18.帰路
「早く着かないかなぁ……」
馬車の休憩時間中、ゴリゴリと乾いた音を空き地に響かせながら、私は手にしたヤスリを上下させている。
ルーク、リュカ、リューテシアの三名にもそれぞれノコギリとヤスリを手渡し、
線引きを行った木製の板を所定の大きさまで切り揃えるよう、加工を指示して行って貰っている。
馬車に揺られている最中は特に何も出来ないのだ、なのでこういう休憩時間の合間は有効活用しないと。
御者が一体何をしているんだと好奇の目を向けて来るが、知った事か。
今行っている作業は、今すぐ必要という訳では無いが、後々を考えれば必ず必要になる作業である。
この古臭い世界に近代化の波を起こす第一歩に必要な事なのだ。
比較的力がありそうな男衆にはノコギリで木板を大まかな形へと加工するように指示、
ある程度の形に切り揃えた木板をリューテシアへと渡し、ヤスリで更に削り上げる。
最後は私自身の手でヤスリを駆使し、完璧な形状へと整える。
これを重ね合わせる事で私のお目当ての形に作り上げるのだ。
ふっふっふ。
オキの作業場にて鋳造が出来ると知った時からこれをやろうと考えていたのだ。
これがこの世界で私が快適生活を送る為の偉大なる第一歩!
「ミラさん、これは一体何をしているのでしょうか?」
ルークがまた一つ雛形の大まかな切り落とし作業を終えて、一区切り付けたタイミングで訊ねてくる。
そういえばどうしてこれを作っているかの説明をしてなかったわね。
「そうね、じゃあヒントだけ出してあげるわ」
まだここには自分達以外の目がある、全部そっくり教える訳には行かない。
でも、自分が何を作っているのかが分からないというのはモチベーションの維持に関わる。
なので、今はヒントだけに留めておく。
「ここに、鎖があります」
「そうですね」
「さっき作ったこれ、この鎖に引っ掛かって噛み合う形になってます」
「言われてみれば、そうですね」
「つまり、そういう事です」
ものぐさスイッチから、ファーレンハイトにて大量に購入した鉄の鎖を少々取り出し、
実際に身振り手振りでどう使おうとしてるかのヒントを出す。
しかしこのヒントでは答えに辿り付けないのか、頭上にクエスチョンマークを浮かべているのが目で見えるようだ。
「この答え合わせは、鉱山跡地に付いてからね。それにやや時間が掛かるからこの部品を実際に使うのは二の次になると思うし」
そう、これはかなり大掛かりな作業になる。
地形に介入してやる必要性もあるし、一日二日では完成しないだろう。
何も無いまっさらな状態でいきなりこれに着手するのは、無理がある。
「でもこれを完成させれば、凄く楽になるのよ。私も、貴方達もね。だから口を動かさずに手を動かしましょうか」
ものぐさスイッチ内から、線引き済みの木板を再びルークに手渡して、笑顔で作業続行を促す。
まだ頭にハテナが浮かんだままだが、自分のやるべき事をするべく、再び木板の線に沿うようにノコギリを動かし始めた。
これで大体半分位だなー、残り工程数からして多分ギリギリ、オリジナ村に戻るまでに間に合わない感じか。
なら、ルシフル村に行く前に一旦オリジナ村に寄って、オキさんに仕事の依頼をしてからルシフル村に行った方が効率的か。
「はー、早く休みたいなぁ」
最近働き詰めな気がする。
休みたいよぉ。気兼ねなく休める環境が欲しいよぉ。
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ノコギリとヤスリ掛けが続く2週間、馬車にも揺られ揺られて、休憩の合間にまたノコギリとヤスリ掛け。
同じ作業の連続は流石に飽きてくる。
部品作成作業も大分進んできた頃、遂に私はオリジナ村へと戻って来た。
