181.置き土産その2
「――50年後、か。そいつはまた随分と気の長ぇお土産だな」
地下拠点に定住するようになったドワーフという種族の人物、オキ。
長年世話になった彼にも置き土産を渡し、別れの挨拶を済ませる。
「オキさんの持つ技術が、どれ程のモノかは底を見る事が出来なかったので、オキさんに渡すその本には結構高度な内容をまとめておきました。もし、オキさんに理解出来なかったら、無用の長物になってしまいますが、もしそうなったら御免なさい」
「はっはっは! そいつぁいい! 腕が鳴るじゃねえか、なら無用の長物にならねえよう、その50年後とやらをしっかり腕を磨いて待つとするさ」
職人気質のオキに対し、若干挑発的な感じになってしまったが。
実際、私がこの世界で見てきた中でもオキは相当な技術を持つ職人だと感じている。
故に、彼に対し土産になるような知識となると深く足を突っ込んだ専門的な内容にどうしても偏ってしまったのだ。
だからその内容を理解出来るだけの土台を持っていない人物では、完全に無意味な知識となってしまう。
実際私が用意した本の中でも、オキに渡した本が一番尖った代物となっている。
但しその分、飲み込めた際の技術発展度はオキの本が一番大きいのだが。
「オキさん、本当に有難うございました。貴方のその鉄を加工する腕前が無ければ、ここまで早く鉄道網を構築する事は出来ませんでした」
「ま、単純な鉄加工だったしな。金も貰った訳だし、礼には及ばねえさ。金に見合った仕事をしただけだからな――んで、もう旅立つのか?」
「まだ、別れが済んでない人がいるので。皆と別れの挨拶を済ませたら、行こうと思ってます」
「そうか。寂しくなるな」
「もう私がいなくても、大丈夫ですよ。この場所はね」
オキとの別れの挨拶を済ませ、私はその時を待つ。
リューテシアからルークへと伝言を頼み、一年後に予定を合わせるよう伝えた。
ソルスチル街に腰を据えてから多忙なルークだが、一年後予定のアポイトメントならば予定を合わせられるだろう。
そして、ルークだけでなくリュカ、ルナール、リサにも同様に予定を合わせて貰う。
久し振りに、全員が顔を合わせる機会があっても良いだろう。
予定を合わせるよう伝え、私は時を跳び越える。
無論、アザラシを抱えたままではあるが。
その日の到来、一週間前に降り立ち、私はその時を待つのであった。
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「――遅れて申し訳ありません、ミラさん。急用が入ったせいで蒸気機関車を一便遅らせる事になってしまいました」
「別に構わないわよ。こうして、全員揃った訳だしね」
最後に現れたルークを招き入れ、私は入り口を閉ざす。
この地下拠点も、私を含めて六人。
その頃と比べ、本当に大きく成長した。
そして成長し、多数の人々が出入りするようになった事で、静かに話せる場所というのも減っていった。
なのでその確保の為、私達は中枢部へと集まった。
普段、リュカは出入りを禁止しているが、この際なのでリュカの立ち入り制限は解除した。
もう、良いでしょう。
リュカがこの中枢部に入った所で何かするような事も無いだろうし、する技術も無い。
「――ミラ。オキさんやルドルフさんとかから聞いてるわよ。旅立つってどういう事?」
「文字通りの意味よ」
リューテシアの突き上げに淡々と答える。
「元々、私はそういうつもりで行動し続けてきた。これでもう、この地は安泰でしょう? あ、それから皆にもお土産用意したから、是非受け取ってね」
「私の質問に答えてないわよ」
「後で答えるわ。だから、取り敢えず貴方達にもお土産あげるわ。最初はリサ、はいこれ」
「わー……ミラお姉ちゃん、この本開かないよ?」
「それは50年後に開くようになってるからね。内容は……まあ、武器・爆発物なんかの知識をギッシリ詰め込んでおいたわ」
「!」
驚愕、後に満面の喜色を浮かべるリサ。
こんなに可愛らしいのに、好きな物が爆発物だなんて本当変わった子ね。
「ミラ!?」
「だから、貴女の質問には後で――」
「そうじゃないわよ!? ミラ! 何で火事に爆弾放り込むような真似するの!?」
「知識欲に水をあげて育んでるだけじゃない」
