178.根付いた人々その2
あのドラゴンの襲撃から、早いもので既に半年が過ぎようとしていた。
一時はどうなる事かと思ったが、この地の長であるミラという少女が討ち取ったという情報が流れてから既に久しい。
当時は俺も半信半疑だったが、地上に置かれたドラゴンの死体を見せ付けられては流石に言葉を失ったものだ。
命の危機という脅威は過ぎ去り、俺達一般市民は元の生活へと戻りつつあった。
「よーし、今日はここまでだ!」
作業終了を告げる警笛の音が地下に響き渡り、今日も一日が終わる。
契約書に魔力印を刻み、それを懐に仕舞い、作業場を後にする。
近々この第二拠点という地下空間の拡張は完遂するらしい。
しかしながら、まだまだ空間の拡張は予定されているらしく、当分仕事に困る事は無い――というより、俺の代では終わらないのではないかと、最近は思っている。
今のペースで進むのであらば、最低でも完成までには百年を見なければならないだろう。
無論、以前のように大量動員して人海戦術で作業を実行するのであらば大幅な短縮にもなるのだろうが、そこまで危急を要する事態でもないらしく、無理の無い範囲でゆっくりと地下空間の拡張は続けられている。
それに加え、また新しくこの地で発明されたという代物の力により、この地下の開拓も快適なものになりつつある。
今まではこの第二地下区画には魔法による光が存在しておらず、その為カンテラを利用して掘り進めていたのだが、最近は電気という力で動く電球なるモノで空間が照らされるようになった。
何でもこれも蒸気機関車同様、科学の力というので動いているらしく、太陽程ではないが、黄白色の強い光が等間隔でこの第二地下拠点に配置されている。
空で轟き、降り注ぐ落雷と同種の力によってこの光は灯されているらしいが、俺には全く理解出来なかった。
ただ、この電球というモノが設置された場所ではカンテラが無くても行動に不自由しないので有り難くはある。
ルドルフ商会が定期的にこの地下に出入りしているお陰で生活雑貨や嗜好品にも困らず、入浴も好きなだけ出来る。
食事も毎日腹いっぱい食べられ、昔の常に背後に飢えが存在していた子供時代と比べれば贅沢な位だ。
ずっと室内に篭っているようなものなのが少々気が滅入る要素にもなっているが、別に軟禁されて作業させられている訳でもないので、休暇の日なんかは好きなだけ地上にいられる。
もっとも、夏場でも無い限りはロンバルディア地方はその気温の低さ故に日向ぼっこしながら昼寝、なんて事は絶対に不可能なのだが。
何時でも好きな時に明かりを用意出来、太陽の光が届かぬ地の底で生活していると身体のリズムが狂うので、特に見所の無い地上ではあるが、それでも定期的に外に出るようにはしている。
元々、この地は魔物がほぼいないと言って良いレベルで少ないらしく、まれに現れるその数少ない魔物もたちまち発見され、外回りの兵に討ち取られてしまっている。
その為この周囲は恐ろしい程平和であり、こうして自分のような無力な存在が悠々と外を出歩ける程であった。
仕事を終えて外の空気を吸いに地上に出てみると、既に夜空に月が浮かぶ夜更けとなっていた。
空気も冷たく、汗を掻いた身体には冷たくて気持ち良いが、何時までも長居していると底冷えしてしまうだろう。
地下は常に適温であり、こうしてたまに地上に出ると、地下での生活がどれ程快適かというのを痛感する。
こうして、穴倉の中で土をいじって生涯を過ごすのも、悪くは無いと最近は思うようになった。
元々農家の出だしな。土いじりは元からライフワークみたいなものとして身体に刻み込まれてしまったのだろう。
苦痛でないし、寧ろ好きな部類だ。
ならそういう選択も、良いか。
このロンバルディアという地に、骨を埋めるというのも。
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「ようクレイ! 今日もお疲れさん!」
「……何だ、ディムか。何のようだ」
何時も通り、食堂がごった返す時間帯を避け、少しだけ遅めに食堂で食事を取っていると、これまた何時も通り軽薄そうな男の声が飛ぶ。
俺のいるテーブルの空いたスペースに配膳された食事を置き、腰掛ける。
「確かお前、第二区画の開拓やってただろ? あそこに電球ってのを仕掛けたんだが、ちょいと感想を聞きたくてな」
「感想っつってもな……まあ、明るいさ。それもランタンと比べて余程な。火じゃないから変に光も揺らめかないし、快適だよ」
「マジか! ふー、それなら良いんだ。ちゃんと全部光ってくれたみてえだな!」
「……もしかしてあの電球、ディムが作ったのか?」
「おおっと! 勘違いすんなよ、流石にアレ全部なんて作れねえよ。俺が作ったのは、あの電球の一割未満位なもんだ」
隣に座り、取り敢えず口を湿らせるべく水を口に運ぶディム。
この男は俺同様、ドラゴンの襲撃によってソルスチル街からこの地へ退去した後、居心地を気に入ってそのままここに定住する事を選んだ男だ。
なのでこうして話を交わすようになったのも大体それ位であり、友達――と呼ぶ程親しくは無いが、まぁこうして飯を食いながら軽く話す程度の仲にはなっている。
「最近、やーっとリサの姉御が言ってる『大気中の気体』ってのを少しずつ認識出来るようになってよぉ。どうにかこうにか、窒素ってヤツをある程度操れるようになったんだよ」
「ちっそ? 何だそりゃ」
「この辺にたーくさん漂ってる、見えないモノだよ。って言っても、分かんねぇだろうなぁー」
「ああ、分からんね」
何でも、ディムはこの地がドラゴンに襲われた際、そのドラゴンを退ける決定打を放った人物……確か、リサって言ったか?