御者にこのままルシフル村に向かいたいので待ってて貰うように頼み、代金を手渡す。
ルーク、リュカ、リューテシアの三名は特にこの村で何かして貰う必要は無いので、馬車で待ってて貰う。
私がこの村に戻って一番最初に向かった場所、それは。
「オキさん! 仕事を依頼しに来ました!」
自宅にて寛いでいたオキを捕まえ、帰路の最中で延々と作り続けていた木板の数々を全てオキに手渡す。
そう、これは部品ではあるがこれを直接そのまま使う訳ではないのだ。そもそも木製じゃ耐久に難が有る。
これは雛形だ。これを元に砂型を形成し、鋳造の工程を経て金属製の部品を製造するのだ。
砂型を作成し、鉄を溶かし、湯道切断にバリ取り……加工にも時間は掛かる。
なのでルシフル村にて鉱山跡地の権利書を購入して戻ってくる、その移動時間の間にやって貰おうと考えている。
「それだけの間の時間内にこの部品の数をか……出来なくはねぇが、ちと材料の在庫がな……」
「材料なら渡すわ」
ものぐさスイッチ内の亜空間から、ファーレンハイトにて買い付けてきた鋳造用の鋳鉄インゴットの山を出す。
「これだけあれば目測で足りると思うのだけれど」
「確かにこれだけありゃ足りるな」
「仕事料、おいくらでしょうか?」
「材料代の鉄に関しちゃ、お嬢ちゃんが持ってきてくれたコイツを使えば良いから、そいつは引くとして……まぁ、金貨3枚って所か」
「じゃあ、倍の金貨6枚を出すわ。ですので、オキさんの職人としての実力に期待します」
「お、おいおい! こんなに貰えねぇよ!」
「特急料金も含んでると思って下さい。私、仕事人の腕は安く買いたくないんです」
半ば押し付けるように雛形とインゴットと依頼料を押し付け、オキの自宅を後にする。
次に寄らなきゃいけないのは……ここね。
「アランさん! 少々お願いがあって来ました!」
このオリジナ村の村長を務めるアランは、自宅にてどうやら何か書き物をしていたようで、私の来訪を見て一旦筆を降ろした。
「ミラさんですか。お願いとは一体何でしょうか?」
「アランさんは、ここから北西の位置に鉱山跡地があるのをご存知ですか?」
「ええ、確かに鉱山跡地がありますね。そこがどうかしましたか?」
「私、これからそこの所有者になるので。そこで、鉱山跡地からこのオリジナ村を繋ぐ道を作りたいと考えているのでその許可を貰おうかと」
「!? 鉱山跡地の所有者!? ミラさん、私が見てないこの期間に何をしてたんですか?」
「色々とです。それから道を作るのはこっちで勝手にしますから、この村は許可だけで良いです」
アランの答える必要も意味も無い質問は適当に流し、許可を求める。
この作業も今すぐには無理だが、後々を考えれば絶対に必要な作業だ。
勇者とかいう規格外にくっ付いていっても鉱山跡地まで辿り付くには野宿をする必要があった。
この村までの距離なら、アレさえ作れれば一日も要らない。
オリジナ村とはこれから懇意にしていきたい、だから往路の整備は重要課題だ。
オリジナ村の人足にも財源にも何も負担は掛けないなら、という事でアランからは許可は貰えた。
良し、じゃあこの村でするべき事は一旦ここまでね。
無事帰って来た事を告げるべく、挨拶をしにルドルフ宅へと向かう。
残念ながら家主のルドルフは今は不在らしい、多忙なんだねあの人。
代わりに在宅中のアーニャが応対してくれた。
軽く挨拶と世間話をし、無事自分の住処が見付かった事を告げる。
するとアーニャはまるで我が子のように喜んでくれた。優しい人なんだね、この人。
アーニャと別れ、再び馬車のある街道まで戻り、御者に出発して構わないと告げ、馬車へと乗り込んだ。
次の目的地はルシフル村だ。
さ、鉱山跡地の権利書を買いに行くわよ。