「限度があるのよ限度が!! ミラだって知ってるでしょ!? あの子、もうドラゴンにすら通用するような破壊力を出せる代物生み出してるのよ!? そんなものに更に栄養上げて一体何をさせる気なのよ!?」
「それから次はリュカね」
「無視!?」
「リュカは、何か時計作るのが好きみたいだし。機械仕掛けで動く工作物を色々まとめておいたわ。それから、時計の小型化の案も書いておいたわ。これは10年後に開くようになってるから、まあそれまで手先の器用さを磨いておくことね」
「あ、ありがとうございます……! だ、大事にします!」
渡した本を大事そうに胸元に抱きかかえるリュカ。
「それからルナールにも、はいこれ」
「ありがとうだぜミラの姉ちゃん! 俺のには、何が書いてあるんだ?」
「ルナールのは、秘密にしておくわ。30年後を楽しみにしておきなさい」
「えー? 俺のは教えてくれないのか?」
「ルナールの役に立つのは間違いないわ。それまで、腕を磨いておきなさい」
ルナールに渡したのは、主に魔力を用いた武器の考案である。
魔物と戦いの日々を送っているルナールからすれば、武器を変えるだけで自らの攻撃性能を高められるのであらば戦いの一助となるだろう。
ただ、作る技術と扱う技量がいるので今すぐ与えてもすぐには作れない。だから技術の成長待ちね。
「それから、ルークにはこれとこれをあげるわ」
「有難う御座います。……ちなみに、これは何なのですか? やっぱり開かないようですが」
「ルークのに関しては、ルークと直接は関係無いわね。主に、薬学と医療関係だからね」
正直、ルークにとって役立つというのは余り思い付かなかった。
ソルスチル街の統治に関して色々アドバイスしようと最初は考えたが、別に私が言わずとも誰かが知ってるだろう。
治世、政なんてのはわざわざ私が口を挟まなくとも充分成熟してるだろうし。
聖王都は成熟してるだろうに使ってないだけであって、その技量は持ってるはずなのだが。
なので、ルークには単純に人命を救う術を与える事にした。
人と多く関わる立ち位置にいるなら、それだけ多くの人の死と相対するだろうからね。
「……余り、僕とは関係無いような内容なのですね」
「自分の手に負えないなら、他の誰かの手を借りれば良いじゃない。それだけの人脈をルーク、貴方はもう持ってるはずよ」
「――分かりました。そうさせて貰います。所で、僕は2冊なのですね」
「薬学に関しては5年後、医療に関しては10年後に開くようにしてあるわ。ルークは、他の皆と違って純粋な人間だから寿命っていう限界が近いからね。早めに設定しておいたわ」
災いの種を今ここで刈り取る!
とでも言いた気な鬼気迫る表情でリサから本を奪い取ろうとするリューテシア。
それを全力で阻止するリサ。
取り敢えず追い駆けっこを中断させ、リューテシアを呼び止める。
「んで、最後はリューテシアね。これとこれとこれをあげるわ」
「何で私は3冊もあるのよ……」
「2冊は50年後、3冊目は100年後に開くようにしてあるわ」
「しかもとんでもなく長い……何、新手の嫌がらせ?」
「違うわよ。私はリューテシアを見込んで、相応の内容を記しただけよ」
1冊目は、私の視点から見た魔法という技術の有り様。そしてこの世界にて初めて知った奴隷契約書に記された未知の術式に関する私なりの考察論。
2冊目は、同様に科学という技術の体系、科学の力のみで一体何処まで行けるのかという私の知る限りの限界点、そして――
「3冊目には、私の世界にある最重要事項――『時』の力に関する記述をしておいたわ」
あの男が可能性を見出し、狂わせた力の一端。
世界の根幹にすら関わるであろう、正に神の力とでも言うべき恐るべき実態。
但し、この力に関しては私達の世界ですら完全な究明には至っていない。
故に、私の私観や憶測を含めた内容となっている。
「これをリューテシアにあげるわ。どうやって使うか、もしくは使わず葬るか。それは与えた皆の判断に任せるわ。ああそれから、別に他の人にあげた本の内容を知ったら駄目って訳じゃないから、見たいなら好きにすれば良いわ」
「……ミラの話したい事は、一通り終わったの?」
「まあ、そうね」
「なら、私の質問に答えて貰うわよ。もうミラは、旅立つって決めてるんだろうからそこはもう諦めるわ。何で今更、このタイミングなの?」
「……潮時を感じたから、ね」
もう私は、行くと決めた。
リューテシアの質問に答えるべく、私は口を開いた。