名立たる大魔法使いですら逃げ出すようなドラゴン相手に一切怯えもせず堂々と立ち向かった勇姿、その美貌に惚れ、押し掛けるように弟子入りを希望して師事するようになったらしい。
酔って俺に絡みながらそう言っていた記憶がある。
それ以降、絡み酒体質のディムには酒が入ってる時は一切近付かないと決めたが。
「んで、今あの第二区画を照らしてる電球って代物は、リサの姉御が勉強の為って事で弟子である俺達に作らせたんだよ。ただ金属加工も必要だから、鉄の加工をやってる技術者と共同で作ったんだけどな。あの電球、地味に技術の集大成とも言えるとんでもねぇ代物なんだぜ?」
「そうか」
「反応薄いなぁクレイくんよぉー! つまりはあの明かりは俺達の血と汗と涙が宿ってるって訳だ! 少しは感謝しろよー!」
俺の首に腕を巻き付け、やたらと密着してくるディム。ウザい。
「分かった分かった感謝してるよ。これで良いか?」
「良いだろう!」
面倒臭い奴だ。
しかし何故か、不思議と嫌いにはなれない。
「……なあ、クレイ。少し話があるんだ、聞いてくれないか?」
今までのおちゃらけた雰囲気を出し続けていたディムが、急に真面目な顔になってこちらを向く。
その表情からは真剣さが滲み出ており、目付きも鋭く、眼光も強く輝いていた。
男の目である俺から見ても、クレイは黙ってさえいれば割と美形の部類であった。
この今見せている表情も、恐らく女性に向ければ10人中3~4人位なら釣れるんじゃないかと思わなくも無い。
「何だ、金なら貸さんぞ」
「違う。……俺さ、リサの姉御に告白しようと思うんだ」
「それ三日前も一週間前も聞いた」
まーた始まったよ告白するする詐欺。
「良いからさっさとして来いよ。骨は拾ってやる」
「何で俺がフラれる前提なんだよ!」
「するする言って結局口に出さないチキンなお前を見てるとそうなるのが目に見えてるからな」
「しょうがねえだろ! タイミングが悪いんだよタイミングが! 二人きりになると途端に兄貴が出しゃばって来るんだよ! 兄貴同伴の状況で告れるかっての!」
ディムの言い訳を聞くに、今まで何度かディムとリサは二人きりになるタイミングはあったと言う。
だがその都度、まるで見計らってるかのようなタイミングでルナールというリサの兄が乱入し、告白する状況では無くなってしまったらしい。
「兄の前だろうが言ってしまえば良いじゃないか」
「やめろよお前マジでそれシャレになってねえから殺されるぞ」
何で殺されんだよ。
そんな風に呆れ顔になっていたのを見たのか、ディムは続ける。
「リサの姉御の兄は、あのルナールだぞ!? ソルスチル街からの撤退戦、ここでの篭城戦、挙句ドラゴン討伐遠征。この全部に参加して生き延びた豪傑だぞ!? そんな奴の逆鱗に触れて、死んじゃったらどうするんだよ!?」
「だから骨は埋めてやるよ」
「せめて拾って!」
「面倒臭いなぁ、酒でも飲んできたのか?」
「今日はまだ一滴も飲んでねえよ。つーかそういうお前はどうなんだよ」
どうって、何がだよ。
「こうやって何度も顔を合わせてんのに、お前の周り女っ気ゼロじゃねえか! 好きな女とか居ねぇのかよ!」
「……特にいないな」
「じゃあ遊んでる女とかいねえのかよ」
「風俗には興味が無いんでな」
「つっまんねえなぁお前! どっかの修行僧かよ!」
そういうお前は面倒臭いけどな。
「良し決めた! クレイ、この飯食ったら俺と一緒に付き合えよ」
「俺、もう飯食い終わったから。じゃあな」
「おい待てよ!? 逃げるのかお前ー! そんなんじゃ一生独身だぞ!?」
じゃあ風俗店行ったら嫁に出会えるとでも思ってんのかよアイツは。
良いんだよ俺はこれで。
結婚を一切したくない訳でもないが、出来ないなら出来ないでそれでも良い。
成り行きに任せるだけだよ、俺はな。
食事を終えていないクレイがテーブルに縛り付けられている間に、面倒臭いのは勘弁とばかりに足早に食堂を後にするのであった。
そして食堂のお姉さんと始まるラブロマンス
ねぇな




