間操作と比べて消耗量は少ない。

 しかし、少ないとはいえ消耗は確かにするのだ。

 そしてそれは、一気に千年も超えられるような少ないコストではないのだ。

 対し、リューテシア……エルフという種族は、長ければ千年生きると呼ばれている最も長命な種族でもある。

 だから、跳んだ先で再会する事もまぁ、有り得ない話ではないのだ。


「リューテシア以外とは、間違いなくこれでお別れって事になるわね。だから、これまでありがとう。そして、さようなら。リュカ、ルーク、ルナール、リサ。貴方達にはこれまで、沢山助けて貰ったわ。だから、これからは私なんか気にしないで、貴方達の思うように、思うがままこの世界を謳歌しなさい。私も、この先の未来で私らしく生きるから」

「……俺、まだ全然ミラの姉ちゃんに恩を返せてないぜ! 恩を返す前に、いなくなるなんて!」

「ルナール、それと他の皆もそうだけど。もし、貴方達が私に対し感謝の念があるっていうなら、このまま順調に世界の技術を発展させ続けてくれれば、それがそのまま私の為になるわ」


 その為に、私主観で数年をこうして過ごしてきたのだ。


「あ、そうだ。折角だし少しこの拠点の魔力を拝借していくわよ。良いよね?」

「えっ? う、うん……良いけど」


 流石に百年越えの時間を跳躍するとなると、術式の規模は大きくなる。

 中枢部に据えられたオリハルコンに蓄積された魔力を拝借、吸い上げて行く。

 それでも足りない分はフレイヤのエネルギー残量を惜しみなく注ぎ込み、「時」の力を増幅させていく。


「……ねえ、ミラ」

「何かしら」

「私も、サヨナラって言うべきなの?」


 ――初めから、そうするつもりだった。

 だけど、唯一の心残りが一つ。

 それは、私を友達だと言ってくれた――初めて出来た友達である、リューテシア。

 彼女と別れるというのが、感情の乏しい私の心を、少しだけ締め付ける。


 実は、先程リューテシア達に言った説明には嘘がある。

 白霊山が実は魔力湧点だったという想定外の事態により、フレイヤの残存エネルギー量が想定していたより多く残っているのだ。

 もしあそこが魔力極点でなければ、もっと魔力を消費していた為、リューテシア達に説明した通りの内容になっていた。

 ……今のフレイヤのエネルギー残量であらば、千年は実は確実に跳べるのだ。

 だからこの地の人々との繋がりを、完全に断ち切る事は可能なのだ。

 だけど、それをしなかった。

 初めて出来た友達と、これで完全にお別れ……そうなるのが、嫌なのかもしれない。


「――リューテシアが、長生きしてくれるなら。きっとまた会えるよ」


 面倒なしがらみを断ち切るなら、魔力を惜しまず注ぎ込んでスッパリ断ち切れば良いものを。

 随分と甘い判断をするようになってしまったものだ。


 ――でもこれも、昔と比べて変わったという事なのだろう。

 嫌な変化だとも、思わない。




「だからサヨナラは言わないよ。……またね、リューテシア」




―――――――――――――――――――――――



 時計の針が百、千、万――止まらぬ流転、遥か後ろへ過ぎ去っていく時代。

 私のいた「今」に別れを告げ、私はフレイヤの時間跳躍機能によってありったけの時間を飛び越えていく。

 もうあの時代に、私はいない。

 私は世界に技術を託し、遠い遠い未来へと進んでいく。



 ――そして私は辿り着く。

 数多の運命が交差する、その時へ。



1話の台詞、回収完了

ぶん投げエンド感あるけど、ミラは最初からこうするつもりで行動し続けてきた


技術を植え付けて世界の生活水準を上げる

世界が変わるような事しておいて知名度が上がらないなんて訳は無い

普通の生活を望むのに、有名になってしまうというこの矛盾を解決する為に時間跳躍で名声を過去に置き去りにする


そういうオチです

それからまだもうちょい続くよ(9時)

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